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ライバルキャラですが、俺は貴方が好きです。

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良く居る少女漫画のライバルキャラ。自分がそのキャラクターだと知ったのは、この国の次期王にあたるジルと初めて会った時だった。ベタベタな少女漫画、一国の王と男爵の娘が恋愛に落ちるありきたりなシンデレラストーリー。そんな中、ジルに仕える俺は彼の幸せを願いヒロインの邪魔をする、世に言う恋の邪魔をするライバルキャラであった。

俺はジルの騎士だった。ある有名な公爵家の跡継ぎとして、親戚から連れてこられた養子だったのだが、その2年後に本当の息子が生まれたため用済みとなり、騎士として王家に投げられた子だった。ジルを見るまでは、前世知識でチートしてなんとか公爵家の後を継いでやると意気込んでいたが、王家に連れてこられ今日からお前の仕える方はこの人だとジルを見せられた時俺は諦めがついてしまった。

この世界は俺のために用意された異世界なのではなく、この目の前の男とヒロインのために用意された世界だと知ったからだった。

この少女漫画は日本ではとても有名で、人気で、ドラマ化映画化もされていた漫画だった。男の俺がすべてのストーリーを知るくらいには色々なメディアで取り上げられていた。人生の主人公は自分であると前世の俺は意気込んでいたタイプであったが、この世界には本当の主人公が存在する。それなら俺はこの漫画で名前が登場したキャラとして、どれだけあがいても公爵家の跡は継げず、ジルの騎士として一生の人生を終えるのだろうと思ってしまっていた。諦めてしまっていた。

だが、ジルは俺に言った。

「お前さ、あんな大人どもの言いなりになって親と離れ離れにされて、あげくに子供産まれたからお払い箱って、それで殺してやりたいって思わないわけ。」

思うに決まっている。思っていたから公爵家であるあの家の実権を握って、俺を不幸にしたニセの両親を地獄に突き落としてやろうと思っていたのだ。だがそれはもう叶わない。確か俺と言うキャラ、ニコはジルに幼少期から仕えていたと言う設定があったはず。つまり、どれだけあがこうとこの願いが叶うことはないと決められているのである。できないとわかっているのに頑張れるほど俺はアホな人間ではない。視線を上げてジルを見つめると、なんだよと言われた。

「……無理とわかっているのに頑張れませんよ。」
「なぜだ?あの家に連れてこられた時は、泣きわめくこともなく利用価値のある優秀な犬として牙を隠していたくせに、何故今になって諦める。ニコ。俺はお前のことを面白いと思っていたのに、がっかりしたぞ。」

なぜ知っているんだろう。俺の精神年齢はこの男よりずっとずっと上で、父親と言われても可笑しくないほどの年齢まできちんと生きたうえで死んだはずだった。それなのになんでこんな餓鬼に自分の企みがバレていたんだろう。完璧だと思っていた演技を見抜かれていたんだろう。

だが、そこで奮起できるほど俺の気力は残っていなかった。この男が完璧である時点で、この世界は漫画の通りに動こうとしているとわかったからだ。優秀なこの男の孤独を埋めるのがヒロインであり、目の前に居るこの俺様の混じった独裁者的キャラクターは、あの漫画のジルそのものであったからだ。 

「そんなことを言われても、俺は貴方のように優秀ではないのだから、出来ることに限界が」
「お前は何を勘違いしている。能力の優秀さなどさして重要じゃないだろ。……自分が幸せになるためなら全部ぶっ壊せよ。」
「何言ってるんですか、」
「お前の本質はそう言う人間だろ。自分の優秀さを使って成り上がろうとした。一度うまくいかなかったくらいで諦めるなよ。もっと俺を楽しませろ。公爵家の頂点なんか目指さないで、俺の寝首を掻いてこの国の頂点を取るくらいのことして見せろよ。」

声が出てこなかった。漫画の中でのジルのニコへの態度とあまりに違っていたからだ。まるで、漫画の世界と同じだと何もかも諦めていた俺に、俺というイレギュラーがいる時点でストーリーは変わるのだと言っているようだった。

漫画のジルはニコに興味がなかった。ニコはジルに過去に助けられたことがあるらしく、一生の忠誠を誓っている様子で、そのためにヒロインの邪魔をしたのだが、それを知ったジルはニコを解雇して打ち首にすると言うところまで追い込む。ヒロインに止められてニコは一命を取り留めるが、とりあえず殺してもどうとも思わない程度にしか興味を抱いていない。

「お前ごときが俺の幸せを決めるな。」

そう言うのだ。彼はそう言ってニコを切り捨てるのだ。

それなのに、幼少期のジルは今の俺を可笑しそうに見ている。しっかりとした興味を持っている。可笑しい。昔のニコはどんな理由でジルの元へ連れてこられたんだ?俺は漫画と違う行動を取ったんだろうか。そんな過去までこの漫画には決められたストーリーが存在していたんだろうか。

「俺は、アイツらが憎い。両親を殺したから、それ以上の苦しみを味あわせてやりたかった。……そのために、必死に今日まで頑張ってきたんです。」

そう思わなかったんだろうか。本物のニコは自分を養子にするため本当の両親を殺されて、アイツらを殺してやりたいと思わなかったんだろうか。俺が異常なんだろうか。

「それなら諦めるなよ。」
「っ……でも、分かったんです。貴方を見た瞬間、俺の願いは叶わないと。」
「なぜだ。」
「それは、……っ、ゴホッ、ゲホッ、」

貴方が漫画のヒーローだから。そう言うことはできなかった。言おうとして、声が出なかった。これ以上声を出そうとしたら喉がつぶれてしまうんじゃないか、そう思うほどの息苦しさに襲われて声を出せなかった。

世界の強制力。そんなものが、俺の本心をジルに言うことを許さなかった。

「俺は貴方の恋を叶えるために生まれてきた存在だから、貴方の騎士になることからは逃げられないんだって気が付いたんです。」

何度も咳き込みながら、世界に許される範囲で必死に伝えるとジルは怪訝そうな顔をした。

「恋……?なんで俺の恋なんだよ。俺が恋にでも溺れると言いたいのか?」
「……そうです。」
「はは、あり得ないな。お前ホント面白いな。」

あり得るんだよバカ野郎。お前みたいな難攻不落感ある男と恋をすることに日本中の女は夢見てるんだよ。だから現実ならあり得なくても、漫画ならあり得ちゃんうんだよバカ野郎。

