魔術師事務所へようこそ

鏡月

文字の大きさ
21 / 32
3章 働く魔術師、サボりたい冠名魔女

1話 魔術師は苦笑いする

しおりを挟む

ウィンブルガー王国首都ガーベラより南。


隣国ロミリアユニオンに隣接する広大な湖がある。


歪んだ円状の湖で、ウィンブルガーおよびロミリアユニオン両国から流れ込んだ川の水で満たされており比較的透明度も高い。

水深もそこそこあるらしく中心に近づくにつれ湖の青は濃く深くなっていく。

ウィンブルガーの調査員いわく推定で300m以上あるらしく国内の湖の中で一番深い可能性もあるそうだ。

中心部の深さや色の濃さもあり、見ようによっては不気味さもあったりするのだが。その僅かな不気味さを除けば、広い空と緑に囲まれ長閑で過ごしやすい場所である事は間違いない。


そして。


この湖畔には──────魔術師事務所と呼ぶには、あまりに質素な丸太小家がある。


知らない人間が見れば「廃屋?」と思ってしまうかも知れない小屋だ。


幸い小屋の屋根や壁に穴や腐敗は無く、軒先にはオシャレなガーデンテーブルと椅子。
小屋の周りの雑草なんかも適度に抜かれているし、よく手入れされた畑やランタンスタンドなんかもあるので人が住んでる事は分かるだろう。


しかしこれが魔術師事務所と言われたら誰もが首を傾げるのだ。


一般的に魔術師事務所という物は誰から見てもしっかりした門構えの立派な建物の中にある。


ましてや世界に5つしか無い界層魔術師事務所であれば、その立派さに優雅さが混じり、さながら芸術品の如き佇まいの建築物であるのが普通だ。世間的には。

それ自体がその事務所の看板でありイメージになるのだから外観に気合を入れるのは当然と言えば当然だ。


─────なので『このボロ小屋も界層魔術師事務所です』と言えば。どう考えても他所よりも見劣りする訳なのだが。



「ええと……ここなんですけど……」



逃れようの無い事実なもので、いかにも人が良さそうな青年は毎回こうして苦笑いしながら客人を案内している。

まあ、青年共々、界層魔術師事務所らしからぬ親しみやすい雰囲気で顧客には評判が良い。

損という損はしていないのも現実だ。


そんな事務所の所長は。

コウェル·ジュリアス。



世界で唯一存命している魔術師の極みたる界層魔術師。

若くして界層魔術師の冠を得た青年は、ここで師である冠名魔女ユキノ·フローズと二人でこのジュリアス界層魔術師事務所を営んでいる。


でもって。

コウェルは今湖畔の道『だった』場所で二人の客人と出会ったので案内してきたのだが。


「コウェル所長、私が言うのもアレかも知れないんですけど」


客人の一人。

ウィンブルガー騎士団、序列一位。
獅子皇騎士団所属の女騎士レイン·リバーは、毎度の事ながら小屋の相変わらずの状態に眉を潜めている。


「言わないでください。僕が一番わかってるので………」


「建て直したほうが良いですよ絶対」


「あのー、資金がですね」


「でも界層魔術師事務所ですよね?」


「はい……あはは……」


それなりによく知っている彼女に言われ、コウェルは収穫した野菜の入ったカゴを持ち上げながら乾いた笑い声をあげた。


本来なら界層魔術師事務所は資金難と無縁だ。


しかし新興の魔術師事務所であるジュリアス界層魔術師事務所の場合。様々な事情から急な出費が重なる事もある────この前は家一軒買える位の出費があった───ので、下手な贅沢は出来ない。


もちろん全然余裕が無いわけでは無いのだが。
余裕が無くならないようにしておかないと、いざという時に困る事になるので『備えよ常に』とばかりに節約に走っている。


そういう理由もあって。ジュリアス界層魔術師事務所には職員は所長であるコウェルのみなのだが、


「ミズタマがこんなに!?すごい!!!」


畑でモチモチプルプルしているミズタマ。

瞳を輝かせ彼ら(?)を眺めているもう一人の客人。

ウィンブルガー王立魔術師養成学院の卒業生であるこの少女。

アミーティア·フェザーは獅子皇騎士団長ハルト·ベルガーの紹介状を持ってやってきた。

しかも彼女は、その名の通り。
フェザー界層事務所 所長のロベルト·フェザーの娘である。

その娘が、あろうことか新興の事務所─────界層魔術師事務所ではあるけども────で働きたいと言っているのだ。


(どうしようホントに)


