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第9章
12月
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12月になると、町はふわふわする。
クリスマスや年の瀬、雪の気配が、富山を落ち着かない空気で包む。
文化祭の熱気は遠い夏の記憶だ。教室は乾燥し、受験モードのピリピリした空気。窓の外、廊下のざわめきが遠く聞こえる。
放課後の教室に僕と美咲だけが残っていた。美咲は英語の単語帳を睨み、シャープペンをカチカチ鳴らす。その横顔が、どこか文化祭の笑顔を思い出させた。
あの日、彩夏のステップが体育館を震わせ、美咲の笑顔が光を散らす。あの時。僕はカメラでみんなの「光」を捉えたつもりだった。でも、もっと鮮やかに閉じ込められたはずだとも思う。
そういえば、昨夜、彩夏からDMが届いた。
『佑の撮った動画、観てたよ。文化祭、めっちゃ楽しかった。最近、すっごく不安だけど……この動画が勇気をくれた。宝物だよ』
あんな写真や動画でも、彩夏の勇気になれたなら、僕のカメラも少しは意味を持つ。そんな想いが、胸を熱くする。
最近、休日は松代さんのスタジオに通っている。撮影の技術を教わるわけじゃない。撮影の補助やお使いばかりだ。「いまは技術より、いろんなものを見たほうがいい。楽しいことも、つまらないこともね」と松代さんは言う。美術の人、撮影所の人、誰と話しても初めてのことばかりの世界だった。
ためしに松代さんのカメラで撮らせてもらった写真は、同じカメラなのに松代さんが撮ったそれとは違う。
僕は思う。いつかこの人のように光輝くその一瞬を撮ってみたい、と。
*
放課後の教室で僕は美咲に数学を教えていた。
美咲が丸付けをしている間に僕は、松代さんのスタジオでのことを話した。
「写真スタジオのお手伝いかー。なんかいいなー、そういうの」
僕の話を聞いて、美咲が言った。口元に浮かべる笑みが最近、大人びてきたような気もする。
「何がいいんだよ?」
「こっちは受験に向かって必死に頑張ってるのに、佑だけ一歩先を行ってる感じがするから」
「オレだけってことはないだろ。もっと先に進もうとしている奴がいるだろ」
僕はひとつの座席を見た。そして思い浮かべた。ひと足、先に進み始めようとしているクラスメイトのことを。
「今度の日曜だっけ、三次オーディション」
と僕が言うと「そう! 絶対に配信観なきゃ!」と目を輝かせながら美咲が言った。
「彩夏なら、きっと大丈夫だよね」
「また根拠はないのか……?」
「言葉にするのは難しいんだけど……ちょっとだけど一緒に踊ったらわかったんだ。彩夏はすごいって」
あの文化祭のときに、一緒のステージで踊った一人として、美咲だからわかることもあるんだろう。僕はちょっと羨ましかった。
あの光を目の前で体験することができたのだから。
もっとカメラの勉強ができたら、また写真を撮りたいと僕は密かに思っている。まだ誰にも行っていない夢だ。
「ね、佑。配信動画、一緒に観ようよ」
と言った。「一緒に」という言葉に一瞬、引っかかるものがあった。なぜかうまく美咲の顔を見ることができず、僕は話題を変えることにした。
「それよりも美咲は勉強だろ。なんで問1の文字式なんかで間違えてんだよ」
「えー、X2乗かけるX5乗って、X10乗……じゃないの?」
「違う。何回言えばわかるんだー」
机をひっくり返す真似をしていると美咲も大げさに頭をかかえて顔をそむけた。
「あ……雪」
窓の方向を見ながら彩夏が言った。
その声で僕も窓の向こうを見ると、ひらひらと雪が舞っていた。ぼんやりとその様子を見ていると、雪の数は少しずつ増えていった。
この冬、初めての雪だった。
「天気予報どおりだね。どうりで寒いと思ってた」
「早く帰らないとな」
雪が降り始めると、音が吸い込まれていくのか、辺りが静かになる。さっきまで廊下から聞こえていたざわめきまでほとんど聞こえなくなったような気がした。
「彩夏は、結局、雪を見ていかないままだったね」
美咲が少し寂しそうな口調で言った。
12月になれば雪を見ることができると言ったとき、彩夏は、
「え、私、年に1、2回しか雪を見たことないんだけど! すごく見たい!」
と言っていた。
しかし、この雪を彩夏はいま見ることはできない。
彩夏はもう富山にはいない。
彩夏は、AC-BE内の選抜オーディションを受けるため、横浜に転校してしまったからだ。
