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#5 Save the Princess
ep.46 銃声
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貨物の点検を一通りすませると、カートを待っていたのは石炭運びだった。せっかく成年男子が一人多いのだから、働かせようと言う機関士ボストンの言い分に、カートは素直に従った。無賃乗車と言われてしまうとカートとしても、おもしろくない。
炭だらけになりながら、汗水垂らしてスコップを使い、専用の巨大なバケツに放り込む。またそのバケツを運ぶのだ。
日が暮れるまで、石炭運びを手伝っていた。
カートは無言で延々と働いた。滴る汗を袖で拭い、疲れたの一言もない。その様子に、ボストンは咳払いし、もう少しで次の駅だから、それまで休んでくれと指示をした。
――いてえ……。
腕、肩と腰に猛烈に痛みが走った。慣れない仕事をするもんじゃない。
だからといって、出来ないとは言いたくなかった。
――俺もあいつと一緒か。
なにもできないと奴と言われたくない。
その一心でがんばってみた。
だが、やはり、ちょっと疲れた。
足が自動的に宿泊室に向いて、誰のベッドかわからないところに横になってしまい、しばらく起きあがることが出来なかった。
疲れた……とぼんやりしていたうちに、いつの間にか、眠ってしまっていた。
目が虚ろに天井を眺めていると、ふと、異変に気づいた。
鉄道が止まっていた。
駅に着いた?
深夜に駅に着き、食料と水を受け取り、すぐに出発するはずだから、なにも心配いらないはずだった。
だが、妙に外が明るい。
太陽の光ではなく、火が燃えているような橙色の明かり。
人が言い争っている声も聞こえる。
手違いでもあったのか?
だが、この光景に、既視感があった。
列車を止める力を持ち、なおかつ、乗務員が制止するような行為をする。
車内の廊下を慌てて駆ける足音に、危機感がさらにつのり、完全に目が覚めた。
同時に部屋の戸を開けたのは、機関士の青年だ。ボストンの弟子でティンバーというらしい。
ティンバーはカートの姿を暗闇の中で確認し、すぐに叫んだ。
「起きてください! 臨検だ!」
その言葉の持つ意味を忘れたわけではなかった。
「革命軍か」
寝起きとは思えない声音で返事をした。
「はい、特務隊って名乗ってます。はやくあの人に」
あの人……メリーにはまだ伝わっていない。
重くなっている腰に鞭打って、働かせる。
廊下から外を覗くと、確かにボストンが赤い帽子の女と言い争っている。
「……ローズ……よくもまあ……」
この列車を見抜いたもんだ。
部下の男たちは四人。全員で松明をかざしている。道理で明るいわけだ。こっちは男で三~四人。戦うには厳しい。
状況を判断しながら、話し合いで解決できないかと考えて、そもそもカートが乗り込んでいる時点で怪しいので、話し合いは無理だろう。
車内に乗り込んできたら、すぐに見つかる。
考えているうちにボストンは振り切られ、ローズが部下を引き連れて、車内に足を踏み入れてきた。
「……俺が、合図したら、すぐに発車してくれ」
「合図?」
具体的ななにかを示さなければ、この青年はわからないようだった。
「あ、ああ、ガラスを割るとか、そういう大げさな音がしたら、だ」
「わかった、オヤジに伝える」
頼んだぞ、と言おうとして、やめた。
彼の前には女がいたからだ。
きりっとした目つきが薄暗い中でもカートをとらえている。
黒のパンツスーツが堂々とした姿勢によく似合っていた。
見習い機関士ティンバーはぱっと道をあけ、廊下の隅で邪魔にならないようにと、こそこそと機関室の方へ向かった。
その姿を横目に見つつ、ローズと対峙した。
部下の男がローズの肩越しに二人。
ローズとは久しぶりに向かい合う。
ローズはカートがこの列車に乗り込んでいる事実に少しも驚いていないようだ。
「久しぶりと言って、感動を喜ぶつもりはないわ」
感情を殺した、低い声で、
