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Scene 3
3-4
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「天国に来たとき……案内人から雪音がオレを待っているって聞いたんだ。本当に……嬉しかったよ」
亮介がどこか弱弱しく微笑む。
「……それなら、どうしてもっと早く……来てくれなかったの?」
「本当はもう何度もこの店に入ろうとしたんだ。でも、どうしても扉の向こうへと進む勇気がなかった」
「本当は……ここには来たくなかったってこと……?」
「違う!」
震えるような雪音の声を亮介が強く遮った。
「そんなわけない。オレが雪音に会いたくないなんて……そんなことあるはずないだろ」
「じゃあ……なんで……? 私は……わけがわからないまま、ずっと待ってたんだよ」
「それは……本当にごめん。悪いのはオレなんだ。約束を守れなかったから」
約束、という言葉を聞いて雪音はそれが何を意味するのかわからなかった。
「雪音にプロポーズしたときのこと、覚えてる?」
懐かしい映画のワンシーンのように雪音の頭の中で遠い記憶が蘇る。
「あのとき、オレは一生、雪音のことを幸せにするって誓った」
亮介の言葉に雪音は頷く。
忘れるはずはなかった。
プロポーズされた日のこと、初めてデートをした道筋を全く同じようになぞって歩いて、海の見える公園でプロポーズしてくれたあの日のことを忘れるはずはなかった。
「でも、あの頃の僕はまだ若くて大した稼ぎもなかった。父の借金もあったし、それを返しているのか、また返すために借金を増やしているのかもわからなかった。里依紗を生んでくれたばっかりなのに、雪音にも無理をさせてまで働いてもらっているうちに、とうとう病気になってしまった」
ゆっくりと眠ることもできなかった頃を雪音は思い出していた。
決して裕福とは言えず、いつも時間に追われていた日々だった。
「私が病気になったのは……亮介さんのせいじゃないよ」
「あの頃、もっとお金があればもっと早く病院にも連れていけたはずなんだ。やっと借金がなくなり、仕事が軌道に乗った頃、もう雪音に残された時間はほとんどなかった……。僕は君を幸せにできなかった。不幸にしかできなかった。そんな僕が天国で、雪音とまた暮らすなんて選んでよいとは思えなかった」
「……それで私が亮介さんを恨んでるとでも思ったの? それなら『待つ』なんて選ぶはずないじゃない!」
いつのまにか目から涙が溢れていることに雪音は気がついた。
「亮介さんは私を幸せにできなかった、不幸にしかできなかったって言うけど、そんなの勝手に決めないでほしい」
「え?」
「お金はなかったかもしれない。毎日の生活は苦しかったかもしれない。でも、亮介さんと一緒に暮らしていた中に私の幸せはあったし、貴方といたから里依紗も生まれたんだよ。楽しいこともいっぱいあったんだよ。なんで私が不幸なの? 私は幸せだったよ!」
涙で声を震わせながらも雪音は微笑んだ。
「むしろ……私が亮介を不幸にしたから来てくれないんだって思ってたよ」
「雪音が、オレを……?」
なんのことだ、と亮介が眉間に皺を寄せた。
「里依紗が……あの子が思春期のときにそばにいてあげられなくて申し訳なかった。母親として助けてあげたかった。研究者になる夢を諦めさせちゃったことも申し訳なかった。謝って何かを返せるなら返すよ。でも、できない……不幸にしたのは私のほうなんだよ」
その言葉に亮介は首を横に大きく振り「違う!」と叫んだ。
「オレ不幸だなんて思ったことはない。雪音が遺してくれた宝物である里依紗を守ることができるのはオレだけだ、そう思って育ててきたんだ。何も謝られることなんてないよ。オレは幸せだったよ」
「本当……に?」
「そりゃあ……里依紗は不自由なこともあっただろうけど、さ」
少し恥ずかしそうに、少し照れ臭そうにしながら前髪をいじる亮介の表情が懐かしくて、無性に愛おしくて、雪音は亮介に駆け寄ると思い切り抱きついた。
「里依紗を育ててくれて本当にありがとう。ずっと見てたよ」
「雪音」
「これからは一緒にいられるよね……?」
「ああ、ずっと一緒だよ」
抱き締め返してくれたその懐かしい腕の温もりに、現世で恋をした頃の思いが湧き上がってきた。
