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2章 騎士と少女と界層魔術師
9話 魔術師は出会う
しおりを挟む虹色の軌跡は風とともに川を超え対岸へ移る。
そして目的の場所に届くと軌跡は雲散霧消し、転移魔法を使用した者がそこに姿を現す。
(この距離なら大丈夫かな)
苦手な魔法でも日々練習していれば安定するようだ。今日は間違いなく狙いすました場所に移動できた。
で。
「レインさん、何してるんですか?」
項垂れたり苦笑いしたりしている彼女等の背後から声を掛けた。
すると二人はビクッとしてから同時に振り向き
「あ!?コウェル所長!!!何してるんですか?じゃないですよ!!」
女騎士ことレイン·リバーは猫のような目を吊り上げコウェルにズンズンと詰め寄ってきた。
相変わらず物凄い迫力だ。
「ほあっ……!こ、コウェル所長……!本物………!」
彼女と一緒に居た黒髪の少女を見ると。
さっきまでの苦笑いは消え、両手で鼻と口を覆い真っ赤な顔をし、青い瞳を真ん丸くしてこちらを見ていた。
(やっぱり卒業生だ)
制服はウィンブルガー王立魔術師養成学院の物だ。胸元に学章を付けていないので卒業生で間違いなさそうだ。
少女が何者なのか気になる所だが、それよりまずは────。
「まあまあレインさん落ち着いてくだ」
「落ち着けるわけ無いでしょう!?どーするんですかこの道!いや、もう川ですけどっ!!直すのに1年かかりますよ絶対!!」
怒り狂ったレインをなんとかしなくてはいけない。
もう数歩で彼女の額が鼻にぶつかるんじゃないかと思うくらい詰め寄られ、彼女の綺麗な顔と黄色い瞳の奥に中々の怒りが含められているのもバッチリわかる。
とにかく宥めないとバッサリ切り捨てられかねないので、
「そ、そんな怖い顔しないでくださいって!ほ、ほら!アルに引かれますよ!」
自由な旅人とこと親友の名を出してみる。
すると案の定、彼女の表情はコロッと変わった。
「へ?アルス様いらっしゃってるんですか?!」
でもって、頬を少し赤く染めて跳ねた後ろ髪なんかを撫でつけながらキョロキョロと辺りを見回す。
親友ことアルスに彼女は惚れている。
そりゃあもう周りが見てて分かるくらい。
でもってユキノが『恋する乙女はノンストップだから』と言っていたのをなんとなく思い出しつつ、心の中で『ヤバイ』と呟いてみる。
思わずアルスの名を口に出してしまった。
いないのに。
まあ、今のこの様子だけを見ているとキラキラしてて本当に可愛いのだが。
「いや居ないんですけど……」
親友ことアルスは旅の真っ最中。
当然この場にいないし、しばらく来る予定は無い訳である。そうなると。
「─────叩っ斬るぞ貴様」
先程までキラキラ輝いていた恋する乙女は修羅か鬼かと見紛う表情に変貌し抜刀する訳で。
「ちょ!!?待ってくださいって!!今のはモノの例えというか言葉のアヤというか!!!!」
「喧しい!!道は吹き飛ばしたかと思えばアルス様をチラつかせるか!このバカモノめ!!そこになおれ!刺身にしてくれる!!!!」
抜刀したカタナをしっかり構えてギャンギャン吠える女騎士。
この人はスイッチが入ると性格が変わる。
彼女の部隊の兵士達は「これが良いんですよ」とか「我々の部隊ではご褒美です」とか「この為に生きてる」等と宣うのだが、コウェルには何がご褒美なのか全く理解できない。
というか自業自得とはいえ命の危機を感じるので説得フェイズに移行してみるのだが
「あ!えーと!レインさん!?お腹すきませんか!?今日カレーなんですけど!?」
「ならば私が貴様をじっくりコトコト煮込んでやる。安心しろ、料理は得意だ」
「そんなシリアルキラーみたいな事言わないでくださいよ!!」
抜刀したうえに完全にスイッチが入ってしまったレイン·リバーには効果が無く、そんな物知ったことかとばかりにドス黒い笑みを浮かべている。
「あ、あの……レインさん?」
「はっ……!?あ、えーと……どうしました??」
で、そんなやり取りを見ていた少女が恐る恐るレインに声を掛けると、彼女は慌てた様子で表情を取り繕いニッコリ笑った。