「じゃあお前は将来俺が恋する相手を知ってるわけだ。」
「そうです。知ってます。」
「どんな女だ。美人か?胸は大きいか?」
「……いや普通の、あの何処にでもいるような、パッとしない見た目ですね。胸は、確かBだったと思い」
「バカにしてるのか。」

してないです。普通女がイケメンと恋するのが、今の少女漫画のはやりだったんです。漫画だからしょうがないと言いたい。言いたいが、世界が許してくれない。目の前に剣を突きだされて後ろに尻もちを付いてしまうが必死に言い訳を考えた。

「でも、あの、変わり者です。そう、ジル様の好きそうな変わり者です。」
「何を勘違いしてるか知らないが別に変わり者が好きなわけではない。女は俺の言うことに意見しない従順な方がタイプだし、お前のように俺に仕えることになる人間なら、負けを嫌う闘争心に溢れるほうがいい。」
「……そんなことを言われても、好きになるんですよ。ジル様は、その平凡な彼女を。」
「ならない。」
「なるんです。」

散々言い合いをして、ジルの剣から何とか俺は逃げ回り、最後に壁に詰め寄られた。

「じゃあ聞くが、そんなくだらない恋のためにお前は人生を諦めて俺の下に付くのか?」
「っ……だって、」
「未来を知った風な口を聞いて、諦める?あまりに下らない。知っているのなら変える努力をしろよ。その知っている事実を利用して、変えて見せろよ。俺ならば他人の幸福のためになど、絶対に動かない。」

どんだけこの王子様は性格腐ってるんだ。確かに漫画の中でも腐っていたが、ヒロインが徐々に独裁者なジルを変えていくから、ここまでクズだとは知らなかった。知らなかったが、今の俺はこの一言に何故か救われた。

この漫画で俺が2人の恋を進ませるライバルキャラであろうと、俺は俺と言う一人の人間で、第二の人生を歩んでいるのだ。俺の未来がジルの騎士だとしても、公爵家をどうにかする方法なんていくらでもある。闇討ち何でも、地獄に落としてやる方法はいくらでもある。

「貴方に気に入られたら、俺の家潰してもらえますか。」
「俺がお前の願いを叶えるということか?それはないだろ。さっきも言ったが他人の幸福のためになんて」
「他人じゃなくて、貴方の騎士です。家に戻ることはたぶんどんなことをしてもできません。それなら貴方に媚びて、同情でもしてもらって、貴方が俺の願いを叶えてもいいと思うように仕向けたい。俺の幸福のためじゃなくて、褒美か何かとしてでいいです。」
「媚びるねぇ。どうやって?」
「……どんなことがあってもジル様をお守りいたします。俺は騎士だから、騎士として生まれてきたはずだから、たぶん剣と魔法の才能は持っているはずです。貴方の騎士として生まれてきたはずだから、きっと俺の傍に居れば貴方が怪我をすることは絶対ありません。」
「絶対か?俺が怪我をしたなら、死んでもいいと言うことか。」
「もちろん。あの家を潰せるなら、命など惜しくない。」

しっかりと視線を合わせてジルを見つめると、ジルは最後に一つ質問をした。

「自分の手で裁きを下したいと思うか。」
「……その機会があるのなら、そうしたいと思いますよ。自分の手で、出来る限り苦しませて、殺してやりたい。」
「そうか。なら、いつか働きを認められると思った時、用意してやろう。そのために働け。ニコ。」
「はい。」

これが漫画通りだったのか、違ったのか俺は知らない。だけれど、立場としては漫画の関係と同様だ。でも、もうどうでもよい。ライバルキャラとして解雇されようと、殺されようと、憎い家の人間を殺せるのなら、俺はそれでいい。

願いを叶えてもらうため俺は必死に働いた。隣国の人間を何万人と殺したし、ジルを暗殺しようとする輩からの攻撃は迷いなく自分が受けた。ジルの立場を脅かす弟の存在は俺が暗殺をしたし、敵国の人間ならば親の前で子を殺した。『殺戮の騎士』そんな風に敵国からは呼ばれているようだったが、この国からは英雄とされているようだった。ただの殺人鬼に良くそんな名前を付ける物だ。

俺は願いを叶えてもらいたいだけなのに。

そうやって行動をし続けてもうすぐ15になる。ジルと出会ってからは12年がたっていた。ある日俺は書類上両親にあたる、憎き相手に声を掛けられた。

「跡を継ぎたいと願っていたと噂に聞いたが、今のニコにならそうさせてもいいと思っている。」
「どういうことですか。」
「ジルを殺してこい。」

頭の弱い両親だとは思っていたが、ここまでバカだと、こんな連中のために命を賭けたこと自体がバカバカしく思える。こんな奴らに俺の本当の両親は殺されたのだ。何一つ悪いことをしていないのに自分の都合のために殺されたのだ。

俺だって沢山の人を殺した。悪いことをしていない、無垢な子供を山ほど殺した。目の前のこいつ等と何も変わらない。だからいつ恨みを晴らしに来られるかは分からない。でもその前にコイツ等には裁きを下さなければならない。俺はそのために生きているのだから、その目的くらいは果たさなければならない。

「何を……言っているんですか?」

猿芝居もうまくなったものだ。しっかりとした失言を録音しておかなければならない。ボイスレコーダーはいつだってポケットの中に入っている。

「お前なら、ジルを殺してこの国を奪い取れるだろ。そして私に王位をよこせ。そうしたら家の跡継ぎにお前を指名してやる。」

権力に目がくらみすぎた結果か。やっと生まれたわが子より、王位が欲しくてたまらないらしい。家の権力を奪い取ってやろうと考えていた俺は、両親に従順だった。全ての言うことを何の不満も漏らさずこなしていた。その甲斐あったのか、今でも言うことを聞くと思っているらしい。

