パーティーを追放されたおじさんの里帰り珍道中

春志乃

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番外編

その4 野営練習 平原設営編

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 さわやかな初夏の空は、初めての野営練習を応援するかのような晴れだった。
 レオは、ロザリーとルイ、そしてアベルたちと十人の新人たちを屋根のない荷台タイプの馬車に乗せて、平原へと連れて来た。馬役はもちろんレオだ。
 平原に到着して、レオは少年少女たちの顔を見回す。

「野営ってのは、これからランクを上げて上を目指すなら絶対に必要になって来る手段だ。今、お前さんたちが受けられるクエストは、基本的には日帰りで可能な範囲で採取、狩猟ができるだろう?」

 こくこくと一斉に頷く。

「だが、よりランクの高い魔物や貴重な薬草ってのは、自然が深いところで棲息してるもんだ。それを日帰りってわけにはいかねえ。そこで必要になって来るのが、野営という手段だ。だが、野営ってのは、夜、自然の中で過ごさなきゃならねえ。それはつまり町の中で過ごすよりずっと危険があるってことだ。どんな危険が想像できる?」

「まずは魔物や動物の襲撃とかです」

「おう、そうだな。一番の危険は野生動物や魔物だ。だが、魔物が襲ってくるのにも理由がある。俺たちをエサだと思っている場合、そして、俺たちがそいつらの縄張り内に居る場合だ。とはいえ俺たちを餌にしようとする個体ってのは、早々いない。そういう個体は基本的に討伐対象になるからな。だから俺たちを襲う理由の大半が、縄張りからの排除だ。お前らだって家でくつろいでたら、知らん奴が家の中に入って来て勝手に寝床作って料理しだしたらいやだろ?」

 レオのたとえ話に、少年少女たちは想像したのか嫌そうに頷いた。

「いいか、自然って言うのは基本的に魔物や動物たちのもんで、俺たちはそこから零れ落ちたもんを恵んでもらっているにすぎないってことを絶対に忘れちゃならねえ。それを忘れると自分本位の狩猟、採取、自然破壊と人間は欲深い行動にのめり込んでいくからな」

 レオの言葉に彼らは表情を引き締めて頷いた。

「んで、まだまだ危険があるな? なんだと思う?」

「えっと、盗賊とか山賊ですか?」

「正解。盗賊や山賊は、根城を持っていることが多いし、悪評も立つ。だから立ち寄った先の村で、ギルドで必ず事前に情報を確認することで、危険を回避できることもある」

 なるほど、と小さく呟く声が聞こえる。

「だが、突発的な強盗ってのはいるからな、その地域ごとの治安というものを事前に知っておくのも大切だ。新人の内はギルドで売ってる防犯用品を所持しておけ。獣人族相手なら臭い玉はめちゃめちゃ聞くし、唐辛子液は全ての種族に抜群の効き目だ」

「これは補足だけど、防犯用品は武器と同じくらい、すぐに取り出せる場所に身に付けておきなさいね? リュックの底にしまっていたら、いざという時、役に立たないから」

「はい!」

 ロザリーの補足にも素直な返事が返って来る。

「んで、一応、これで最後だが、あと一つ、危険なことがある。なんだと思う?」

 少年少女たちは、なんだろ、と首を傾げ、顔を見合わせる。

「んじゃあ、アベル、なんだと思う?」

「え!」

 油断していたのかアベルの肩が跳ねた。

「……えーと、魔物でも盗賊でもないとすれば、そうですね……地形や天候、でしょうか?」

「おう、正解」

 アベルがあからさまにほっとしている。

「今日は幸い野営練習には易しい天気だが、土砂降りの日も風が馬鹿強い日も雷が鳴りまくってる日もあるだろう。そういう時、しなくていいならしない。しなくちゃならない理由があるなら、出来るだけ安全な場所で野営が出来るように見極められるようになろうな。まあ、それは明日、森の中で詳しく教えてやる。今日は平原で、基礎の中の基礎からだからな」

「「「はい!」」」

「じゃあまずは、この辺りにテントを張ってみろ。ここが今夜の野営地だ。どこにどう張るか、どれだけ時間がかかるか、自分たちだけでやってみるように。ある程度、時間が経ったら声をかけるからな」

