見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第8章

新しい始まり 1

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 美咲の言葉に僕が混乱している間に、長瀬真衣がそろそろ帰ると言う話になっていた。それならば、あとは彩夏との時間にしてあげようと美咲が彩夏の当番を変わってくると言った。
 その間、美咲と僕の目が合うことがなかった。この状況でさっきの言葉を追及できる様子でもない。いまは長瀬真衣を見送ってこよう。
 今日、来てくれるようにお願いしたのは僕だし、階段の下まで見送るかなと彩夏と長瀬真衣の後ろを降りているときだった。

「そういえば」

 と長瀬真衣が立ち止まった。そして、僕へと振り向いた。

「貴方、カメラマンを目指すの?」

 あまりに突然の質問に僕は言葉を失う。

「え? 何の話?」

 と彩夏も驚いた表情をした。
 なんでそんなことを知っているんだ、この人は。
 
 カメラマンになりたいということ。
 
 それは、僕自身がさっき思いついた将来の夢だというのに。


「なぜ……そのことを?」

 さっきのダンス後の会話を長瀬真衣は聞いていたんだろうか? 盗み聞きとは言わないが、バレるとしたらあのときしかなかった。

「貴方に名刺を渡したと聞いたのよ」
「誰から……ですか?」
「松代 敬、本人からよ」

 松代 敬。
 
 僕はYシャツの胸ポケットから、さっきもらったばかりの名刺を取り出す。あのカメラマンからもらった名刺だ。
 そこにたしかに『松代 敬』と書かれていた。
 その名前を確かめた後、僕は長瀬真衣の顔を見る。

「…………松代さんとお知り合いなんですか?」
「ここが私の母校の中学という話をさっきしたわね? 松代もこの中学の卒業なのよ。私と同級生」
「ええ!?」

 僕は思わず声をあげる。そんなところで繋がるなんて予想もしていなかったのだ。
 「なに? 誰なの?」と僕と長瀬真衣を交互に見る彩夏に僕は何の説明もする余裕はなかった。

「彼は偶然、今日ここにいたわけじゃないわ。彩夏のダンスを撮ってもらいたくて私がお願いしたのよ」
「なに? 私? 何の話してるの?」
「音楽やスポーツでの写真をたくさん撮ってきた人だから、私も昔は撮ってもらったことがある。彼は、人が放つ光を写真に映すことができる。彼が認めた人は、必ずと言っていいほど結果を出してきた。そんな彼のプロの目で観てもらいたかったのよ。彩夏は彼のレンズ越しにどう映るのかと」

 そういうことか、と僕は心の中で叫んだ。
 
 てっきり学校が雇ったカメラマンかと思っていたが、そうではなかったのだ。彩夏を撮るためにこの学校に松代さんは来ていたのか。
 僕は思い出した。松代さんは、彩夏を『キラッとした子』と表現していたことを。そして、ダンスが終わった後に、

「松代さんは……彩夏さんのことを『キラッとした子』だと言ってました。そして『あの子はすごくなるよ』とも」

 僕がそう言うと、自分のことを言われているとわかったのか、彩夏の表情が真顔に戻った。

「『一緒に踊っていた子の光ももらって、とてつもない光を放つ』とも。それぐらいすごいダンスだったと僕も思ってます」

 僕は、松代さんがカメラを見ながら微笑んでいたことを思い出した。「カメラマン冥利につきる」と言っていたことも。長瀬真衣は頷いた。
 彩夏はちょっと照れたような笑顔を浮かべていた。

「さっき写真を見せてもらったわ」

 松代さんが「こんな時間だ」と言っていたのは、長瀬真衣に会う時間だったからかもしれないと僕は思った。既に長瀬真衣は彼が撮った写真を見ているのだ。見てくれた人に被写体が持つ何かが伝わる、松代さんの言ったとおり、写真が長瀬真衣に彩夏の輝きを伝えたのかもしれない。

「いい……写真だったわ」

 サングラスで目は見えないが口元が微笑んでいた。僕もその写真を見てみたい、さっき見せてもらえばよかったと後悔しているときだった。

「なんか……写真がいいだけで、私が大したことないみたいんだけど……」

 と彩夏がつまらなそうに言った。

「あら、今日のがもう最高地点なの? まだ上がると思ってたのに。投資は控えようかしら」
「もっと上がるから。投資価値AAランクだから」

 ムキになって言い返す彩夏がなんだか微笑ましたかった。
 夏に横浜で会ったときと会話の空気が違う。僕はつい2ケ月前の横浜での出来事が随分、遠い出来事のように思えた。

「松代 敬。彼に目をつけたのはいいことよ。そう……貴方に近いものを私は感じるわ。貴方も『光』が見える人なんでしょう?」

 僕を見て、長瀬真衣はそんなことを言った。

 階段下まで見送り、長瀬真衣と彩夏は並んで消えていった。
 僕は階段の踊り場で、さっきもらった名刺をまた取り出し、両手に持ってその名前を見た。

 それから天井を見上げると、いままで見たことのないものを見たような、知っているはずのものが知らなかったものがあったような、そんな気持ちになった。

 彩夏はまた夢に向かって進む。
 
 そして、僕も探しても探しても見つからなかった行き先が見つかった。
 
 今度は、僕の番だ。
 
 僕はまた階段を登り始めた。
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