「……皇女は……いるわね?」
――緊張した、声だ。
カートにはわかった。
「……いたら、どうするっていうんだ」
「いるのね?」
後ろの男二人がぱっと動こうとする。
それをローズは腕を伸ばして、制止する。
「面会を希望するわ」
読めなかった。丁寧に希望される意味がわからない。確保するだけなら、無理矢理にでもつれていけばいい。
ローズがじっとカートの目を見ていた。
いつもの調子なら、ずかずかと踏み込んでくるだろう。
だが、それをしない。
なにを緊張しているのか、読めなかったが、おいそれと認めるわけにはいかない。ここでメリーを確保されてしまえば、ウィリアムの犠牲が、リュミエールの想いが、ミストやフィンの努力がすべて水の泡となってしまう。
「面会して、どうするんだ」
「対応次第では……」
といいつつ、その先は言わない。
しばし、にらみ合いが続いたが、闖入者がその空気に割って入った。
「なにがあったの……?」
カートの後ろのドアから、車両を越えて、顔を出したのは、青い髪で青い瞳。その瞳に、すぐにローズの姿が捉えて状況を把握したのか、慌てて、ドアを閉めてしまい、郵便車両に向かう。
「待って!」
カートを押しのけて、ローズが後を追う。
「やめろ!」
ローズの腕を掴もうとするが、部下の男たちが立ちはだかる。カートを押さえ込もうとつかみかかってくるが、カートにとって、列車内は地の利がある。一歩下がって、休憩室の扉を開けて、盾にする。男はそれに激突、そこを足払いをすると、簡単に二人ともドミノ倒しになる。
背中を踏んづけて、足を捕まれないように、ローズの後を追った。
すぐに追いついた。
彼女は郵便車の扉の前にいた。
扉には鍵が掛かっているのだ。内側から閉められる。
どんどんと叩いても、もちろん、メリーが鍵を開けるわけがなかった。
カートの気配に気づき、ローズが振り返った。
扉の向こうで部下の男たちがまだ倒れているのが見えたようで、舌をうつ。
「修羅場をくぐってきただけのことはあるわね……」
車両を飛び越え、カートはローズの隣まで接近するも、彼女は距離を置かなかった。
「鍵を出して」
逆に要求してきた。
カートは首を横に振る。できるわけがない。
「お願い、カート。私を信じて。ここで、終わりにしたいの」
終わりにする……その意味を考えると、不思議だ。
カートは良い印象を想定しないだけに、最悪の事態しか思いつかない。
「まさか、ここでメリーを……」
「いいから、私を信じてほしい。手紙、読んだでしょ」
ローズの真剣な眼差しが、カートの心を掴みに掛かった。
今までみたいに革命運動に引き込もうというのではない、今までと違った、強い気持ち。
「シエロは死んだ……それでもか」
ローズは一瞬、はっとした。
シエロが死んだ事実を聞かされて、ショックがあったようだが、それも一瞬だった。
「あいつらが来る。シエロのことはもういいの」
あいつら、と言うのはすぐにわかった。先ほどの部下二人だ。ローズがちらっと視線をその二人に送ったことでわかった。
「……もし、私が信じられないなら、この車両から、私を突き落として」
車両の外廊下で、もつれあえばそれもありえる。落下して、地面の石を適当な窓ガラスに投げつければ、列車は発車する手はずになっている。
そうすれば、メリーを救うことは出来るだろう。
ただ、それでは――。
「隊長、ご無事で」
部下二人が駆けつけてきた。
その様子を見て、ローズは手を差しだしてきた。
「鍵を渡しなさい。私が一対一で話し合いをします。あなたたちは手出し無用よ」
部下の男たちに牽制しているようでもあった。
カートのポケットの中には鍵束があった。
額の汗が滴り落ち、目に染みた。
渡す振りをして、ローズを車両から突き落とすことはできるだろう。その選択肢が脳裏に浮かんでは消える。
ローズは、ずっとカートの目を見ていた。そらすこともなく。
――信じてほしい。
その言葉が意味するものを未だ掴めない。
――信じて、いいのか。
ここにいないはずのリュミエールの言葉が聞こえてくるようだった。
約束ですよ?
