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 団長さんになんて言うか考えていたけど、結局、この日、団長さんは帰って来なかった。翌朝、兄妹を学校に送り出した後、私の通信機が鳴る。

「団長さん?」

『朝から悪りぃな、俺だ』

「……詐欺?」

 俺って誰よ。誰か分かってるけど敢えて言うと逆ギレされる。叫ばないでよ煩いわよ。もう、魔術師さんがギルマスとも連絡が取れる様にしてくれたけど取消して貰いたいわ。

『お前の伯父って男が訪ねて来たが会った事あるか?』

 “伯父”と聞いて思い浮かぶのはジェットの父親。しかし、私達は一度も会っていない。いきなり訪ねて来た理由も分からず首を傾げた。

「一度もないわね」

『だよな。相手の様子も可笑しいから面会は断ったが気をつけろ』

 言いたい事だけ言ってギルマスは通信機を切る。慌ただしいわねぇ。顔も知らない相手の何に気をつけるのよ。ギルマスとの会話に疲れて思わずため息を吐くと再び、通信機が鳴る。もう、今度は誰よ。

「はい」

『ルーシー、今、大丈夫か?』

 すっかり耳に馴染んだ声は団長さんの落ちつきある低い声。何だか安心して肩の力が抜けた。

「団長さん。大丈夫よ」

『仕度が済んでいるなら迎えに行きたい』

「何時でも大丈夫よ」

『分かった。そうだな……十五分後で良いだろうか?』

 私が了承すると“後で”と言い残して通信が切れた。団長さんもギルマスも本当に落ちつかないわね。……何かしら嫌な予感がするわ。


 部屋を出て玄関で待っていると団長さんだけが先に迎えに来た。城から迎えの馬車が来るって何だか大袈裟ね。馬車を待っている間に、ギルマスから連絡があった内容を伝えると眉間に深いシワが刻まれた。

「それは変だな。息子の件もあって彼は君達に会うのは禁止されている」

「ギルマスも様子が可笑しいって言っていたわね」

「何も無ければ良いが……」

 団長さんが何か考えているうちに迎えの馬車が来て二人で乗る。本当は異性が二人きりで乗るのは良くないらしいけど、団長さんを怖がって城の侍女達に同乗を断られたらしい。王妃から頼まれて一人来たけど、団長さんを見たら気絶したとか。

「えーと、御愁傷様?」

「だから何故疑問系なんだよ。すまんな」

「団長さんも大変ね。私にはよく分からないけどね」

 肩を竦めておどけると彼は苦笑いしながら私の反応が特別なんだと言った。

「不思議ねぇ。私の魔力が多いからかしら?」

「関係無いな。女性の魔術師も逃げる」

「そうなのね」

 気まずいわ。皆が逃げるって大袈裟な話じゃなかったのね。えーと、別の話題、別の……そうだわ!

「団長さん、ちょっと相談があるのだけど良いかしら?」

「相談?構わないが何だ?」

「壊れた家を建て直そうと考えているのだけど、完成するまで居候させて貰えないかしら?勿論、生活費は入れるわよ」

 自分から言い出したけど、段々と声が小さくなってしまう。こんな図々しいお願い、やっぱり失礼よね。

「何だそんな事か。構わないし生活費も気にする必要は無いぞ」

「そんな事って、三ヶ月くらいは掛かるのよ。その間の食費だってばかにならないわ」

「一応、団長なんで稼ぎは良いぞ」

「そうでしょうけど、それとこれとは別よ」

 “律儀だな”なんて言いながら笑う団長さんに呆れてしまうけど、了承して貰えてまだ一緒にいる理由が出来てホッとした。

「謁見の後、ハリーと合流して、そのまま森に向かう予定だ」

「分かったわ……あっ!テリーが気になる事を言っていたのよ」

 弟が白い狼の様な魔物と出会って名前をつけた話をすると、団長さんの目が丸く見開いた。えっ?そんなに驚く事なのかしら?

「森の中の泉と白い狼……ハリーに確認するがフェンリルじゃないか?」

「フェンリルって聖獣の?首都の近くで目撃された事ないじゃない」

「いや、あの森の何処かに聖域があるらしいが、たどり着いた話は古い書物に残っているだけだ」

「……ウソデショ……」

「マジだ」

 弟の今後の事を考えて、団長さんと二人で頭を抱えてしまった。希少職種の適正に聖獣と主従契約。絶対に目立つし狙われるわ。私よりも弟の方が謁見しないといけないわね。そう考えて思わず遠い目になる。

「……テリーの謁見も準備しないといけないよな」

「デスヨネ」

「言葉使いが可笑しいぞ」

 団長さんのツッコミはごもっともなんだけど、可笑しくもなるわよ!私達、一般人なのよ!国のお偉いさんと無縁な生活していたのよ!!動揺するに決まっているじゃない!

「落ち着けよ。まだ、そうと決まった訳じゃない」

「……分かってるわよ……はぁ、平凡とは無縁な状況ねぇ」

 染々と呟いた言葉に団長さんは笑って聞いていた。笑い事じゃないわよ。

「今更?」

 口の端だけ上げて笑う団長さんにムカつくから、次の模擬戦で潰しても良いかしらねぇ?

「……今、不吉な事考えてないか?」

「さぁ、何の事かしら?」

 怪訝な表情をして追及してくる団長さんに、私が笑って誤魔化しているとお城が見えて来た。はぁ……一気に気分が落ち込んだわ。

 馬車に乗ったまま城門を潜り馬車専用の出入口へと到着した。団長さんの案内で廊下を進むと、使用人の服を着た人達がサッと避けて消えていく。噂通りの逃げ方に笑いが込み上げてきた。

「どうした?」

「テリーから噂は聞いていたけど……珍獣扱い?」

「おい。人をなんだと思っている」

「ごめんなさい。笑いが止まらないわ」

 笑いを止めようとすると、余計に肩を震える。もう……ダメ

「クス……フフ」

「笑うなよ。これでも魔力を抑えているつもりなんだよ」

「グッ……そうね。戦闘の時よりは抑えているわね」

 笑いが止まらない私を見て舌打ちした団長さんは、急に私の手を掴んで歩き出した。

「ちょっと何よ」

「緊張も解れた様だし、さっさと終わらせて森に行くぞ」



 ……あー、回りの反応が面白過ぎて本来の目的を忘れていたわ………胃が痛いわ……

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