10 / 18
Scene 2
2-5
しおりを挟む
14日になり、亮介は午後から中学の三者面談に行くはずだった。
里依紗の志望校を決めていくための大切な面談だった。担任と志望校の折り合いがついていない里依紗のためには何としても行かなければならない。
その一方で仕事の責務もあり、亮介はオフィスに出社していた。
午後から休暇の予定だったが、亮介たちが担当する金融システムにエラーが生じた。証券の約定入力ができず、取引ができないとユーザーから問い合わせが入った。
前の週に他のシステムがリリースした内容が影響していることがわかり、システムを一旦、先週時点のものに戻すことになった。
しかし、どうやっても1時間はリカバリーにかかる。それでは里依紗の面談には間に合わない。このリカバリーは自動化はできない部分があり、誰かが手動でやらなければならない。
「私がいれば三者面談なんて行くのに」
雪音が歯がゆさのあまり下唇を噛んでいたときだった。
「藤井さん、大丈夫です、私がやるので帰ってください」
茶色のボブロングの髪がさらりと揺れた。そう言ったのは、パーカー姿で棒付きキャンディーをくわえている女子社員だった。
スーツ姿の亮介たちと比べてだいぶラフな服装だったが、その女子社員・橘美月はれっきとした亮介のチームの主力のエンジニアだった。
雪音が亮介のオフィスを見ているときに、美月の姿はよく見かけていた。
「今日は娘さんの進路面談ですよね? ちゃんと行ってあげないと」
美月は毅然と振る舞っていた。
「でも、これは結構複雑なリカバリーだ。基盤側のクリア処理を間違えると起動時に……」
「大丈夫ですよ」
亮介が言いかけた言葉を美月が遮った。少しだけ微笑みも浮かべていた。
「これでも2年ぐらい一緒に働かせていただいてるので大丈夫です。私を信用してください」
自信に満ちた目の輝きを見て、亮介はわずかに戸惑いつつも頷き、微笑んだ。
「恩に着るよ」
「御礼に今度、ゴハンおごってください」
「え」
「何回もこっちからゴハン誘ってんのに一回も行ってくれないじゃないですか? 一回ぐらいいいでしょ?」
「……わかったよ」
そう言うと、亮介は簡単な追加説明だけを美月にしてオフィスを出た。
その結果、開始3分前ではあったが亮介は三者面談に間に合うことができた。
三者面談は亮介が入ったこともあり、無事に里依紗の進みたい高校へと話がまとまった。
里依紗を待たせて怒らせることもなく、進路相談も里依紗の望む方向となり安堵していた雪音だったが、美月が亮介を見る目が少し気になっていた。
亮介自身は全く気付いていないように見えるが、雪音は気付いたことがあった。
オフィスを出ていく亮介の後ろ姿を見送る美月の目は、ただの同僚を見る目ではないということを。あれは、恋する女の目だということを。
美月を見ていると苛立つ自分に雪音は気付いていた。
「……私があの子に怒る権利なんてない……よなぁ」
ログオフしたタブレットPCを机に置き、雪音は天井を見上げた。
いま現世にいない自分が美月にとやかく言う権利はない。そばにいられない自分に亮介を縛ることなどはできない。むしろ、多忙な亮介を支えられる存在が必要なのかもしれないと思えた。
雪音は天井から目を移し、自分の両手の手のひらをみた。これは私の両手だ、という感覚はたしかにある。
手を伸ばせば机やタブレットに触れることもできる。
しかし、亮介と里依紗に触れることはできない。
雪音はもう一度、天井を見上げた。
里依紗の志望校を決めていくための大切な面談だった。担任と志望校の折り合いがついていない里依紗のためには何としても行かなければならない。
その一方で仕事の責務もあり、亮介はオフィスに出社していた。
午後から休暇の予定だったが、亮介たちが担当する金融システムにエラーが生じた。証券の約定入力ができず、取引ができないとユーザーから問い合わせが入った。
前の週に他のシステムがリリースした内容が影響していることがわかり、システムを一旦、先週時点のものに戻すことになった。
しかし、どうやっても1時間はリカバリーにかかる。それでは里依紗の面談には間に合わない。このリカバリーは自動化はできない部分があり、誰かが手動でやらなければならない。
「私がいれば三者面談なんて行くのに」
雪音が歯がゆさのあまり下唇を噛んでいたときだった。
「藤井さん、大丈夫です、私がやるので帰ってください」
茶色のボブロングの髪がさらりと揺れた。そう言ったのは、パーカー姿で棒付きキャンディーをくわえている女子社員だった。
スーツ姿の亮介たちと比べてだいぶラフな服装だったが、その女子社員・橘美月はれっきとした亮介のチームの主力のエンジニアだった。
雪音が亮介のオフィスを見ているときに、美月の姿はよく見かけていた。
「今日は娘さんの進路面談ですよね? ちゃんと行ってあげないと」
美月は毅然と振る舞っていた。
「でも、これは結構複雑なリカバリーだ。基盤側のクリア処理を間違えると起動時に……」
「大丈夫ですよ」
亮介が言いかけた言葉を美月が遮った。少しだけ微笑みも浮かべていた。
「これでも2年ぐらい一緒に働かせていただいてるので大丈夫です。私を信用してください」
自信に満ちた目の輝きを見て、亮介はわずかに戸惑いつつも頷き、微笑んだ。
「恩に着るよ」
「御礼に今度、ゴハンおごってください」
「え」
「何回もこっちからゴハン誘ってんのに一回も行ってくれないじゃないですか? 一回ぐらいいいでしょ?」
「……わかったよ」
そう言うと、亮介は簡単な追加説明だけを美月にしてオフィスを出た。
その結果、開始3分前ではあったが亮介は三者面談に間に合うことができた。
三者面談は亮介が入ったこともあり、無事に里依紗の進みたい高校へと話がまとまった。
里依紗を待たせて怒らせることもなく、進路相談も里依紗の望む方向となり安堵していた雪音だったが、美月が亮介を見る目が少し気になっていた。
亮介自身は全く気付いていないように見えるが、雪音は気付いたことがあった。
オフィスを出ていく亮介の後ろ姿を見送る美月の目は、ただの同僚を見る目ではないということを。あれは、恋する女の目だということを。
美月を見ていると苛立つ自分に雪音は気付いていた。
「……私があの子に怒る権利なんてない……よなぁ」
ログオフしたタブレットPCを机に置き、雪音は天井を見上げた。
いま現世にいない自分が美月にとやかく言う権利はない。そばにいられない自分に亮介を縛ることなどはできない。むしろ、多忙な亮介を支えられる存在が必要なのかもしれないと思えた。
雪音は天井から目を移し、自分の両手の手のひらをみた。これは私の両手だ、という感覚はたしかにある。
手を伸ばせば机やタブレットに触れることもできる。
しかし、亮介と里依紗に触れることはできない。
雪音はもう一度、天井を見上げた。
7
あなたにおすすめの小説
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる