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#5 Save the Princess
ep.45 厄介な荷物
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ウィリアムの顔には彼がいつでもかぶっていた羽根付き帽子をのせてあげた。
最期には盾となった彼の忠誠心も見事だが、本心はどこにあったのだろう。野心的な組織の拡大か、はたまたメリーへの純粋な気持ちだったのか。バラバラになった勲章がなにかを物語っていた。
そして、ウィリアムの亡骸の向こう。その原因。
胸を剣で貫かれ、絶命した、給仕姿のシエロ。
頬が緩んでいた、まるで笑っているようだった。
死ぬ時も笑顔でいるという徹底的な男であった。
付き合いが長いはずなのに、なんの感慨も湧いてこない。
カートとしては、よっぽどウィリアムの方が残念だ。
敵対していたから? いや、そうではないだろうと自分自身にツッコミをいれた。
元々、シエロとは友人でさえなかったのかもしれない。
ドライな感想しか出てこない、それもまた悲しい。ローズと一緒に、三人で過ごした時間は短い時間ではなかった。逆にシエロからすれば、カートをいつでもどうにか出来たはずなのに、いつだって泳がされてきた。
お互いに都合がよかったのか、それも今になってはわからない。
ただ、少し、寂しいかもしれない。
ウィリアムというケンカ相手を失なわせた怒りをぶつけたいくらいだが、死人にむち打ったところでなにもない。また、そういう気持ちもケンカ仲間だったという証かもしれない。
なんでこんなことになってしまったのかとは、あまり考えたくはなかった。お互いの正義のためにぶつかりあったのだろう。
だから、カートだって、己の正義に忠実でいるべきという結論――俺の正義って何だ――と、我に返った。
隣でようやく立ち上がることができたメリー。彼女はこういう光景を何度も味わっているのだろう。袖で頬を拭いている。
「……そろそろ、行くぞ」
二人に何気なく、声を掛ける。
部屋の窓から、停車中の貨物列車が見えた。機関車の下部から蒸気があがっていた。そろそろ出発だろう。
その列車の隣に停車していたはずの、あの、豪華特装列車はいつの間にか消えていた。
総帥は先に逃げた――ウィリアムの言葉を思い出した。
――終わったな。
本来ならば、花嫁とともにバージンロードとか洒落込むつもりが、花嫁を忘れていくという大失態。
メリーだって、未練はないだろう、そう思って、振り返っても、メリーの表情は渋い。
「……おねえさまを迎えにいくわ」
「ダメです」
力強い断定にメリーは、はっとした。
力強く否定したのは、リュミエールだった。
「ミスト様の元へは行かせません」
「だって!」
「ミスト様は必ず、姫様の元へ訪ねてきます。お姉さまのことを信頼していらっしゃるなら、信じてあげてください。今は、御身を一番に考えてください」
カートは目を丸くした。
リュミエールが強い口調でメリーに異を唱えている。
「私はどんな時でも、どんな場所でも、お供します。ですが、これだけは言わせてください。姫様、今は、今だけは私たちの荷物になってください」
あえて、荷物という言葉を使って諭している。
メリーはしばらくうつむいて、
「……わ、わかったわよ、説教しないで」
ぷいと横向いて、ウィリアムの元へ向かう。
彼に最後のねぎらいの言葉をかける。
「ウィル、今までありがとう。ごめんね……私が……」
また涙が出てきたが、拭くことをしなかった。
「あまり自分を責めるなよ、あいつも浮かばれない」
メリーは返事をしなかった。鼻をすすりながら、きりっとした表情でリュミエールに指示をする。
「命令よ、私を運びなさい」
階段を駆け下りたと同時に列車は動き出した。
のろのろと動き出した今が好機と、まず、経験豊かなカートがステップ脇の手すりに飛びつく。
リュミエールに抱きかかえられていたメリーは自分の足で立ち、ドレスの裾をもちあげて、小走りにカートのあとを追った。
カートも車両後方まで移動して、ステップの立ち入り禁止ロープを外して、迎え入れる体勢を整えた。
メリーが手を伸ばしてきた。細くて白い腕、小振りの手のひらが宙を泳いでいた。
カートはその腕をしっかりと捕まえた。ぎゅっと握りしめる。少し痛いくらいに力を込める。
