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3.見習ジャーナリストの妄想レポート
3-4 想いを届ける記者
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「特ダネですよ!」
エリシオは古巣の編集部へ向かって、声を大にして叫んだ。
扉を蹴破るように大胆に踏み込んでいく。
突然の訪問者に、編集部員はなんのことかと振り返りはするが、エリシオの姿を見るなり、なんだお前かと肩を落として各自の仕事に戻る。
「編集長はまだ帰ってませんよね、よかった。聞いてください、ぼくらは…」
エリシオは冷めた編集部員の態度にもめげず、一番奥の編集長席に向かって堂々と進んでいく。
周りの視線が冷たく、エルはエリシオの広い背中に隠れるようについていく。これではどっちが先輩か、わからない。
編集長は明日の新聞の仕上げ作業中か、仮にできた一面に向かってうーむと唸っていた。
どうにも、気に入らない様子だ。
ニヤッとするのはエリシオだ。
「編集長、詰まってるみたいですね。でも大丈夫。今から一面の差し替えになりますよ」
ようやく顔を上げる編集長。
相変わらず髪が薄いとエルは旧知の仲らしい、余計な感想をもった。
束の間、エリシオは矢継ぎ早に今、何が起こったかを語る。
が、仕事の追い込み中に異動させたはずの若造に捲し立てられ、素直に大変だったねと言えるわけがなかった。
「おいおい、なにを言ってるんだ。そんなこと、あるわけないだろう」
「本当のことです、編集長!」
編集長も編集部員と同じく、ホラ話と踏んできた。
ちょっと見てられものではなかった。
ほんと、世話が焼けるんだから。
そっと、つぶやきながら、エルは腕まくりした。
「はい、そこまで!」
思わずエルは男二人の間に割って入る。
小さな体で割り込んで、お互いを手で制す。
「エリシオ。今は明日の紙面の追い込み中でしょ。邪魔しちゃダメよ」
しかし、エルの乱入に驚いたのは編集長の方だ。
「フローラお嬢さん……!」
政治部の編集長は父の友人でもある。
だから、当たり前のように本名で呼ぶが、エルが睨みを効かせると、
「今はエル君だったかな、一体どういう事です?」
まるで自社の社員ではなく、友人の娘さんという態度を崩さないことにそっちがそのつもりなら、と、一つ言いたいことを思い出した。
「オリバーにわたしの居場所伝えましたね?」
思い当たる節があるのか、目が泳いでいた。
「私にも立場があって……」
あはは、と中年の乾いた笑い。
「……おかげで……いや、なんでもないです。そういう時は知らないって言ってくださいね」
娘世代からの叱責に編集長はああ、わかったよ、すまなかったねとたじたじと非を認める。
「それと、エリシオの言ってること、全部、本当のこと、です」
勢いそのまま、本題を伝える。
エリシオが異動になった原因がなにかは知るよしはないが、少なくとも、エルに寄せて来たのはこの編集長の差し金に違いはなかった。
厄介払いなのか、将来を考えて、なのか。
世間的にはどう考えても、前者なのだが、エルにはもう一つの可能性を信じてあげたかった。
「わたしたちはロイヤルブルーの姫様とどこぞの国に高貴な方に助けられて命からがらここに辿り着きました。これは、事実そのものです」
エルの証言は効果てきめんだった。
みるみるうちに編集長は真面目な顔つきになる。
「お嬢さんが言うなら、間違いない、のでしょう」
声のトーンも変わった。
表情もきりりと仕事人のそれだ。
しばし逡巡したのちに、エルと目を合わせ、うんと頷いた。
「おい、空いてるタイプライター貸してやれ」
強気な声音で編集部員に指示をする。
「信じるんですか? そんなヨタ話」
編集部員は編集長の気持ちの切り替えにまだついていけない。
「エリシオだけの話なら、信じるわけないだろ。部署は違っても、証言者はうちの記者だ。それ以上、言うな」
空気が変わった。
「一面差し替え、いけるか」
「一面ですか?!」
「本誌記者、暴漢に襲われる、助けたのは通りがかりの辺境王国の王女。第三帝国新聞らしい内容だろ」
この場合の、らしい、を意味することにエルはついていけてない。
エリシオは、はい! と張り切って応えた。まるで、水を得た魚だ。
「今から騎馬警官のインタビューとってきます」
別の編集部員が動き出した。
「おう。連日特集組むか。現地調査は明日朝一番にやるぞ、エリシオ、付き合えるか」
