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2章 騎士と少女と界層魔術師
10話 聖者の咆哮
しおりを挟むウィンブルガー王国 首都ガーベラ。
争いを好まないこの国を最強の盾であるウィンブルガー騎士団が守り、今まで通りの長い長い平和を保つ為、彼らは日夜治安維持に務めている。
──────争いを好まない国柄。国民性。
穏やかな者が多く、何より長閑な日常を好む人々が多い。暴力沙汰なんて酒場の酔っ払いの喧嘩程度だ。
「─────強情だな。ここまでされても口を割らないとは」
「普通ならもうゲロってるのにな」
『見える場所でだけ』なら。
ランプの灯火程度しか無い薄暗い部屋。
石積の壁で囲われた不気味な部屋。
鉄格子の奥から嘲るような男の声がこだまする。
その声に混じって喘ぐような激しい呼吸音と鎖の音。
「もう一度聞く。聖者、貴様はあの場で何をしようとしていた。答えろ」
煙を上げる鉄の棒を手にした男は淡々と訊ねる。
その声には感情は宿っていない。
まるで虫の死体にでも語りかけているようだ。
「な、何度も言っているではないか………我らの神を布教していたのだ……それだけだ!」
両手両足に枷を嵌められ石壁に張り付けられた男が宣う。ただ、神を布教していただけ。と。
「ハルト団長、どうしますか?コイツ同じ事しか言いませんけど」
「やっちまいますか?」
苛立った様子で男達は振り向き、そこに居る者に指示を求める。
すると指示を求められた男は自分の顎を触りながら呻いたあと静かに椅子から立ち上がった。
「こりゃホントに布教してただけかもなぁ?
いやいや、すまんすまん!」
ガハハハハハハハ!と、この惨状に似合わない豪快な笑い声を上げて男達の肩を叩く。
そして張り付けになっている男こと聖者に近づくと強烈な平手打ちを食らわせた。
「─────お前ホントに布教以外は何もやってねえのか?」
そして豪快な笑みを完全に潜ませ、言葉に出来ない凄みで聖者に迫る。
その凄みに鉄の棒を持った男二人も息を呑んだ。
獅子皇騎士団 団長ハルト·ベルガー。
その名と肩書に劣らぬ迫力と静かな問いに聖者は頭を振りながら「知らぬ」と答えるが、その顔は薄暗い中でも青くなりつつあるのが分かった。
「そうかいそうかい。じゃあ仕方ねえな。ボル、ダイ、後は俺がやる。上で休んでな」
「了解、行くぞボル」
「あいよ」
ハルトに指示を受けた二人は鉄の棒を所定の位置に戻し、静かに部屋を出ていく。
そして扉が重い音と共に閉まると同時に────
「フィーネ、お客様だ」
「承知しました。『マスター』」
彼女は現れた。どこからともなく。
黒い長髪。
色白な肌は薄暗い中でも映えて見え、身に纏ったメイド服の黒さを更に際立たせている。
そして濃く赤い瞳で聖者を見据えると彼女は薄く笑んだ。
「お客様。幾つかご質問させて頂きますね。
正直にお話ししてくださると私も大変助かりますので、ご協力をお願いします」
長いスカートの両端を摘み深々と会釈した後。
コツコツとヒールの音を立てて歩み寄る。
それから白く細い指で聖者の引き攣った顔に触れ、更に近寄り囁く。耳元で。
「貴方は、少女を、拉致、しようと、しましたか?」
吐息を混じらせ耳元で問う。
聖者は恐怖しているのかそれとも別の感情が芽生えているのか。なんとも言えない表情で首を横に振る。
「では、貴方は、なぜ、氷の魔術師と、氷華の魔女の後を、つけていたのですか?」
「な!?し、知らん!!知らんぞ!!」
フィーネが同じように問うた刹那。
聖者の表情が明らかに変わった。
今度は─────更に体を近づけ。
「貴方は、王都で、小さな騒ぎを、起こしませんでしたか?」
胸や太ももを当てるように妖艶な身のこなしで聖者に体を近付け。体温が分かるように密着させ。問う。
