称号は神を土下座させた男。

春志乃

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番外編

真尋と雪乃の話 後編

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「ふふっ、どれもこれも美味しかったわ。ありがとう、真尋さん」

「喜んでもらえたなら何よりだ」

 真尋はレストランを後にして雪乃と共にのんびりとエレベーターホールへ向かっていた。この上の階に部屋を取ってあるのだ。
 
「あら、バーもあるのね」

 壁にかけられた看板を見つけて雪乃が言った。

「君が二十歳になったら、一緒に行こう」

「本当? 嬉しいわ。約束よ」

 雪乃がふわりと顔を綻ばせ、小指をぴんと立てた。真尋はその小指に自分の指を絡める。雪乃が口ずさむ指切りの歌がじんわりと真尋の胸を温かくする。
 歌が終わって、離れた小指を引き留めるように指を絡ませ手を繋ぐ。真尋の手にすっぽりと収まってしまう小さな手だ。
止まったていた足を再び踏み出そうとしたところでジャケットの内側でスマホが着信を知らせるようにぶるぶると震え出す。廊下の端に避けて、雪乃を壁際のソファに座るように促し、スマホを取り出した。

「電話だ」

「充さん?」

「いや、父だ」

 真尋はディスプレイに表示された名前に眉をしかめながら通話ボタンを押した。

「もしもし」

『ああ、もしもし、真尋か』

「そうですが……こんな時間に何の用ですか?」

 腕時計に視線を落とせば、既に時刻は二十二時を過ぎている。
無機質な機械の向こうから、同じだけ無機質な男の声が聞こえてくる。自分の父親だというのに、どうしてもその実感が未だに持てないままで、父親である彼にどう接するのが正解なのかが分からなかった。

『お前のイギリス行の件なんだが、真智と真咲はフランスに行かせる。慣らすために年明けすぐがいいだろうと思ってな、先ほど、時間が出来たから家に戻って説明してきた。転校手続きもこちらで済ませる』

「は?」

『真奈美がフランスにいるだろう? 実の母親が側にいるんだったらそちらのほうがいいだろう』

「真智と真咲は、英語は喋れますがフランス語はまだ無理ですよ。それに母さんが面倒を見きれるとも思いません」

 ぎりぎりとスマホを握る手に力がこもる。雪乃が立ち上がり不安そうに真尋の腕に手を添えた。

『真奈美の家にも家政婦の一人二人はいるから平気だ』

 事も無げに放たれた言葉に真尋はぶつりと何かが切れる音が聞こえた。

「ふざけるな! 自分の子どもの世話を最初ハナから自分でする気がないくせに引き取るなんて無責任だ! 寂しい思いをさせるだけだろう!? それにどうして俺の許可なく、真智と真咲に勝手に話をしたんだ!」

「真尋さん」

 雪乃が心配そうに声を掛けてくれるが答える余裕がないまま真尋は言葉を重ねる。

「真智と真咲はまだ十一歳の子どもだ。いきなり環境が変わるだけでも大きな負担なのに……俺と雪乃は二人の両親代わりでもあるんだ。見知らぬ土地で父親や母親が側にいないなんてありえない……っ」

『あの子たちももう十一歳だろう? それに……お前は平気だったじゃないか』

 パキンと心の奥で小さな音が聞こえた。
 脳裏にたったひとり、広いダイニングで食べ続けた食事を思い出した。家政婦が心を込めて作ってくれたそれは、確かに美味しかった。だが、喋ることもなくただ只管に黙々と食べたそれは、確かに温かった筈なのに、その温度を思い出せない。
 真智と真咲と園田と、そして、愛しい雪乃と囲む食卓の食事はあんなにも温度があって、優しい味がするのだと覚えているのに、あの頃の家の中の記憶にはどれもこれも温度がないのだ。

『それにお前が随分と甘やかすから、真智も真咲も俺や母さんよりお前と雪乃さんが良いと言って聞かないじゃないか。母さんが可哀想だろう』

「可哀想なものか……っ。仕事を選んで家族を捨てたのは、そっちだろう! 今更そんなことを言い出す方がどうかしている! いっそ母さんが仕事を辞めて専業主婦にでもならない限り……っ、それくらいの覚悟をしてくれない限り、真智と真咲は絶対にやらない。俺がイギリスに連れて行く。それを許さないなら――」

