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起点大君編
難儀
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私立間立高校。平均以上の偏差値と、活動的な部活動が有名な文武両道で活気のある高校。数多の中学生の中でも人気のある学校で、毎年、中々の入学倍率を誇る。
日時は4月3日。新入生の入学や進級を終えて間もなくの時期。生徒の中でも友人同士やグループができていたりと、各々が自分の理想とする学生生活を送ろうと励んでいる段階でもあろう。
時刻は昼食時。それこそ、友人同士で弁当を食べる者も多い中、一人、教室の机で荷物をまとめる男子生徒。グレーの髪色と、姿勢の良い佇まい、そして端正な風貌。誰しもが一度は振り向いてもおかしくはない要素を多く兼ね揃えていた。尤も、本人はそうとは思っていない。彼の本業の性質上、そんなものはなんの役にも立たないと思っているからだ。
しかし、ここは高校。そんな理屈を押し通すには、思春期というものを甘く見すぎである。その彼に近づく数人の人影。
「天津くーん!良かったら、ごはん一緒にたべよーよー!」
晴馬が顔を上げると、きらびやかな学生らしい装飾を身にまとった女子生徒が数人、自身の弁当を持って立っていた。明らかに下心で晴馬に近づこうとしているのが、晴馬にもバレバレだった。逆に言えば、なんとも高校生らしいアプローチでもある。
「すまないけど、先約がいるんでな」
柔らかな笑顔と、断り文句を使いその場を後にする。ちなみに先約というのは半分方便、半分本当だ。
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校舎のあまり日の当たらない場所。そこで晴馬は腰を落とす。
「さて、ここなら大丈夫でしょう」
晴馬の呟きに呼応するように、晴馬の影から出てきたのはヤミ。なぜか頬を膨らませ、教室方面を睨んでいる。
「先ほどの女たち、晴馬に慣れ慣れしかったですね。ここの教育はどうなっているのでしょう」
「いやいや、あれはあれで年頃の女性としては健全ですよ」
ヤミの思い描く対象は、教室にて晴馬に話しかけてきた女子生徒達である。自分を気にかけてのヤミの発言というのは晴馬にも理解できたが、さすがに暴論だ。一筋の汗を頬に作り、女子生徒達をフォローする晴馬。
「それよりも、昨日の情報整理です。早速ですが、気になった部分を洗い出していきましょう」
ヤミも頷きをもって同調する。
「あの時、ヤミさんが人除けの結界を張ってくれていましたが、それでも尚、人の侵入がありました。ですが、ヤミさんの張った結界に非はありません。私から見ても、満足なクオリティで展開してくれました」
自分の張った結界に侵入されたことに対し、改めて自責の念にかられそうになったヤミだが、間髪容れず晴馬がフォローを入れたことによってあくまで客観視で話を続けることができた。
「では、なぜそうなったのか。議論するべきはそこです。ま、侵入した一般人も、どうやら一枚岩とはいかなそうなんですけどね」
晴馬の言葉に首をかしげるヤミ。晴馬やヤミは、普段の仕事終了後、休息時間確保のためよほどの緊急事態でなければ、情報整理や議論は翌日にすることにしている。今回もそうしていた。よって、ここで初出の情報や見解があってもおかしくはない。
「まず、実際に確認した一般人は計三名。その中で、星空を通して外からの侵入を確認したのは、一般人ニ名。ですが、残りの一名は、状況からして少なくとも私が星空を展開する前に、校舎内にいました」
「そんな……、どうして……?」
困惑を隠せないヤミ。一般人が外から結界へ侵入したという時点でも、ヤミにとってはほぼあり得ないこと。その上、既に校舎内に人がいたということ。
いや、仮に悪戯心が働いた人間が、校舎内で肝試しなどの児戯などをしていたというなら、ヤミにとってはどうでもいいことだった。真にヤミの困惑の元凶。それは、ヤミの結界や晴馬の星空を使っても、途中まで気が付かなかったことだ。
昨日、晴馬達が仕事を始める前、やや遠くから校舎内の魔属や、一応、一般人がいないか確認していた。結果として、魔属は相応にいたが、一般人はいなかった。そして、星空でも途中まで確認できなかった。
担当する現場によっては、術式を使用しても見逃すことも否定し切れない。ただ、それはあくまで未熟な伏魔師に見られる光景。ヤミや、それこそ晴馬自身も、そんなヘマを犯すようなミスはほぼないはずだ。ましてや晴馬はどんな案件であっても、最大限の警戒と緊張をもって臨むタチ。そもそもそんなミスを冒すようなヤツが今回の件を任されるハズもない。
ヤミは晴馬に心酔している。そんじょそこらの伏魔師が今回の事態に直面していたら、ヤミにとっては「鍛錬不足」という一言で一蹴しただろう。しかし、晴馬であれば話は別だ。凡夫の伏魔師とは比較にならないほどに。
晴馬もこの事実には困惑していた。自分の力を撒け散らかすつもりはないが、相応の実力と鍛錬を経て今があり、昨夜も抜かりなかったはずだった。
「現段階では、今回の明確なからくりは分かりません。しかし、原因には心当たりはあります」
「やはり、この土地の頂点個体ですね」
ヤミの見解に、晴馬もうなずく。
「この土地の夜の支配者は、ほぼ間違いなく頂点個体です。仮にさほど強くない個体なら、気配くらいは感じ取れるでしょうけど、こんな不気味な土地の主と思しき存在です。かなりの個体と見るべきでしょう。そんな存在のテリトリーなわけですから、我々の結界や術式を、ある程度はかいくぐる芸当も可能だと考えるべきでしょうね。ですが、昨日の引き上げる直前に、頂点個体の気配を少し確認できました」
「ホントですか!?」
ヤミが驚くのもムリはない。気配はほんの一瞬、いや、もっともっと凝縮した時間。程度で言えば、遠くから枯葉が地に落ちるような音がしたかどうか、そんな希薄なレベルの気配である。普通であれば、気付けるはずがない。ハッキリ言って、感知レベルが異常である。
「ですが、気配を感じただけです。昨日の感じからすると、相当な根気と工夫は必要ですね。突いてもほぼ動きはないですし、自分のテリトリーにガサが入っても、何ら動く気配はしなかった。プライドが低く、それでいて非常に狡猾で、かなり気配を隠すことに長けている。といったところでしょうか」
頂点個体の性質として、その地を自分のテリトリーとして君臨しているわけである。その中に、自分を脅かしかねない存在がちょっかいをかけてきたらどうなるか。当然、怒りと反撃、という思考になってもおかしくはない。しかし、今回はそういった様子がない。晴馬達がある意味で散々暴れた後、ほんの少しだけ気配を見せた程度である。
今回のような前例の頂点個体がいないわけではないが、長い伏魔師の歴史上でも片手の指の数で収まる程度だ。しかも、いずれも根気よくその土地に張りつき、何とか見えた尻尾をつかみ、
そして、相応の犠牲を払って討伐している。
「先ほども言いましたが、からくりは今件の核心にかなり迫らなければ分かりません。やはり前例に漏れず、根気よく地道に、ってところですね」
ここで晴馬との情報共有に対し、ヤミが首をかしげる。
