見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

文字の大きさ
74 / 78
第9章

12月

しおりを挟む
 12月になると、町はふわふわする。
 クリスマスや年の瀬、雪の気配が、富山を落ち着かない空気で包む。  
 
 文化祭の熱気は遠い夏の記憶だ。教室は乾燥し、受験モードのピリピリした空気。窓の外、廊下のざわめきが遠く聞こえる。
 放課後の教室に僕と美咲だけが残っていた。美咲は英語の単語帳を睨み、シャープペンをカチカチ鳴らす。その横顔が、どこか文化祭の笑顔を思い出させた。  
 
 あの日、彩夏のステップが体育館を震わせ、美咲の笑顔が光を散らす。あの時。僕はカメラでみんなの「光」を捉えたつもりだった。でも、もっと鮮やかに閉じ込められたはずだとも思う。

 そういえば、昨夜、彩夏からDMが届いた。  
 
『佑の撮った動画、観てたよ。文化祭、めっちゃ楽しかった。最近、すっごく不安だけど……この動画が勇気をくれた。宝物だよ』  

 あんな写真や動画でも、彩夏の勇気になれたなら、僕のカメラも少しは意味を持つ。そんな想いが、胸を熱くする。  

 最近、休日は松代さんのスタジオに通っている。撮影の技術を教わるわけじゃない。撮影の補助やお使いばかりだ。「いまは技術より、いろんなものを見たほうがいい。楽しいことも、つまらないこともね」と松代さんは言う。美術の人、撮影所の人、誰と話しても初めてのことばかりの世界だった。
 ためしに松代さんのカメラで撮らせてもらった写真は、同じカメラなのに松代さんが撮ったそれとは違う。
 僕は思う。いつかこの人のように光輝くその一瞬を撮ってみたい、と。

*
 放課後の教室で僕は美咲に数学を教えていた。
 美咲が丸付けをしている間に僕は、松代さんのスタジオでのことを話した。

「写真スタジオのお手伝いかー。なんかいいなー、そういうの」

 僕の話を聞いて、美咲が言った。口元に浮かべる笑みが最近、大人びてきたような気もする。

「何がいいんだよ?」
「こっちは受験に向かって必死に頑張ってるのに、佑だけ一歩先を行ってる感じがするから」
「オレだけってことはないだろ。もっと先に進もうとしている奴がいるだろ」

 僕はひとつの座席を見た。そして思い浮かべた。ひと足、先に進み始めようとしているクラスメイトのことを。

「今度の日曜だっけ、三次オーディション」

 と僕が言うと「そう! 絶対に配信観なきゃ!」と目を輝かせながら美咲が言った。

「彩夏なら、きっと大丈夫だよね」
「また根拠はないのか……?」
「言葉にするのは難しいんだけど……ちょっとだけど一緒に踊ったらわかったんだ。彩夏はすごいって」
 
 あの文化祭のときに、一緒のステージで踊った一人として、美咲だからわかることもあるんだろう。僕はちょっと羨ましかった。
 あの光を目の前で体験することができたのだから。
 もっとカメラの勉強ができたら、また写真を撮りたいと僕は密かに思っている。まだ誰にも行っていない夢だ。

「ね、佑。配信動画、一緒に観ようよ」

 と言った。「一緒に」という言葉に一瞬、引っかかるものがあった。なぜかうまく美咲の顔を見ることができず、僕は話題を変えることにした。

「それよりも美咲は勉強だろ。なんで問1の文字式なんかで間違えてんだよ」
「えー、X2乗かけるX5乗って、X10乗……じゃないの?」
「違う。何回言えばわかるんだー」

 机をひっくり返す真似をしていると美咲も大げさに頭をかかえて顔をそむけた。

「あ……雪」

 窓の方向を見ながら彩夏が言った。
 その声で僕も窓の向こうを見ると、ひらひらと雪が舞っていた。ぼんやりとその様子を見ていると、雪の数は少しずつ増えていった。
 この冬、初めての雪だった。

「天気予報どおりだね。どうりで寒いと思ってた」
「早く帰らないとな」

 雪が降り始めると、音が吸い込まれていくのか、辺りが静かになる。さっきまで廊下から聞こえていたざわめきまでほとんど聞こえなくなったような気がした。

「彩夏は、結局、雪を見ていかないままだったね」

 美咲が少し寂しそうな口調で言った。
 12月になれば雪を見ることができると言ったとき、彩夏は、

「え、私、年に1、2回しか雪を見たことないんだけど! すごく見たい!」

 と言っていた。
 しかし、この雪を彩夏はいま見ることはできない。

 彩夏はもう富山にはいない。
 
 彩夏は、AC-BE内の選抜オーディションを受けるため、横浜に転校してしまったからだ。


 ついこの間まで彩夏が座っていた座席を見ながら、彩夏が僕と美咲に転校のことを話してくれたときのことを思い出していた。
 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

処理中です...