 一度、息を吸ってゆっくりと吐き出した。
 添えられていた雪乃の手をそっと握り返す。

「俺の全てをもってして、ミナヅキを、あんたを破滅に追い込む。出来ないと高をくくるのも構わん。俺の夢や人生ならいくら犠牲にしてもいいが、真智と真咲にだけは手を出すなとそう約束した筈だ。いいか、俺があんたの言うことを聞いているのは、真智と真咲が愛しいからだ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外に理由なんてない」

『……お前、誰にそんな口をきいているか分かっているのか』

 低い声に不機嫌が混じる。
 生まれた時から人の上に立つよう育てられた父は、逆らわれるということに慣れていないのだ。彼の周りには彼に従順な人間しかいない。

「ああ、分かっているさ。血が繋がっているだけの他人だ。家族なんかじゃない」

『お前っ、父親に向かって……っ!』

「父親だって言うなら、家族だって言い張るのなら、俺の好物を言ってみろ。真智の好きなスポーツでも真咲の好きな動物でもいい。何だったら嫌いなものでもいい」

 怒鳴らんとする父の勢いを遮って真尋は淡々と告げた。
 そして、案の定、父は言葉を詰まらせた。
 
「……知らないだろう。一つだって、あんたは知らないくせに父親面するな。真智と真咲は俺がイギリスに連れて行く。もう二度と仕事以外では手を出さないでくれ。金も出さなくていい。金輪際、俺に対して父親面をしないでくれ」

 終了ボタンを押して通話を一方的に終わらせる。だらりと力なく腕が落ちて、雪乃がそっと真尋の手からスマホを抜き取ると、スーツの胸ポケットにしまってくれた。

「……真尋さん」

 握りしめていた雪乃の手をまた少し強く握りしめた。

「……すまない」

「いいのよ。今すぐに帰りましょう。ちぃちゃんと咲ちゃんに大丈夫よって教えてあげないと」

 ね?と微笑む雪乃に手を引かれてエレベーターホールへと歩き出す。
 上を目指すボタンではなく、下を目指すボタンを細い指が押す。そう待たずしてドアが開き、中へと乗り込んだ。ぐんぐんと下降する鉄の箱はまるで真尋の心そのもののようでもあった。

「大丈夫、大丈夫よ、真尋さん」

 とんと寄り掛かかってきた雪乃の肩を握っていた手を離して抱き寄せる。寄り掛かっているのは雪乃なのに支えられているのは真尋なのだ。
 零れそうになるため息を彼女の髪にキスを落として誤魔化し、顔を上げた。すると丁度、エレベーターが止まり、ドアが開く。

「ああ、真尋様、丁度良かった。今、お呼びしにいこうと思っていたところだったのです」

 エレベーターホールで横小路と鉢合わせる。

「どうかしたのか?」

「園田様がおいでです。何でもお伝えしたいことがあるとか……」

 思わず雪乃と顔を見合わせた。そのまま横小路とともにエントランスへと歩き出す。

「ちぃちゃんたちに何かあったのかしら」

「あの人が行った時点で何もないことはないだろうが……」

 不安が小さく顔を出したのに気付かないふりをしながら、雪乃と共に急ぎ足で向かう。
 二十二時過ぎと言えどエントランスとその向こうのラウンジには、人の姿がありささやかな喧騒が残っている。カウンターの傍で所在なげに立っていた園田が真尋を見つけるとすぐさまこちらに駆け寄って来た。