若干引き攣ってはいるが笑顔に違いは無い。
「そろそろ日が沈みそうなんですが………」
そのレインを見つつ、少女はレインとコウェルを交互に見ながら地平に沈みつつある太陽を指して言った。
コウェルも橙色の空がにわかに濃い青色に染まりつつあるのを見て「あー……」と呆けた。
太陽は傾きだすとあっという間に沈んでいく。
この辺りは明かりも無いので、もうすぐ真っ暗闇になるだろう。
とりあえず、叩っ斬られないように用件を聞かなくては。
「えーと、ウチに用なんですよね?」
溜飲は下がっていないであろうレインに恐る恐る訊ねると彼女は、ゆっくり振り返りジトーッと黄色い瞳をコウェルに向けた。
そして実に不満そうに「はい」と口を尖らせた。
「ハルト団長から預かり物があるので届けに来ました。あと、この子も」
レインは若干早口で言って、ハルトから預かった小袋を懐から出してコウェルに渡した。
そして隣の少女に目を向けると少女は、また頬を真っ赤に染めて「はいっ!」と背筋を伸ばし、
「アミーティア·フェザーと申しますっ!!あの!!ハルト団長からご紹介頂いて!僭越ながら押しかけました!怪しい者ではありません!いつでも働けます!!あ、違う!ええと!!すいません!!」
声を裏返しながら名乗って凄い勢いで頭を下げた。
おまけに緊張し過ぎて何を言ってるのか分からなくなっているようだ。
─────それよりも。
少女の『名』を聞いたコウェルは「え?!」と素っ頓狂な声を出して少女を綺麗に二度見した。
「フェザー?!ちょっと待ってください!?じゃあロベルト所長の?!」
「はいいっ!私の父ですぅっ!!」
聞き返すと少女アミーティアは緊張丸出しといった様子で返事をした。
ロベルト·フェザーの娘。
つまり、この少女は『あの』フェザー界層魔術師事務所の所長の娘だ。
(一旦落ち着こう。でもちょっと待てよ……)
一度二人に背を向け静かに深呼吸し頭の中を整理する。
レインが持ってきた小袋の中身は、まだ見ていないが重さや感触からして魔術鉱石だ。恐らく鑑定の依頼だろう。
これはすぐに終わるし問題ない。
で、問題なのが。
「アミーティアさん、大丈夫ですか?頭から煙出てますけど……」
「は、はいぃ……らいじょーぶれふ……」
真っ赤になって頭から湯気を立ち昇らせてふらついている、この娘。
アミーティア·フェザーと名乗ったこの娘だ。
確かにロベルト所長には娘がいる。
一人は自分と同い年。フェザー界層魔術師事務所に所属している公認魔術師シルビア·フェザー。
もう一人は─────そういえば、以前に次女が王立魔術師養成学院に通っていると言っていた気がする。
それによく見ると顔立ちが、ところどころシルビアや奥様にも似ているように思える。
以前ロベルト所長が『二人共私に似なくて良かったですよ』と笑っていたが、目の色や形はそっくりだ。
それと、緊張し過ぎてるようで彼女が何を言いたいのか分からなかったが─────ハルト団長の紹介と言った。間違いなく。
「ちなみに、紹介っていうのは?」
「そのままの意味です。アミーティアさんは、ジュリアス界層魔術師事務所で働きたいそうですよ。それでハルト団長が紹介状を」
「え”」
ご機嫌斜めなレインからの予想外の答えにコウェルは柄にもない野太い声を出してしまった。
当然だ。ジュリアス界層魔術師事務所は諸々の事情なら現在人員の募集をしていない。
おまけにハルトからそういう旨の話は何も聞いていないし、そもそもフェザーのお嬢様が来るなんて思ってもいない。
かといって騎士団長の紹介状がある以上。
ここで「募集してないので帰れ」とは言えない。
それはハルトの顔に泥を塗ることになるし、恩を仇で返すような物だ。
いずれにしても。
「とりあえず二人共事務所に行きましょうか……ユキノ様と相談したいので……」
まずは────聞かなくても結果は見えているが───師である氷華の魔女の意見も聞かなくてはならない。
軽く胃の痛みを覚えつつコウェルは二人を近くに呼び寄せ、宙に術式を記入し虹色の軌跡になり事務所へ飛んだ。
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