「はーい!」

 少年少女たちが楽しそうに散っていく。
 実は魔物除けのロープを大分広範囲で張ってあるので、彼らがよほど遠くへ行かない限りは大丈夫になっている。とはいえ、それを言ってしまえば油断してしまうので、巧妙にロープは隠してあるのだ。
 本当は平原というものは、あまり野営には向いていない。自分たちからも魔物や盗賊からも丸見えだし、この平原は水場もない。
 だが今日は練習であるし、レオからはよく見えるので平原での開催に至ったのだ。

「さ、俺たちも準備しようぜ」

「ええ」

「オレもおてつだいする!」

「わんわん!」

 ルイがはりきって、野営用に買った彼専用のリュックを下ろす。
 レオとロザリーはマジックバッグから、あれこれ必要なものを取り出す。
 ロザリーが竈の準備をしてくれている間、レオはルイと一緒にテントを張る。レオたちの隣ではアベルがシェリーとセーラと一緒にテントを張っていた。
 レオたちは慣れたものなので、あっという間に終わる。

「これ、このあいだの、テーブルだ!」

「ふふ、そうよ」

 レオがポーチから取り出したテーブルにルイが顔を輝かせた。ポンタもなんだか足元で喜んでいる。
 長椅子も出して適当な位置に置けば、立派な野営地の完成だ。

「さて、見回りに行くか」

「ええ」

「三人でそれぞれ別れましょうか」

「そうだな。ルイはどうする?」

「んーとね、ママといく!」

「うふふ、いらっしゃい」

 ロザリーが嬉しそうにルイの手を引き歩き出した。振られてしまったレオは、拗ねていてもしようがないので、笑うアベルの肩を小突いてから、様子をみるため歩き出す。
 とりあえず全員、レオの目が届く範囲でテントを張ってくれているようだ。

「おう、ミスラ、コリー、ベンノ、どうだ?」

「ええと、その、離すと倒れます」

 三人がパッと手を離せば、テントはあっけなくふわりと潰れた。

「ははっ、まずは支柱を地面にぶっ刺せ。がっつりとな」

 レオは、潰れたテントの大きさを確認してから、ミスラが支えていた一本を地面に刺した。

「んで、ハンマーで打ち付ける」

 ベンノから受け取り、カンカンと打ち付ける。

「反対側、やってみ?」

 ベンノが受け取り、真似をする。彼は熊系獣人族で力強いので、なんなく支柱は地面に突き刺さった。
 そして、真ん中に渡す棒にミスラがテントのてっぺんを通していき、支柱にテントごと、その棒を渡す。これだと洗濯を干しているだけのようだ。

「そんで、この穴にロープを通して支柱と結ぶんだが、ここをこうしてこうだ」

 レオの指導の下、今度はコリーとミスラがテントのてっぺんの端と端を支柱と結ぶ。

「それで左右に広げて、この穴に専用の杭を通す。お互い加減しながら、打ってみろ」

「はい!」

 三人でせっせと四隅を杭で地面に打ち付ければ、小さなテントが無事に完成する。寝転がるためだけのテントなので高さもないが、その分、布も少なくて済むので持ち運びには便利だ。高さを必要としない分、支柱も短いもので事足りる。正面に切れ込みがあり、そこをカーテンのように左右にくくっておけば、中も良く見える。少し金を出すと、入り口の内側に薄いカーテンが付いているものなんかもある。

「やった、できた!」

「思ったより狭いなぁ。俺とお前じゃくっついて寝ないと」

「うげぇ」

 ベンノの言葉にコリーが顔をしかめた。それをミスラがけたけたと笑っている。
 レオは「次行くから、道具を片付けとけよ」と声をかけて、ギルの下へ行く。
 ギルは一人用のより小さなテントで、眠る用というよりは中で風や雨を避けるための目的のものだ。

「お、上手いな」

「じいちゃんが冒険者を引退した後も、庭で野営してて、俺もテントの張り方とか一通りは教えてもらったんです。ばあちゃんはせっかくの庭の景観が台無しだって怒ってましたけど」

「なるほどなぁ。じいさんは引退して長いのか?」

「俺が十歳くらいまでは現役でした。ランクはBで、だけど、大けがして、ばあちゃんに『一緒に死にたい。知らないところで死なないで』って泣かれたからやめたって言ってました。じいちゃんは狼、ばあちゃんは、兎の獣人族同士の夫婦なもんで」

