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Scene 1
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「そんな質問をしてくれるってことはオレに少しは興味を持ってくれたのかな」
そう言いながら伊沢は、足元に歩いてきた猫のゆんに目線を移し、「ねぇ、ゆんくん?」と話しかけた。
「そうやって、また話をはぐらかそうとしているなら別にいいんですけどね」
伊沢は本気で答えてくれる気はないのだろう、そう感じた雪音はその場を離れ、他の客の様子を見に行こうとした。
「雪音ちゃん」
立ち去ろうとした雪音に伊沢が声をかけた。ゆっくりと雪音が振り返る。
「聞いたとしても面白くないだろうなぁと思って言わなかっただけなんだよ」
「え」
「単純にオレには権利がないと思ったからだよ」
伊沢がなんのことを言っているのかわからず、雪音は軽く首をかしげた。
「あれ、どうしてオレが『待たない』って選択したかを聞いたよね?」
「え、はい」
「うん。だからオレには権利がないって思ったんだよ」
権利はあるでしょう、と言いかけて雪音はやめた。戸籍課に行けば誰でも『待つ』か『待たない』かを選ぶ権利はある、伊沢が言っているのはそんなことではないと雪音にもわかった。
「現世の頃は広告会社で働いてたって話したよね。オレが生きてた時代は、インターネット広告が全盛になっていく頃でね、いろんな仕組みでPVを稼ぐフレームワークを作ったりしたんだ。余計な話を省くと、シンプルに儲かる仕組みを考え出してたんだ」
「……なんとなくわかります」
「うん。それでいまやらないと他社に先を行かれると思って、オレは眠る時間も食べる時間も削って働いた。その結果、新たな収益モデルを確立して会社は大きくなった。従業員のみんなの給与もあがり、みんな喜んでくれた。ただ、その時間を費やした間、オレはほとんど家に帰ることはなかった。まだ息子も生まれたばっかりだっていうのにね」
いつもの穏やかな笑みが消えていることに雪音は気づいた。
「家庭を振り返らず、仕事に時間を費やし、最後は帰ろうとオフィスビルを出た瞬間に倒れちゃったんだ」
「え……」
「心不全……突然死ってやつだね。そんな終わり方だよ。妻には何もしてあげられなかった。だからそんなオレが『待つ』ってわけにはいかないでしょう」
そこまで話すと伊沢は雪音に微笑みかけた。
「それで、今度は大切な人をずっと見ていられるようにしようって思ってるんだ」
一瞬、胸がざわめく感覚を雪音は感じた。ドキッとした感覚、もう長い間、忘れてしまっていたような感覚だった。
「こんな話をして同情されたいわけではないからね、今日は帰るよ」
そう言うと伊沢は立ち上がり、「マスター、帰るねー」と会計に向かった。
雪音はしばらくの間、伊沢を目で追っていた。それは彼が店を出ていくまで続いていた。
「彼も彼なりに後悔ってものがあるんだよ」
と高橋の声で雪音はハッと我に返った。いつのまにか自分の足元にゆんが擦り寄ってきていることに気づき、その甘い撫で声に雪音は微笑みかけた。
いつのまにか夕陽がガラス越しに差し込んでいた。雪音は伊沢の穏やかな笑顔を思い出しながら、伊沢が座っていたカウンター席のコーヒーカップをそっと片づけた。
「そんな質問をしてくれるってことはオレに少しは興味を持ってくれたのかな」
そう言いながら伊沢は、足元に歩いてきた猫のゆんに目線を移し、「ねぇ、ゆんくん?」と話しかけた。
「そうやって、また話をはぐらかそうとしているなら別にいいんですけどね」
伊沢は本気で答えてくれる気はないのだろう、そう感じた雪音はその場を離れ、他の客の様子を見に行こうとした。
「雪音ちゃん」
立ち去ろうとした雪音に伊沢が声をかけた。ゆっくりと雪音が振り返る。
「聞いたとしても面白くないだろうなぁと思って言わなかっただけなんだよ」
「え」
「単純にオレには権利がないと思ったからだよ」
伊沢がなんのことを言っているのかわからず、雪音は軽く首をかしげた。
「あれ、どうしてオレが『待たない』って選択したかを聞いたよね?」
「え、はい」
「うん。だからオレには権利がないって思ったんだよ」
権利はあるでしょう、と言いかけて雪音はやめた。戸籍課に行けば誰でも『待つ』か『待たない』かを選ぶ権利はある、伊沢が言っているのはそんなことではないと雪音にもわかった。
「現世の頃は広告会社で働いてたって話したよね。オレが生きてた時代は、インターネット広告が全盛になっていく頃でね、いろんな仕組みでPVを稼ぐフレームワークを作ったりしたんだ。余計な話を省くと、シンプルに儲かる仕組みを考え出してたんだ」
「……なんとなくわかります」
「うん。それでいまやらないと他社に先を行かれると思って、オレは眠る時間も食べる時間も削って働いた。その結果、新たな収益モデルを確立して会社は大きくなった。従業員のみんなの給与もあがり、みんな喜んでくれた。ただ、その時間を費やした間、オレはほとんど家に帰ることはなかった。まだ息子も生まれたばっかりだっていうのにね」
いつもの穏やかな笑みが消えていることに雪音は気づいた。
「家庭を振り返らず、仕事に時間を費やし、最後は帰ろうとオフィスビルを出た瞬間に倒れちゃったんだ」
「え……」
「心不全……突然死ってやつだね。そんな終わり方だよ。妻には何もしてあげられなかった。だからそんなオレが『待つ』ってわけにはいかないでしょう」
そこまで話すと伊沢は雪音に微笑みかけた。
「それで、今度は大切な人をずっと見ていられるようにしようって思ってるんだ」
一瞬、胸がざわめく感覚を雪音は感じた。ドキッとした感覚、もう長い間、忘れてしまっていたような感覚だった。
「こんな話をして同情されたいわけではないからね、今日は帰るよ」
そう言うと伊沢は立ち上がり、「マスター、帰るねー」と会計に向かった。
雪音はしばらくの間、伊沢を目で追っていた。それは彼が店を出ていくまで続いていた。
「彼も彼なりに後悔ってものがあるんだよ」
と高橋の声で雪音はハッと我に返った。いつのまにか自分の足元にゆんが擦り寄ってきていることに気づき、その甘い撫で声に雪音は微笑みかけた。
いつのまにか夕陽がガラス越しに差し込んでいた。雪音は伊沢の穏やかな笑顔を思い出しながら、伊沢が座っていたカウンター席のコーヒーカップをそっと片づけた。
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