顔のすぐそばまで近付いたミストの青い瞳が訴えかけてくるようだった。
フィンの得意げな笑みが脳裏に蘇る。マーカスはローズの失踪を嘆いていた。新しい居場所が作れたはず、と。それには同感だった。
憎らしい男だったが、最期は盾となったウィリアムの死に顔。それを思い出すと、あいつが命をかけてまで守りたかったものとの天秤。
そして、そのローズはなにを願っていたのだろう。
――俺の出すべき答えは。
そもそも、どうしてこうなってしまったのか。
なぜ、カートはメリーを運び、ローズはメリーを追っていたのか。
ローズはなぜメリーを追っていたのか。
ローズはなぜ、革命運動にとりつかれたのか。
――知っている。俺のせいなんだ。
考え方や思想云々よりも、足りないものがあったのだ。
きっと、彼女はそこにいれば、満足し、充足できるモノがあったのだ。
カートがトランスポーターに身を置いていたのと同じように。
そして、お互いが夢中になる居場所があって、二人の距離は離れていった。
だが、気持ちはどうなのだろう。
本当に離れてしまったのだろうか。
こんなにも真剣に信じてほしいと訴えかけるローズを、今までに見たことがあっただろうか。
それは――つまり。
覚悟しなければいけない時だ。
「わかった。鍵は俺が開ける」
カートは決断した。
「だが、一対一で話をしてくれ」
部下の男たちを牽制した。
男たちは気に入らないと言った表情でにらみつけてくるが、無視した。
「それでいいか」
ローズは笑み一つ浮かべていなかった。
「協力に感謝する」
仰々しく、感謝の言葉を述べる。
「同志諸君、私が許可するまで、この部屋には入るな」
部下へ念入りに牽制する。
カートは震える手で、鍵を開ける。
部屋の中でうずくまってるメリーは信じられないと言った様子で、カートを見ていた。
「……ありがとう。愛してるわ」
すれ違いざまにローズは小声でささやいた。
黙ってきいて、ローズが部屋に入ったところで、扉を閉めた。
扉の前で足を震わせながら、番をする。
革命軍の特務部隊の制服を着た若い男二人とにらみ合い。
カートには部屋の中の会話がわずかに聞こえた。
「……ことを、聞いて……」
「イヤよ! もう誰も……」
当たり前だが、メリーは反抗するだろう。
――どうするんだ。
なにもわからなかった。
いったい、なにを考えているのか、わからなかった。
それでも、託してしまった。
最後の最後で、失敗してしまうのか。
いや。
でも――と、考えた。
もしも、ローズが手を下すようならば、仕方ない。
――俺の負けだ。
仕方がない。
もう、そう思うより、仕方が無い。
そういう決断をしてしまったんだ。
信じてしまったのだ。
それでも、足の震えは止まらない。
そういえば、部屋の中が静かになった。
会話をしているようではなかった。
その瞬間、銃声がした。
二発目にガラスが割れた。
扉を蹴飛ばして、部屋に入った。
散らばった郵便物の海の中に、青い髪の少女が埋まっていた。
硝煙のあがったままの拳銃を片手に、ローズは震えていた。
ローズは左手でその震えを止め、高らかに宣言した。
「同志諸君、私はついに帝国の最後の希望を摘むことができた。これにより、革命は次の段階に移るだろう!」
呆然と立ち尽くしたカートはローズに背中を蹴られた。
バランスを崩してそのまま、メリーが横たわっている体の上に重なる。手をつくと、郵便物が液体に染まっている。
これは……と、確認したく、なかった。
それでも、手にどろっとついた液体をかざしてしまった。
暗くて、よく見えないが、黒っぽい。
若い男たちはカートの様子を見て、哀れになったのか、すぐに引っ込んでしまった。外で喜びの声を上げながら、プラットホームの見張りへ状況を叫んでいた。
叫び声と同時に、汽笛の音が聞こえた。
発車するのだ。
先ほどのガラスの音が合図だと思ったのかもしれない。
「回収はどうしますか?」
男の声だ。
「汽車が出るわ、撤収よ」
ローズの表情は逆光で読みとれない。