ついこの間まで彩夏が座っていた座席を見ながら、彩夏が僕と美咲に転校のことを話してくれたときのことを思い出していた。
クリスマスや年の瀬、雪の気配が、富山を落ち着かない空気で包む。
文化祭の熱気は遠い夏の記憶だ。教室は乾燥し、受験モードのピリピリした空気。窓の外、廊下のざわめきが遠く聞こえる。
放課後の教室に僕と美咲だけが残っていた。美咲は英語の単語帳を睨み、シャープペンをカチカチ鳴らす。その横顔が、どこか文化祭の笑顔を思い出させた。
あの日、彩夏のステップが体育館を震わせ、美咲の笑顔が光を散らす。あの時。僕はカメラでみんなの「光」を捉えたつもりだった。でも、もっと鮮やかに閉じ込められたはずだとも思う。
そういえば、昨夜、彩夏からDMが届いた。
『佑の撮った動画、観てたよ。文化祭、めっちゃ楽しかった。最近、すっごく不安だけど……この動画が勇気をくれた。宝物だよ』
あんな写真や動画でも、彩夏の勇気になれたなら、僕のカメラも少しは意味を持つ。そんな想いが、胸を熱くする。
最近、休日は松代さんのスタジオに通っている。撮影の技術を教わるわけじゃない。撮影の補助やお使いばかりだ。「いまは技術より、いろんなものを見たほうがいい。楽しいことも、つまらないこともね」と松代さんは言う。美術の人、撮影所の人、誰と話しても初めてのことばかりの世界だった。
ためしに松代さんのカメラで撮らせてもらった写真は、同じカメラなのに松代さんが撮ったそれとは違う。
僕は思う。いつかこの人のように光輝くその一瞬を撮ってみたい、と。
*
放課後の教室で僕は美咲に数学を教えていた。
美咲が丸付けをしている間に僕は、松代さんのスタジオでのことを話した。
「写真スタジオのお手伝いかー。なんかいいなー、そういうの」
僕の話を聞いて、美咲が言った。口元に浮かべる笑みが最近、大人びてきたような気もする。
「何がいいんだよ?」
「こっちは受験に向かって必死に頑張ってるのに、佑だけ一歩先を行ってる感じがするから」
「オレだけってことはないだろ。もっと先に進もうとしている奴がいるだろ」
僕はひとつの座席を見た。そして思い浮かべた。ひと足、先に進み始めようとしているクラスメイトのことを。
「今度の日曜だっけ、三次オーディション」
と僕が言うと「そう! 絶対に配信観なきゃ!」と目を輝かせながら美咲が言った。
「彩夏なら、きっと大丈夫だよね」
「また根拠はないのか……?」
「言葉にするのは難しいんだけど……ちょっとだけど一緒に踊ったらわかったんだ。彩夏はすごいって」
あの文化祭のときに、一緒のステージで踊った一人として、美咲だからわかることもあるんだろう。僕はちょっと羨ましかった。
あの光を目の前で体験することができたのだから。
もっとカメラの勉強ができたら、また写真を撮りたいと僕は密かに思っている。まだ誰にも行っていない夢だ。
「ね、佑。配信動画、一緒に観ようよ」
と言った。「一緒に」という言葉に一瞬、引っかかるものがあった。なぜかうまく美咲の顔を見ることができず、僕は話題を変えることにした。
「それよりも美咲は勉強だろ。なんで問1の文字式なんかで間違えてんだよ」
「えー、X2乗かけるX5乗って、X10乗……じゃないの?」
「違う。何回言えばわかるんだー」
机をひっくり返す真似をしていると美咲も大げさに頭をかかえて顔をそむけた。
「あ……雪」
窓の方向を見ながら彩夏が言った。
その声で僕も窓の向こうを見ると、ひらひらと雪が舞っていた。ぼんやりとその様子を見ていると、雪の数は少しずつ増えていった。
この冬、初めての雪だった。
「天気予報どおりだね。どうりで寒いと思ってた」
「早く帰らないとな」
雪が降り始めると、音が吸い込まれていくのか、辺りが静かになる。さっきまで廊下から聞こえていたざわめきまでほとんど聞こえなくなったような気がした。
「彩夏は、結局、雪を見ていかないままだったね」
美咲が少し寂しそうな口調で言った。
12月になれば雪を見ることができると言ったとき、彩夏は、
「え、私、年に1、2回しか雪を見たことないんだけど! すごく見たい!」
と言っていた。
しかし、この雪を彩夏はいま見ることはできない。
彩夏はもう富山にはいない。
彩夏は、AC-BE内の選抜オーディションを受けるため、横浜に転校してしまったからだ。
ついこの間まで彩夏が座っていた座席を見ながら、彩夏が僕と美咲に転校のことを話してくれたときのことを思い出していた。
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