「待ってください、晴馬様。校舎内にいた一般人が星空の感知にも引っ掛からなかったのが頂点個体の仕業というのは、なんとなく理解できます。しかし、侵入してきた一般人2名はそれでは説明が難しいです。確か、事前に校舎内に来ないよう手配していたはずの警備員でしたよね」
そう、ヤミの疑念とは、警備員の存在。仮に校舎内にいた学生が頂点個体による何らかの干渉を受けていたとしても、後から侵入してきた警備員に関してはそうはいかない。仮に干渉されて誘導されたのなら、まだ頷ける。しかし、聞いた話、どうやら彼らは正式に警備の依頼を受けて学校に来ていた。さすがに頂点個体の存在といえども、人間社会のシステムに干渉する力はない。
「ええ。一枚岩ではないといったのはそれなんです。警備員に関しては、恐らく人為的な横槍でしょう。外部にしろ身内にしろ、現時点では見当がつきませんが」
現時点では犯人は絞れないが、人為的な策略と考えるのが一番、合理的だ。ヤミも晴馬の見解に同意だった。
そして、晴馬が犯人の候補に加えた身内。これは、晴馬の所属する伏魔師の組織内の人間を指す。
伏魔師は基本的に、晴馬も所属する大きな組織としての認識である。個人で伏魔師を生業としている者や、他の小規模の伏魔師の組織も存在するが、大体は《評議会》や《至印将》などが率いる組織を指す。今回の晴馬の仕事に限らず、組織である以上、助け合いなどは基本だ。切磋琢磨などは別にしても、嬉々として妨害行為などは表向きは許されない。まだ同組織の人間の仕業と決まっているわけではないが、疑わなければならない事態なのは確かだ。
「でも、これ以上の妨害は無いと見ていいんじゃないですかね」
その上で、ヤミにとってもありがたい晴馬の見解ではあるが、なぜなのかは察しかねた。
「私より先に至印将が対応し、結果として実質的に失敗。その上で、私にお鉢が回った案件です。仮に身内の伏魔師の仕業だとしても、これ以上妨害をすれば、流石に足がつくでしょうから。外部の仕業だとしても同じです。目立てば足がつく可能性が高くなる。そうまでして、これ以上の妨害をする理由もないでしょう。もし本気で妨害しようとしているのならば、今回のような粗末なことはハナからやるべきではありませんから」
晴馬の見解に、ヤミも納得して頷いた。ここで、晴馬は「さて」と、立ち上がりつつ上半身を伸ばす。
「ひとまず、ここまでにしましょうか。あんまり糸口となる情報共有はできませんが、先ほども言ったように、根気が必要です。少ない情報とて、頭に入れるのと弾くのでは大違いです。今夜もここに訪れますので、そのつもりでお願いしますね」
「了解です!」
一行がそのままその場を後にする直前、
「あ、いた」
ふいに後ろから声がかかる。晴馬が振り返ると、1人の男子生徒が立っていた。その顔を確認した直後、晴馬の鼓動がほんの少し早くなった。
理由は単純。昨夜の学校にて遭遇した生徒だからだ。伏魔師としての面で言い換えれば、途中まで星空に引っ掛からなかった存在。晴馬はほんの少し早くなった鼓動を瞬時に安定させる。
「君は?」
冷静に問いかける晴馬。彼という存在は認識していたが、素性は知らない。ゆえに、この返しは完全な嘘というわけでもない。また、結界を貼っていた為、無いとは思うが、先ほどの機密の話をしていた直後である。聞かれた可能性も完全には否定できない。
「ああ、突然ごめん。俺は片桐招也。1年なんだ。よろしく」
「そうか、俺も1年の天津晴馬だ。よろしく頼む。それで、何か用だろうか」
晴馬の一人称は基本的に「私」だが、高校生となるとこの一人称は珍しい。ただでさえ人目を引く容姿の良さもあり、変に目立ちたくはない。少なくとも、事情を知らない学校関係者の前では一人称を「俺」へ意識的に変えているのである。
ただ、正直、自己紹介などどうでもいい。真に気になるのは話しかけてきた理由だ。これが何らかの行事ごとや授業等で自己紹介などが必要な場合は別だが、今は何の脈絡もない段階で話しかけてきたわけである。あまり考えたくはないが、唯一の心当たりの理由を考えざるを得ない。
「君だよね。昨夜の学校で、化け物から俺を助けてくれたのって」
やはりか。
昨夜、晴馬は仕事着である伏魔師の軍服と、狐のお面をつけていた。また、この狐のお面には、音声を変える機能もある。しかも、当時の時間は夜中。懐中電灯を始め、多少の明かりはあったが視覚はかなり制限されていた。ゆえに、そうそうバレる装いではなかったはずだ。
「昨夜の学校?何を言ってるんだ…?」
片桐の予想は結果からすれば正解だが、証拠もないのに認めるほど、晴馬も間抜けではない。
「俺さ、人とか幽霊とかいろんな気配に敏感みたいなんだ。君は昨夜の人と同じ気配がするんだ」
あくまで引き下がらない片桐。確かに、一般人でもいわゆる第六感に近い感性を持っている者もいる。
「おいおい、勘弁してくれ。変な夢でも見たか?せっかく入学したんだ。変にスピリチュアルじみたこと言ってると、友人できなくなるぞ」
例え片桐に第六感があろうがなかろうが、晴馬への正体の疑念を打ち払う確たる証拠にはならない。早々に片桐に背を向け、その場を後にする。
(晴馬様…)
(問題ありません。正解ではありますが、証拠も何もありませんから。からくりは後で探るとして、今はまともに取り合う必要はありません)
影の中のヤミと意識を共有させ、あくまで知らんぷりのスタンスでその場を後にした。片桐はそれ以上は追ってはこなかった。
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間立高校、警備室。そこには、備え付けのテレビ視聴をぼーっとして見つめるやや歳の召した男性、笹野正行。この学校の警備員に赴任してから早、15年のベテランだ。その警備室の扉が開き、若めの男性が入ってくる。
「こんちわーっす」
「おう」
若めの警備員、小野則文の軽い挨拶に、軽く返すテレビを見ていた笹野。私服から警備衣装に着替えるあたり、出勤してきたのだろう。二人の間には、やや微妙な空気が流れていた。いつもならば、小野が雑談を始めて空気が形成されるが、今日はそうはいかなかった。軽い雑談を思いつく前に、とある経験が頭を支配したからだ。
「やっぱ昨日は大変でしたねー。正さん」
「小野…。その話は忘れろと言ったハズだが…」
耐えきれず、か、気になって、か。なんにせよ、話を切り出した小野。対して、ため息をつきながら釘を刺す笹野。
「でもっすよ!?あんなすげぇレアな体験しちまったんすよ!?SNSに投稿したら、大バズりっすよ!」
興奮しながら話す小野に対し、笹野は再びため息をつき、見ていたテレビを消す。
「小野、ちょっと座れ」
笹野は、自分の席とテーブルを挟んだ反対側の椅子に座るよう、小野に促す。いつもと違う笹野の雰囲気に対して、小野は少したじろぎながら応じた。
「一応だが、お前の気持ちは分からんでもない。多分、俺とお前は似てるところがある。怖いもの知らずで好奇心旺盛だ。俺も小野と同じ年頃なら、同じように興奮したろうさ」
笹野の優しくも真剣な声色の見解に、小野は黙って聞いていた。
「でもな。この世の中には、俺たちには想像もできないことがゴロゴロしてる。そして、そういうことは大抵、触れてはいけない部分だ」
笹野のいつもとの変わりように、小野は固唾を飲んだ。
「一年前、お前がここに着任したが、当然、それ以前にここで働いていた人もいるわけだ。この話は変に怖がらせても嫌だろうから、黙っていたんだが。あんな体験をしてしまったし、いい機会だ。話しておこう」