それでも、やりきった気配だけは感じ取れた。
「お、おまえは……」
言葉にならなかった。
「すぐ発車するみたいだから、それまで側にいてあげなさい」
さようなら、と言い残し、部屋を出ていった。
感情が沸騰した。
なにも考えられず、立ちあがり、背中から殴りつけようと拳を振り上げた。
だが、足首になにかが引っかかった。
つんのめって、そのまま、前のめりに倒れた。
「いってえ、クソッ」
立ち上がって、扉にとりつこうとして、ガラスに女の姿が映った。
青い髪で、白いドレス。
幻想かと頭を抱えながら、もう一度顔を上げると、青い髪の少女はにやにやしながら手を振っている。
さすがに疑問が湧いた。
現実は変わらないと、振り返った。
白いドレスにべっとりと黒い液体に染まりながら、青い髪の少女は、その青い瞳をカートに向けていた。
口元は緩く。
「バーカ」
と言って、笑って手を振っていた。
やはり、もう一度、頭を抱えた。
列車は動き出していた。
メリーは元気いっぱいに起きあがっていた。
「血糊だってさ、用意周到だね」
冷静に、メリーは解説する。
「これで、わたしは死んだことになるんだって。敵を騙すなら、味方からだなんてよく言うわね」
血糊袋を取り出し、投げつけてくる。
「ここまでお膳立てしてもらって、信じた甲斐があったじゃない」
カートはなにも言えなかった。
「ところでさ、お別れしちゃうの?」
メリーは背中を押した。
なんのことかと、問うことさえ、意味がなかったかもしれない。
車両の外廊下に出ると、ゆっくりだが、確実に、列車は動きだしていた。ホームではローズが車両に背を向けて、なにやら部下に演説している。
部下たちも腕を上げて、喜んでいる。
我々の任務は大成功を収めた!
笑いそうになって、表情をひきしめる。
「ローズ!」
名前を呼ばれて、彼女は振り向いた。
「まだ、仕事が残ってるぞ!」
スピードをあげていく汽車。車両をひとつずつ、後ろにとびうつり、少しでも、ローズに近づこうとする。
何事かと、ローズの部下の男たちは飛びつこうとするが、ローズがぴんと腕をのばして、制止する。そして、彼女自身も移動する列車に歩み寄る。
「作戦は大成功だわ、もう話すことはなにも……」
ひきつった笑顔で叫んでいる。
「まだ、最後の仕事があるんだよ!」
最後の車両にカートは飛び移る。
「もう、これですべて終わりよ!」
ホームの端で、列車の加速する煽りの風にローズの髪が巻き上がる。
「まだ終わりじゃない!!」
ホームのギリギリに立つ、ローズの腰をさらった。
カートの腕がしっかりとくいこみ、車両側へ、引っ張る。
車両の外廊下で、言葉も無く、二人は抱き合っていた。
プラットホームを出発した汽車の最後の車両から、赤い帽子が飛んでいく。
終
炭だらけになりながら、汗水垂らしてスコップを使い、専用の巨大なバケツに放り込む。またそのバケツを運ぶのだ。
日が暮れるまで、石炭運びを手伝っていた。
カートは無言で延々と働いた。滴る汗を袖で拭い、疲れたの一言もない。その様子に、ボストンは咳払いし、もう少しで次の駅だから、それまで休んでくれと指示をした。
――いてえ……。
腕、肩と腰に猛烈に痛みが走った。慣れない仕事をするもんじゃない。
だからといって、出来ないとは言いたくなかった。
――俺もあいつと一緒か。
なにもできないと奴と言われたくない。
その一心でがんばってみた。
だが、やはり、ちょっと疲れた。
足が自動的に宿泊室に向いて、誰のベッドかわからないところに横になってしまい、しばらく起きあがることが出来なかった。
疲れた……とぼんやりしていたうちに、いつの間にか、眠ってしまっていた。
目が虚ろに天井を眺めていると、ふと、異変に気づいた。
鉄道が止まっていた。
駅に着いた?
深夜に駅に着き、食料と水を受け取り、すぐに出発するはずだから、なにも心配いらないはずだった。
だが、妙に外が明るい。
太陽の光ではなく、火が燃えているような橙色の明かり。
人が言い争っている声も聞こえる。
手違いでもあったのか?