雪音は、この人こそ運命の人だとわかった。
見つめ合う二人を白い猫のゆんだけが見ていた。
亮介がどこか弱弱しく微笑む。
「……それなら、どうしてもっと早く……来てくれなかったの?」
「本当はもう何度もこの店に入ろうとしたんだ。でも、どうしても扉の向こうへと進む勇気がなかった」
「本当は……ここには来たくなかったってこと……?」
「違う!」
震えるような雪音の声を亮介が強く遮った。
「そんなわけない。オレが雪音に会いたくないなんて……そんなことあるはずないだろ」
「じゃあ……なんで……? 私は……わけがわからないまま、ずっと待ってたんだよ」
「それは……本当にごめん。悪いのはオレなんだ。約束を守れなかったから」
約束、という言葉を聞いて雪音はそれが何を意味するのかわからなかった。
「雪音にプロポーズしたときのこと、覚えてる?」
懐かしい映画のワンシーンのように雪音の頭の中で遠い記憶が蘇る。
「あのとき、オレは一生、雪音のことを幸せにするって誓った」
亮介の言葉に雪音は頷く。
忘れるはずはなかった。
プロポーズされた日のこと、初めてデートをした道筋を全く同じようになぞって歩いて、海の見える公園でプロポーズしてくれたあの日のことを忘れるはずはなかった。
「でも、あの頃の僕はまだ若くて大した稼ぎもなかった。父の借金もあったし、それを返しているのか、また返すために借金を増やしているのかもわからなかった。里依紗を生んでくれたばっかりなのに、雪音にも無理をさせてまで働いてもらっているうちに、とうとう病気になってしまった」
ゆっくりと眠ることもできなかった頃を雪音は思い出していた。
決して裕福とは言えず、いつも時間に追われていた日々だった。
「私が病気になったのは……亮介さんのせいじゃないよ」
「あの頃、もっとお金があればもっと早く病院にも連れていけたはずなんだ。やっと借金がなくなり、仕事が軌道に乗った頃、もう雪音に残された時間はほとんどなかった……。僕は君を幸せにできなかった。不幸にしかできなかった。そんな僕が天国で、雪音とまた暮らすなんて選んでよいとは思えなかった」
「……それで私が亮介さんを恨んでるとでも思ったの? それなら『待つ』なんて選ぶはずないじゃない!」
いつのまにか目から涙が溢れていることに雪音は気がついた。
「亮介さんは私を幸せにできなかった、不幸にしかできなかったって言うけど、そんなの勝手に決めないでほしい」
「え?」
「お金はなかったかもしれない。毎日の生活は苦しかったかもしれない。でも、亮介さんと一緒に暮らしていた中に私の幸せはあったし、貴方といたから里依紗も生まれたんだよ。楽しいこともいっぱいあったんだよ。なんで私が不幸なの? 私は幸せだったよ!」
涙で声を震わせながらも雪音は微笑んだ。
「むしろ……私が亮介を不幸にしたから来てくれないんだって思ってたよ」
「雪音が、オレを……?」
なんのことだ、と亮介が眉間に皺を寄せた。
「里依紗が……あの子が思春期のときにそばにいてあげられなくて申し訳なかった。母親として助けてあげたかった。研究者になる夢を諦めさせちゃったことも申し訳なかった。謝って何かを返せるなら返すよ。でも、できない……不幸にしたのは私のほうなんだよ」
その言葉に亮介は首を横に大きく振り「違う!」と叫んだ。
「オレ不幸だなんて思ったことはない。雪音が遺してくれた宝物である里依紗を守ることができるのはオレだけだ、そう思って育ててきたんだ。何も謝られることなんてないよ。オレは幸せだったよ」
「本当……に?」
「そりゃあ……里依紗は不自由なこともあっただろうけど、さ」
少し恥ずかしそうに、少し照れ臭そうにしながら前髪をいじる亮介の表情が懐かしくて、無性に愛おしくて、雪音は亮介に駆け寄ると思い切り抱きついた。
「里依紗を育ててくれて本当にありがとう。ずっと見てたよ」
「雪音」
「これからは一緒にいられるよね……?」
「ああ、ずっと一緒だよ」
抱き締め返してくれたその懐かしい腕の温もりに、現世で恋をした頃の思いが湧き上がってきた。
雪音は、この人こそ運命の人だとわかった。
見つめ合う二人を白い猫のゆんだけが見ていた。
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