メリーの足が追いついてこない。ヒールが脱げていた。
取りに行く余裕なんてない。
小柄な体を後ろから押される。リュミエールが支えていた。全身が浮き上がり、足がステップに届いた。あとは腕を強く引くカートの力で、上体が持ち上がり、ステップになんとか、体が乗った。
「よし」
最後にリュミエールだが、列車のスピードはすでに人間の足の速さを軽く越えた。
どんどん、車両が流れていく。あっという間にリュミエールとは距離が広がっていった。
「リュミエール、とりつきなさい!」
メリーの叫び声、汽笛に半分かき消されていた。
カートは後続車両を見た。
だが、後続車両はコンテナ車とタンク車ばっかりで、人が乗り込める余地などなかった。つかまったとしても、すぐに風で吹き飛ばされて逆に危険だ。アドバイスできるようなことなどなかった。
「リュミエール!!」
どんどん、ちいさくなっていく彼の体に向けて、いつまでもメリーは声を張り上げた。
最後の車両がプラットホームを抜けていった。
金髪の男が手を振っていた。
返事をするようにメリーも叫び返していたが、汽笛と車輪の音でまったくわからない。
鉄道はスピードを上げて、市街地を通り過ぎていった。
列車は順調に走っているだろうことはカートの経験上、すぐにわかったが、目の前の姫君は順調とは言い難い。
また涙で顔が濡れていた。
ステップから車内に入ると、どうやら乗務員の休憩車両のようだ。個室に区切られ、部屋にはベッドとハンガー。棚には瓶詰めの軽食と酒。
水のボトルを勝手に開けて、陶器のコップを棚から探して注ぐ。
ベッドにメリーを座らせ、水のコップを渡して、泣きやむのを待った。
まだ落ち着けるわけではないが、少しくらいゆっくりしてもいいだろう。少しずつ水を飲むメリーだが、半分くらい飲んだ後、喉が乾いていたのを忘れていたように一気に飲み干した。
「バカッ、なにがずっと傍にいるよ、いっつもこうじゃない! なんで、なんで……いつもいつも」
ひたすら、同じ言葉を繰り返していた。
少し、それが収まった頃、
「……最初に戻ったな」
カートは感慨深くつぶやく。
「最初?」
メリーの興味を誘ったようだ。
「ああ」
荷物としてメリーが貨物車に乗り込んだ時から、カートの人生のレールが切り替わったのだ。
そして、また、貨物車に乗り込み、荷物としてファイナリアに向かおうとしている。
そうだ、と手のひらを叩いた。
「どうしたの?」
「重要なことだ、この車両がファイナリアに行くかどうか、調べてくる」
立ち上がると、メリーがカートの腕を咄嗟につかんだ。
細い指先が小刻みにふるえながら、カートの腕に食い込んでいた。
「だめ、ひとりにしないで」
真っ赤に腫れた目がまっすぐにカートに向いていた。
この部屋は乗務員の部屋だ。鍵を掛けたところで、きっと乗務員も合い鍵を持っているから、部屋に自然に戻ってくるだろう。そうなると、メリー一人では対処しきれない、カートはそう判断した。
「そうだな。もう、荷物じゃないもんな」
メリーの青い髪をくしゃくしゃっと撫でた。
いつの間にか、メリーの頭からティアラが落ちていた。セットされていた髪もぼさぼさになっている。
乗務員は機関士三名の他に、車掌が一人。どうやらあの部屋は車掌室だったようだ。
唐突に現れた珍客に、驚いたのはもちろんだが、泣きすぎで真っ赤な目をしたメリーのぼろぼろのウェディング姿に感慨を覚えたのか、対応は悪くなかった。ただ、次の駅で降りた方がいいと勧められた。この列車は北部に燃料を運ぶという。なるほど、とカートは頭の中の路線図で、乗り継ぎに関して、質問する。ファイナリアに行く便はないだろうかと経験をもとに答えをはじきだす。
「ファイナリア行きか。南回りがあったはずだが」
車掌のヒントで確信を得た。トランスポーターをやっていた時に、そのルートで移動したことがあった。
あとは時刻が合うかどうか。
時刻表とにらめっこする。
到着時間帯で、ファイナリア方面行きをなぞる。
ちょうどいいのがある。ベルク駅経由でファイナリア南海岸線を通る便だ。
「これに乗る。それまで厄介になる」
カートは車掌に敬礼すると、車掌は笑って返した。
旅客列車に乗るという手もあったが、メリーの姿を見て、トラブルになるのも手間だった。だとすると、やはり貨物に忍び込むのが早い。
