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epilogue
エピローグ
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余白の多い背景のような国、そんな天国にあるカフェ『ムーンリバー』で雪音は、この日も働いていた。
マスターである高橋の入れたコーヒーを雪音はある女性客のもとへと運んだ。
茶色の髪をボブロングにした細身の女性だった。雪音は見覚えのない客だったので初めて来てくれたお客さんかなと思いながら、雪音は女性の前にソーサーに乗ったカップを置いた。
「ありがとうございます」
そう言った女性がどこか儚げな様子に見えた。
「どうか……されたんですか?」
雪音が話しかけると、女性が顔を上げた。泣き腫らしたのか目の周りが腫れぼったく見えた。
「あの……実は……」
ぽつりぽつりと振り出した雨のように、女性は話し始めた。
女性は現世で病で亡くなったことを。現世で夫として愛していた男性を置いてきたことを悔やんでいることを話した。まだ三歳になったばかりの息子もいたらしい。
「それで……天国戸籍課で浅見さんという方が、このお店に私と同じ体験をした方がいると聞きまして……」
浅見、とは綺羅の苗字だった。綺羅がこの店のことを、そして雪音のことを紹介したのだった。
「……それは私のことですね」
雪音がそう言うと、女性は少し驚いたような顔をした。
「あ……そうなんですね」
「はい。もしよかったらですが……ちょっと長いお話になるんですが、聞いていかれませんか?」
猫のゆんが女性の足元へと寄ってきた。女性の顔が綻ぶ。その様子を見て雪音もまた微笑んだ。
「お邪魔じゃなければ、この子も一緒に」
雪音がそう言うと「ぜひぜひ」と女性が微笑んだ。ゆんはその声に反応するかのようにぴょんと跳ねて、女性の横に座った。
ちょうど店の中に背の高い男性客が入ってきた。
「おっと、お客さんだ。ゆん、しばらくこのお客さんとお話しててね」
そう言うと、雪音は女性に一礼をして、カウンターに座った客のもとへと歩いて行った。
ゆるやかに時が流れる場所で、また一人、大切な人を待ちながら過ごす。
そんな人たちのために何か支えになりたいと、今日も雪音は『ムーンリバー』で働き続けている。
マスターである高橋の入れたコーヒーを雪音はある女性客のもとへと運んだ。
茶色の髪をボブロングにした細身の女性だった。雪音は見覚えのない客だったので初めて来てくれたお客さんかなと思いながら、雪音は女性の前にソーサーに乗ったカップを置いた。
「ありがとうございます」
そう言った女性がどこか儚げな様子に見えた。
「どうか……されたんですか?」
雪音が話しかけると、女性が顔を上げた。泣き腫らしたのか目の周りが腫れぼったく見えた。
「あの……実は……」
ぽつりぽつりと振り出した雨のように、女性は話し始めた。
女性は現世で病で亡くなったことを。現世で夫として愛していた男性を置いてきたことを悔やんでいることを話した。まだ三歳になったばかりの息子もいたらしい。
「それで……天国戸籍課で浅見さんという方が、このお店に私と同じ体験をした方がいると聞きまして……」
浅見、とは綺羅の苗字だった。綺羅がこの店のことを、そして雪音のことを紹介したのだった。
「……それは私のことですね」
雪音がそう言うと、女性は少し驚いたような顔をした。
「あ……そうなんですね」
「はい。もしよかったらですが……ちょっと長いお話になるんですが、聞いていかれませんか?」
猫のゆんが女性の足元へと寄ってきた。女性の顔が綻ぶ。その様子を見て雪音もまた微笑んだ。
「お邪魔じゃなければ、この子も一緒に」
雪音がそう言うと「ぜひぜひ」と女性が微笑んだ。ゆんはその声に反応するかのようにぴょんと跳ねて、女性の横に座った。
ちょうど店の中に背の高い男性客が入ってきた。
「おっと、お客さんだ。ゆん、しばらくこのお客さんとお話しててね」
そう言うと、雪音は女性に一礼をして、カウンターに座った客のもとへと歩いて行った。
ゆるやかに時が流れる場所で、また一人、大切な人を待ちながら過ごす。
そんな人たちのために何か支えになりたいと、今日も雪音は『ムーンリバー』で働き続けている。
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ゆるやかに時が流れる場所と
速く流れていく場所で
みんな優しくて、みんな素敵な映画で観てみたい物語でした
天国に私が先に行った場合……どう考えて生きていくのかなと考えさせられました。
ありがとうございました。
見守る雪音の気持ちが切なく伝わってきました。
妻として、母として、そこに自分がいればという気持ちと、待ち続けるという選択。
天国でまた一緒に…
そんな簡単に言えるような時の流れじゃない。緩やかな時の流れである天国と、どんどんと流れていく現世。
亮介がこないことに、読んでいるこちらも心配してしまいました。
大きく優しい愛の物語、ありがとうございました。
桜花音さん、ありがとうございます
もし子どもと夫を現世に置いてきた場合、女性はどう考えるのか
それを考えながら書きました。
現世にいても思うことはみんないろいろあって
思い残すことがないって本当に難しいことだなって思います。
切なくも胸が温かくなる家族、夫婦の絆の物語でした
天国と現世で離れ離れになり
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