両者、心理的に襟を正す。
とある警備の日、笹野は小野の前任者と共に、いつも通りに校舎の警備に当たっていた。その日もいつも通りに、何も異常なしで終わるはずだった。しかし、遭遇したこの世ならざる者。正確には目撃しただけで、襲われるような事態とはならなかった。
しかし、さすがにこれまでにない異常事態として、笹野は学校側に報告をした。正直「見間違いだ」などの一笑に伏せられると思ったが、事態は予想を超えた。
一旦学校側が今回の事を預かり、その数日後、笹野は前任者と共に学校側に呼び出された。その二人に差し出されたのは、とある茶封筒だった。中身は給料数ヶ月分の札束だった。学校側からの説明としては、今回のことの慰謝料と、特別賞与ということだった。
ただ、さすがに二人とも真意は分かっていた。「口止め料」だと。
笹野とて、拒むには金銭というのは魅力的すぎた。それに、他言どころか忘れたい一心だったため、思い出す気すらも起きなかった。
また、なぜ「口止め」が必要なのかも理解できる。変に今回のことを口外して、世間に奇異の目で見られれば、この学校の評判にも関わる。現状、明確な被害が出ていない以上、騒ぐ必要もないだろう。少なくとも、笹野にもその類の責任はごめん被る。
ただ、本当は分かっていた。そもそも受け取る選択肢以外は無いと。
そのままなんとか記憶の彼方に過ぎ去ろうとした時期、事は起こる。前任者が今回の件を、同校の学生に対してや、飲みの席で友人に他言したのだった。金銭を受け取った上で、だ。本人はあくまで軽い学生との雑談まじりだったり、飲みの席での余興の一環のとして話した模様。一応、その話自体は、聞き手としては作り話として収束を迎えた。
しばらくして、前任者の転職が決まった。都会の方の、今より好条件の所らしい。当然喜ぶべき出来事ではあるが、笹野はどうにも他言したことが頭をよぎる。さすがにそのような横槍を入れるほど野暮ではないため、そのまま送り出した。
その約、一ヶ月後だ。笹野は警備室の掃除中、前任者の重要な書類と私物がおいてあったのを発見した。処分するには気が引けるため、前任者へ連絡をしてみることにした。
しかし、前任者の電話番号は、もう使われていなかった。番号を変えたのだと思い、これまた気はひけるが、前任者の現在の職場へ連絡を入れてみることにした。
帰ってきた返事は「そのような名前の職員は、在籍しておりません」とのことだった。それどころか、着任した事実もないとのこと。笹野の背筋に悪寒が走る。確証はない。ただ、一つの可能性が頭を支配する。
消された。
それ以降、笹野は前任者を含めて、今回のことは触れずに今日まで生きてきた。一旦、話が終わった段階で、聞いていた小野は張っていた肩の力が抜ける。
「小野、お前はお調子者だが、今回のような事態に対しての立ち振る舞いを理解できないような馬鹿じゃないと思ってる。もう一度言うが、お前の好奇心も理解できる。だがな、悪いことは言わない。やめておけ」
笹野から釘を刺されたが、さすがにこれまでの話を聞いて、前任者と同様の行動にエネルギーが働くほど、好奇心旺盛なわけではない。そもそも、その好奇心は今この瞬間に凍てついた。
その様子を見て、笹野はテーブルの端に置いてあった封筒に手を伸ばし、小野に差し出す。
「学校側からだ」
すべてを察する。
余計なマネはするな。
その言葉が、封筒と中身からにじみ出ていた。
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時刻、22:00の間立高校校舎。
晴馬は仕事着の軍服に身を纏い、漆黒の校舎を見つめる。昨夜同様、校舎の調査となっている。
「晴馬様、今日はどうしましょう」
先ほど晴馬の影から出現したヤミが、晴馬へ仕事のプランを問う。昨夜は星空を使って調査したが、成果は満足いくものではなかった。想定外のハプニングもあったが、あくまでハプニングであって成果ではない。
「そうですね。やはり唯一の成果と言える頂点個体の気配、これを探っていきましょう。結局のところ、頂点個体をどうにかすればやりようはあります。昨日は《星空》を使って確認しましたが、今回は自分の足を使って校舎を回りつつ、気配を見ていきましょう」
プランを考えつつ、校舎へ歩みを進める。正面入り口に来た瞬間、晴馬は立ち止まり、入り口脇の茂みへ目線を移す。
「いるのは分かってます。出てきなさい」
晴馬の短くも圧のある命令に対し、茂みをかき分け人影が姿を表す。人影の主は、ここの男子生徒である片桐だった。少しバツの悪そうに、ゆっくりと茂みから出てくる。直後、晴馬は片桐の背後に回り込み、その首に冷たい刃を向ける。片桐は咄嗟に両手を上にあげ、降参の意を示す。
「ちょっと、タンマタンマ!昨日と対応違くない!?」
「昨日のことがあった、その上での2回目です。なにか思惑があると警戒して然るべきでしょう。何やら私を待っていたようですが、目的は何ですか?」
片桐の首元に向けられている冷たい刃が、ほんの少し喉元に近づく。思わず顎を上にあげ、接触を避けようと工夫する片桐。同時に挙げていた右手の人差し指のみを、冷たい刃に向かって指す。
「分かった!話す!話すから!その前にさ、さすがにコレはやめてくれないかな…。生きた心地がしないんだけど…」
晴馬にしてみれば当然の対応だったが、相手は一般人。首元へ向けられている獲物自体も、向けられる感覚もそうそう覚えがないだろう。少し考え込み、刃を離す晴馬。
「なにか妙な動きをしたら、容赦はしませんので」
「分かった…!分かったから…!」
片桐の了解を得て、晴馬は片桐から離れ彼の正面に回る。警告するのは当然ではあるが、いささか一般人に対して厳しめではないかと、片桐は心の中で苦情を漏らす。
「それで、ご用件は?」
片桐の心拍を落ち着かせる配慮はなく、本題にかかる晴馬。
「まぁ、なんというか、君に協力しようと思ってさ」
思わぬ発言に、晴馬は無言で片眉を少し動かす。
「どういうことでしょう」
「俺さ、ここの校舎から声みたいなものが聞こえるんだよ」
「声?」
「そう。なんて言ってるかは分かんないんだけど、確かなのは、俺を呼んでるみたいなんだ。昨日の学校で見たバケモノもそうだけど、多分、君の領分だろ?だから、協力しようと思ってさ」
晴馬側の事情を知ってか知らぬか、現在の晴馬が興味を唆られるには、十分な内容だった。
恐らく片桐を呼んでいるモノは、頂点個体の魔属だろう。懸念はやはり、なぜ片桐を呼んでいるか、ということだ。声などの気配を感じられるということは、片桐と頂点個体は波長が合うのだろう。
伏魔師など、その道の人間が魔属などの気配に敏感なのは職業上必要なこととして、そういった世界とゆかりのない一般人だと、魔属や霊の類と波長が合えば、その気配などを察知することが可能。いわゆる「霊感」がそれに近い。個人差はあるが、片桐は特にその体質だ。
だが、だからと言って頂点個体の魔属がわざわざ一般人の片桐を呼ぶ理由にはならない。ここの頂点個体はかなり慎重で、特に気配の隠し方に関してはかなり巧妙だ。今回、頂点個体は晴馬に気付かれないギリギリの範囲で、片桐にラブコールを送っている。ただ、一歩間違えれば、その尻尾を掴ませてしまうリスクある。
つまり、そのリスクを背負ってまで、片桐にラブコールを送っていると考えるのが自然だ。
では、なんのために?