だが、この光景に、既視感があった。
列車を止める力を持ち、なおかつ、乗務員が制止するような行為をする。
車内の廊下を慌てて駆ける足音に、危機感がさらにつのり、完全に目が覚めた。
同時に部屋の戸を開けたのは、機関士の青年だ。ボストンの弟子でティンバーというらしい。
ティンバーはカートの姿を暗闇の中で確認し、すぐに叫んだ。
「起きてください! 臨検だ!」
その言葉の持つ意味を忘れたわけではなかった。
「革命軍か」
寝起きとは思えない声音で返事をした。
「はい、特務隊って名乗ってます。はやくあの人に」
あの人……メリーにはまだ伝わっていない。
重くなっている腰に鞭打って、働かせる。
廊下から外を覗くと、確かにボストンが赤い帽子の女と言い争っている。
「……ローズ……よくもまあ……」
この列車を見抜いたもんだ。
部下の男たちは四人。全員で松明をかざしている。道理で明るいわけだ。こっちは男で三~四人。戦うには厳しい。
状況を判断しながら、話し合いで解決できないかと考えて、そもそもカートが乗り込んでいる時点で怪しいので、話し合いは無理だろう。
車内に乗り込んできたら、すぐに見つかる。
考えているうちにボストンは振り切られ、ローズが部下を引き連れて、車内に足を踏み入れてきた。
「……俺が、合図したら、すぐに発車してくれ」
「合図?」
具体的ななにかを示さなければ、この青年はわからないようだった。
「あ、ああ、ガラスを割るとか、そういう大げさな音がしたら、だ」
「わかった、オヤジに伝える」
頼んだぞ、と言おうとして、やめた。
彼の前には女がいたからだ。
きりっとした目つきが薄暗い中でもカートをとらえている。
黒のパンツスーツが堂々とした姿勢によく似合っていた。
見習い機関士ティンバーはぱっと道をあけ、廊下の隅で邪魔にならないようにと、こそこそと機関室の方へ向かった。
その姿を横目に見つつ、ローズと対峙した。
部下の男がローズの肩越しに二人。
ローズとは久しぶりに向かい合う。
ローズはカートがこの列車に乗り込んでいる事実に少しも驚いていないようだ。
「久しぶりと言って、感動を喜ぶつもりはないわ」
感情を殺した、低い声で、
「……皇女は……いるわね?」
――緊張した、声だ。
カートにはわかった。
「……いたら、どうするっていうんだ」
「いるのね?」
後ろの男二人がぱっと動こうとする。
それをローズは腕を伸ばして、制止する。
「面会を希望するわ」
読めなかった。丁寧に希望される意味がわからない。確保するだけなら、無理矢理にでもつれていけばいい。
ローズがじっとカートの目を見ていた。
いつもの調子なら、ずかずかと踏み込んでくるだろう。
だが、それをしない。
なにを緊張しているのか、読めなかったが、おいそれと認めるわけにはいかない。ここでメリーを確保されてしまえば、ウィリアムの犠牲が、リュミエールの想いが、ミストやフィンの努力がすべて水の泡となってしまう。
「面会して、どうするんだ」
「対応次第では……」
といいつつ、その先は言わない。
しばし、にらみ合いが続いたが、闖入者がその空気に割って入った。
「なにがあったの……?」
カートの後ろのドアから、車両を越えて、顔を出したのは、青い髪で青い瞳。その瞳に、すぐにローズの姿が捉えて状況を把握したのか、慌てて、ドアを閉めてしまい、郵便車両に向かう。
「待って!」
カートを押しのけて、ローズが後を追う。
「やめろ!」
ローズの腕を掴もうとするが、部下の男たちが立ちはだかる。カートを押さえ込もうとつかみかかってくるが、カートにとって、列車内は地の利がある。一歩下がって、休憩室の扉を開けて、盾にする。男はそれに激突、そこを足払いをすると、簡単に二人ともドミノ倒しになる。
背中を踏んづけて、足を捕まれないように、ローズの後を追った。
すぐに追いついた。
彼女は郵便車の扉の前にいた。
扉には鍵が掛かっているのだ。内側から閉められる。
どんどんと叩いても、もちろん、メリーが鍵を開けるわけがなかった。
カートの気配に気づき、ローズが振り返った。
扉の向こうで部下の男たちがまだ倒れているのが見えたようで、舌をうつ。
「修羅場をくぐってきただけのことはあるわね……」
車両を飛び越え、カートはローズの隣まで接近するも、彼女は距離を置かなかった。
「鍵を出して」
逆に要求してきた。
カートは首を横に振る。できるわけがない。
「お願い、カート。私を信じて。ここで、終わりにしたいの」
終わりにする……その意味を考えると、不思議だ。