「もちろんです、あ、でも、国立図書館でロイヤルフレアのことを調べたいです」
「わかった、午後行ってくれ」
エリシオは目を輝かせて返事した。
さっきまでとは、まるで別人だ。
エルは棒立ちだった。
別の部署とはいえ、エルだって記者の端くれという自負が背中を突き動かす。
「わたしも原稿のチェックやります」
できた、と隣でエリシオが口にすれば、
「貸して。わたしが……」
出来立ての原稿を引ったくり、目を通す。
エリシオの原稿は学生時代に新聞部活動で、散々読んだ、だから、癖も知っているつもり、だった。
甘かった。
なにこれ。
事実なのに、ウソみたいな、そんな書き方。
忘れていた。
この手の記事はエリシオの得意技なのだ。
まるでなにかのトリックを使ったように心をつかみにくる。
震える腕に、冷静になれと言い聞かす。
何か言わなきゃ……と、読み返して、なんとか言葉を捻り出す。
「……情報をつかんだ本誌記者が何者かに狙われた云々、この下りいる?」
「だって、そうじゃないか。僕が狙われたんだ」
「それ、自惚れじゃない?」
「エル、新聞記者は時として、重要な情報を掴んでいるんだ、その内容は読者が勝手に想像すればいい」
「事実の裏打ちなしに、思わせぶりに書くなんて!」
「いいんだ、ここは。その方が面白い」
「いくら面白くてもそれは……!」
「まあまあまあ」
今度は編集長が間に入ってきた。
「ここは私の領分ですから、任せてもらいましょう」
エルに気を遣ってか、編集長はニコニコとしながらエルが読んでいた原稿をくれと手を差し出す。
渋々とエルは原稿を渡した。
これからはわたしが先輩だったはずなのに……。
エルは思わず天を仰ぐ。
今だけは彼の輝ける瞬間に付き合ってあげるか。
新聞活動の大先輩は彼の方だった。
この会社で燻っていた彼が、ようやく息を吹き返す瞬間である。
わかってあげるのも、今の部署の先輩であるわたしの仕事だといい聞かせて。
エルをわかってくれた、あの先輩のように。
そういえば、さっき、悪いやつらからなんだかんだで守ってくれようとしたことへのお礼を言ってなかったことを思い出した。
「……ありがとう」
小さな声でつぶやく。
彼はもちろん原稿に夢中で聞いてない。
それでよかった。
かつて同居していた幼馴染からの声、とすると途端に恥ずかしくなる。ああ、違った居候だ、エルは自分自身に訂正を出す。
ーー明日からはわたしが先輩だから。
ーー今日はがんばれ、居候くん。
エリシオは古巣の編集部へ向かって、声を大にして叫んだ。
扉を蹴破るように大胆に踏み込んでいく。
突然の訪問者に、編集部員はなんのことかと振り返りはするが、エリシオの姿を見るなり、なんだお前かと肩を落として各自の仕事に戻る。
「編集長はまだ帰ってませんよね、よかった。聞いてください、ぼくらは…」
エリシオは冷めた編集部員の態度にもめげず、一番奥の編集長席に向かって堂々と進んでいく。
周りの視線が冷たく、エルはエリシオの広い背中に隠れるようについていく。これではどっちが先輩か、わからない。
編集長は明日の新聞の仕上げ作業中か、仮にできた一面に向かってうーむと唸っていた。
どうにも、気に入らない様子だ。
ニヤッとするのはエリシオだ。
「編集長、詰まってるみたいですね。でも大丈夫。今から一面の差し替えになりますよ」
ようやく顔を上げる編集長。
相変わらず髪が薄いとエルは旧知の仲らしい、余計な感想をもった。
束の間、エリシオは矢継ぎ早に今、何が起こったかを語る。
が、仕事の追い込み中に異動させたはずの若造に捲し立てられ、素直に大変だったねと言えるわけがなかった。
「おいおい、なにを言ってるんだ。そんなこと、あるわけないだろう」
「本当のことです、編集長!」
編集長も編集部員と同じく、ホラ話と踏んできた。
ちょっと見てられものではなかった。
ほんと、世話が焼けるんだから。
そっと、つぶやきながら、エルは腕まくりした。
「はい、そこまで!」
思わずエルは男二人の間に割って入る。
小さな体で割り込んで、お互いを手で制す。
「エリシオ。今は明日の紙面の追い込み中でしょ。邪魔しちゃダメよ」
しかし、エルの乱入に驚いたのは編集長の方だ。
「フローラお嬢さん……!」
政治部の編集長は父の友人でもある。
だから、当たり前のように本名で呼ぶが、エルが睨みを効かせると、
「今はエル君だったかな、一体どういう事です?」
まるで自社の社員ではなく、友人の娘さんという態度を崩さないことにそっちがそのつもりなら、と、一つ言いたいことを思い出した。
「オリバーにわたしの居場所伝えましたね?」
