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3.地下
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夕方の風が、どこか湿っていた。
商店街の外れにある地下ライブハウス。その階段を、律はゆっくりと降りていった。
コンクリートの壁に貼られたポスターは、知らないバンドの名前ばかりだった。
その中に、色あせて端がめくれかけた一枚——“NOIZY PARADE / LIVE”。
自分たちが出た、最後のイベントのものだった。
「……まだ残ってんのか。」
呟きながら、手のひらでそっと端を押さえ、剥がれかけを直す。
アングラな雰囲気とタバコの匂いと、地下にこもる湿気。
懐かしいのに、もう自分の居場所ではない匂いだった。
ドアを開けると、スピーカーから心臓をつかむような低音が響いていた。
リハーサル中らしく、若いバンド4Pバンドがステージで音を合わせている。
ステージから少し離れた奥のカウンターに、律が探していた人物がいた。
「お、久しぶり。律じゃん。」
篠原さんが笑った。
短く刈った髪とb無精ひげ、黒いTシャツ。昔と何も変わっていない。
変わったのは、たぶん自分の方だ。
「連絡させてもらった件で……報告があって来ました。」
「お? 出てくれるの? 連絡ねぇからどうしたかと思ってた。」
「……いや。逆です。バンド、解散しました。」
言葉にした瞬間、音が遠のいた気がした。
篠原さんは手を止めて、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息をついて言った。
「そっか。……まぁ、そういうもんだよ。」
そう言いながら、カウンターの下からペットボトルの炭酸水を取り出し、律の前に置いた。
「飲めよ。」
律は受け取りながら、視線を落とした。
キャップを開ける音がやけに大きく響く。
「……続くバンドのほうが珍しいんだ。
でもさ、お前ら、演奏はこれからって感じだったけど、勢いもあった。
俺、まだ“あの日の音”覚えてるよ。」
篠原さんの言葉が、少し胸に刺さった。
“あの日の音”。それは、もうどこにもない音だった。
「……ありがとうございます。」
「律、お前さ。音楽、やめるのか?」
律は、答えに詰まった。
「……わかんないっす。」
「わかんねぇなら、まだやめてねぇよ。」
「……おんなじような事、バイト先の人にも言われました。」
篠原さんは少し笑った。
そのばつが悪そうな笑顔は、不思議と優しかった。
「まぁ、焦んなよ。二十歳なんて、始まりにも終わりにもならねぇ歳だ。」
律は苦笑しながらうなずいた。
「……なんか、実感ないんすよね。終わったっていうのに。」
「終わりなんて、だいたいあとから気づくもんだよ。
気づいたときには、次の始まりがもう近くにある。」
ステージの方から、リハの音が聞こえてくる。
新しいバンドが鳴らすギターの音。
そのディストーションノイズの後に、ふと美玖の声が蘇る。
> 「ねぇ信じていたい あの日のままで
> 傷だらけの音でもいい」
最後のライブで歌ったフレーズ。
照明の熱、汗、アンプからの爆音。
律は、あの瞬間だけは確かに生きていた と思った。
「……あの頃は、楽しかったんすよね。」
「だろ? そういう瞬間は忘れねぇもんだよ。」
篠原はさんは、奥の古い段ボールの中から一枚のポスターを取り出した。
「ほら、お前らのやつ。貼り替えのとき取っといたんだ。
ゴミにするには、もったいねぇと思ってさ。」
差し出されたそれを、律は両手で受け取った。
色褪せた紙に、3人の名前。
“RITSU / MIKU / YAMACHAN”。
“NOIZY PARADE”その文字を指でなぞる。
「……ありがとうございます。」
「またなんかやる時は、声かけろよ。
機材、また貸せるから、有料で。」
律は、小さく苦笑いを浮かべ、うなずいた。
「はい。」
店を出ると、外はすっかり夜だった。
ネオンの光が滲む。
さっきリハーサルしていたバンド目当てのお客さんだろうか、
遠くから聞こえるライブの音が、どこか懐かしく胸に響く。
律は立ち止まり、ポスターを抱えながら小さく呟いた。
「……傷だらけの音でも、いいか。」
夜風が頬を撫でた。
信号待ちの間、ふとスマホを取り出す。
再生アプリ “NOIZY PARADE”の「幕が開いたら」の文字。