カートは良い印象を想定しないだけに、最悪の事態しか思いつかない。
「まさか、ここでメリーを……」
「いいから、私を信じてほしい。手紙、読んだでしょ」
ローズの真剣な眼差しが、カートの心を掴みに掛かった。
今までみたいに革命運動に引き込もうというのではない、今までと違った、強い気持ち。
「シエロは死んだ……それでもか」
ローズは一瞬、はっとした。
シエロが死んだ事実を聞かされて、ショックがあったようだが、それも一瞬だった。
「あいつらが来る。シエロのことはもういいの」
あいつら、と言うのはすぐにわかった。先ほどの部下二人だ。ローズがちらっと視線をその二人に送ったことでわかった。
「……もし、私が信じられないなら、この車両から、私を突き落として」
車両の外廊下で、もつれあえばそれもありえる。落下して、地面の石を適当な窓ガラスに投げつければ、列車は発車する手はずになっている。
そうすれば、メリーを救うことは出来るだろう。
ただ、それでは――。
「隊長、ご無事で」
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その様子を見て、ローズは手を差しだしてきた。
「鍵を渡しなさい。私が一対一で話し合いをします。あなたたちは手出し無用よ」
部下の男たちに牽制しているようでもあった。
カートのポケットの中には鍵束があった。
額の汗が滴り落ち、目に染みた。
渡す振りをして、ローズを車両から突き落とすことはできるだろう。その選択肢が脳裏に浮かんでは消える。
ローズは、ずっとカートの目を見ていた。そらすこともなく。
――信じてほしい。
その言葉が意味するものを未だ掴めない。
――信じて、いいのか。
ここにいないはずのリュミエールの言葉が聞こえてくるようだった。
約束ですよ?
顔のすぐそばまで近付いたミストの青い瞳が訴えかけてくるようだった。
フィンの得意げな笑みが脳裏に蘇る。マーカスはローズの失踪を嘆いていた。新しい居場所が作れたはず、と。それには同感だった。
憎らしい男だったが、最期は盾となったウィリアムの死に顔。それを思い出すと、あいつが命をかけてまで守りたかったものとの天秤。
そして、そのローズはなにを願っていたのだろう。
――俺の出すべき答えは。
そもそも、どうしてこうなってしまったのか。
なぜ、カートはメリーを運び、ローズはメリーを追っていたのか。
ローズはなぜメリーを追っていたのか。
ローズはなぜ、革命運動にとりつかれたのか。
――知っている。俺のせいなんだ。
考え方や思想云々よりも、足りないものがあったのだ。
きっと、彼女はそこにいれば、満足し、充足できるモノがあったのだ。
カートがトランスポーターに身を置いていたのと同じように。
そして、お互いが夢中になる居場所があって、二人の距離は離れていった。
だが、気持ちはどうなのだろう。
本当に離れてしまったのだろうか。
こんなにも真剣に信じてほしいと訴えかけるローズを、今までに見たことがあっただろうか。
それは――つまり。
覚悟しなければいけない時だ。
「わかった。鍵は俺が開ける」
カートは決断した。
「だが、一対一で話をしてくれ」
部下の男たちを牽制した。
男たちは気に入らないと言った表情でにらみつけてくるが、無視した。
「それでいいか」
ローズは笑み一つ浮かべていなかった。
「協力に感謝する」
仰々しく、感謝の言葉を述べる。
「同志諸君、私が許可するまで、この部屋には入るな」
部下へ念入りに牽制する。
カートは震える手で、鍵を開ける。
部屋の中でうずくまってるメリーは信じられないと言った様子で、カートを見ていた。
「……ありがとう。愛してるわ」
すれ違いざまにローズは小声でささやいた。
黙ってきいて、ローズが部屋に入ったところで、扉を閉めた。
扉の前で足を震わせながら、番をする。
革命軍の特務部隊の制服を着た若い男二人とにらみ合い。
カートには部屋の中の会話がわずかに聞こえた。
「……ことを、聞いて……」
「イヤよ! もう誰も……」
当たり前だが、メリーは反抗するだろう。
――どうするんだ。
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いったい、なにを考えているのか、わからなかった。
それでも、託してしまった。
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いや。