問題は、それに乗って、乗務員や機関士に侵入者扱いされて、降車されるのが怖い。今回のように、対応のよい人ばかりとは限らない。
乗り換えの駅が近づいてくると同時に、カートは無口になった。
よっぽど、メリーの方が落ち着いていた。
カートの難しい表情を見て、何か言いたげであったが、なにも口にしなかった。
部屋を借りたはいいが、微妙な空気が漂っていた。
そこへ、車掌の男が声をかけてきた。
「カート君、ちょっといいかな」
壮年の男はお茶目にウインクする。
「……なんでしょうか」
「乗り換えの車両の車掌が知り合いだから、なんとか乗らせてもらえるように話を付けておこうと思う」
「本当ですか、それは助かります」
「我々も帝国陸運出身だしな、少なからず殿下を辱める連中を許すわけにはいかないのだ」
気軽に、メリーに向かって手を振る男。なんだかわからないというようにきょとんしながら、メリーは手を振り返していた。
「ご協力感謝します」
代わりにカートが礼を言う。
いいや、と男は続ける。
「……我々はただ日常業務を果たしただけだ。きっとこの車両には予定以外の貨物も人も乗っていない。始発駅から時刻通りに発車し、次の駅も時刻通りに発車する。いいね?」
カートは姿勢を正して、敬礼で返した。
「よし、それでこそ、トランスポーターだ」
結果、乗り換えは大成功だった。
乗り換えの列車の機関士は以前に父の友人と言っていたボストンだった。
カートの顔を見るなり、破顔して喜んだ。
提案にもちろん、乗ってくれた。
「奴らにいっぱい食わせてやるさ」
そう言うと、列車の発車時刻より少し早くに列車を動かした。慌てて機関室に乗り込んでくる緑のツナギの男を蹴飛ばして、線路上に放り出した。
緑のツナギが後ろの車両から乗り込んできたところを、上からカートがやはり蹴飛ばして、突き落とした。彼は悪態をつきながらも、三度として追ってはこなかった。
作戦はうまくいき、ボストンとハイタッチした。
礼を言うと、礼はいいから、手が空いてるなら逆に手伝ってくれと要求された。
輸送管理官がいなくなって、機関士の業務が細かいところで増えて大変だという。真っ黒なヒゲを蓄えた小柄な機関士はいかにも職人口調で言う。
「革命政府もレコンキスタなんちゃらも、クソ食らえだ。あいつらなにもわかってねえ。現場を見ないで、お偉いさんが大義ばかり振りかざして、余計な仕事ばっかり増やしやがる。あいつらのメシが食えているのは俺たちがいるからなのに、コキ使うことしか考えてねえ」
不満を口にしてから、メリーの姿を目にして、少し改まったようだった。
「おっと、わりい」
「……いえ、お気になさらずに」
本当にどうでもいいと言いたげだった。
「姫さんは安全運転で行くから、後ろの寝室で休んでてくださいよ。あんたは、点検手伝ってくれ」
方言で訛りのある言葉で、指示を出す。点検ボードを渡され、苦笑しながらカートは任務に就く。
寝室は前の車両よりも狭く、二段ベッドで着替えがカゴに投げられており、少し汗の臭いがした。
カートとメリーは立ち止まり、顔を見合わせた。
「他の車両を探すか」
メリーもうんとうなずいた。
車両の外廊下を伝って、隣の車両に飛び移ると、そこは郵便車両だった。
窓越しに棚と小箱がところ狭しに並んでいるのが確認できる。
鍵束から鍵を選んで錠を開ける。
先ほどの部屋より過ごしやすいかもしれないと二人でうなずきあう。
「わたしはいつになったら、快適な旅が出来るのかしら」
不満を露わにするというわけでもなく、少し笑みを含んでいた。丈夫そうな箱へ腰を下ろしながら。
「……いつか一等客室を案内するさ、その時はお客様だな」
「のんびりと観光するのって実は夢なのよ、わたしの行動はいつだって、限られているから」
「今後のことは考えているのか」
「なんにも」
「貧乏くさい生活になるかもな」
「……イヤね」
「働かないといけないな」
「なに言ってるの、わたしだって今まで働いてきたわ」
「バケツをひっくり返したりしたら叱られる立場だ」
「……そ、それはイヤだわ」
「イヤなことばっかりだな」
「そうね」
よく考えてみたら、いいことなんて全然ないじゃないかと笑う。
でも、と続ける。
「わたしの居場所、見つけた気がする」
その言葉の意外さにカートも思わず耳を疑う。
「あんたは、どうなの?」
逆に耳が痛い。
「俺の居場所か?」
そうだな……仕事はないし、別にどこかの国の肩を持つ訳じゃない。