思い当たる節があるのか、目が泳いでいた。
「私にも立場があって……」
あはは、と中年の乾いた笑い。
「……おかげで……いや、なんでもないです。そういう時は知らないって言ってくださいね」
娘世代からの叱責に編集長はああ、わかったよ、すまなかったねとたじたじと非を認める。
「それと、エリシオの言ってること、全部、本当のこと、です」
勢いそのまま、本題を伝える。
エリシオが異動になった原因がなにかは知るよしはないが、少なくとも、エルに寄せて来たのはこの編集長の差し金に違いはなかった。
厄介払いなのか、将来を考えて、なのか。
世間的にはどう考えても、前者なのだが、エルにはもう一つの可能性を信じてあげたかった。
「わたしたちはロイヤルブルーの姫様とどこぞの国に高貴な方に助けられて命からがらここに辿り着きました。これは、事実そのものです」
エルの証言は効果てきめんだった。
みるみるうちに編集長は真面目な顔つきになる。
「お嬢さんが言うなら、間違いない、のでしょう」
声のトーンも変わった。
表情もきりりと仕事人のそれだ。
しばし逡巡したのちに、エルと目を合わせ、うんと頷いた。
「おい、空いてるタイプライター貸してやれ」
強気な声音で編集部員に指示をする。
「信じるんですか? そんなヨタ話」
編集部員は編集長の気持ちの切り替えにまだついていけない。
「エリシオだけの話なら、信じるわけないだろ。部署は違っても、証言者はうちの記者だ。それ以上、言うな」
空気が変わった。
「一面差し替え、いけるか」
「一面ですか?!」
「本誌記者、暴漢に襲われる、助けたのは通りがかりの辺境王国の王女。第三帝国新聞らしい内容だろ」
この場合の、らしい、を意味することにエルはついていけてない。
エリシオは、はい! と張り切って応えた。まるで、水を得た魚だ。
「今から騎馬警官のインタビューとってきます」
別の編集部員が動き出した。
「おう。連日特集組むか。現地調査は明日朝一番にやるぞ、エリシオ、付き合えるか」
「もちろんです、あ、でも、国立図書館でロイヤルフレアのことを調べたいです」
「わかった、午後行ってくれ」
エリシオは目を輝かせて返事した。
さっきまでとは、まるで別人だ。
エルは棒立ちだった。
別の部署とはいえ、エルだって記者の端くれという自負が背中を突き動かす。
「わたしも原稿のチェックやります」
できた、と隣でエリシオが口にすれば、
「貸して。わたしが……」
出来立ての原稿を引ったくり、目を通す。
エリシオの原稿は学生時代に新聞部活動で、散々読んだ、だから、癖も知っているつもり、だった。
甘かった。
なにこれ。
事実なのに、ウソみたいな、そんな書き方。
忘れていた。
この手の記事はエリシオの得意技なのだ。
まるでなにかのトリックを使ったように心をつかみにくる。
震える腕に、冷静になれと言い聞かす。
何か言わなきゃ……と、読み返して、なんとか言葉を捻り出す。
「……情報をつかんだ本誌記者が何者かに狙われた云々、この下りいる?」
「だって、そうじゃないか。僕が狙われたんだ」
「それ、自惚れじゃない?」
「エル、新聞記者は時として、重要な情報を掴んでいるんだ、その内容は読者が勝手に想像すればいい」
「事実の裏打ちなしに、思わせぶりに書くなんて!」
「いいんだ、ここは。その方が面白い」
「いくら面白くてもそれは……!」
「まあまあまあ」
今度は編集長が間に入ってきた。
「ここは私の領分ですから、任せてもらいましょう」
エルに気を遣ってか、編集長はニコニコとしながらエルが読んでいた原稿をくれと手を差し出す。
渋々とエルは原稿を渡した。
これからはわたしが先輩だったはずなのに……。
エルは思わず天を仰ぐ。
今だけは彼の輝ける瞬間に付き合ってあげるか。
新聞活動の大先輩は彼の方だった。
この会社で燻っていた彼が、ようやく息を吹き返す瞬間である。
わかってあげるのも、今の部署の先輩であるわたしの仕事だといい聞かせて。
エルをわかってくれた、あの先輩のように。
そういえば、さっき、悪いやつらからなんだかんだで守ってくれようとしたことへのお礼を言ってなかったことを思い出した。
「……ありがとう」
小さな声でつぶやく。
彼はもちろん原稿に夢中で聞いてない。
それでよかった。
かつて同居していた幼馴染からの声、とすると途端に恥ずかしくなる。ああ、違った居候だ、エルは自分自身に訂正を出す。
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