兎沢桃の曖昧な脚本【鮫嶋くんの甘い水槽・サイドストーリー】

蜂賀三月

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あたしの脚本

 帰りのホームルームが終わった。あたしはスクバに教科書や筆箱を乱雑に入れて教室を出る。今日、あたしの狙い通りにうちのクラスの出し物は演劇になった。熊谷先生が最初にいい受け止め方をしてくれたのが大きかったなぁ。愛奈ちゃんがわかりやすく驚いていて、ちょっと笑っちゃった。
 それにしても、演目の変更を提案するかと思ってたけどまさかベル役に立候補するなんてさ。あたしは愛奈ちゃんのそういうところがけっこう好きかもしれない。
 男子の票はあたしに傾くだろう。だけど女子の票は……たぶん愛奈ちゃんの方に集まる。でも、充分に挑戦する価値はある。クラスの男子にはいつもより愛想よくしといたしね。決戦は明後日。その先を見据えて、今やるべきことをやらなきゃ。
 
 あたしは学校の玄関口ではなく、図書室に向かう。今まで図書室なんて授業でしか使ったことないんだけど。
 図書室に入ると、生徒が数人いるだけでとても静かだった。あたしは次々と『美女と野獣』に関わる本を手に取っていく。名作だけあって、絵本だけでもいくつか種類がある。名作っていうのは本当にすごい。童話や小説もあるし、アニメだってある。もちろん、あたしの大好きな演劇も。演劇の内容はよく覚えているから、どのシーンが一番盛り上がるかはわかっている。ただ、それを真似するだけじゃダメな気がする。
だからこそ、演劇の原案になる資料は慎重に選ばないといけない。もしあたしがベルに選ばれた場合、鮫嶋くんと一緒に劇を演じることになるのだから。
 図書室の机に座って、美女と野獣の本を開いてみる。あたしの部屋にあるものとは物語の展開や設定が微妙に違う。怖い雰囲気の作品もあれば、ちょっとメルヘンすぎるようなものもあった。
 どれがしっくりくるだろう。どれを演じたら一番意識してもらえる?
 あたしは物語の中のベルと心を重ねていく。
 最初は関わることもないだろうと思っていた鮫嶋くん。
 わざわざ危険と噂される人に近づく意味なんてないし、きっと卒業までまともに話すこともないと思っていたのに。いつの間にか教室で違う表情を見せはじめた彼に、興味をもってしまった。鮫嶋くんは、ほかの男子とは違う。デレデレもしないし、自分からあたしの方に来てくれない。
 初めての感情が胸の奥から湧き上がってきたの。それが恋とわかるまで時間はかからなかった。
 ――これが、初恋。
 今まで何人もの男子に告白されてきた。その男子たちの顔をふと思い出す。あの男子たちも今のあたしみたいな気持ちだったのかなぁ。そう思うと、少しだけ罪悪感みたいなものが芽生えた。
 あたしがこんな気持ちになるなんて。こんな気持ちになっているのに。なんで鮫嶋くんは気づかないんだろう。なんでこっちを見てくれないんだろう。全部全部わかってほしいし、あたしも鮫嶋くんのことをもっと知りたい。
 どの美女と野獣も、あたしのこんな気持ちを代弁してくれそうにはなかった。
 
 それなら、もう――。
 
「……自分で書くしかない?」
 脚本なんて書いたことがないけれど、演劇はママの影響で昔から見ている。どうにかなるかもしれないし、どうにもならないかもしれない。だけど自分の気持ちをわかってもらいたい。
 あたしは『中学生でもわかる脚本の書き方』という本を見つけて、迷わずそれを手に取った。
「やってみなきゃわかんないよね!」
 カウンターで貸し出しをしてもらって、スクバに本を入れる。本五冊分の重みが増したせいで、スクバのヒモが肩に食い込んでいく。
「おもたいなぁ。色々な意味で」
「――どうかしました?」
 不思議そうにしている司書の先生に「なんでもないです」とぎこちなく答える。

 学校を出る前にウサギ小屋を覗く。
知らない生徒がウサギ小屋の掃除を気怠そうにしていた。
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