「真尋様、雪乃様、折角のお二人の時間を邪魔してしまい申し訳ありません」

 そう言って園田が深々と頭を下げた。

「そんなことはどうでもいい。園田、真智と真咲に何かあったのか」

「いえ、あの……あ、今、お二人の傍には一路様と海斗様がついていて下さっておりますのでご安心下さい」

「真尋さんにもついさっきお義父様から電話が来たの」

 雪乃の言葉に園田が体を起こす。向けられた視線に頷けば、園田が項垂れる。

「申し訳ありません。旦那様には、お電話などは明日にして下さいとお願い申し上げたのですが……」

「あの人には俺の都合なんて関係ないさ。それよりあの人は、真智と真咲に何を言ったんだ」

 瞳を左右に彷徨わせて言葉に悩む園田に、ありのままを話せ、と告げる。
 すると園田は、躊躇いながらも口を開いた。

「夕食を終えた頃、突然、旦那様はいらっしゃいまして……それで「真尋から聞いたか?」と真智様たちに尋ねられたんです。それで、お二人が首を傾げて、そうしましたら「お前たちは年明けにはフランスに行くんだ」と。最初、お二人は旅行だと思われたようで顔を輝かせたんです。ですが旦那様が「真尋はイギリスに留学するんだ。あいつのことだあら雪乃さんもおそらく一緒に連れて行くだろう。お前たちはフランスの母さんの所で暮らすことになる」と。それで旦那様は呆然としている真智様と真咲様に一方的に一月以降の予定を告げて、むこうの学校の資料などを置いて再び出かけられました。……私の腕がもう二本あればお二人の耳を塞ぐ事も出来たのに、申し訳ありません」

「真智と真咲は?」

「大分、取り乱しておいでで、一路様と海斗様が色々ととりなして下さったのですが……それで、実は無理矢理お車にお乗せして、今はあちらに」

 園田が振り返り、手で示した先を見ればソファに見覚えのある金髪頭があって、少し間を空けて座る一路がこちらを見ていた。ここだよ、と言いたげに指差す。おそらく海斗と一路の間に双子が座っているのだろう。
 真尋は雪乃と共にソファの方へと急ぐ。

「真智、真咲!」

「ちぃちゃん、咲ちゃん!」

真尋と雪乃が同時に声をかけ、一路と海斗が同じくして双子をそれぞれ抱き上げソファの背もたれをまたぐようにしてこちら側に双子を下ろした。咄嗟に逸らされてしまったが真智と真咲の目は可哀想なほどに赤くなっていて、繋ぎ合った小さな手にはこれでもかというほど力が込められているのが見て取れた。
 真尋と雪乃は、双子の前に膝を着く。それと同時に真智が口を開いた。

「おにいちゃ、ご、ごめんなさっ」

 泣き過ぎてしゃくりあげながら、真智が懸命に言葉を紡ぐ。真尋は手を伸ばして、その涙を拭う。

「何でお前が謝るんだ」

「だ、だって、せっかく、ゆ、雪ちゃ、とデート、なのにっ」

「ごめんなさ、い」

 真咲がぼろぼろと涙を零しながら同じように謝罪を口にする。
 雪乃がハンカチを取り出して、双子の涙を交互に拭う。

「私と真尋さんにとって貴方たち以上に大切なことはないのよ。ねえ、真尋さん」

「ああ。雪乃とのデートはいつだって出来るんだから心配しなくていい」

 ハンカチ越しに真智が顔を上げた。涙の海の向こうで、真尋を見つめる黒い瞳は不安に揺れている。

「でも、お兄ちゃん、イギリスのことおしえてくれなかったもん……っ」

 非難するような、縋るようなその眼差しを真尋は真っ直ぐに見つめ返す。

「……イギリス行の件も住む場所や通う学校がきちんと決まってから、お前たちには話すつもりだったんだ。向こうは九月から新学期が始まるだろう? だから予定としては、早くて六月か遅くても八月の頭には向こうに行くつもりだったから、真智と真咲には二月頃、話そうと思っていたんだ。雪乃にだって、今日話したばかりだったんだ」

 真智と真咲の視線が雪乃に向けられる。それを受け止めた雪乃が「本当よ」と肯定する。

「私も今日初めて教えてもらったの。だから真尋さんは、二人に内緒で行くつもりだったわけでも、急にいなくなるつもりでもなかったのよ。ただ、お義父様が少し焦ってしまったのね」

 双子が顔を見合わせて、そのまま再び俯いてしまった。

「……でもっ、お、おとうさんが僕たちは、フランスにって、おか、おかあさんのとこにいくって……っ」

「おかあさんの、ことは、すきだけど……お兄ちゃんと、雪ちゃんとみーくんがいっしょじゃなきゃ、やだぁっ」

 ついに泣き出した真智が抱き着いて来るのを受け止める。真咲は、服の裾をぎゅうと握りしめて何とか耐えようとしているが、それでもまろい頬を伝う大粒の涙は止まる気配がなく、雪乃が手を伸ばして抱き寄せた。そうすれば小さな手は一生懸命、雪乃の背中にしがみ付く。