真にほしい情報はそこだ。と、いったところで、同時に片桐からの協力の申し出だ。現状の成果が上がらない晴馬からすると、願ってもないチャンスだ。これが仮に、同業者やその道の人からの申し出であれば、そこまで迷いはしないだろう。しかし、事情が特殊もいいところだ。本来、巻き込むべからずの一般人からの申し出。しかも、まだ身辺調査もできていないため、素性も一般人ということ以外は分からない。
やや迷っているところで、片桐は何かに気が付いたように右手の人差し指を上げる。
「ああ、でも、急にこんな申し出されても困るし、怪しいよな。だからさ、取引ってのはどうだ」
「取引?」
「そう。俺が協力する代わりに、見返りをくれってことさ。それならまだ自然かな?」
片桐の言い分は一理ある。実際、同業者同士のやり取りではそれが普通だ。例えば、成果の中から数%の分け前を譲渡する、というのは凡例としてよく見られる。片桐からの提案に、晴馬はため息をついて自分の懐から紙の束とペンを取り出す。
「分かりました。いくらがお望みでしょう。可能な限り譲歩します」
凡例に倣って、金銭の交渉を始める晴馬。生々しくはあるが、結局は金銭交渉が一番スムーズにことが進むし下手なトラブルもそうそうない。また、伏魔師としては仕事に必要な場合であれば、よっぽど法外な数字でなければその場で金銭交渉も可能だ。勿論、案件の重要度や当事者への金銭感覚の信頼あってこそだ。この案件の重要度と晴馬の金銭交渉への信頼からしては咎められないだろう。評議会を始めとする伏魔師上層部の、晴馬への奇異の眼は確かにあるが、こういった部分への実績による信頼はある。
「あー、いや、別に金はいいんだ」
凡例を跳ね除けるような、思わぬ片桐からの申し出に、手が止まる晴馬。
「では、なにがお望みでしょう」
やや警戒しながら、懐に紙の束とペンを戻す。
「うーん、なんというか、できるだけ、そっちの世界の事を教えてほしいんだ」
たたみかける思わぬ提案。こっちの世界とは、伏魔師の世界のことだろう。ただ、やはり仕事である以上、業務的なことは部外秘となる。一般的な企業であれば当然のことだが、伏魔師となると、人の生き死にが関わってくるため尚更である。一応、一般向けの伏魔師や魔属の簡単な説明は可能だが、それで報酬として納得できるかどうか。それこそ、片桐は頂点個体の魔属の声や、昨夜のように、実際の魔属を目の当たりにしている。一般向けの説明は、あくまでそういった経験がない一般向けの説明であり、経験した者からするとやや説明不足の面も否めない。
「何でそんなことを知りたいのですか?」
それ以前に、やはり気になるのは動機だ。昨日の体験があってのこの提案。おおよそ、一般人の感性からして異常だ。普通なら思い出したくもないだろう。それどころか、伏魔師の世界を探ろうとさえしてくる。相応の動機がなければ、不気味もいいところだ。
「まぁ、なんというか、協力するんだから、ある程度は相手のこと知ってなくちゃってとこかな。例えば、君の名前とかさ」
一理ある。そう思った晴馬だったが、前述の一般人の感性と不気味さと比較すると、動機としてはどうにも軽く曖昧だ。ただ、相手はあくまで一般人。変に恫喝のような聞き出し方をする訳にもいかない。恐らく、裏の真意はあるだろうと踏んで次の思考へ移る。
何をどこまで知りたい?
交渉において、重要なのは具体性だ。明確にしておくことで、下手なトラブルを避けられる。ただ、これに関しては、片桐からの協力の内容についてがそもそも不明瞭だ。頂点個体の魔属の声は聞こえてはいるが、それがどれほどの利益をもたらすか。言い換えれば、晴馬の出す情報に釣り合うかどうか。金銭なら感覚は掴めるが、こと情報となると、どうにも面倒になる。しかし、やはり成果の上がっていない現状から考えると、例え一般人とはいえ貴重な情報源の可能性があることには変わりない。また、ここで下手に断って勝手に動かれるよりは、ある程度は管轄内で管理体制を敷ければ安全だ。
「分かりました。しかし、そういう条件であれば、私の独断ではお応えできかねます。なので、上に相談しますのでお待ちください」
晴馬は片桐からの条件に対して前向きな返事をしつつ、メモ用紙にペンで数字を書いていく。書き終えたメモ用紙は、片桐の前に差し出される。受け取った片桐の手にあるメモ用紙には、とある数字が並んでいた。一般人たる片桐にも、見覚えのある規則的な数字の並びだった。
「それは私の臨時で使用している電話の番号です。明日の18時ごろには返事ができると思いますので、そのつもりで。それと、言うまでもないかとは思いますが、第三者への番号を始めとする今回の情報については、他言無用でお願いします。昨日のバケモノのような存在への被害者を産みかねないのでね」
当然の要求に、片桐は深く頷く。それを見た晴馬は「さて」と、呟き、話題転換をもたらす。
「改めて、協力の申し出には感謝します。しかし、昨日のことでご理解いただけたかと思いますが、夜の校舎、いえ、夜の世界は貴方が思っているよりも危険です。ですので、昨日と今日のように、独断で夜の校舎にくることはご遠慮ください」
これにも深く頷く片桐。
「では、申し訳ないですが、今日のところはお引き取り願えますか。先ほど申し上げました通り、明日の18時にお返事できるかと思いますので」
片桐は晴馬の提案に応じて、夜の校舎を後にする。
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夜の道を歩く片桐。少しの達成感と安心感を感じつつ歩く中、自分の首元に少し湿り気を感じる。よく見ると、着ていたシャツの襟が汗で変色しているのが分かった。改めて感じたのは、思っている以上に、緊張していたことだ。
無理もない。首元に当てられた冷たい刃といい、交渉といい、自分とはほぼ無縁のことばかりだったからだ。緊張こそしたが、自分で首を突っ込んだことだ。もちろん後悔はない。
そのために、自分の頭に響く声について、「解決依頼」ではなく「協力」として申し出たのだから。
正直、賭けに等しかった。相手は恐らくその道のプロ。本来なら一般人の助けなど不要。しかし、自分の頭に響く声を、ある意味で最大限活用したかった。
そこで思いついたことは、「依頼」ではなく「協力」。断られることを覚悟、いや、多分本来は触れてはならない世界に踏み出したのだ。追い出されるだけでは済まないだろう。
そうこうしてる内に、自分の住んでいるマンションの一室にたどり着く。玄関を開けると、広がるのはいつも通りの暗く、冷たい小さな世界。
リビングに自分の荷物を無造作に置き、とある棚に向かう。その棚の上、額縁に入った一枚の写真に手を触れる。
そう、自分の目的を叶えるため。そのために、首を突っ込んだのだから。これで失敗しても後悔はない。いや、後悔しようもない。
もう、自分には何もないから。
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片桐を帰した後、晴馬は校舎を見つめて大きなため息を吐く。
「晴馬様、よろしかったのですか?」
晴馬の影から一部始終を見ていたヤミ。晴馬の判断の自己評価を問う。
「仕方ありません。このままでは解決の糸口すら掴めませんから。この際、利用できるものはなんでも利用しましょう。さて、それはそれとして、一般人ばかりを当てにはできません。我々は我々にできることをしましょう」
