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3章 働く魔術師、サボりたい冠名魔女
1話 魔術師は苦笑いする
しおりを挟むウィンブルガー王国首都ガーベラより南。
隣国ロミリアユニオンに隣接する広大な湖がある。
歪んだ円状の湖で、ウィンブルガーおよびロミリアユニオン両国から流れ込んだ川の水で満たされており比較的透明度も高い。
水深もそこそこあるらしく中心に近づくにつれ湖の青は濃く深くなっていく。
ウィンブルガーの調査員いわく推定で300m以上あるらしく国内の湖の中で一番深い可能性もあるそうだ。
中心部の深さや色の濃さもあり、見ようによっては不気味さもあったりするのだが。その僅かな不気味さを除けば、広い空と緑に囲まれ長閑で過ごしやすい場所である事は間違いない。
そして。
この湖畔には──────魔術師事務所と呼ぶには、あまりに質素な丸太小家がある。
知らない人間が見れば「廃屋?」と思ってしまうかも知れない小屋だ。
幸い小屋の屋根や壁に穴や腐敗は無く、軒先にはオシャレなガーデンテーブルと椅子。
小屋の周りの雑草なんかも適度に抜かれているし、よく手入れされた畑やランタンスタンドなんかもあるので人が住んでる事は分かるだろう。
しかしこれが魔術師事務所と言われたら誰もが首を傾げるのだ。
一般的に魔術師事務所という物は誰から見てもしっかりした門構えの立派な建物の中にある。
ましてや世界に5つしか無い界層魔術師事務所であれば、その立派さに優雅さが混じり、さながら芸術品の如き佇まいの建築物であるのが普通だ。世間的には。
それ自体がその事務所の看板でありイメージになるのだから外観に気合を入れるのは当然と言えば当然だ。
─────なので『このボロ小屋も界層魔術師事務所です』と言えば。どう考えても他所よりも見劣りする訳なのだが。
「ええと……ここなんですけど……」
逃れようの無い事実なもので、いかにも人が良さそうな青年は毎回こうして苦笑いしながら客人を案内している。
まあ、青年共々、界層魔術師事務所らしからぬ親しみやすい雰囲気で顧客には評判が良い。
損という損はしていないのも現実だ。
そんな事務所の所長は。
コウェル·ジュリアス。
世界で唯一存命している魔術師の極みたる界層魔術師。
若くして界層魔術師の冠を得た青年は、ここで師である冠名魔女ユキノ·フローズと二人でこのジュリアス界層魔術師事務所を営んでいる。
でもって。
コウェルは今湖畔の道『だった』場所で二人の客人と出会ったので案内してきたのだが。
「コウェル所長、私が言うのもアレかも知れないんですけど」
客人の一人。
ウィンブルガー騎士団、序列一位。
獅子皇騎士団所属の女騎士レイン·リバーは、毎度の事ながら小屋の相変わらずの状態に眉を潜めている。
「言わないでください。僕が一番わかってるので………」
「建て直したほうが良いですよ絶対」
「あのー、資金がですね」
「でも界層魔術師事務所ですよね?」
「はい……あはは……」
それなりによく知っている彼女に言われ、コウェルは収穫した野菜の入ったカゴを持ち上げながら乾いた笑い声をあげた。
本来なら界層魔術師事務所は資金難と無縁だ。
しかし新興の魔術師事務所であるジュリアス界層魔術師事務所の場合。様々な事情から急な出費が重なる事もある────この前は家一軒買える位の出費があった───ので、下手な贅沢は出来ない。
もちろん全然余裕が無いわけでは無いのだが。
余裕が無くならないようにしておかないと、いざという時に困る事になるので『備えよ常に』とばかりに節約に走っている。
そういう理由もあって。ジュリアス界層魔術師事務所には職員は所長であるコウェルのみなのだが、
「ミズタマがこんなに!?すごい!!!」
畑でモチモチプルプルしているミズタマ。
瞳を輝かせ彼ら(?)を眺めているもう一人の客人。
ウィンブルガー王立魔術師養成学院の卒業生であるこの少女。
アミーティア·フェザーは獅子皇騎士団長ハルト·ベルガーの紹介状を持ってやってきた。
しかも彼女は、その名の通り。
フェザー界層事務所 所長のロベルト·フェザーの娘である。
その娘が、あろうことか新興の事務所─────界層魔術師事務所ではあるけども────で働きたいと言っているのだ。
(どうしようホントに)
一応、ユキノに相談するとは言ったが。
あの労働意欲ゼロの冠名魔女の事なので答えはもう決まっているだろう。
だからこそ困る。本当に困る。
薄暗くなってきた空の下。
コウェル·ジュリアスは小屋を眺めるレインとミズタマに興味津々のアミーティアを交互に見つめて深い溜息をつくのであった。
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