でも――と、考えた。
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そういう決断をしてしまったんだ。
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それでも、足の震えは止まらない。
そういえば、部屋の中が静かになった。
会話をしているようではなかった。
その瞬間、銃声がした。
二発目にガラスが割れた。
扉を蹴飛ばして、部屋に入った。
散らばった郵便物の海の中に、青い髪の少女が埋まっていた。
硝煙のあがったままの拳銃を片手に、ローズは震えていた。
ローズは左手でその震えを止め、高らかに宣言した。
「同志諸君、私はついに帝国の最後の希望を摘むことができた。これにより、革命は次の段階に移るだろう!」
呆然と立ち尽くしたカートはローズに背中を蹴られた。
バランスを崩してそのまま、メリーが横たわっている体の上に重なる。手をつくと、郵便物が液体に染まっている。
これは……と、確認したく、なかった。
それでも、手にどろっとついた液体をかざしてしまった。
暗くて、よく見えないが、黒っぽい。
若い男たちはカートの様子を見て、哀れになったのか、すぐに引っ込んでしまった。外で喜びの声を上げながら、プラットホームの見張りへ状況を叫んでいた。
叫び声と同時に、汽笛の音が聞こえた。
発車するのだ。
先ほどのガラスの音が合図だと思ったのかもしれない。
「回収はどうしますか?」
男の声だ。
「汽車が出るわ、撤収よ」
ローズの表情は逆光で読みとれない。
それでも、やりきった気配だけは感じ取れた。
「お、おまえは……」
言葉にならなかった。
「すぐ発車するみたいだから、それまで側にいてあげなさい」
さようなら、と言い残し、部屋を出ていった。
感情が沸騰した。
なにも考えられず、立ちあがり、背中から殴りつけようと拳を振り上げた。
だが、足首になにかが引っかかった。
つんのめって、そのまま、前のめりに倒れた。
「いってえ、クソッ」
立ち上がって、扉にとりつこうとして、ガラスに女の姿が映った。
青い髪で、白いドレス。
幻想かと頭を抱えながら、もう一度顔を上げると、青い髪の少女はにやにやしながら手を振っている。
さすがに疑問が湧いた。
現実は変わらないと、振り返った。
白いドレスにべっとりと黒い液体に染まりながら、青い髪の少女は、その青い瞳をカートに向けていた。
口元は緩く。
「バーカ」
と言って、笑って手を振っていた。
やはり、もう一度、頭を抱えた。
列車は動き出していた。
メリーは元気いっぱいに起きあがっていた。
「血糊だってさ、用意周到だね」
冷静に、メリーは解説する。
「これで、わたしは死んだことになるんだって。敵を騙すなら、味方からだなんてよく言うわね」
血糊袋を取り出し、投げつけてくる。
「ここまでお膳立てしてもらって、信じた甲斐があったじゃない」
カートはなにも言えなかった。
「ところでさ、お別れしちゃうの?」
メリーは背中を押した。
なんのことかと、問うことさえ、意味がなかったかもしれない。
車両の外廊下に出ると、ゆっくりだが、確実に、列車は動きだしていた。ホームではローズが車両に背を向けて、なにやら部下に演説している。
部下たちも腕を上げて、喜んでいる。
我々の任務は大成功を収めた!
笑いそうになって、表情をひきしめる。
「ローズ!」
名前を呼ばれて、彼女は振り向いた。
「まだ、仕事が残ってるぞ!」
スピードをあげていく汽車。車両をひとつずつ、後ろにとびうつり、少しでも、ローズに近づこうとする。
何事かと、ローズの部下の男たちは飛びつこうとするが、ローズがぴんと腕をのばして、制止する。そして、彼女自身も移動する列車に歩み寄る。
「作戦は大成功だわ、もう話すことはなにも……」
ひきつった笑顔で叫んでいる。
「まだ、最後の仕事があるんだよ!」
最後の車両にカートは飛び移る。
「もう、これですべて終わりよ!」
ホームの端で、列車の加速する煽りの風にローズの髪が巻き上がる。
「まだ終わりじゃない!!」
ホームのギリギリに立つ、ローズの腰をさらった。
カートの腕がしっかりとくいこみ、車両側へ、引っ張る。
車両の外廊下で、言葉も無く、二人は抱き合っていた。
プラットホームを出発した汽車の最後の車両から、赤い帽子が飛んでいく。
終
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