晴馬は自身の荷物を肩に掛け、ヤミと共に夜の校舎に入る。相応の気合いを入れて望んだ今夜だったが、成果はゼロだった。
朝日が昇りかける校舎を後に、晴馬は明るみがかった空を見上げる。
(難儀ですね…)
今度は一切の気配をしなかった校舎は、いつも通りの朝を迎えた。
日時は4月3日。新入生の入学や進級を終えて間もなくの時期。生徒の中でも友人同士やグループができていたりと、各々が自分の理想とする学生生活を送ろうと励んでいる段階でもあろう。
時刻は昼食時。それこそ、友人同士で弁当を食べる者も多い中、一人、教室の机で荷物をまとめる男子生徒。グレーの髪色と、姿勢の良い佇まい、そして端正な風貌。誰しもが一度は振り向いてもおかしくはない要素を多く兼ね揃えていた。尤も、本人はそうとは思っていない。彼の本業の性質上、そんなものはなんの役にも立たないと思っているからだ。
しかし、ここは高校。そんな理屈を押し通すには、思春期というものを甘く見すぎである。その彼に近づく数人の人影。
「天津くーん!良かったら、ごはん一緒にたべよーよー!」
晴馬が顔を上げると、きらびやかな学生らしい装飾を身にまとった女子生徒が数人、自身の弁当を持って立っていた。明らかに下心で晴馬に近づこうとしているのが、晴馬にもバレバレだった。逆に言えば、なんとも高校生らしいアプローチでもある。
「すまないけど、先約がいるんでな」
柔らかな笑顔と、断り文句を使いその場を後にする。ちなみに先約というのは半分方便、半分本当だ。
--------------------------------------
校舎のあまり日の当たらない場所。そこで晴馬は腰を落とす。
「さて、ここなら大丈夫でしょう」
晴馬の呟きに呼応するように、晴馬の影から出てきたのはヤミ。なぜか頬を膨らませ、教室方面を睨んでいる。
「先ほどの女たち、晴馬に慣れ慣れしかったですね。ここの教育はどうなっているのでしょう」
「いやいや、あれはあれで年頃の女性としては健全ですよ」
ヤミの思い描く対象は、教室にて晴馬に話しかけてきた女子生徒達である。自分を気にかけてのヤミの発言というのは晴馬にも理解できたが、さすがに暴論だ。一筋の汗を頬に作り、女子生徒達をフォローする晴馬。
「それよりも、昨日の情報整理です。早速ですが、気になった部分を洗い出していきましょう」
ヤミも頷きをもって同調する。
「あの時、ヤミさんが人除けの結界を張ってくれていましたが、それでも尚、人の侵入がありました。ですが、ヤミさんの張った結界に非はありません。私から見ても、満足なクオリティで展開してくれました」
自分の張った結界に侵入されたことに対し、改めて自責の念にかられそうになったヤミだが、間髪容れず晴馬がフォローを入れたことによってあくまで客観視で話を続けることができた。
「では、なぜそうなったのか。議論するべきはそこです。ま、侵入した一般人も、どうやら一枚岩とはいかなそうなんですけどね」
晴馬の言葉に首をかしげるヤミ。晴馬やヤミは、普段の仕事終了後、休息時間確保のためよほどの緊急事態でなければ、情報整理や議論は翌日にすることにしている。今回もそうしていた。よって、ここで初出の情報や見解があってもおかしくはない。
「まず、実際に確認した一般人は計三名。その中で、星空を通して外からの侵入を確認したのは、一般人ニ名。ですが、残りの一名は、状況からして少なくとも私が星空を展開する前に、校舎内にいました」
「そんな……、どうして……?」
困惑を隠せないヤミ。一般人が外から結界へ侵入したという時点でも、ヤミにとってはほぼあり得ないこと。その上、既に校舎内に人がいたということ。
いや、仮に悪戯心が働いた人間が、校舎内で肝試しなどの児戯などをしていたというなら、ヤミにとってはどうでもいいことだった。真にヤミの困惑の元凶。それは、ヤミの結界や晴馬の星空を使っても、途中まで気が付かなかったことだ。
昨日、晴馬達が仕事を始める前、やや遠くから校舎内の魔属や、一応、一般人がいないか確認していた。結果として、魔属は相応にいたが、一般人はいなかった。そして、星空でも途中まで確認できなかった。
担当する現場によっては、術式を使用しても見逃すことも否定し切れない。ただ、それはあくまで未熟な伏魔師に見られる光景。ヤミや、それこそ晴馬自身も、そんなヘマを犯すようなミスはほぼないはずだ。ましてや晴馬はどんな案件であっても、最大限の警戒と緊張をもって臨むタチ。そもそもそんなミスを冒すようなヤツが今回の件を任されるハズもない。
ヤミは晴馬に心酔している。そんじょそこらの伏魔師が今回の事態に直面していたら、ヤミにとっては「鍛錬不足」という一言で一蹴しただろう。しかし、晴馬であれば話は別だ。凡夫の伏魔師とは比較にならないほどに。
晴馬もこの事実には困惑していた。自分の力を撒け散らかすつもりはないが、相応の実力と鍛錬を経て今があり、昨夜も抜かりなかったはずだった。
「現段階では、今回の明確なからくりは分かりません。しかし、原因には心当たりはあります」
「やはり、この土地の頂点個体ですね」
ヤミの見解に、晴馬もうなずく。
「この土地の夜の支配者は、ほぼ間違いなく頂点個体です。仮にさほど強くない個体なら、気配くらいは感じ取れるでしょうけど、こんな不気味な土地の主と思しき存在です。かなりの個体と見るべきでしょう。そんな存在のテリトリーなわけですから、我々の結界や術式を、ある程度はかいくぐる芸当も可能だと考えるべきでしょうね。ですが、昨日の引き上げる直前に、頂点個体の気配を少し確認できました」
「ホントですか!?」
ヤミが驚くのもムリはない。気配はほんの一瞬、いや、もっともっと凝縮した時間。程度で言えば、遠くから枯葉が地に落ちるような音がしたかどうか、そんな希薄なレベルの気配である。普通であれば、気付けるはずがない。ハッキリ言って、感知レベルが異常である。
「ですが、気配を感じただけです。昨日の感じからすると、相当な根気と工夫は必要ですね。突いてもほぼ動きはないですし、自分のテリトリーにガサが入っても、何ら動く気配はしなかった。プライドが低く、それでいて非常に狡猾で、かなり気配を隠すことに長けている。といったところでしょうか」
頂点個体の性質として、その地を自分のテリトリーとして君臨しているわけである。その中に、自分を脅かしかねない存在がちょっかいをかけてきたらどうなるか。当然、怒りと反撃、という思考になってもおかしくはない。しかし、今回はそういった様子がない。晴馬達がある意味で散々暴れた後、ほんの少しだけ気配を見せた程度である。
今回のような前例の頂点個体がいないわけではないが、長い伏魔師の歴史上でも片手の指の数で収まる程度だ。しかも、いずれも根気よくその土地に張りつき、何とか見えた尻尾をつかみ、
そして、相応の犠牲を払って討伐している。
「先ほども言いましたが、からくりは今件の核心にかなり迫らなければ分かりません。やはり前例に漏れず、根気よく地道に、ってところですね」
ここで晴馬との情報共有に対し、ヤミが首をかしげる。
「待ってください、晴馬様。校舎内にいた一般人が星空の感知にも引っ掛からなかったのが頂点個体の仕業というのは、なんとなく理解できます。しかし、侵入してきた一般人2名はそれでは説明が難しいです。確か、事前に校舎内に来ないよう手配していたはずの警備員でしたよね」