「そろそろ答えを出すべきか?」
珍しく、メリーにアドバイスを求める。
彼女はきょとんとしながら、微笑んで一言、
「わたしでよかったら、協力するわ」
最期には盾となった彼の忠誠心も見事だが、本心はどこにあったのだろう。野心的な組織の拡大か、はたまたメリーへの純粋な気持ちだったのか。バラバラになった勲章がなにかを物語っていた。
そして、ウィリアムの亡骸の向こう。その原因。
胸を剣で貫かれ、絶命した、給仕姿のシエロ。
頬が緩んでいた、まるで笑っているようだった。
死ぬ時も笑顔でいるという徹底的な男であった。
付き合いが長いはずなのに、なんの感慨も湧いてこない。
カートとしては、よっぽどウィリアムの方が残念だ。
敵対していたから? いや、そうではないだろうと自分自身にツッコミをいれた。
元々、シエロとは友人でさえなかったのかもしれない。
ドライな感想しか出てこない、それもまた悲しい。ローズと一緒に、三人で過ごした時間は短い時間ではなかった。逆にシエロからすれば、カートをいつでもどうにか出来たはずなのに、いつだって泳がされてきた。
お互いに都合がよかったのか、それも今になってはわからない。
ただ、少し、寂しいかもしれない。
ウィリアムというケンカ相手を失なわせた怒りをぶつけたいくらいだが、死人にむち打ったところでなにもない。また、そういう気持ちもケンカ仲間だったという証かもしれない。
なんでこんなことになってしまったのかとは、あまり考えたくはなかった。お互いの正義のためにぶつかりあったのだろう。
だから、カートだって、己の正義に忠実でいるべきという結論――俺の正義って何だ――と、我に返った。
隣でようやく立ち上がることができたメリー。彼女はこういう光景を何度も味わっているのだろう。袖で頬を拭いている。
「……そろそろ、行くぞ」
二人に何気なく、声を掛ける。
部屋の窓から、停車中の貨物列車が見えた。機関車の下部から蒸気があがっていた。そろそろ出発だろう。
その列車の隣に停車していたはずの、あの、豪華特装列車はいつの間にか消えていた。
総帥は先に逃げた――ウィリアムの言葉を思い出した。
――終わったな。
本来ならば、花嫁とともにバージンロードとか洒落込むつもりが、花嫁を忘れていくという大失態。
メリーだって、未練はないだろう、そう思って、振り返っても、メリーの表情は渋い。
「……おねえさまを迎えにいくわ」
「ダメです」
力強い断定にメリーは、はっとした。
力強く否定したのは、リュミエールだった。
「ミスト様の元へは行かせません」
「だって!」
「ミスト様は必ず、姫様の元へ訪ねてきます。お姉さまのことを信頼していらっしゃるなら、信じてあげてください。今は、御身を一番に考えてください」
カートは目を丸くした。
リュミエールが強い口調でメリーに異を唱えている。
「私はどんな時でも、どんな場所でも、お供します。ですが、これだけは言わせてください。姫様、今は、今だけは私たちの荷物になってください」
あえて、荷物という言葉を使って諭している。
メリーはしばらくうつむいて、
「……わ、わかったわよ、説教しないで」
ぷいと横向いて、ウィリアムの元へ向かう。
彼に最後のねぎらいの言葉をかける。
「ウィル、今までありがとう。ごめんね……私が……」
また涙が出てきたが、拭くことをしなかった。
「あまり自分を責めるなよ、あいつも浮かばれない」
メリーは返事をしなかった。鼻をすすりながら、きりっとした表情でリュミエールに指示をする。
「命令よ、私を運びなさい」
階段を駆け下りたと同時に列車は動き出した。
のろのろと動き出した今が好機と、まず、経験豊かなカートがステップ脇の手すりに飛びつく。
リュミエールに抱きかかえられていたメリーは自分の足で立ち、ドレスの裾をもちあげて、小走りにカートのあとを追った。
カートも車両後方まで移動して、ステップの立ち入り禁止ロープを外して、迎え入れる体勢を整えた。
メリーが手を伸ばしてきた。細くて白い腕、小振りの手のひらが宙を泳いでいた。
カートはその腕をしっかりと捕まえた。ぎゅっと握りしめる。少し痛いくらいに力を込める。
メリーの足が追いついてこない。ヒールが脱げていた。
取りに行く余裕なんてない。
小柄な体を後ろから押される。リュミエールが支えていた。全身が浮き上がり、足がステップに届いた。あとは腕を強く引くカートの力で、上体が持ち上がり、ステップになんとか、体が乗った。