「あー、そりゃしかたないな。番に泣かれちゃ、しょうがねぇ」

 うんうんとレオも頷く。
 レオもロザリーに、そう泣かれたらあっさり引退してしまうかもしれない。ロザリーは同じ冒険者なので、その可能性は低いが。

「俺も気持ちは分かるので」

「じいさん、今は何してんだ?」

「町の自警団で指導係をやってます。優秀な剣士で、俺も基礎はじいちゃんに教わりました。俺はじいちゃんと同じ狼なんですけど、俺の父さんも叔母さんたちも皆、兎で……母さんは人族だし、俺の弟と妹も兎なので、教える相手が俺しかいなかったんですけどね」

「草食系はあんまり荒事を好まないしな」

 レオが振り返った先でセーラはのんびりと日向ぼっこをしている。その横でシェリーはせっせと真面目に何かをメモしているようだった。
 そして見回した先でロザリーが、爬虫類トリオになにやらあきれ返っている。耳をそばだてれば、やつらがテント忘れたというのが聞こえてきた。ロザリーの隣でラベンダーが苦笑いを零し、ルイはきょとんとしていた。
 ユーインとジョージは、アベルの指導の下、無事にテントを張り終えたようだ。
 ギルに「またあとでな」と声をかけて、レオはロザリーの下へ行く。

「それで、どうした?」

「お互いがテントを持っていると勘違いして、忘れて来ちゃったみたい」

「記憶を辿れば、俺が最後に受け取った気がします」

 しょんぼりとハロルドが肩を落とす。テッドとリヒトが「俺たちも確認しなかったから」と友の肩を叩いている。

「まあ、忘れちまったもんはしょうがねぇ。俺が使ってたやつでよければ貸してやるよ」

「え? いいんですか?」

「今日はあくまで練習、だからな」

「ありがとうございます!」

 この間までの一人旅でレオが使っていたテントをポーチから取り出して、ハロルドに渡した。ミスラたちが使っているものと大体同じ形のテントなので、レオの指導の下、三人がせっせとテントを立てる。

「よし、全員、大丈夫だな」

 レオは並ぶテントを見回す。距離感も問題ないし、テントが立つ地面も平原というだけあってあまり傾斜もなく、夏なので草がわさわさ生えていて柔らかそうだ。

「じゃあ、ここはロザリーたちに任せて、森の中へ入るぞ。薪を集めがてら、森の中の歩き方を教えてやる。特別に今日は武器、保存袋、水筒、ロープ、ナイフなど最低限の装備で良い。残りの荷物はロザリーが見張っててくれるからな」

「「「はい!」」」

「準備開始!」

 レオが手を叩くと少年少女たちは仕度を始める。

「ルイはどうする? ママといるか?」

「パパといく」

「よーし、じゃあ、手を繋ぐのは危ないからパパのベルトから伸びるこの紐を握っておけ。困ったことや、何か見つけたら、すぐに教えてくれな」

「うん!」

 レオは適当な紐を取り出して自分のベルトに結び、ルイに握るように言う。ポンタは既に行く気満々の様子だ。ロザリーが「おまじないよ」と言いながらルイに毒耐性のバフをかけた。

「ロザリー、あとは頼んだぜ」

「ええ。皆、気を付けて行ってらっしゃい。ルイとポンタは、パパとはぐれないようにね」

「「「はーい」」」

 ロザリー、シェリー、セーラに見送られて、レオたちは出発したのだった。



 とりあえず目指す先は泉だ。森の中に小さな泉があることは、牙猪の調査で散々、歩き回ったので知っている。

「皆、森の中に枝が落ちてるだろ? 杖代わりになるくらいの長さのやつを見つけるんだ」

 レオの指示に皆がきょろきょろと辺りを探り始める。ルイも「オレもさがす!」と自分で枝を見つけるために動き始めたので、レオも一緒に探す。
 少しして、各々、枝を見つけられたようだ。ルイもぴったりの枝を見つけて、誇らしげだ。

「それをもって進むぞ。なんでか分かるか?」

「行く先を少し安全にするためです」

 きっと祖父から教わったのだろう。ギルが真っ先に応える。

「おう、そうだ。ある程度経験を積めば、森の中を歩くに当たって、音、気配、視覚、色んな情報を処理しながら歩くこともできる。だが、初めのうちはなかなか難しいからな。注意が分散して危険だ。慣れないうちは、変な音がしたら足を止め、周囲を見回す。藪の中に入る時は、その棒でかき分けて進む。いざ、毒蛇や毒虫が襲い掛かって来ても、まずはその棒が咄嗟の武器になるから、ある程度、自分で自由に動かせる重さや長さのものがいい」