「考えさせてくださ」
「目的を果たせるなら、お前の本当の両親の形見をくれてやる。」
「え?」

適当なことを言ってその場から立ち去ろうとしたはずだったが、焼き殺されたはずの両親の形見など残っていたんだろうか。食いついた俺に、相手はしめたという顔をした。

「母親の髪の毛が残っている。大事な体の一部だ。欲しくはないか?」
「っ……、母さんの、」
「欲しくてたまらないだろ。……良い返事を期待しているよ。」

悔しい思いを抱えたまま、それでも迷いなく録音をジルのところに持っていくと、ジルは楽しそうに笑った。

「今晩、薬でも盛って焼き殺せ。」
「でも、焼いたら母さんの髪が」
「死人の髪なんて不吉なだけだろ。」
「……っ。母さんの髪は不吉なんかじゃ」

余りの怒りにジルに殴りかかってしまいそうになったが、その腕は綺麗に捕まれ、冷たい床に押し倒された。

「髪なんか持っていても死人は生き返らない。復讐なんてしても死人は帰ってこない。そんなくだらないことも分からないニコじゃないよな。」
「っ……、」
「殺したところで憎しみは消えないし、相手にどんな理由があろうと周りの人間はお前を恨むだろう。だが、それを分かった上でお前はあいつ等を殺したいんだろ。この録音を取るために、俺の代わりに沢山の人間に恨まれたんだろう。……ちゃんと用意してやったじゃないか。焼き殺すのが嫌なら、大勢の前で見せしめにして殺すか?それとももっとむごいのがいいか?望みを言ってみろよ、ニコ。」

この時、やっと俺は気が付いた。ジルはきっと俺の両親に何かけしかけたのだ。王位を自分のものにできるかもしれない、そう思うような発言を俺の両親に何かしてくれたのだ。俺のために、プライドで生きているようなジルが何か自分の立場を弱く見せる発言をしてくれたのだ。

「……ジル様なら、どうしますか。」
「俺に聞くのか?」
「貴方は性格が良くないから、良い方法を知っていそうだと思って。」
「バカにしてるだろお前。……そうだな。見せしめもいいがギロチンの痛みは一瞬だしな。焼き殺すのもニコ自身が苦しんでる姿を確認できなかったら満足できないだろうし。無難だが殴り殺すのとかは悪くないんじゃないか。」
「剣ではなく殴るんですか……?」
「剣は一瞬で死ねるだろ。人間は殴ったくらいじゃそう簡単に死ねない。家に魔法で錠でもかけて、追い回して、一人一人殺してやるのとかどうだ?次は自分が殺されるって、家中逃げ回る姿なんて面白すぎて爆笑できるだろ。」
「……ホント、怖いこと考えますよね。ジル様は。」

そんなことを言いながら、俺は結局ジルの言うとおりにした。その事件をきっかけに俺は貴族たちから恐れられるようになってしまった。ジルに逆らえば、殺戮の騎士に殺される。そう言われているらしかった。無事両親を殺した俺は目的を達成し、その結果本物のジルの犬になってしまったのである。

「そろそろ父を殺すか。あの調子じゃ、この国を俺の思い通りにできるまで何年かかるか分からない。ベタに毒殺でどうだニコ。」
「最近は俺とジル様のせいで警戒が強くなっていますので、食事に混ぜるのはなかなか厳しいように思いますけど。」
「変装でもしてお前を毒見の係りにつければ問題ないだろ。責任はメイドにでもなすりつければいい。」
「……え、俺女装するんですか。」
「お前の気にするところはそこかよ。」

あの変態国王のメイドの服は下着の見えそうなふりふりのスカートだ。ジルのお付の地味なメイド服とは違う。しっかり用意されていたらしいメイド服を渡されて、どうせならここで着てみろと言われた俺はジルを変態なのかと言う目で見た。

「お前の裸になんて興味ない。」
「あったら困りますよ……跡継ぎが生まれなくなる。」
「良いから早く着て見せろ。」

なんでそんなに見たいのかわからないが、命令は絶対なので気持ちの悪いほどピッタリなメイド服に袖を通した。鏡を見ると微妙に似合っている自分が居てぞっとした。さすが漫画のライバルキャラと言えばいいのか、男だとはわかるが美形なため違和感はあるが気持ち悪くはない。

「思ったより似合うな。」

ジルも同意見だったらしく爆笑している。胸に詰め物を詰められて、ジルが脇に立った。すーっと太腿をなぞられる。

「な、なんですか。」
「触られても動じるなよ。会議中に女の股に突っ込んでるような変態だからな、あそこのメイドは触られたくらいじゃ動じない。」
「……めちゃめちゃ変態じゃないですか。」
「そんなのから生まれて来たかと思うと、自分も変な性癖を持っていそうで恐ろしいよ。」
「持ってるんですか。」
「さぁ、持ってるんじゃないか。今のところ性欲より、権力に目がくらんでいるから発揮していないだけで。」

無理矢理履かせられた女物の下着を膝のところまで下げられて固まってしまうと、ジルはまた楽しそうに笑った。

「そう言えばお前童貞か。」
「……隣国の王女を毒殺するときに一度したことありますよ。」
「恋人は?」
「いませんけど、」
「お前なかなかさびしい生活送ってるんだな。」

そりゃ二人きりになると下手くそだのスッピンがブスだの文句を毎日言っているジルのように経験は豊富ではないだろう。だが所詮権力のために女を抱きまわしているこの男と、俺との差なんてそんなにありはしないじゃないか。むっとして睨むと、ジルは俺の前に触れた。

「っ……、」

驚きすぎて転びそうになると腰を抱かれる。

「男の欲はいろいろある。あんまり欲求不満にするなよ。俺もお前も、いくら別な方を向いていようと所詮は男だからな。女なんて所詮は跡継ぎを産むための道具だ、お前の子なら優秀だろ?いくらでも作れよ。」

