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第5章
夏休みに、横浜で(DAY 2) 6
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レッスンが終わり、スタジオから唯音たちが出てきた。
スタジオの中から熱気も一緒に出てきたかのような空気が流れてきた。汗ばんだ髪をタオルで拭きながら唯音は彩夏を見た。
「どう……だったかな?」
「すごかったよ……なんていうか……圧倒されちゃった。息ができないぐらい」
「彩夏を目指してきたんだ。彩夏がいなくなって、目標を見失いそうで怖かったけど、見えない彩夏を超えるために必死で練習してなんとかここまで来たよ」
「唯音……」
「彩夏に見てもらえてうれしかった」
さっきのガラス越しにみた子とは別人のように唯音は柔らかく微笑みながら言った。
本当に彩夏を目指してきた子なんだなと僕はちょっと嬉しいような気持ちになった。それに対し、彩夏も微笑んでいたが、まだ緊張感みたいなものもまた感じた。
「正直……言ってね、いまの唯音は私なんかより全然すごくて……唯音、かっこよかった」
彩夏の声が震えているのがわかった。
この会話に僕が割り込むべきではないと思い、僕は見学カードを返しにロビーへと歩いた。
「柴崎彩夏、あれ……急に来て何? いまさら戻る気?」
「ないでしょ。唯音があの子のポジション取ってるし、優凪がセンターだし。もうここじゃ場違いじゃない?」
「もういらないよね、逃げた奴なんて」
カードを返す手続きをしている間、背後でそんな会話が聞こえた。
僕も見学していたということは気づいていないらしい。
返却手続きのために名前を書いているペンの字に力が入ってしまうのを自分でも感じた。
彩夏は自分の意志でここを離れたわけではない、それなのに何も知らないであろう奴が彩夏を悪く言うのは気分が悪かった。
振り返って怒鳴りつけることは簡単だ。すぐにでもやりたい。ただ、そうすれば絶対に騒ぎになってしまう。
そうなったら彩夏にいま聞いたことを話さないわけにはいかなくなってしまう。こんな会話があったことを彩夏に伝えたらそっちのほうが傷つけてしまうことになる。彩夏を傷つける言葉を僕が伝えなければならないぐらいなら、僕は我慢すればいい。落ちつけ、深呼吸して落ちつけ、と思っているときだった。
「そういう陰口叩く奴のほうが私は『いらない』けどね」
誰かが僕の背後でそんなことを言った。
僕は誰が言ったのかだけは確かめたく振り返ると、茶髪の長い髪の子がいた。さっきセンターで踊っていた優凪と呼ばれていた子だった。
彼女はまだ唯音と話している彩夏の方を見て、何かを考えているのか立ち止まっていた。
やがて前を向き、僕をちらりと見たかと思うと、特に何もゆうことはなく、優凪は自動ドアを抜けて出ていった。
彼女と彩夏はかつてライバル関係だったはずだ。その彩夏が陰口を言われていることに対して忠告ができる、すごい子だ。彼女もまた彩夏にリスペクトを持っているのかもしれない。
唯音や優凪のように彩夏を認めてくれていた人も少なからずいるんだろう、僕はちょっと安堵した気分になることができた。
まだ何か会話を続けている女子二人の話をこれ以上、聞きたくなくて「いつまでも言っていればいい」と思いながら僕もまた自動ドアに向かった。
彩夏は逃げてなんかいない、むしろ夢に向かって進んでいると僕は信じている。
スタジオの中から熱気も一緒に出てきたかのような空気が流れてきた。汗ばんだ髪をタオルで拭きながら唯音は彩夏を見た。
「どう……だったかな?」
「すごかったよ……なんていうか……圧倒されちゃった。息ができないぐらい」
「彩夏を目指してきたんだ。彩夏がいなくなって、目標を見失いそうで怖かったけど、見えない彩夏を超えるために必死で練習してなんとかここまで来たよ」
「唯音……」
「彩夏に見てもらえてうれしかった」
さっきのガラス越しにみた子とは別人のように唯音は柔らかく微笑みながら言った。
本当に彩夏を目指してきた子なんだなと僕はちょっと嬉しいような気持ちになった。それに対し、彩夏も微笑んでいたが、まだ緊張感みたいなものもまた感じた。
「正直……言ってね、いまの唯音は私なんかより全然すごくて……唯音、かっこよかった」
彩夏の声が震えているのがわかった。
この会話に僕が割り込むべきではないと思い、僕は見学カードを返しにロビーへと歩いた。
「柴崎彩夏、あれ……急に来て何? いまさら戻る気?」
「ないでしょ。唯音があの子のポジション取ってるし、優凪がセンターだし。もうここじゃ場違いじゃない?」
「もういらないよね、逃げた奴なんて」
カードを返す手続きをしている間、背後でそんな会話が聞こえた。
僕も見学していたということは気づいていないらしい。
返却手続きのために名前を書いているペンの字に力が入ってしまうのを自分でも感じた。
彩夏は自分の意志でここを離れたわけではない、それなのに何も知らないであろう奴が彩夏を悪く言うのは気分が悪かった。
振り返って怒鳴りつけることは簡単だ。すぐにでもやりたい。ただ、そうすれば絶対に騒ぎになってしまう。
そうなったら彩夏にいま聞いたことを話さないわけにはいかなくなってしまう。こんな会話があったことを彩夏に伝えたらそっちのほうが傷つけてしまうことになる。彩夏を傷つける言葉を僕が伝えなければならないぐらいなら、僕は我慢すればいい。落ちつけ、深呼吸して落ちつけ、と思っているときだった。
「そういう陰口叩く奴のほうが私は『いらない』けどね」
誰かが僕の背後でそんなことを言った。
僕は誰が言ったのかだけは確かめたく振り返ると、茶髪の長い髪の子がいた。さっきセンターで踊っていた優凪と呼ばれていた子だった。
彼女はまだ唯音と話している彩夏の方を見て、何かを考えているのか立ち止まっていた。
やがて前を向き、僕をちらりと見たかと思うと、特に何もゆうことはなく、優凪は自動ドアを抜けて出ていった。
彼女と彩夏はかつてライバル関係だったはずだ。その彩夏が陰口を言われていることに対して忠告ができる、すごい子だ。彼女もまた彩夏にリスペクトを持っているのかもしれない。
唯音や優凪のように彩夏を認めてくれていた人も少なからずいるんだろう、僕はちょっと安堵した気分になることができた。
まだ何か会話を続けている女子二人の話をこれ以上、聞きたくなくて「いつまでも言っていればいい」と思いながら僕もまた自動ドアに向かった。
彩夏は逃げてなんかいない、むしろ夢に向かって進んでいると僕は信じている。
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