「よし」
最後にリュミエールだが、列車のスピードはすでに人間の足の速さを軽く越えた。
どんどん、車両が流れていく。あっという間にリュミエールとは距離が広がっていった。
「リュミエール、とりつきなさい!」
メリーの叫び声、汽笛に半分かき消されていた。
カートは後続車両を見た。
だが、後続車両はコンテナ車とタンク車ばっかりで、人が乗り込める余地などなかった。つかまったとしても、すぐに風で吹き飛ばされて逆に危険だ。アドバイスできるようなことなどなかった。
「リュミエール!!」
どんどん、ちいさくなっていく彼の体に向けて、いつまでもメリーは声を張り上げた。
最後の車両がプラットホームを抜けていった。
金髪の男が手を振っていた。
返事をするようにメリーも叫び返していたが、汽笛と車輪の音でまったくわからない。
鉄道はスピードを上げて、市街地を通り過ぎていった。
列車は順調に走っているだろうことはカートの経験上、すぐにわかったが、目の前の姫君は順調とは言い難い。
また涙で顔が濡れていた。
ステップから車内に入ると、どうやら乗務員の休憩車両のようだ。個室に区切られ、部屋にはベッドとハンガー。棚には瓶詰めの軽食と酒。
水のボトルを勝手に開けて、陶器のコップを棚から探して注ぐ。
ベッドにメリーを座らせ、水のコップを渡して、泣きやむのを待った。
まだ落ち着けるわけではないが、少しくらいゆっくりしてもいいだろう。少しずつ水を飲むメリーだが、半分くらい飲んだ後、喉が乾いていたのを忘れていたように一気に飲み干した。
「バカッ、なにがずっと傍にいるよ、いっつもこうじゃない! なんで、なんで……いつもいつも」
ひたすら、同じ言葉を繰り返していた。
少し、それが収まった頃、
「……最初に戻ったな」
カートは感慨深くつぶやく。
「最初?」
メリーの興味を誘ったようだ。
「ああ」
荷物としてメリーが貨物車に乗り込んだ時から、カートの人生のレールが切り替わったのだ。
そして、また、貨物車に乗り込み、荷物としてファイナリアに向かおうとしている。
そうだ、と手のひらを叩いた。
「どうしたの?」
「重要なことだ、この車両がファイナリアに行くかどうか、調べてくる」
立ち上がると、メリーがカートの腕を咄嗟につかんだ。
細い指先が小刻みにふるえながら、カートの腕に食い込んでいた。
「だめ、ひとりにしないで」
真っ赤に腫れた目がまっすぐにカートに向いていた。
この部屋は乗務員の部屋だ。鍵を掛けたところで、きっと乗務員も合い鍵を持っているから、部屋に自然に戻ってくるだろう。そうなると、メリー一人では対処しきれない、カートはそう判断した。
「そうだな。もう、荷物じゃないもんな」
メリーの青い髪をくしゃくしゃっと撫でた。
いつの間にか、メリーの頭からティアラが落ちていた。セットされていた髪もぼさぼさになっている。
乗務員は機関士三名の他に、車掌が一人。どうやらあの部屋は車掌室だったようだ。
唐突に現れた珍客に、驚いたのはもちろんだが、泣きすぎで真っ赤な目をしたメリーのぼろぼろのウェディング姿に感慨を覚えたのか、対応は悪くなかった。ただ、次の駅で降りた方がいいと勧められた。この列車は北部に燃料を運ぶという。なるほど、とカートは頭の中の路線図で、乗り継ぎに関して、質問する。ファイナリアに行く便はないだろうかと経験をもとに答えをはじきだす。
「ファイナリア行きか。南回りがあったはずだが」
車掌のヒントで確信を得た。トランスポーターをやっていた時に、そのルートで移動したことがあった。
あとは時刻が合うかどうか。
時刻表とにらめっこする。
到着時間帯で、ファイナリア方面行きをなぞる。
ちょうどいいのがある。ベルク駅経由でファイナリア南海岸線を通る便だ。
「これに乗る。それまで厄介になる」
カートは車掌に敬礼すると、車掌は笑って返した。
旅客列車に乗るという手もあったが、メリーの姿を見て、トラブルになるのも手間だった。だとすると、やはり貨物に忍び込むのが早い。
問題は、それに乗って、乗務員や機関士に侵入者扱いされて、降車されるのが怖い。今回のように、対応のよい人ばかりとは限らない。
乗り換えの駅が近づいてくると同時に、カートは無口になった。
よっぽど、メリーの方が落ち着いていた。