絶対あの変態国王の血を継いでいると確信した。突き飛ばすと、ジルは楽しそうに笑っていた。




毒の入ったスープを国王の前で毒見して安全なことを確認する。実際は俺に毒の対抗があるだけだが、ことは何事もなかったように進んだ。国王がスープを飲む、何故か倒れることはなかった。謎の焦りと嫌な予感。脂ぎった手に腰をなぞられて、「今晩寝室においで」そう言われた。

だいたいではあるがここのメイドたちの行動は確認してある。皆と同じようにメイド室に行くと肩をトンと叩かれた。

「ドンマイ。今日はアンタだって、綺麗な顔してるもん標的にされるのもしょうがないよ。ハイ、これピル。飲んどきなよ。」

どうやら寝室においではいつものことらしかった。寝室に行けると言うことは殺すタイミングがいくらでもあると言うことだが、大丈夫なのか。なんで毒が効かないんだ。あり得るか。ジルに対抗のある毒は聞いてあったはずだ。何か計画がうまくいっていない予感がする。

だが、殺せていないうちに下手な行動はとれない。ジルの責任を作るわけにはいかない。大人しく国王の寝室に行くと、当たり前のようにベッドに押し倒され、何故か手錠を掛けられた。

「罠だとわかってこの部屋に来るなんて、さすがジルの犬の言うべきなのか。」
「……どこまで計画はバレているんですか。」
「バレているもなにも、旧型のメイド服じゃ私の目はごまかせないよ。」

何か衝撃が走った。全然予想した形と違った。ジルは権力を得るために何でもする男だが、これは性欲のためなら何でもするタイプの男だったようだ。何が違うんだ。俺には隣にいたメイドと同じにしか見えなかった。

「私は男もイケるたちでね。前見た時から綺麗な顔だと思って目を付けていたんだよ。私を暗殺しようとしたなんてジルを蹴落とすいいネタだし、完璧な騎士様のメス堕ちした姿なんて想像しただけでめちゃくちゃエロい。負けるわけもない相手に犯されるなんてさぞ屈辱だろ?」

マジで犯される。ヤバい。これ絶対ヤバい。そんな焦りを抱えながらどうすることもできずにいると、ジルの用意したあの女物の下着を脱がされた。

「いいね。女物の下着。写真撮っておこうかな。この城で写真回したら、ニコくんは廊下を歩くのも恥ずかしいだろ?」
「割とサドな性格してますね……、さすがジルの父親だ。」
「こういうのに動じないところを見るとやっぱりジルとも出来てたのかい?いくら男らしくても、こんなに自分に従順だったらかわいくて仕方ないはずだ。」
「出来てないですよ……、」
「じゃあ初めて?」

無言になってしまうと、ものすごい嫌悪を感じる笑顔を向けられた。首筋をベロリと舐められる。下手に殴られるより全然嫌だ。

「こんな美青年の処女かぁ、涎でそう。」

童貞じゃなくて処女って言ってくるあたりが余計に気持ち悪い。ぶん殴って殺してしまいたい。でもここで逆らってどうする。今なら殺そうとしていた計画は国王しか知らないはずだ。こんなメイド服の違い、変態野郎にしかわからない。あのジルが気が付かなかった変化だ。常人にはわからないだろう。それなら、この男をどうにかして黙らせなければならない。

もう周りにバレていると思って大人しく手錠を掛けられたが、バレていないならいくらでも方法はある。

「今回の謀反を許してくださるなら、俺は」
「私のものになってもいいって言いたいのかい?」

静かにうなずくと、国王は数秒迷う素振りをした。俺みたいなバリバリの高身長の男の何がいいんだ。自分を殺そうとしたことすら許せてしまうほど、俺のこと欲しいか。女顔ならまだしもただの男だぞ。結構真面目に気持ち悪いが、簡単に受け入れられた駆け引きに、真剣に目を合わせる。

「じゃあ、風呂入ってないけどフェラできる?」

身体が固まった。何も考えず吐き気がした。普通に尻に突っ込まれるより嫌だと思った。口に咥えるのか、マジで言ってんのか。こんなデブのデカい男のもの俺の口に入るのかそもそも。

「手錠外してあげるからさ、自分の意思で咥えてよ。」

咥える前に錠を外してもらえるなら逃げられる。しめたと思い素直に頷いたが、そんなうまくはいかなかった。

「気持ちよくなったらすぐ入れられるようにとりあえずこっち解そうね。本当に初めてかも確かめないと。」

潤滑油を掛けられ、太い指を入れられる。散々解されて、何本も指を入れられて、苦しくて息を吐くとキスをされた。酒臭い生臭いキスだ。男に犯されてキスされて俺何してんだろ。手錠がなければ1秒でこんな男殺せるのに、ジルの面子がなければ急所蹴って叫ばれていいなら今だって逃げ出せるのに、叫ばれて敵が来たらジルのほうにも向かうだろう。

少しはジルの言うことも聞いておけばよかった。いくら精神年齢が歳食ってても身体は若いのだから適度に自慰くらいしておけば、こんな男にやられて勃ったりしなかっただろうに、若い身体が憎くなる。

「勃ってるの分かる?いくら優秀でも身体は若い。あー、早く挿れたい。」

挿れられたら終わりだ。何か一つ俺の中で終わる。そう思いながら抵抗もせずに大人しくしていると、国王は俺の姿を動画に撮りながら自慰をしだした。なんで目の前に俺が居てオナるんだ。意味不明すぎて声が出てこない。

「顔に掛けるよ。」
「や、」

やめろという声を押し殺したころには掛けられていた。加齢臭すら混ざる生臭いどろどろした精液が髪から顔へ伝っていく。本当に吐くと思った。正直今までの人生殺されそうになったことも何度もあったが、それでも初めて泣きそうだと思った。

「舐めて。それ出来たら手錠取ってフェラさせてあげるから、舐めて美味しいですって言ってごらん。殺戮のわんちゃん。そんなにジルが好きなら、できるだろ?」

言うしかないとわかっていたが、声が出てこなかった。目に精液が入ってきて、口の中に精液が入ってきて、今すぐ顔を拭きたくて、ゲロを吐いてしまいたくて、どうにかなってしまいそうだった。それでも俺は、口の周りの精液を自分の舌で舐めとった。吐き出しそうになって嗚咽が漏れる中、頭から次々流れてくる精液を舐めとって、目の前の国王の性器に付く白濁を全部飲み込んだ。