そう、ヤミの疑念とは、警備員の存在。仮に校舎内にいた学生が頂点個体による何らかの干渉を受けていたとしても、後から侵入してきた警備員に関してはそうはいかない。仮に干渉されて誘導されたのなら、まだ頷ける。しかし、聞いた話、どうやら彼らは正式に警備の依頼を受けて学校に来ていた。さすがに頂点個体の存在といえども、人間社会のシステムに干渉する力はない。
「ええ。一枚岩ではないといったのはそれなんです。警備員に関しては、恐らく人為的な横槍でしょう。外部にしろ身内にしろ、現時点では見当がつきませんが」
現時点では犯人は絞れないが、人為的な策略と考えるのが一番、合理的だ。ヤミも晴馬の見解に同意だった。
そして、晴馬が犯人の候補に加えた身内。これは、晴馬の所属する伏魔師の組織内の人間を指す。
伏魔師は基本的に、晴馬も所属する大きな組織としての認識である。個人で伏魔師を生業としている者や、他の小規模の伏魔師の組織も存在するが、大体は《評議会》や《至印将》などが率いる組織を指す。今回の晴馬の仕事に限らず、組織である以上、助け合いなどは基本だ。切磋琢磨などは別にしても、嬉々として妨害行為などは表向きは許されない。まだ同組織の人間の仕業と決まっているわけではないが、疑わなければならない事態なのは確かだ。
「でも、これ以上の妨害は無いと見ていいんじゃないですかね」
その上で、ヤミにとってもありがたい晴馬の見解ではあるが、なぜなのかは察しかねた。
「私より先に至印将が対応し、結果として実質的に失敗。その上で、私にお鉢が回った案件です。仮に身内の伏魔師の仕業だとしても、これ以上妨害をすれば、流石に足がつくでしょうから。外部の仕業だとしても同じです。目立てば足がつく可能性が高くなる。そうまでして、これ以上の妨害をする理由もないでしょう。もし本気で妨害しようとしているのならば、今回のような粗末なことはハナからやるべきではありませんから」
晴馬の見解に、ヤミも納得して頷いた。ここで、晴馬は「さて」と、立ち上がりつつ上半身を伸ばす。
「ひとまず、ここまでにしましょうか。あんまり糸口となる情報共有はできませんが、先ほども言ったように、根気が必要です。少ない情報とて、頭に入れるのと弾くのでは大違いです。今夜もここに訪れますので、そのつもりでお願いしますね」
「了解です!」
一行がそのままその場を後にする直前、
「あ、いた」
ふいに後ろから声がかかる。晴馬が振り返ると、1人の男子生徒が立っていた。その顔を確認した直後、晴馬の鼓動がほんの少し早くなった。
理由は単純。昨夜の学校にて遭遇した生徒だからだ。伏魔師としての面で言い換えれば、途中まで星空に引っ掛からなかった存在。晴馬はほんの少し早くなった鼓動を瞬時に安定させる。
「君は?」
冷静に問いかける晴馬。彼という存在は認識していたが、素性は知らない。ゆえに、この返しは完全な嘘というわけでもない。また、結界を貼っていた為、無いとは思うが、先ほどの機密の話をしていた直後である。聞かれた可能性も完全には否定できない。
「ああ、突然ごめん。俺は片桐招也。1年なんだ。よろしく」
「そうか、俺も1年の天津晴馬だ。よろしく頼む。それで、何か用だろうか」
晴馬の一人称は基本的に「私」だが、高校生となるとこの一人称は珍しい。ただでさえ人目を引く容姿の良さもあり、変に目立ちたくはない。少なくとも、事情を知らない学校関係者の前では一人称を「俺」へ意識的に変えているのである。
ただ、正直、自己紹介などどうでもいい。真に気になるのは話しかけてきた理由だ。これが何らかの行事ごとや授業等で自己紹介などが必要な場合は別だが、今は何の脈絡もない段階で話しかけてきたわけである。あまり考えたくはないが、唯一の心当たりの理由を考えざるを得ない。
「君だよね。昨夜の学校で、化け物から俺を助けてくれたのって」
やはりか。
昨夜、晴馬は仕事着である伏魔師の軍服と、狐のお面をつけていた。また、この狐のお面には、音声を変える機能もある。しかも、当時の時間は夜中。懐中電灯を始め、多少の明かりはあったが視覚はかなり制限されていた。ゆえに、そうそうバレる装いではなかったはずだ。
「昨夜の学校?何を言ってるんだ…?」
片桐の予想は結果からすれば正解だが、証拠もないのに認めるほど、晴馬も間抜けではない。
「俺さ、人とか幽霊とかいろんな気配に敏感みたいなんだ。君は昨夜の人と同じ気配がするんだ」
あくまで引き下がらない片桐。確かに、一般人でもいわゆる第六感に近い感性を持っている者もいる。
「おいおい、勘弁してくれ。変な夢でも見たか?せっかく入学したんだ。変にスピリチュアルじみたこと言ってると、友人できなくなるぞ」
例え片桐に第六感があろうがなかろうが、晴馬への正体の疑念を打ち払う確たる証拠にはならない。早々に片桐に背を向け、その場を後にする。
(晴馬様…)
(問題ありません。正解ではありますが、証拠も何もありませんから。からくりは後で探るとして、今はまともに取り合う必要はありません)
影の中のヤミと意識を共有させ、あくまで知らんぷりのスタンスでその場を後にした。片桐はそれ以上は追ってはこなかった。
----------------------------------------
間立高校、警備室。そこには、備え付けのテレビ視聴をぼーっとして見つめるやや歳の召した男性、笹野正行。この学校の警備員に赴任してから早、15年のベテランだ。その警備室の扉が開き、若めの男性が入ってくる。
「こんちわーっす」
「おう」
若めの警備員、小野則文の軽い挨拶に、軽く返すテレビを見ていた笹野。私服から警備衣装に着替えるあたり、出勤してきたのだろう。二人の間には、やや微妙な空気が流れていた。いつもならば、小野が雑談を始めて空気が形成されるが、今日はそうはいかなかった。軽い雑談を思いつく前に、とある経験が頭を支配したからだ。
「やっぱ昨日は大変でしたねー。正さん」
「小野…。その話は忘れろと言ったハズだが…」
耐えきれず、か、気になって、か。なんにせよ、話を切り出した小野。対して、ため息をつきながら釘を刺す笹野。
「でもっすよ!?あんなすげぇレアな体験しちまったんすよ!?SNSに投稿したら、大バズりっすよ!」
興奮しながら話す小野に対し、笹野は再びため息をつき、見ていたテレビを消す。
「小野、ちょっと座れ」
笹野は、自分の席とテーブルを挟んだ反対側の椅子に座るよう、小野に促す。いつもと違う笹野の雰囲気に対して、小野は少したじろぎながら応じた。
「一応だが、お前の気持ちは分からんでもない。多分、俺とお前は似てるところがある。怖いもの知らずで好奇心旺盛だ。俺も小野と同じ年頃なら、同じように興奮したろうさ」
笹野の優しくも真剣な声色の見解に、小野は黙って聞いていた。
「でもな。この世の中には、俺たちには想像もできないことがゴロゴロしてる。そして、そういうことは大抵、触れてはいけない部分だ」
笹野のいつもとの変わりように、小野は固唾を飲んだ。
「一年前、お前がここに着任したが、当然、それ以前にここで働いていた人もいるわけだ。この話は変に怖がらせても嫌だろうから、黙っていたんだが。あんな体験をしてしまったし、いい機会だ。話しておこう」