一応、ユキノに相談するとは言ったが。
あの労働意欲ゼロの冠名魔女の事なので答えはもう決まっているだろう。

だからこそ困る。本当に困る。


薄暗くなってきた空の下。

コウェル·ジュリアスは小屋を眺めるレインとミズタマに興味津々のアミーティアを交互に見つめて深い溜息をつくのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

現世に侵略してきた異世界人を撃退して、世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。

佐久間 譲司
ファンタジー
突如として人類世界に侵略を始めた異世界人達。圧倒的な戦闘能力を誇り、人類を圧倒していく。 人類の命運が尽きようとしていた時、異世界側は、ある一つの提案を行う。それは、お互いの世界から代表五名を選出しての、決闘だった。彼らには、鉄の掟があり、雌雄を決するものは、決闘で決めるのだという。もしも、人類側が勝てば、降伏すると約束を行った。 すでに追い詰められていた人類は、否応がなしに決闘を受け入れた。そして、決闘が始まり、人類は一方的に虐殺されていった。 『瀉血』の能力を持つ篠崎直斗は、変装を行い、その決闘場に乱入する。『瀉血』の力を使い、それまでとは逆に、異世界側を圧倒し、勝利をする。 勝利後、直斗は、正体が発覚することなく、その場を離れることに成功した。 異世界側は、公約通り、人類の軍門に下った。 やがて、人類を勝利に導いた直斗は、人類側、異世界側両方からその身を狙われるようになる。人類側からは、異世界の脅威に対する対抗策として、異世界側からは、復讐と力の秘密のために。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

おさがしの方は、誰でしょう?~心と髪色は、うつろいやすいのです~

ハル*
ファンタジー
今日も今日とて、社畜として生きて日付をまたいでの帰路の途中。 高校の時に両親を事故で亡くして以降、何かとお世話になっている叔母の深夜食堂に寄ろうとした俺。 いつものようにドアに手をかけて、暖簾をぐぐりかけた瞬間のこと。 足元に目を開けていられないほどの眩しい光とともに、見たことがない円形の文様が現れる。 声をあげる間もなく、ぎゅっと閉じていた目を開けば、目の前にはさっきまであった叔母さんの食堂の入り口などない。 代わりにあったのは、洞窟の入り口。 手にしていたはずの鞄もなく、近くにあった泉を覗きこむとさっきまで見知っていた自分の姿はそこになかった。 泉の近くには、一冊の本なのか日記なのかわからないものが落ちている。 降り出した雨をよけて、ひとまずこの場にたどり着いた時に目の前にあった洞窟へとそれを胸に抱えながら雨宿りをすることにした主人公・水兎(ミト) 『ようこそ、社畜さん。アナタの心と体を癒す世界へ』 表紙に書かれている文字は、日本語だ。 それを開くと見たことがない文字の羅列に戸惑い、本を閉じる。 その後、その物の背表紙側から出てきた文字表を見つつ、文字を認識していく。 時が過ぎ、日記らしきそれが淡く光り出す。 警戒しつつ開いた日記らしきそれから文字たちが浮かび上がって、光の中へ。そして、その光は自分の中へと吸い込まれていった。 急に脳内にいろんな情報が増えてきて、知恵熱のように頭が熱くなってきて。 自分には名字があったはずなのに、ここに来てからなぜか思い出せない。 そしてさっき泉で見た自分の姿は、自分が知っている姿ではなかった。 25の姿ではなく、どう見ても10代半ばにしか見えず。 熱にうなされながら、一晩を過ごし、目を覚ました目の前にはやたらとおしゃべりな猫が二本足で立っていた。 異世界転移をした水兎。 その世界で、元の世界では得られずにいた時間や人との関わりあう時間を楽しみながら、ちょいちょいやらかしつつ旅に出る…までが長いのですが、いずれ旅に出てのんびり過ごすお話です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

処理中です...