「おいしい?」
「っ……お、おいしいです。」

ガチャリと手錠の外れる音がする。





死んだ豚を確認して、精液も血も拭かないまま部屋を飛び出した。死ぬ直前、国王は何かボタンを押した。何か絶対ジルに危険が迫っている。こんな姿を見られなくない。そう思いながらも、武器も持たないままジルの元へ走った。

ギリギリだった。打たれた矢は、あと0.5秒遅ければジルに刺さっていた。手の平に突き刺さった矢を抜いて、ジルの前に頭を下げる。

「遅かったな。ニコ。それで、俺の父は殺せたか?」
「っ……もちろんです。」

ジルを暗殺するために寄越された人間たちはざわめき、国王の部屋に向かおうとしていただろう人間たちも俺を追いかけてジルの部屋にやって来て、100人は超えるだろう騎士の男たちは俺に剣と矢を向けた。

「これを殺せば、明日からこの国の王は俺だ。これが終わったら褒美をくれてやる。殺れ。ニコ。」

ジルは俺が来ることを信じていたんだろう。矢が打たれても、王の席に座ったままだった。それに嬉しいと感じている自分が居た。最近自分の感覚が狂っていくことを感じている。信じていてくれることにうれしいと思ってしまっている。あと2年後。ヒロインがやって来てジルが俺に興味を失う未来を少し怖いと感じるようになってしまっていた。

両親を殺した後、俺はジルを殺して逃げることだってできた。でもそれをしなかったのは、俺がジルに屈服してしまっているからだった。きっとジルはそのことに気が付いている。俺がジルの言うことを何でも聞くことに気が付いている。

なんでこんな姿を見られたくないと思ったんだろう。自分の想いに気が付いたとき、これはもしかして漫画のままに進んでいるんじゃないだろうかと、残酷なことを考えてしまっていた。




100人以上を皆殺しにしてジルの目の前に立つと、ジルはそれを褒めるわけでもなく俺のスカートをめくった。

「なんでお前ノーパンなの。つーか臭い。」
「……いろいろありまして。」
「いろいろってなんだ。」

一瞬言葉に詰まりながらも今まであった出来事をすべて話した。もちろん精液ぶっかけられて、臭かったと言うことまですべてである。それを聞いて、ジルは怒りを露わにした。風呂にぶん投げられて、自分の服が汚れるのも気にせずに身体を洗われた。

「あの自分で、洗えますから、」
「あ?」

なんで怒ってるんだ。殺されそうなほど怒っていて、声を出せなくなったが、解された尻に指を入れられてさすがに逃げた。突き飛ばして逃げようとして腰を捕まれた。

「逃げるな。」
「自分で出来ますっ、さすがに、ジル様にそんなことしてもらわなくても、女じゃないんだから大丈夫です、ホント、だから、……っぁ、」
「風呂あがったらヤラせろ。」
「え、何冗談言っ」
「褒美をやるって言っただろ。」

それは褒美なんですか、なんで俺なんですか、何を言っても聞いてもらえず、風呂から上がるとベッドに投げられた。押し倒されて前座もなく、後ろに宛てがわれて挿入された。

「緩いな。ホントに入れられてないんだよな。」

変な声が漏れてしまいそうで、口を押えながら必死に頷くと無理矢理手を外された。

「なに声抑えようとしてんだ。これ以上俺のことイラつかせんな。」
「な、なんでっ、怒ってるんですか。俺なんか悪いことしましたか。」
「は?」

何でわからないだよ。そんな風な声を出されて、どうしていいかわからなくなる。ちゃんと命令は果たしたし、ジルは一つも怪我を負っていないはずなのに、俺は何か間違ったことをしただろうか。

「俺の物のくせして、なんで豚に触らせてんだよ。」
「っ……、」

うれしいと思ってしまった。たぶんもう俺ダメだ。前世はいたって普通のノーマルだったはずなのに。ダメだニヤける。顔を隠そうとして、阻止されると、無理矢理にキスをされた。舌が攣りそうになる激しいキスに、息もできなくなって、唇から唾液がこぼれて行く。

「ニヤケてんぞドM。」
「っ……ちがっ、ひぁっ、」

いい笑顔で、奥を一気に突かれて、訳が分からないほど感じた。あれほど感じた嫌悪はこれっぽっちも感じなくて、罵られているはずなのに、勝手に声が漏れて、もしかしたら俺は本当にドMなのかもしれないと泣きそうになった。

こんなジルがいつか俺から興味を失う。漫画が始まったら、きっともう忘れられてしまう。今の俺の心境で、もし前世を知らなかったなら、普通にライバルキャラとしてヒロインをいじめ倒しただろう。ニコと言うキャラとジルが漫画でもこんな関係にあったなら、切り捨てられたニコは不憫だ。ここまで尽くした男に捨てられるのだから、可哀想だ。

でも俺は漫画を知っている。明日からどうなるかわからないけれど、興味を失われてもジルの傍に居たい。そう思ってしまっている。どんな残酷な描写が目の前で起ころうと、涙がこぼれようと、ヒロインとジルの邪魔をしないでおこう。今のジルが正義なわけがない。家族を俺を使って皆殺しにして、自分を邪魔する貴族や国を皆殺しにして、もし俺が全員蹴散らせられたとしても必ずしもこれは間違っている。だけれど俺はそんなジルをかっこいいと思っているわけで、こんな間違いを訂正するのがヒロインなわけで、俺以外の人間は漫画が始まった方が幸せになれるのだ。

昼間頃に起きるとジルに抱きしめられていて、気が付かないだろうと抱き着いてみると額を小突かれた。

「バレてるぞ。」
「す、みません……、」

それから少しだけ関係が変わって、何事もなかったようになるのではなく、時々抱かれるようになった。愛の言葉を貰ったわけではない。所詮セフレの1人になった程度だろう。だが、そんなのでもうれしくて、満足していて、そうやって2年は過ぎて行った。