カートの難しい表情を見て、何か言いたげであったが、なにも口にしなかった。
部屋を借りたはいいが、微妙な空気が漂っていた。
そこへ、車掌の男が声をかけてきた。
「カート君、ちょっといいかな」
壮年の男はお茶目にウインクする。
「……なんでしょうか」
「乗り換えの車両の車掌が知り合いだから、なんとか乗らせてもらえるように話を付けておこうと思う」
「本当ですか、それは助かります」
「我々も帝国陸運出身だしな、少なからず殿下を辱める連中を許すわけにはいかないのだ」
気軽に、メリーに向かって手を振る男。なんだかわからないというようにきょとんしながら、メリーは手を振り返していた。
「ご協力感謝します」
代わりにカートが礼を言う。
いいや、と男は続ける。
「……我々はただ日常業務を果たしただけだ。きっとこの車両には予定以外の貨物も人も乗っていない。始発駅から時刻通りに発車し、次の駅も時刻通りに発車する。いいね?」
カートは姿勢を正して、敬礼で返した。
「よし、それでこそ、トランスポーターだ」
結果、乗り換えは大成功だった。
乗り換えの列車の機関士は以前に父の友人と言っていたボストンだった。
カートの顔を見るなり、破顔して喜んだ。
提案にもちろん、乗ってくれた。
「奴らにいっぱい食わせてやるさ」
そう言うと、列車の発車時刻より少し早くに列車を動かした。慌てて機関室に乗り込んでくる緑のツナギの男を蹴飛ばして、線路上に放り出した。
緑のツナギが後ろの車両から乗り込んできたところを、上からカートがやはり蹴飛ばして、突き落とした。彼は悪態をつきながらも、三度として追ってはこなかった。
作戦はうまくいき、ボストンとハイタッチした。
礼を言うと、礼はいいから、手が空いてるなら逆に手伝ってくれと要求された。
輸送管理官がいなくなって、機関士の業務が細かいところで増えて大変だという。真っ黒なヒゲを蓄えた小柄な機関士はいかにも職人口調で言う。
「革命政府もレコンキスタなんちゃらも、クソ食らえだ。あいつらなにもわかってねえ。現場を見ないで、お偉いさんが大義ばかり振りかざして、余計な仕事ばっかり増やしやがる。あいつらのメシが食えているのは俺たちがいるからなのに、コキ使うことしか考えてねえ」
不満を口にしてから、メリーの姿を目にして、少し改まったようだった。
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「……いえ、お気になさらずに」
本当にどうでもいいと言いたげだった。
「姫さんは安全運転で行くから、後ろの寝室で休んでてくださいよ。あんたは、点検手伝ってくれ」
方言で訛りのある言葉で、指示を出す。点検ボードを渡され、苦笑しながらカートは任務に就く。
寝室は前の車両よりも狭く、二段ベッドで着替えがカゴに投げられており、少し汗の臭いがした。
カートとメリーは立ち止まり、顔を見合わせた。
「他の車両を探すか」
メリーもうんとうなずいた。
車両の外廊下を伝って、隣の車両に飛び移ると、そこは郵便車両だった。
窓越しに棚と小箱がところ狭しに並んでいるのが確認できる。
鍵束から鍵を選んで錠を開ける。
先ほどの部屋より過ごしやすいかもしれないと二人でうなずきあう。
「わたしはいつになったら、快適な旅が出来るのかしら」
不満を露わにするというわけでもなく、少し笑みを含んでいた。丈夫そうな箱へ腰を下ろしながら。
「……いつか一等客室を案内するさ、その時はお客様だな」
「のんびりと観光するのって実は夢なのよ、わたしの行動はいつだって、限られているから」
「今後のことは考えているのか」
「なんにも」
「貧乏くさい生活になるかもな」
「……イヤね」
「働かないといけないな」
「なに言ってるの、わたしだって今まで働いてきたわ」
「バケツをひっくり返したりしたら叱られる立場だ」
「……そ、それはイヤだわ」
「イヤなことばっかりだな」
「そうね」
よく考えてみたら、いいことなんて全然ないじゃないかと笑う。
でも、と続ける。
「わたしの居場所、見つけた気がする」
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「あんたは、どうなの?」
逆に耳が痛い。
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