「大丈夫よ、大丈夫」

 真尋にそう告げたのと同じ優しい声で雪乃が言った。

「私と真尋さんだって、ちぃちゃんと咲ちゃんと離れて暮らすなんて考えられないわ。一緒に行くのよ」

「ほ、ほんと?」

「ああ」

 顔を上げた二人に真尋はしかと頷いて返す。

「ぜったい?」

「絶対だ」

 くしゃりと双子の顔が歪んで、苦しいほど強い力で抱き着かれ、同じだけの想いを込めて抱き締め返した。
 ラウンジのざわめきに双子のくぐもった泣き声がじわりと混じる。
 じくじくと痛む胸に気付かないふりをして、腕の中の小さな弟の涙が止まるのを願うようにその髪にキスを落としたのだった。





 灯りを付け忘れた暗い部屋でぼんやりと見つめる先に宝石箱をひっくり返したかのような夜景が輝いている。
 すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む気が失せて、手の中にあったカップをテーブルの上に戻した。
 雪乃のためにと予約したスイートルームは広く、快適で、けれど、今はその広さが少しばかり煩わしくて目を伏せる。
 一路と海斗とはラウンジで別れ、彼らは園田の運転する車で帰宅しようとしたのだが、双子が園田が離れるのを嫌がり、結局、海斗が真尋の車を運転する形で帰ってもらった。父から貰った高級車に乗る気は失せて、やる、と言ったら頬を引き攣らせながら固辞されてしまった。
 園田は現在、二つある寝室の内、一回り小さな寝室で休んでもらっている。主寝室では、雪乃と二人がかりでどうにか宥めて泣き止ませて、寝かしつけた弟たちが雪乃と共に眠っている。
 雪乃が風呂に入っている間、双子の傍にいた時に横になっていたので、ジャケットとベストは脱いだが、まだシャワーを浴びる気力がわいて来ずシャツとスラックスはそのままだった。胸の辺りがまだ湿っていて、二人の涙の痕が残っている。。
 いい加減、シャワーの一つも浴びねばと思うのだが、如何せん、気力が湧かない。
 カチャリ、とドアノブが回る小さな音がして、スリッパが柔らかな絨毯を踏む足音が近づいて来る。僅かに明るくなったように感じたのは、ベッドの傍のランプの光のせいだろうか。
ふわりと香ったのは、慣れない甘い香りだった。いつもの優しい花の香りより少し甘い匂いが強い。

「……まだ、ここにいたの?」

「……二人は?」

 ぐっすりよ、と言って雪乃が隣に腰掛けた。

「こんな暗い部屋で……あら、コーヒーがあるわ。いただいてもいいかしら」

「冷めてるぞ」

「いいわ。少し喉が渇いただけだから」

 そう言って、細い手がカップを手に取った。
 ちらりと寝室の方を見れば、ドアが開いたままになっていて、ベッドの上の二つのふくらみがよく見えた。彼女の言う通り、静かに眠っているようだった。

「……哀しいの?」

 彼女の問いに顔を向ければ、真尋を真っ直ぐに見つめる黒曜石の瞳がそこにあった。
 その問いに答えを用意しようと思考を巡らせる。こんなに静かな夜だというのに、真尋が感じていた以上に頭の中も心の中もぐちゃぐちゃと様々な感情が溢れていて途方にくれる。

「…………分からん」

 数分悩んで出てきた言葉がそれだった。
 雪乃は、そう、と呟いて空になったカップを置いた。

「二か月ほど前だ。あの人が何の前触れもなく突然、帰って来たんだ。真智と真咲は、友達の家に泊りに行っていて、君は検査入院していた日で、俺と園田しか家にいなかった日だ」