運命のパーティーの日。漫画の通りジルは面白い奴だと言ってヒロインであるミナとダンスを踊った。大丈夫だと思っていたはずなのに、女のように心は痛んで、泣きそうになるのを抑えて警備にあたった。

それから淡々と物語は進んでいった。漫画通りの出来事が起こっていった。ジルがミナに興味を持って、メイドになることが決まって、隣国の支配のため戦争に出ている俺より一緒に居る時間は長くなった。やっと戦争が終わり、国に帰れば、城はジルとミナのうわさで持ちきりになっていて、結局俺は私室で泣いた。

キスをしていたとか、抱きしめられていたとか、ジルの態度が以前より軟化したとか。何もかも辛かった。憎たらしいヒロインは、ヒロインなのでもちろん性格がいい。美人ではないが、聖人君主のようで、ジルとは真逆だ。任務の結果を報告しに行くとばったりと出会ってしまった。

「貴方がいつもジル様が言っている、ニコ様でしょうか。」
「え……、あぁ、たぶんそうだとおもいます。」
「この国の騎士様で一番お強い方なんですよね。」

眩しい。血の匂いなんて知りもしないようなきれいな笑顔に当てられて、穢れを知らない瞳にジルが惚れてしまってもしょうがないと思えた。性格がよすぎて嫌味の一つも出てこない。憎たらしいのにどうすることもできない。未来を知っているなら変える努力をしろとジルは言ったけれど、どうしたらいいんだろう。

ジルとこんな関係になっているからと言って、同性愛が普通な世界ではない。前世よりずっとタブーな世界だ。宗教的にこの国は死刑レベルのタブーで、そもそも恐れられて友人の1人もいない俺には相談相手すらいない。

俺の世界にはもうジルしかいないのに、なんでこの女は俺からジルを奪っていくんだ。せめて言えたらスッキリするはずなのに、言ったらもう俺はジルと会えなくなってしまうのだ。ジルはまだ俺に興味を失っていない。そんな希望だけを持って生きていくなんて、それこそ絶望じゃないんだろうか。

このままじゃダメだと分かっていても、ジルの顔を見ると結局好きだと、離れたくないと思って終わってしまう。

「良い調子だな。このままいけば世界を支配するのだって夢じゃない。」
「だから、無駄に命を奪ってはいけないと言っているのに、」
「なんだ。ミナ。俺に文句があるのか。」
「そんなことをしなくても平和的な解決方法が、」

あるわけない。そんなもの、あったなら日本もこの世界も戦争など起きていない。生ぬるいことを言っているミナに、ジルは楽しそうにそんなのは無駄だと返していて、確かにジルが以前より軟化していることを感じた。

以前のジルなら意見をするメイドなどそれだけで殺していた。この短期間に漫画が進んで、ジルとミナの関係がいい方に進んだようだった。こんなのを見ているくらいなら、戦争でもしている方がマシだと思った。和やかな会話を隅のほうで聞いていると、ジルはふと俺のほうに視線を向けた。

「ニコ、お前泣いたか?」
「え、いや、そんなこと、」

嘘だ。もうだいたい城に帰って来てからは毎日泣いている。ミナを見るたび泣いている。だが、そんなことを言ったところでジルはうっとおしいと思うだろう。好きなんて思いに必死になるより、最近は嫌われたくないと言う想いばかり前に出て、ジルへの正しい返答の仕方すら忘れかけていた。

そんなある日、ジルとミナのキスを見た。可笑しな行動をしていると言う自覚はあったが、自重が効かなくなって逃げ出した。どこへ向かう当てもなく必死に走って、声を上げて泣いた。もうジルの顔すら見るのが辛くて、次の戦争へ向かうとなった時、誰より最初にその場所へ飛び出した。

次帰る頃どうなっているんだろう。漫画なら子が出来ているはずだ。子供、ジルの子供。そんなもの見たら俺は死ぬかもしれない。我慢しようと、傍に居るために二人の仲を応援しようと思っていたのに、全然できなかった。漫画のように殺されてしまうことがなくとも、自殺か何かをしてしまう気がした。子供を見て、ジルがそんなのを抱きしめて笑顔を向けたら、ミナを殺してしまうかもしれない。そうなってしまう前に俺は死んだ方がいい。

この世界に俺を殺せる人間なんてもういないだろう。自分で死ぬしかないだろう。いつだってジルの言うことは間違っていなかった。どれだけ頑張ったって、他人の幸福なんて願えない。二人の結婚式も子供も、見たくないし、おめでとうなんて死んでも言えない。

戦争が終わり城に帰ればやはりミナの腹には子がいるようだった。この世界に来て、今まで風邪の一つも知らなかった俺だが見事に熱を出した。普通に体調不良で吐いて、そんな時隣国で騒動が起こり、俺が居なくとも何とかなる戦いだったようだが、城に居たくなくて剣を持って飛び出した。

「ニコさんそんな状態で戦いに出たら死んじゃいますよ。」
「死ねるなら死にてーよ。」

散々恨みを買って、いろんな人間に殺されそうになったが俺は五体満足で生きている。さすが漫画で騎士ってキャラで通ってただけある。魔法も剣も誰にも負けやしない。体調不良でも身体は全然付いてくる。

「ジル様の跡継ぎが生まれるようだが、どんな恐ろしい子が生まれるやら。」
「ホントだよな……、ニコさんも血吐いてまでジル様のために生きて楽しいのかなって感じだよ。」
「あんなイケメンなのに結婚もしないで、戦争戦争、ホント好きだよな。剣持ってる姿あんなに似合う人いねーよ。」

俺が選んだ部下たちは俺以外で仲良くしているわけで、怖がられて年上にまで敬語を使われている始末の俺の悪口を楽しそうに話している。結婚か。俺が誰かと恋愛をして、ジルが嫉妬をしてくれるわけがないとわかっているが、気くらいは紛れるだろうか。今日は女居たか?そう言えば一人いた気がする。魔法の天才だとかで、救護のほうに居たはずだ。

