天国で時はゆるやかに流れて

多田莉都

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Scene 2

2-5

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 14日になり、亮介は午後から中学の三者面談に行くはずだった。
 里依紗の志望校を決めていくための大切な面談だった。担任と志望校の折り合いがついていない里依紗のためには何としても行かなければならない。
 その一方で仕事の責務もあり、亮介はオフィスに出社していた。
 午後から休暇の予定だったが、亮介たちが担当する金融システムにエラーが生じた。証券の約定入力ができず、取引ができないとユーザーから問い合わせが入った。

 前の週に他のシステムがリリースした内容が影響していることがわかり、システムを一旦、先週時点のものに戻すことになった。
 しかし、どうやっても1時間はリカバリーにかかる。それでは里依紗の面談には間に合わない。このリカバリーは自動化はできない部分があり、誰かが手動でやらなければならない。

「私がいれば三者面談なんて行くのに」

 雪音が歯がゆさのあまり下唇を噛んでいたときだった。

「藤井さん、大丈夫です、私がやるので帰ってください」

 茶色のボブロングの髪がさらりと揺れた。そう言ったのは、パーカー姿で棒付きキャンディーをくわえている女子社員だった。
 スーツ姿の亮介たちと比べてだいぶラフな服装だったが、その女子社員・橘美月はれっきとした亮介のチームの主力のエンジニアだった。
 雪音が亮介のオフィスを見ているときに、美月の姿はよく見かけていた。

「今日は娘さんの進路面談ですよね? ちゃんと行ってあげないと」

 美月は毅然と振る舞っていた。
 
「でも、これは結構複雑なリカバリーだ。基盤側のクリア処理を間違えると起動時に……」
「大丈夫ですよ」

 亮介が言いかけた言葉を美月が遮った。少しだけ微笑みも浮かべていた。

「これでも2年ぐらい一緒に働かせていただいてるので大丈夫です。私を信用してください」

 自信に満ちた目の輝きを見て、亮介はわずかに戸惑いつつも頷き、微笑んだ。

「恩に着るよ」
「御礼に今度、ゴハンおごってください」
「え」
「何回もこっちからゴハン誘ってんのに一回も行ってくれないじゃないですか? 一回ぐらいいいでしょ?」
「……わかったよ」

 そう言うと、亮介は簡単な追加説明だけを美月にしてオフィスを出た。
 
 その結果、開始3分前ではあったが亮介は三者面談に間に合うことができた。
 三者面談は亮介が入ったこともあり、無事に里依紗の進みたい高校へと話がまとまった。
 
 里依紗を待たせて怒らせることもなく、進路相談も里依紗の望む方向となり安堵していた雪音だったが、美月が亮介を見る目が少し気になっていた。

 亮介自身は全く気付いていないように見えるが、雪音は気付いたことがあった。
 オフィスを出ていく亮介の後ろ姿を見送る美月の目は、ただの同僚を見る目ではないということを。あれは、恋する女の目だということを。

 美月を見ていると苛立つ自分に雪音は気付いていた。

「……私があの子に怒る権利なんてない……よなぁ」

 ログオフしたタブレットPCを机に置き、雪音は天井を見上げた。
 いま現世にいない自分が美月にとやかく言う権利はない。そばにいられない自分に亮介を縛ることなどはできない。むしろ、多忙な亮介を支えられる存在が必要なのかもしれないと思えた。

 雪音は天井から目を移し、自分の両手の手のひらをみた。これは私の両手だ、という感覚はたしかにある。
 手を伸ばせば机やタブレットに触れることもできる。
 
 
 しかし、亮介と里依紗に触れることはできない。


 雪音はもう一度、天井を見上げた。
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