 頬に視線を感じたが、夜景を見つめたまま先を続ける。

「それでいきなり、イギリスに行けと言われた。俺が内容を飲み込む前にあの人は、向こうの大学の話、生活の話、家の話をべらべらと喋って、秘書に用意させた資料をダイニングテーブルに重ね上げて、それで俺の返事も聞かずに帰ろうとしたんだ」

 宝石箱をひっくり返したかのような美しい夜景は、どこか無機質で虚しい。

「……俺は、そんなことは、「はい、そうですか」と了承できないと言ったんだ。前から言っていたように、俺はミナヅキに関わるつもりもないし、俺には俺の将来の計画がある、と……だがあの人は「我が儘はよせ」と呆れたように笑いながら言ったんだ。「そんな風に育てたつもりはない、お前はいずれ。ミナヅキを背負って立つんだ。本当はもっと早くに海外で学ばせたかったんだが、真智と真咲が幼い内はお前は家に居た方がいいと思って何も言わなかったんだ。これまで自由にさせてやったんだから、もういいだろう」……と。俺は、もう何もかもを言う気が失せて、イギリス行を了承した。その代わり、君はもちろんだが真智と真咲の意思は尊重してくれと、イギリス行の件も俺から話すから何もしないでくれと頼んだんだ。…………全て、無駄だったがな」

 ふっと口から乾いた笑いが零れた。

「何が「育てたつもりはない」なんだろうな。あの人に育てられた記憶なんて、俺の中にはこれっぽっちもないのに。どれだけ思い出そうとしても、想い出が……ないんだ」

 目だけを向ければ、じっとこちらを見つめる双眸に触れる。

「……十八年、親子をやっている筈なのに。考えてみれば、抱き締められたことも、頭を撫でられたことさえも、ない」

華奢な両手が真尋の頬をそっと包み込む。

「認めてくれていると、そう信じていたんだ。親子らしい思い出はなかったが、それでもあの人は俺の父親で、俺はあの人の息子で……俺を、息子として、一人の人間として、俺の意思や願いを認めてくれていると、そう……信じていたかった。想い出なんかなくたって、家族なのだと……思っていたかった」

 ぐいっと引かれるままに倒れ込めば、その腕の中に抱きしめられた。

「私の旦那様は、こんなに寂しがりやさんなのに、お義父様は何にも分かっていないのね」

 とくん、とくんと心臓の音が聞こえる腕の中で、彼女の優しい声が穏やかに降る。

「俺は……寂しいのか」

「そんな顔をしているわ。迷子の子どもみたい」

 細い背に腕を回す。真尋よりずっと小さくて、弱くて、呆気無く壊れてしまいそうなのに、雪乃の腕の中はどこまでも温かくて、力強くて、泣きたくなるほど優しかった。それを自覚した途端、鼻の奥がツンとして目頭が熱くなる。
 
「……雪乃……っ」

 縋るように名を呼べば、髪に唇が落とされた。

「大丈夫、大丈夫よ。真尋さん」

 とんとんと背中を撫でながら、雪乃が歌うように告げる。

「貴方はいつも我慢が過ぎるから、たくさん泣いていいのよ。貴方が格好いいことなんてずっと昔から知っているから、格好悪い貴方も教えてくださいな。格好悪い真尋さんも私は愛しているんだから」

 彼女の言葉に、許されるとは救いだと思った。
 雪乃の腕の中で、自覚がないままに傷ついていたらしい心がじんわりと癒えていくのを感じる。

「……もう少しだけ、このままでいいか」

 そう甘えるようにねだった真尋に、雪乃はくすくすと小さく笑うと、真尋をそっと抱き寄せてくれた。
 それだけで何もかもが大丈夫なような気がして、真尋は全てを彼女に明け渡して目を閉じた。
 とくん、とくんと命を刻み続けるこの音を永遠に、聞いていたいと思った。





―――――――――
ここまで読んで下さって、ありがとうございました!
いつも閲覧、感想、お気に入り登録、励みになっております><。

真尋さんは、本当はあんまり強いわけでは無くて、
月並みですが雪ちゃんがいたからこそ強くなれる人なのです。

後日談的な平和なオマケを書けたらな、と思っております。
園田さん視点で平和に……( ˘ω˘ )<本編、鋭意執筆中です……

次のお話も楽しんで頂ければ幸いです。
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