ノリで誘ってテントで抱いてみたが、何もまぎれなかった。性欲が溢れだして止まらない若い時期も過ぎて、空しさしか残らない。子供も嫌だ。結婚式も嫌だ。何もかも嫌だ。嫌だ。嫌だ。もう謀反でも起こしてしまおうか、謀反でも起こせは何か変わるだろうか。

ミナを殺したところでジルが俺を見ないことくらいわかってる。結局漫画通りだったんだ。俺は所詮漫画通りに動いて、必死にあがいていたつもりになっていたバカなんだ。初めの頃のように何故か諦めは付かなくて、付いていないが、どうにもできなくて、戦争が終われば城に帰るしか俺の道はなかった。本当の両親は死んだし、アイツらは殺してしまったのだから俺の家など存在しない。

もうすぐ子供が生まれると言う時期、城は祝福ムードで、俺は体調不良のピークだった。食事ものどが通らず、いっそ餓死でもするかなんてアホなことを考えていた頃、顔も出していなかった俺の部屋の扉をジルがこじ開けた。

「ジル、様、」
「綺麗な顔が台無しだな。」
「なんでここに、子供は、傍に居なくて」
「お前は俺のために生きてきて、一度も報いろとすら言えないのか。」
「っ……、」
「子が生まれていいのか。結婚式を挙げていいのか。それでお前はいいのか。」
「何を言って、」
「犬に願いはないのか?」

何も声が出なかった。嫌だと、叫べなかった。嫌で嫌で、死んでしまいたいほど嫌なのに、誰よりジルのために尽くしてきたはずなのに、俺はジルに願いの一つも言えなかった。好きだと抱き着くこともできなかった。

やはりジルは何もかも知っていた。何もかも知った上で、こんな行動を取っていた。俺のことが好きじゃないことくら知っている。だけれど、嫌だと言えと言う。俺がジルを好きだと知っている。どういうことなんだ。

結局、明日が予定日だと言うのに俺は抱かれた。ミナが陣痛に苦しむ中、泣きながら抱かれた。女だったら、ジルを縛り付ける子を作れただろう。吐き出された精液を受け止めてそんなことを考えた。

子供が生まれて数日、国中を上げて祝福のパーティーが行われた。俺は警護に当たりながらぼーっとその祝福の光景を眺めていた。大きな国になったな。俺がここに来たときは、ただの小さな小国であったと言うのに。世界征服まであと本当にもう少し、せめてジルのためこの世界を支配しきってから死のうか。跡継ぎが生まれたならこの国に不安はもう何もないだろう。ミナは、恨めしい目で見たとしてもいい人だ。ジルを確かに平和の王へ導いている。俺のように殺戮への道なんかに進ませはしない。

平和になりきってしまったらこの国に俺の居場所はないだろう。剣を使わなくなったら、俺の利用価値などなくなってしまう。そうしたら本当にジルの目は俺へ向かなくなるだろう。そんなことを考えながら、空を見ていると何かが振って来ていた。

あぁ、あれは矢だ。たくさんの経験から遠目に見てもそれが分かった。考えなくとも身体が動いた。ジルを押し倒して、俺の身体で包み込んだ。背が痛いな。これは毒が塗ってある。魔法で壁を作ったが多少は被害が出るだろう。

ここら周辺に居た人間には矢が刺さっていて、ミナにも矢が刺さっていたようだが、全員にヒールを掛けた。ミナなど死ねと思っているが、それでもジルに嫌われたくない俺は全員を助けた。英雄だと皆はまた声を上げたが、相手は俺が殺した国の何処かなんだろう。

俺以外の人間は全員が祝福している。動こうとした騎士たちを止めて「俺一人でいい」そう言った。戦場が一番落ち着くとか、何処の厨2キャラなんだ。事など魔法を使えば一瞬で収まった。皆殺しも一瞬だ。

森の中で死体を眺めていると身体が自然と倒れた。そう言えばこの毒は対抗のない物だった。そう思いだして、このまま死のうかと目を閉じた。ジルを守ったし、きっと俺が居なくとも世界は征服されるだろう。この国に勝てる国などもう存在しない。悪役ではなくジルを守ったキャラとして死ねるなら、もうそれでいいような気がした。最後にジルの顔が見れた。俺と視線を合わせてくれた。高望みなどしない。嫉妬をしても、我儘など一度も言わなかった。迷惑など一度も掛けなかった。俺にはそれくらいしかできない。それが限界だ。おめでとうと、幸せになってくださいとは言えない。ライバルキャラに祝福は死んでもできない。漫画は国中の祝福で終わっている。つまりその後は他人が見てもつまらない起伏の習い幸せな日々が待っているのだ。俺に祝福はできない。死ねるならいっそ死んでしまいたい。

毒が回っていくなそんなことを考えていた。

「勝手に死ぬなんて俺が許すと思うか。」

そんな声が聞こえて、俺の身体にはヒールが掛けられていた。この声を間違えるわけがない。でも、随分毒が回っていて、俺の意識は手放された。




結局死ぬことのできなかった俺は部屋でメイドに看病されていた。そんなある日、城で悲鳴を聞いた。メイドの悲鳴だ。本能で剣を持ってその部屋へ向かえば、そこはジルの部屋だった。支配した国の王たちが沢山集まっていて、皆青ざめた顔をしている。床には血まみれのミナが居た。何があったのだとジルのほうに視線を向けると、楽しそうに笑っていた。

「女ごときが俺に意見をするなよ。子を産む道具が、いい気になるな。」
「ジル、なんでっ……心を入れ替えてくれたのでは、」

ジルはいつだって変わっていなかった。

「俺のタイプは、俺に意見をしない従順な女だ。こんなところまで口を出してきて、お前は俺のために死ねるか。俺のために子を殺せるか。家族を殺せるか。武器を使うな、もっと穏便に、それで本気で平和とやらを作れると思っているのなら、俺は一生女とは相容れないな。平和への一番の道はなんだかわかるか。支配だよ。一人の王が、すべてを支配し、争いをなくすことが死人を一番減らす方法だ。俺がそうしてやるって言ってるんだ。文句を言うなよ。文句があるなら剣を使って俺を屈服させろよ。子を産むための道具が、話すなよ。俺はお前の家の予知の能力がほしいんだ。そのために優しくしてやっただろ。この2年。俺は子を作るために性欲剤まで飲んで自分を奮い立たせたんだ。用済みの道具が俺の名を呼び捨てにするな。不愉快だ。」