Bluetoothイヤホンを耳に刺して再生した。
商店街の外れにある地下ライブハウス。その階段を、律はゆっくりと降りていった。
コンクリートの壁に貼られたポスターは、知らないバンドの名前ばかりだった。
その中に、色あせて端がめくれかけた一枚——“NOIZY PARADE / LIVE”。
自分たちが出た、最後のイベントのものだった。
「……まだ残ってんのか。」
呟きながら、手のひらでそっと端を押さえ、剥がれかけを直す。
アングラな雰囲気とタバコの匂いと、地下にこもる湿気。
懐かしいのに、もう自分の居場所ではない匂いだった。
ドアを開けると、スピーカーから心臓をつかむような低音が響いていた。
リハーサル中らしく、若いバンド4Pバンドがステージで音を合わせている。
ステージから少し離れた奥のカウンターに、律が探していた人物がいた。
「お、久しぶり。律じゃん。」
篠原さんが笑った。
短く刈った髪とb無精ひげ、黒いTシャツ。昔と何も変わっていない。
変わったのは、たぶん自分の方だ。
「連絡させてもらった件で……報告があって来ました。」
「お? 出てくれるの? 連絡ねぇからどうしたかと思ってた。」
「……いや。逆です。バンド、解散しました。」
言葉にした瞬間、音が遠のいた気がした。
篠原さんは手を止めて、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息をついて言った。
「そっか。……まぁ、そういうもんだよ。」
そう言いながら、カウンターの下からペットボトルの炭酸水を取り出し、律の前に置いた。
「飲めよ。」
律は受け取りながら、視線を落とした。
キャップを開ける音がやけに大きく響く。
「……続くバンドのほうが珍しいんだ。
でもさ、お前ら、演奏はこれからって感じだったけど、勢いもあった。
俺、まだ“あの日の音”覚えてるよ。」
篠原さんの言葉が、少し胸に刺さった。
“あの日の音”。それは、もうどこにもない音だった。
「……ありがとうございます。」
「律、お前さ。音楽、やめるのか?」
律は、答えに詰まった。
「……わかんないっす。」
「わかんねぇなら、まだやめてねぇよ。」
「……おんなじような事、バイト先の人にも言われました。」
篠原さんは少し笑った。
そのばつが悪そうな笑顔は、不思議と優しかった。
「まぁ、焦んなよ。二十歳なんて、始まりにも終わりにもならねぇ歳だ。」
律は苦笑しながらうなずいた。
「……なんか、実感ないんすよね。終わったっていうのに。」
「終わりなんて、だいたいあとから気づくもんだよ。
気づいたときには、次の始まりがもう近くにある。」
ステージの方から、リハの音が聞こえてくる。
新しいバンドが鳴らすギターの音。
そのディストーションノイズの後に、ふと美玖の声が蘇る。
> 「ねぇ信じていたい あの日のままで
> 傷だらけの音でもいい」
最後のライブで歌ったフレーズ。
照明の熱、汗、アンプからの爆音。
律は、あの瞬間だけは確かに生きていた と思った。
「……あの頃は、楽しかったんすよね。」
「だろ? そういう瞬間は忘れねぇもんだよ。」
篠原はさんは、奥の古い段ボールの中から一枚のポスターを取り出した。
「ほら、お前らのやつ。貼り替えのとき取っといたんだ。
ゴミにするには、もったいねぇと思ってさ。」
差し出されたそれを、律は両手で受け取った。
色褪せた紙に、3人の名前。
“RITSU / MIKU / YAMACHAN”。
“NOIZY PARADE”その文字を指でなぞる。
「……ありがとうございます。」
「またなんかやる時は、声かけろよ。
機材、また貸せるから、有料で。」
律は、小さく苦笑いを浮かべ、うなずいた。
「はい。」
店を出ると、外はすっかり夜だった。
ネオンの光が滲む。
さっきリハーサルしていたバンド目当てのお客さんだろうか、
遠くから聞こえるライブの音が、どこか懐かしく胸に響く。
律は立ち止まり、ポスターを抱えながら小さく呟いた。
「……傷だらけの音でも、いいか。」
夜風が頬を撫でた。
信号待ちの間、ふとスマホを取り出す。
再生アプリ “NOIZY PARADE”の「幕が開いたら」の文字。
Bluetoothイヤホンを耳に刺して再生した。
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