何も言えないのか聖者は首を激しく横に振る。
「正直に、答えて頂ければ、ご褒美も、ございますよ?」
そのままの状態でフィーネは首元のボタンを外し、人差し指で襟元を広げて見せ、誘うように悪戯に笑う。
聖者は余程余裕が無いのか「知らん!!知らんぞ!知らない!!」と声を上ずらせているが、目線はそこに釘付けになっている。
「知らない」
聖者の答えを噛みしめるように。ゆっくりと呟きフィーネは男から静かに半歩程離れた。
そして。
「では、最初は、どこから切り落とされたいですか?お客様」
氷よりも冷たく静かな声で宣った。
それを聞いた聖者は狼狽した様子で「何?!」と声を震わせるが、
「なるほど。『ナニ』から切り落とされたいのですか。随分と特殊な癖をお持ちなのですね。お客様。まあいいでしょう、粗末なモノに使い道も御座いませんでしょうし」
全く意に介さずフィーネは返す。
それに聖者は「違う!」だとか「アバズレめ!」だとか悲鳴に近い声をあげ叫ぶが、彼女は赤い瞳を聖者に向けクスッと笑うだけだ。
「貴様ら訳の分からんことを!!私は!愚民共に我らが神の教えを広め導く者だ!!邪で野蛮な魔女の手先共め!地獄に堕ちるがいい!!」
気に食わないのか聖者は息を吹き返したかのように吠える。叫ぶ。喚く。
「弱い犬ほど、とは良く言ったもんだな」
今度は黙っていたハルトが口を開く。
そしてボタンを止め直しているフィーネの肩にポンと手を置いた後。聖者に歩み寄ると。
「全部バレてんだよ。聖者様よ」
いつ手にしたのか。
黒く。
鈍く。
赤く。
輝く剣が聖者の顔の真横に鋭く突き立てられた。
あまりの速さと衝撃に再び息を呑み顔面蒼白となる聖者。もはや喚く勇気も消え失せたようだ。
「目的は知らねえけどな。
カフェの前で人使って騒ぎ起こしてコウェルとユキノ様を誘い出そうとしただろが。
ひったくり犯がしっかりゲロってくれたぜ。
オメーに『報酬やるからバッグひったくって来い』って言われたってよ」
「そ、それは………!!」
明らかに先程と違う慌てようを見せる聖者。
ハルトの剣が更に数センチ、男の顔の横に寄っていく。
「そこからコウェルとユキノ様を尾行してたよな。忘れてんなら俺がお前が通ったルート教えてやろうか?カフェ、本屋、雑貨屋、服屋、魚屋、それからもう一回本屋。違うか?」
「デタラメだ!!バカらしい!!!」
「デタラメだぁ?そりゃ残念だな。
こりゃあ真実だ。最初から最後までな。
二人が転移する瞬間まで─────俺が見てたんだからなぁ?」
そこまで言った途端。
聖者の顔から表情が全て消え去った。
「か、仮にそうだとしてもだ!!奴らが間違いなくここに現れるという予想など出来るのか?!出来ないだろう?!来ないときは半年以上現れない輩共を!!いつ来るか!!出来るのか!!?」
しかしすぐに─────とてつもない量の脂汗をかきながら────喚き始めた。
だが、言動はメチャクチャで頭は既に回っていないようだ。
そしてこの言葉を聞いたハルトはニヤリと不敵に笑み、剣を壁から引き抜いた。
「イナ村」
「!!?」
一言呟いた瞬間。
聖者は言葉を失い口を震わせた。
「イナ村にコボルトの巣があってな。
総組がコウェルに依頼出してたんだわ。
最初の報告じゃあ巣は要塞化してなかったんだが。その巣、たった数日で要塞化しちまってな」
「そ、それが、ど、どうしたと言うのだ!?」
聖者は声を震わせる。
顔面蒼白で。喘ぐように呼吸しながら。
「総組の報告と現場の状況が違えば、そりゃあコウェルでも総組本部に出張ってくる。
なんたってアイツの師匠はユキノ様だ。
絶対乗り込んでくるってえのはバカでも予想出来る訳だ」
「コ、コボルトのような単純生物と────」
「接触しなくても。
魔術師なら、遠くから強化魔法でコボルトをより狂暴で頭も回るように出来るよなぁ?