皆、悲鳴を上げて逃げてしまった。俺も状況が分からず固まってしまっていて、そんな俺にジルは視線を向けた。熱のこもった血のように赤い瞳に見つめられて声が出せなくなる。

「まだ言えないか、ニコ。どんなに逃げても俺はお前を殺してやらないぞ。」
「っ……ジル、様、」
「そうやって縋ったような目で見たって俺からは言ってやらない。お前の願いだろ。俺はあの時から一度も怪我をしていない。命の危機にだって合っていない。今お前がこの女に手を下すなら、俺の手は汚れすら知らないことになる。憎いだろ。本当は、死んでしまえばいいと思っていたんだろ。俺に嫌われたくなくて、この女を助けたんだろ。俺がいいと言っているんだ。その持っている剣で突き刺せばいい。」

俺の手はジルの言ったままに動いた。荒い息で、彼女の心臓に剣を突き刺すと、ジルは滑稽そうに笑った。彼女に突き刺した短剣を手に取って、俺のだらしない寝巻の前を切ってゆく。

「俺のためにいくつの傷を負った。いくつの毒を受けた。何人殺した。何度死にかけた。その願いはまだ言えないか?」
「……言っても、言ってもいいんですか。」

涙が止まらなかった。嗚咽が漏れるほどの涙が零れてきて、彼女が死んだとわかって、俺は初めて声を出せた。彼女がジルの目に映っていないと分かって、初めて声を出せた。

「俺はお前の働きを認めているつもりだ。」

少しだけ腰を引かれて、やっと俺はジルに抱き着くことができた。それを拒否されることはなくて、息を止めてしまうんじゃないかと言うほどきつく抱き着いて、やっと必死に声を出すことができた。

「す、好きです。ジル様のことが好きです。本当に貴方のことを心から愛しています。貴方のためなら、どんな間違いも迷いなく犯せる。子も年寄りも殺せます。死ねと言われたら死ねます。それくらい、好きです。愛しています。だから……、」

ここにきて一瞬声が止まる。

「願いは?」

そう促されて、

「俺をっ……、俺を、愛してほしいです。」

やっと声を出すことができた。息ができなくなるくらい深いキスをされて、死体の脇に押し倒された。一度言えてしまえば止まらなかった。息を吸うように好きだと言う言葉が漏れてきて、男のくせに抱かれるのがうれしかったんだとやっと言えた。ただジルに好きと言ってほしかったと、ずっとずっと嫉妬して止まらなかったと、全部全部言えた。

勃ち上がったそれを宛がわれて一つ質問をした。

「性欲剤は……」
「使ってない。雰囲気壊すようなこと言うなよ。」

そう言って奥を突かれた。身体が壊れてしまうんじゃないかと言うくらい激しく動かれて、だけれど気持ちが良くて、ここは天国か何かで俺は本当に死んだのかなんてアホみたいなことを考えていると、突然ジルは俺にキスをした。触れるだけのらしくないキス。そうして、俺の額に自分の額をくっ付けた。

「俺も愛してる。ずっとずっと愛していたよ。なのにお前はこの死体を俺が好きになると決めつけて、俺から逃げた。俺は怒っているんだ。分かるかニコ。」
「っぁ……ジル様っ、すみま、せんっ……ひっ、待って、」
「待たない。本当はたった一言、嫉妬したと言われたかった。お前から好きだと言わせたかった。こんなに時間がかかるだなんて思っていなかった。ちゃんとこちらを見ろ。」

目の前がちかちかするくらい激しくしているのはジルなのに、なんでそんなこと言うんだ。何とかして、ジルの顔を見ると驚きに固まってしまった。こんなに人間らしい表情をしているジルを見るのが初めてだったから。視線が一瞬あうと、深くキスをされた。

「世界を全部支配し終わったら、俺たちの国を観光でもしよう。それが終わったら王など息子に投げて、城にこもってしまおう。二人だけなら、お前は俺に素直になれるか?」
「ジル様、」
「ニコ、お前俺のこと心の中で呼び捨てしていたろう。」
「なんで、知ってるんですか……?」
「寝言で呼んでいた。呼べばいい。お前に呼ばれるのは嫌じゃない。」

数秒の沈黙が流れて、ジルは名を呼べと言っているようだった。恐る恐る声を出す。

「じ、ジル。」
「ん。それでいい。」

深く抱きしめられて、抱きしめかえすと、ジルは「ニコ、愛しているよ」そう言った。これがもし夢でも、今の俺は幸せだ。どうしていいかわからないほど幸せで、また勝手に愛していると口が動いた。
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みんなの感想(1件)

ぱち
2024.02.08 ぱち

昂る衝動のままに書いていますので、おかしな文になっているかもしれませんが、感想というのは感情が溢れた時にこそ書くべきだと思うので、書き込ませて頂きます。

本当にたまたま、短めのを読みたいな〜って、軽く漁って、この作品に辿り着いて、今しがた読み終えた所なのですが、私はこの作品を狂おしい程に愛しています………。こんなにも幸せな結末を見れたのは本当に久しぶりで、今胸がいっぱいです……。

ニコさんの無機質な敬語口調が本当に良くて、感情を隠すのが上手だな〜と見ていました。
ジル様が世継ぎの為にミナと仲良くなっていく描写は、全くの部外者である読者の私まで苦しくなりましたし、ニコさんはそんな憎い女を何度も助けてきたのか、愛想を向けたのかと思うと、尊敬します。
そしてジル父はキmかったです。次の行には「豚」になっていて、「良い表現をするなぁ」と思いました。

本当に素晴らしい作品でした。
この作品に出逢えたことを心から嬉しく思います。
ありがとうございました。

解除
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