天国で時はゆるやかに流れて

多田莉都

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Scene 2

2-4

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 現世での時間の流れは天国よりも早い。
 里依紗は中学生になり、亮介もリモートワークのみではなく、出社をしながらエンジニアの仕事をするようになった。

 仕事を通して亮介が同僚と少しずつ打ち解けていく姿に、雪音は天国から微笑ましく思っていた。

 ただ、家を空ける時間が増えるにつれて、里依紗と亮介の会話が減り始めていることも気になっていた。

 特に目立って仲が悪いわけではないが、必要最低限のことしか会話をしなくなった。
 不安に思いつつも雪音自身も中学時代に父親と仲が良かったとは言い難い記憶があったので、やむをえない面はあるだろうと思った。

*
 中学三年になった里依紗の二学期が終わろうとしていた。そんなある朝のことだった。
 空気の冷たい廊下を抜けて亮介がリビングに入ってきた。

「おはよう」

 亮介は既に一人で朝食を食べていた里依紗に声をかける。髪は下ろしたままだが既に制服に着替えていた里依紗はスマホを見たままだった。
 挨拶ぐらいしなさいよ、と雪音は画面に向かって呟く。

「今日は早いな」

 まだ朝の6時だったが、里依紗は既に食事を終えようとしていた。
 
「後輩の朝練を手伝うことになってるの。放課後も練習してくる」

 里依紗は立ち上がり、皿をシンクへと運んでいく。
 里依紗は夏まで女子バスケット部で、引退直前の県大会では準決勝まで進む強豪だった。後輩たちもそれに続けとばかりに強く、引退後も里依紗はたまに後輩の練習を手伝っている。
 
 シンクに皿を入れて水道で手を洗いながら、

「パパの分も焼く?」

 と里依紗は亮介を見た。パンを焼くかと聞いているらしい。

「ああ。いいよ。自分でやるから」
「あ、そう」
「里依紗も時間ないだろ」
「そだね。じゃ食べ終わったお皿はちゃんと水につけておいてね。しょっちゅう忘れてるから」

 蛇口を締めて、タオルで両手を拭きながら里依紗は淡々と言い、そのまま洗面所へと歩いていってしまった。
 この場面だけを見ていると、一見、親子のコミュニケーションがうまくいっていないようにも見えるが、30分前からリビングを見ていた雪音にはわかっていることがあった。

 亮介がトースターにパンを入れて焼き始めてから、コンロのほうを見ると、フライパンがおかれていた。その中に艶のよいスクランブルエッグが乗っていた。
 里依紗は父親の分もスクランブルエッグを用意していた。

 無言の優しさに亮介は微笑み、コンロのスイッチを入れて軽く温め直す。牛乳を出そうと手をかけようとした冷蔵庫には三者面談のお知らせが貼られていて「14日(月) 14:00」の部分に蛍光ペンでラインが引かれていた。

「はいはい」

 と里依紗のいないキッチンで亮介は頷いた。
 
 雪音はこの光景がなんだか微笑ましく思えた。里依紗が心優しい子に育ってくれていることが嬉しかった。そして、微笑ましいはずなのになぜか胸の中に寂しさのような似たざわめきがあることにも気が付いていた。なんだろう、これは? しばらく考えてみたが答えは出ず、雪音自身もその違和感を忘れてしまった。
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