両者、心理的に襟を正す。
とある警備の日、笹野は小野の前任者と共に、いつも通りに校舎の警備に当たっていた。その日もいつも通りに、何も異常なしで終わるはずだった。しかし、遭遇したこの世ならざる者。正確には目撃しただけで、襲われるような事態とはならなかった。
しかし、さすがにこれまでにない異常事態として、笹野は学校側に報告をした。正直「見間違いだ」などの一笑に伏せられると思ったが、事態は予想を超えた。
一旦学校側が今回の事を預かり、その数日後、笹野は前任者と共に学校側に呼び出された。その二人に差し出されたのは、とある茶封筒だった。中身は給料数ヶ月分の札束だった。学校側からの説明としては、今回のことの慰謝料と、特別賞与ということだった。
ただ、さすがに二人とも真意は分かっていた。「口止め料」だと。
笹野とて、拒むには金銭というのは魅力的すぎた。それに、他言どころか忘れたい一心だったため、思い出す気すらも起きなかった。
また、なぜ「口止め」が必要なのかも理解できる。変に今回のことを口外して、世間に奇異の目で見られれば、この学校の評判にも関わる。現状、明確な被害が出ていない以上、騒ぐ必要もないだろう。少なくとも、笹野にもその類の責任はごめん被る。
ただ、本当は分かっていた。そもそも受け取る選択肢以外は無いと。
そのままなんとか記憶の彼方に過ぎ去ろうとした時期、事は起こる。前任者が今回の件を、同校の学生に対してや、飲みの席で友人に他言したのだった。金銭を受け取った上で、だ。本人はあくまで軽い学生との雑談まじりだったり、飲みの席での余興の一環のとして話した模様。一応、その話自体は、聞き手としては作り話として収束を迎えた。
しばらくして、前任者の転職が決まった。都会の方の、今より好条件の所らしい。当然喜ぶべき出来事ではあるが、笹野はどうにも他言したことが頭をよぎる。さすがにそのような横槍を入れるほど野暮ではないため、そのまま送り出した。
その約、一ヶ月後だ。笹野は警備室の掃除中、前任者の重要な書類と私物がおいてあったのを発見した。処分するには気が引けるため、前任者へ連絡をしてみることにした。
しかし、前任者の電話番号は、もう使われていなかった。番号を変えたのだと思い、これまた気はひけるが、前任者の現在の職場へ連絡を入れてみることにした。
帰ってきた返事は「そのような名前の職員は、在籍しておりません」とのことだった。それどころか、着任した事実もないとのこと。笹野の背筋に悪寒が走る。確証はない。ただ、一つの可能性が頭を支配する。
消された。
それ以降、笹野は前任者を含めて、今回のことは触れずに今日まで生きてきた。一旦、話が終わった段階で、聞いていた小野は張っていた肩の力が抜ける。
「小野、お前はお調子者だが、今回のような事態に対しての立ち振る舞いを理解できないような馬鹿じゃないと思ってる。もう一度言うが、お前の好奇心も理解できる。だがな、悪いことは言わない。やめておけ」
笹野から釘を刺されたが、さすがにこれまでの話を聞いて、前任者と同様の行動にエネルギーが働くほど、好奇心旺盛なわけではない。そもそも、その好奇心は今この瞬間に凍てついた。
その様子を見て、笹野はテーブルの端に置いてあった封筒に手を伸ばし、小野に差し出す。
「学校側からだ」
すべてを察する。
余計なマネはするな。
その言葉が、封筒と中身からにじみ出ていた。
--------------------------------------
時刻、22:00の間立高校校舎。
晴馬は仕事着の軍服に身を纏い、漆黒の校舎を見つめる。昨夜同様、校舎の調査となっている。
「晴馬様、今日はどうしましょう」
先ほど晴馬の影から出現したヤミが、晴馬へ仕事のプランを問う。昨夜は星空を使って調査したが、成果は満足いくものではなかった。想定外のハプニングもあったが、あくまでハプニングであって成果ではない。
「そうですね。やはり唯一の成果と言える頂点個体の気配、これを探っていきましょう。結局のところ、頂点個体をどうにかすればやりようはあります。昨日は《星空》を使って確認しましたが、今回は自分の足を使って校舎を回りつつ、気配を見ていきましょう」
プランを考えつつ、校舎へ歩みを進める。正面入り口に来た瞬間、晴馬は立ち止まり、入り口脇の茂みへ目線を移す。
「いるのは分かってます。出てきなさい」
晴馬の短くも圧のある命令に対し、茂みをかき分け人影が姿を表す。人影の主は、ここの男子生徒である片桐だった。少しバツの悪そうに、ゆっくりと茂みから出てくる。直後、晴馬は片桐の背後に回り込み、その首に冷たい刃を向ける。片桐は咄嗟に両手を上にあげ、降参の意を示す。
「ちょっと、タンマタンマ!昨日と対応違くない!?」
「昨日のことがあった、その上での2回目です。なにか思惑があると警戒して然るべきでしょう。何やら私を待っていたようですが、目的は何ですか?」
片桐の首元に向けられている冷たい刃が、ほんの少し喉元に近づく。思わず顎を上にあげ、接触を避けようと工夫する片桐。同時に挙げていた右手の人差し指のみを、冷たい刃に向かって指す。
「分かった!話す!話すから!その前にさ、さすがにコレはやめてくれないかな…。生きた心地がしないんだけど…」
晴馬にしてみれば当然の対応だったが、相手は一般人。首元へ向けられている獲物自体も、向けられる感覚もそうそう覚えがないだろう。少し考え込み、刃を離す晴馬。
「なにか妙な動きをしたら、容赦はしませんので」
「分かった…!分かったから…!」
片桐の了解を得て、晴馬は片桐から離れ彼の正面に回る。警告するのは当然ではあるが、いささか一般人に対して厳しめではないかと、片桐は心の中で苦情を漏らす。
「それで、ご用件は?」
片桐の心拍を落ち着かせる配慮はなく、本題にかかる晴馬。
「まぁ、なんというか、君に協力しようと思ってさ」
思わぬ発言に、晴馬は無言で片眉を少し動かす。
「どういうことでしょう」
「俺さ、ここの校舎から声みたいなものが聞こえるんだよ」
「声?」
「そう。なんて言ってるかは分かんないんだけど、確かなのは、俺を呼んでるみたいなんだ。昨日の学校で見たバケモノもそうだけど、多分、君の領分だろ?だから、協力しようと思ってさ」
晴馬側の事情を知ってか知らぬか、現在の晴馬が興味を唆られるには、十分な内容だった。
恐らく片桐を呼んでいるモノは、頂点個体の魔属だろう。懸念はやはり、なぜ片桐を呼んでいるか、ということだ。声などの気配を感じられるということは、片桐と頂点個体は波長が合うのだろう。
伏魔師など、その道の人間が魔属などの気配に敏感なのは職業上必要なこととして、そういった世界とゆかりのない一般人だと、魔属や霊の類と波長が合えば、その気配などを察知することが可能。いわゆる「霊感」がそれに近い。個人差はあるが、片桐は特にその体質だ。
だが、だからと言って頂点個体の魔属がわざわざ一般人の片桐を呼ぶ理由にはならない。ここの頂点個体はかなり慎重で、特に気配の隠し方に関してはかなり巧妙だ。今回、頂点個体は晴馬に気付かれないギリギリの範囲で、片桐にラブコールを送っている。ただ、一歩間違えれば、その尻尾を掴ませてしまうリスクある。
つまり、そのリスクを背負ってまで、片桐にラブコールを送っていると考えるのが自然だ。
では、なんのために?