それにテメーらは元々学院の魔術師やら破門された魔術師の集まりだ、それくらい余裕だろうが。
魔導師、魔女、魔術師を否定しつつも魔法はしっかり使うんだからよお?貴様らは。
それに100体全部強化すりゃあバカなコボルトでも巣を数日で要塞化可能だしな。
あわよくば、それでコウェルを殺すつもりだったんじゃねえのか?違うか?」
「目撃者は────」
「目撃者も居る。ご丁寧に白装束であんな所うろついてりゃ誰でも怪しいと思うだろが。
ああ、そうだ。コボルトの死体調べりゃ外部から強化されたかどうかも一発でわかるんだってな。ウチには、そういうのが得意なヤツらが居るんだよ。黒豹っていうな」
もう聖者は何も言わず、ただひたすらに目を泳がせ喘ぐように激しい呼吸をする事しか出来なかった。
それを見てハルトは表情ひとつ変えず、剣を聖者の喉元に突き付け最後の問いを投げる。
「言え。指示したのは誰だ」
「い、言えない………!言ったら………殺される………!」
「おや、言わなければこの場で同じ目に遭いますよ。お客様」
メイドの声に聖者は目だけを動かし姿を探す。
だが、その姿はどこにもない。
目の前に居るのは『剣聖』ハルト·ベルガーだけ。
「最後だ。誰に指示された聖者ァ!!!!」
「言えない……言えないんだ!!言ったら終わる!!私の、俺の!!俺の全てが終わる!!!!」
薄暗い部屋が揺れる程の怒号に混じり悲鳴に似た男の泣き叫ぶ声が混じり響き渡る。
「そうか。分かった。フィーネ」
「はい、マスター」
「─────喰っていいぞ」
ハルトが黒い剣を手から放し聖者に背を向け部屋を出て行った。
黒い剣は地面に落ちる寸前で浮き上がり新たな形を成す。
黒髪。
濃く赤い瞳。
不気味に浮き上がる色白の肌。
黒いメイド服の────────。
「最初にお伝えしましたでしょう?正直にお答えください。と。まあ、過ぎたことは良いです。それでは─────いただきます」
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
絶叫。
肉が引きちぎられ、液体が飛び散り跳ね、咀嚼。
噛み砕かれ、へし折られ、抉り出される。
この世の聞きたくない音全てが放たれ、絶望に満ちた悲鳴が響き渡る。
扉を隔ててそれを聞くのは。
「魔剣ってのは悪食だな。ったく……」
普段吸わないタバコをフカし溜息をつき、全ての音が聞こえなくなるのを待つハルト。
魔剣の主たる剣聖は聞き慣れたくもないモノを右から左に受け流し、時折扉に目を向け苦笑いを浮かべる。
そして。
「お好きで連れ歩いているのでは無いのですか」
「────あんな良い女はいねぇからな。
……ガレットには言うなよ」
「グレン様の事は何か分かったのですか」
「全然わからん、そっちは?」
「コウェル·ジュリアスと何か繋がりがありそうだ。という事だけなら」
「フィーネと同じか。アイツもコウェルが気になるんだとさ」
「………またお伺いします」
「おう」
気配すら無い声の持ち主と簡単な会話をし、タバコを携帯していた灰皿の中ですり潰す。
「どこで何やってんだか。団長は」
自嘲気味に笑い。
壁を背にして静かになった扉を黙って見つめるのだった。
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