見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第5章

夏休みに、横浜で(DAY 2) 3

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 東京での夏期講習があった塾のビルは予想はしていたが空調が効きすぎていて寒かった。Tシャツだけだと寒いとは聞いていたので薄い長袖のシャツを持ってきてよかった。
 朝から始まった集中講義は、僕のほかにも東京以外の場所から来た中学三年が集まっていた。
 正直なところ、昨日の疲れもあってもっと寝ていたい気分だったが、全国のすごい奴らと一緒に受ける講義は決して居眠りなどできる雰囲気はなくて緊張感の高い時間だった。
 僕が自信を持っていた数学の問題演習では、僕が解き終わるより早く、隣の男子が解き終わって、シャープペンを置いている姿に唖然としてしまった。ちらりと隣をみたとき、目の細いサラサラ髪の男に余裕の微笑みを見せられてしまった。あとで話してみたが、山梨から来ているとのことで山梨で一番偏差値の高い高校を狙いつつ、都内の私立も受ける予定なのだと聞いた。僕もほんの少しではあるが都内の私立を受けてみようと考えていたが、同じ中学にはいなかったので「全国には同じ考えの奴もいる」と知ることができた。

 そんな刺激と衝撃を味わいながら一日目を終えて塾のビルを出た。太陽はまだ高くて夕日にはなっていなかった。座り続ける時間が長く、部屋も寒かったので身体はすっかり固くなってしまっていた。両腕を上に向かって伸ばしていると、ポケットの中のスマホが鳴ったのがわかった。彩夏からのLINEだった。

『集中講義は終わった? もし時間があるなら横浜に来ませう』

 来ませうって何時代の人間だよと思いながら『講義は終わったよ。時間もあるよ』と返すと、すぐに「既読」が表示された。

『AC-BE 横浜校ってネットで調べて来てくれる?』

 AC-BEという名前を僕は聞いたことがなかったが、たぶんダンススタジオの名前なんだろうと思いながら検索すると、やっぱりダンススタジオだった。ただ、僕が思っていた以上に大きなスタジオで、僕でもわかるぐらいに有名なグループのメンバーが卒業生に何人かいるようだった。有名なところなんだなと思いながら僕は今日も横浜へと向かった。
 なぜダンススタジオに僕を呼ぶのか、よくわからなかった。でも、これが「次」に繋がる何かなのかもしれないと考えてみることにした。
 東京と横浜は電車一本で往復ができることに素直に感心した。富山と石川県の金沢はここまで速く到着はできないような気がする。金沢には3回ぐらいしか電車で行ったことはないけれど。

 横浜駅は東京駅のように人が多い。スマホの地図をたまに見ながら、AC-BEのある場所を目指した。
 駅の外に出て大きな道を歩いていくと、

「佑」

 と声をかけられた。
 声の方向には黒のキャップを被った女の子がいた。

「すごいじゃん。横浜の子でもココに来るのに迷ったりするのに」
「スマホの地図でわかるだろ、フツー」

 顔が見えなくても彩夏だということはわかった。隣にもう一人、女の子が立っていることがわかった。彩夏より少し背が高い、眼鏡をかけた真っ黒のきれいな髪の子だった。僕に向かって小さく拍手をしていた。

「いや、すごいと思う。私、いまだに違う出口から出るとココに来れないし」
「え、唯音ゆのん、嘘でしょ」
「いやマジだし」

 彩夏がその子を唯音と呼んだので名前はわかった。

「はじめまして。彩夏と小学校からの友達、澤村唯音さわむらゆのんです」
「あ、月島佑です」

 眼鏡の奥の目が柔らかなアーチを描いた。自己紹介をされたので僕も名乗った。

「唯音とは同じ小学校でさ、ダンスも一緒にやってたんだ」
「うん、それで今日会ってたんだけど、今からレッスンだから観においでよって言ってたとこなんです」

 その流れで、彩夏がなぜ僕を呼んだのかはよくわからなかった。
 富山の彩夏はどうなのか、彩夏はわがままだから大変でしょうなどなど唯音という子はよく喋る子だった。若干、戸惑い気味のところにLINEが鳴った。ズボンのポケットからスマホを取り出し、送ってきた主の名前を見て僕はスマホをなるべく自然に唯音に見えない角度にする。

『悪いけどダンススタジオまでついてきてほしい。ちょっと怖いから』

 LINEを送ってきたのは彩夏だった。
 この言葉の意味をどう解釈するべきなのか? 何が怖いんだろう。どうみてもこの唯音という子より彩夏の母親のほうが怖そうだが。何が彩夏を不安にさせるんだろう。

「唯音ー、もうすぐ時間だよ」

 彩夏が言った。たったいま「ちょっと怖いから」と書いたトーンとは全く違う明るいトーンだった。唯音は「あ、ヤバいヤバい。いこっか」とアスファルトの上に置いていたカバンを持った。
 彩夏が僕を見ていた。僕は頷く。「ついていく」という意味だ。
 正直、僕がダンスを見ても何かわかるとは思えないが、彩夏の「ちょっと怖いから」を無視することもできなかった。
 
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