真にほしい情報はそこだ。と、いったところで、同時に片桐からの協力の申し出だ。現状の成果が上がらない晴馬からすると、願ってもないチャンスだ。これが仮に、同業者やその道の人からの申し出であれば、そこまで迷いはしないだろう。しかし、事情が特殊もいいところだ。本来、巻き込むべからずの一般人からの申し出。しかも、まだ身辺調査もできていないため、素性も一般人ということ以外は分からない。
やや迷っているところで、片桐は何かに気が付いたように右手の人差し指を上げる。
「ああ、でも、急にこんな申し出されても困るし、怪しいよな。だからさ、取引ってのはどうだ」
「取引?」
「そう。俺が協力する代わりに、見返りをくれってことさ。それならまだ自然かな?」
片桐の言い分は一理ある。実際、同業者同士のやり取りではそれが普通だ。例えば、成果の中から数%の分け前を譲渡する、というのは凡例としてよく見られる。片桐からの提案に、晴馬はため息をついて自分の懐から紙の束とペンを取り出す。
「分かりました。いくらがお望みでしょう。可能な限り譲歩します」
凡例に倣って、金銭の交渉を始める晴馬。生々しくはあるが、結局は金銭交渉が一番スムーズにことが進むし下手なトラブルもそうそうない。また、伏魔師としては仕事に必要な場合であれば、よっぽど法外な数字でなければその場で金銭交渉も可能だ。勿論、案件の重要度や当事者への金銭感覚の信頼あってこそだ。この案件の重要度と晴馬の金銭交渉への信頼からしては咎められないだろう。評議会を始めとする伏魔師上層部の、晴馬への奇異の眼は確かにあるが、こういった部分への実績による信頼はある。
「あー、いや、別に金はいいんだ」
凡例を跳ね除けるような、思わぬ片桐からの申し出に、手が止まる晴馬。
「では、なにがお望みでしょう」
やや警戒しながら、懐に紙の束とペンを戻す。
「うーん、なんというか、できるだけ、そっちの世界の事を教えてほしいんだ」
たたみかける思わぬ提案。こっちの世界とは、伏魔師の世界のことだろう。ただ、やはり仕事である以上、業務的なことは部外秘となる。一般的な企業であれば当然のことだが、伏魔師となると、人の生き死にが関わってくるため尚更である。一応、一般向けの伏魔師や魔属の簡単な説明は可能だが、それで報酬として納得できるかどうか。それこそ、片桐は頂点個体の魔属の声や、昨夜のように、実際の魔属を目の当たりにしている。一般向けの説明は、あくまでそういった経験がない一般向けの説明であり、経験した者からするとやや説明不足の面も否めない。
「何でそんなことを知りたいのですか?」
それ以前に、やはり気になるのは動機だ。昨日の体験があってのこの提案。おおよそ、一般人の感性からして異常だ。普通なら思い出したくもないだろう。それどころか、伏魔師の世界を探ろうとさえしてくる。相応の動機がなければ、不気味もいいところだ。
「まぁ、なんというか、協力するんだから、ある程度は相手のこと知ってなくちゃってとこかな。例えば、君の名前とかさ」
一理ある。そう思った晴馬だったが、前述の一般人の感性と不気味さと比較すると、動機としてはどうにも軽く曖昧だ。ただ、相手はあくまで一般人。変に恫喝のような聞き出し方をする訳にもいかない。恐らく、裏の真意はあるだろうと踏んで次の思考へ移る。
何をどこまで知りたい?
交渉において、重要なのは具体性だ。明確にしておくことで、下手なトラブルを避けられる。ただ、これに関しては、片桐からの協力の内容についてがそもそも不明瞭だ。頂点個体の魔属の声は聞こえてはいるが、それがどれほどの利益をもたらすか。言い換えれば、晴馬の出す情報に釣り合うかどうか。金銭なら感覚は掴めるが、こと情報となると、どうにも面倒になる。しかし、やはり成果の上がっていない現状から考えると、例え一般人とはいえ貴重な情報源の可能性があることには変わりない。また、ここで下手に断って勝手に動かれるよりは、ある程度は管轄内で管理体制を敷ければ安全だ。
「分かりました。しかし、そういう条件であれば、私の独断ではお応えできかねます。なので、上に相談しますのでお待ちください」
晴馬は片桐からの条件に対して前向きな返事をしつつ、メモ用紙にペンで数字を書いていく。書き終えたメモ用紙は、片桐の前に差し出される。受け取った片桐の手にあるメモ用紙には、とある数字が並んでいた。一般人たる片桐にも、見覚えのある規則的な数字の並びだった。
「それは私の臨時で使用している電話の番号です。明日の18時ごろには返事ができると思いますので、そのつもりで。それと、言うまでもないかとは思いますが、第三者への番号を始めとする今回の情報については、他言無用でお願いします。昨日のバケモノのような存在への被害者を産みかねないのでね」
当然の要求に、片桐は深く頷く。それを見た晴馬は「さて」と、呟き、話題転換をもたらす。
「改めて、協力の申し出には感謝します。しかし、昨日のことでご理解いただけたかと思いますが、夜の校舎、いえ、夜の世界は貴方が思っているよりも危険です。ですので、昨日と今日のように、独断で夜の校舎にくることはご遠慮ください」
これにも深く頷く片桐。
「では、申し訳ないですが、今日のところはお引き取り願えますか。先ほど申し上げました通り、明日の18時にお返事できるかと思いますので」
片桐は晴馬の提案に応じて、夜の校舎を後にする。
--------------------------------------
夜の道を歩く片桐。少しの達成感と安心感を感じつつ歩く中、自分の首元に少し湿り気を感じる。よく見ると、着ていたシャツの襟が汗で変色しているのが分かった。改めて感じたのは、思っている以上に、緊張していたことだ。
無理もない。首元に当てられた冷たい刃といい、交渉といい、自分とはほぼ無縁のことばかりだったからだ。緊張こそしたが、自分で首を突っ込んだことだ。もちろん後悔はない。
そのために、自分の頭に響く声について、「解決依頼」ではなく「協力」として申し出たのだから。
正直、賭けに等しかった。相手は恐らくその道のプロ。本来なら一般人の助けなど不要。しかし、自分の頭に響く声を、ある意味で最大限活用したかった。
そこで思いついたことは、「依頼」ではなく「協力」。断られることを覚悟、いや、多分本来は触れてはならない世界に踏み出したのだ。追い出されるだけでは済まないだろう。
そうこうしてる内に、自分の住んでいるマンションの一室にたどり着く。玄関を開けると、広がるのはいつも通りの暗く、冷たい小さな世界。
リビングに自分の荷物を無造作に置き、とある棚に向かう。その棚の上、額縁に入った一枚の写真に手を触れる。
そう、自分の目的を叶えるため。そのために、首を突っ込んだのだから。これで失敗しても後悔はない。いや、後悔しようもない。
もう、自分には何もないから。
--------------------------------------
片桐を帰した後、晴馬は校舎を見つめて大きなため息を吐く。
「晴馬様、よろしかったのですか?」
晴馬の影から一部始終を見ていたヤミ。晴馬の判断の自己評価を問う。
「仕方ありません。このままでは解決の糸口すら掴めませんから。この際、利用できるものはなんでも利用しましょう。さて、それはそれとして、一般人ばかりを当てにはできません。我々は我々にできることをしましょう」
晴馬は自身の荷物を肩に掛け、ヤミと共に夜の校舎に入る。相応の気合いを入れて望んだ今夜だったが、成果はゼロだった。
朝日が昇りかける校舎を後に、晴馬は明るみがかった空を見上げる。
(難儀ですね…)
今度は一切の気配をしなかった校舎は、いつも通りの朝を迎えた。
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