 レオの言葉に皆、その場で手に持った枝の調子を確かめる。

「よし大丈夫そうなら、行くぞ。泉を目指す」

 そう告げて、レオはルイがちゃんとレオのベルトから伸びる紐を掴んでいるのを確認し、歩き出す。
 皆、黙々と歩いて行く。聞き取り調査によれば、全員、森の奥へ入るのは初めてのことらしいので、緊張しているのが伝わって来た。
 少し歩いて行くと鹿の足跡を見つけた。

「おいで」

 少年少女たちを集めて、レオは足跡を見るように言う。

「これで色々なことが分かるんだが、なんだと思う?」

「ええと、群れが進んだ方向」

「もうちょっと数えれば、何頭の群れか分かると思います」

「こっちとこっちは大きさが違うから、葉鹿と枝鹿の群れってことですよね?」

 次々に出て来る発見にレオは「そうだ」と頷く。

「それにまだはっきりと残っていて、足跡が新しい。夜明けくらいにここを通ったんだ。それに幸いなことに、鹿たちの足跡は急いだ様子もなく、肉食系の魔物、ここだと森狼が彼らを追いかけていたわけではないことも、分かるな」

 へぇ、と感心する声にレオは小さく笑う。

「例えば枝鹿討伐のクエストを受けていた場合は、この足跡を慎重に追っていくこと。そしてできれば、それは昼の内に行うこと。夜は森狼たちが主役の時間だからな」

「レオさん、急いでいるっていうのは、どうやってわかるんですか?」

 ラベンダーの問いかけにレオは足跡を指さす。

「足跡と足跡の距離だ。獲物として追いかけられている時、何らかの危険から逃げている時、鹿たちは跳ねて飛ぶように走る。そうすると、この足跡と足跡の間がぐっと開くんだ」

「なるほど……」

 ラベンダーはシェリーと同じくメモをする派のようで、小さな手帳に一生懸命、書き留めている。

「森の中には、こうやって生き物たちが残していく伝言がある。出来る限り、伝言に気づくことも大事だからな」

「「「はい!」」」

「よし、良い返事だ。また進むぞ」

 そう声をかけて再び歩き出す。
 レオはルイが転ばないように露払いをしながら進んでいく。少年少女たちも先ほどよりもずっと辺りに気を配りながら歩いているのが伝わって来た。
 それから黙々と歩いて、木々の隙間にきらりと光る水面が見えてきて、足を止めた。

「泉が見えるか?」

 レオの問いに皆が目を凝らし、それを見つけて頷く。

「気をつけたいのが、水場に近づく時だ。水場ってのは、俺たちにとって水が必要なように、魔物や動物たちにとっても必要不可欠なものだから、基本的にはなにかの縄張りだと思っておけ。幸い、この地域には水中に生息している生き物であんまりあぶねえ種はいねえが、温かい地域だとワニ系の魔物がいたりするから、気を付けるようにな。

「「「はい」」」

「水場に近づくときは、より一層、気配や音に注意しながら進むんだ」

 そう声をかけてレオたちはゆっくりと泉へと出る。
 水を飲んでいた鹿たちが一斉に逃げ出し、俄かに森の中が騒がしくなるが、あっという間に静寂を取り戻した。

「……綺麗」

「水が透明だ……」

 水面をのぞき込んだ少年少女たちが、感嘆の声を漏らす。
 ここは非常に透明度が高い泉で、天気が良ければ底がよく見え、泳いでいる魚も丸見えだった。

「各々、水筒は持ってきたか?」

 腰に下げていたそれを皆が掲げた。

「じゃあ、水を汲んでおけよ。水ってのは、普通に飲み水でも使うし、料理にも使うし、怪我をした際の傷口の洗浄でも使う。だから、確保できるときは確保すること。もし可能なら、傷口を洗うように煮沸した水を持ち歩くのもいいぜ。ただ難点は水ってのは重いからな、何事もほどほどにな」

 水魔法が使えれば、便利だが早々皆が水魔法を使えるわけではない。とはいえ水というのは生きて行くうえで必要不可欠なものだ。
 レオもルイが水を汲むのを手伝ってやる。ポンタはがぶがぶと水を飲んでいた。

「ちょっと休憩したら、今度は薪を拾いながら、野営地に戻るからな」

「「「はーい」」」

 皆、腰を下ろして休みはじめ、レオも木の陰に座る。ルイは泉が気になるようでポンタと一緒に水面をのぞき込んでいた。
 その様子に気を配りながら、レオは大きなあくびをひとつ、こぼすのだった。


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