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第5章
冬の放課後 5
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*
「もう走らないのか……それ富山に居た頃もいろんな奴らに言われた」
「あ、ごめん。聞かれたくないことだったよね」
「いや、いーんだけどな。みんな言うんだよ。『全中を取った奴がもったいない』とか『今からでも間に合う』とか。要は『頑張れ』ってことだよ」
夏休みの終わりに富山の競技場で紗季とあっちの相沢碧斗に会ったときの記憶が甦る。
紗季にまで『頑張れ』と言われてしまった。
「いろんな奴がオレ頑張れって言ってきた。でも、オレだって今までも頑張ってきた。適当にやってたわけじゃない。いつだって頑張ったし、いつだって必死だった、いつだって前だけを目指してきた」
「走ること自体は、嫌いになったわけじゃないんだよね?」
「走ることは好きだよ? でも、好きなことを一生懸命やって結果が出なかった。『一生懸命やってればそれがいい』って努力賞を狙いにいくわけじゃないんだ、結果がすべての世界で、結果が出せない。好きなだけじゃダメなんだよ。続けていくには」
そこまで話したときだった。
体育館の扉が開く音がした。驚いて振り返ると扉を開けたのは体育教師の横山先生だった。
「伊藤ー、そろそろ下校時間だ、片付けるぞー」
「あ、はい。すいません」
伊藤が立ち上がる。
体育館の時計を見上げるともう18時少し過ぎていた。
横山先生は、伊藤が部活後も残って練習をしていることを知っているのだろう。伊藤が残っていることには何の疑問も持っていないようだったが、僕の姿を見つけると「ん?」と眉間に皺を寄せた。
「オマエさんは相沢だったな。なぁにしとるんだ? バスケ部に入るのか?」
「あー、違います。単に伊藤と一緒に帰ろうかなって」
「そぉか。それはそれで構わんが」
「はい」
「オマエぐらい運動神経あるなら、ウチのバスケ部でぐらいならすぐレギュラーだろ?」
そんな言葉をかけられて思わず「え」と声が漏れる。
伊藤はどこからか持ってきたモップで体育館の隅からモップをかけはじめていた。
「ワシがなぁんも気づかん節穴だと思ってるのか? オマエの身体能力はこの学校じゃずば抜けとる」
「は、はぁ……」
「なんなら実績も知っとる。調査書に書かれてた内容も知っとる」
学校の先生というのは、中学での過去も閲覧できてしまうものなんだろうか。そこら辺はよくわからない。
「体験入部でもいいから、バスケはどうだ」
横山先生は体育の教師であり、男子バスケ部の顧問だ。部員が少ないということは伊藤からも聞いたことがある。
「でも、オレ、球技素人ですよ? レイアップだって入らない」
「オマエぐらいの運動神経があればすぐに身につく」
「いやー……オレみたいに不真面目な奴が行く場所じゃないと思いますよ」
僕は立ち上がり、少しノビをした。
「まぁ無理にとは言わんが、気が向いたらいつでも言ってくれ」
「はい」
「相沢、老人の戯言と思って聞いてくれて構わんのだが」
「はい?」
何を言われるんだと思って僕は横山先生を見た。元バスケ部だったというだけあって、横山先生は五十歳を超えた世代にしては背が高く(僕より高い)、引退後の反動で横にも大きい。ちょっとした威圧感があった。
「高校生活なんていうのはな、あーっという間に終わっちまうんだ。躊躇ったり、悩んだり、立ち止まっているうちに卒業になって、もう戻れないときに気づくんだ」
「……何をですか?」
「『あのときもっと頑張っておけばよかった』ってな」
その言葉に僕は苦笑した。
「頑張る……ですか。ご高説アリガトウゴザイマス」
伊藤はあの積み上げてきた練習を更に積み重ねていくのだろう。
僕はいまから何を積み上げればどこにいけるのだろう。
この1年近く、ずっと自問自答してきたが、答えは見つからないままだった。
バスケ部に入ってみるのもありかな、と少し頭の中で過ぎったがなぜかそれを踏み出すことができなかった。
「もう走らないのか……それ富山に居た頃もいろんな奴らに言われた」
「あ、ごめん。聞かれたくないことだったよね」
「いや、いーんだけどな。みんな言うんだよ。『全中を取った奴がもったいない』とか『今からでも間に合う』とか。要は『頑張れ』ってことだよ」
夏休みの終わりに富山の競技場で紗季とあっちの相沢碧斗に会ったときの記憶が甦る。
紗季にまで『頑張れ』と言われてしまった。
「いろんな奴がオレ頑張れって言ってきた。でも、オレだって今までも頑張ってきた。適当にやってたわけじゃない。いつだって頑張ったし、いつだって必死だった、いつだって前だけを目指してきた」
「走ること自体は、嫌いになったわけじゃないんだよね?」
「走ることは好きだよ? でも、好きなことを一生懸命やって結果が出なかった。『一生懸命やってればそれがいい』って努力賞を狙いにいくわけじゃないんだ、結果がすべての世界で、結果が出せない。好きなだけじゃダメなんだよ。続けていくには」
そこまで話したときだった。
体育館の扉が開く音がした。驚いて振り返ると扉を開けたのは体育教師の横山先生だった。
「伊藤ー、そろそろ下校時間だ、片付けるぞー」
「あ、はい。すいません」
伊藤が立ち上がる。
体育館の時計を見上げるともう18時少し過ぎていた。
横山先生は、伊藤が部活後も残って練習をしていることを知っているのだろう。伊藤が残っていることには何の疑問も持っていないようだったが、僕の姿を見つけると「ん?」と眉間に皺を寄せた。
「オマエさんは相沢だったな。なぁにしとるんだ? バスケ部に入るのか?」
「あー、違います。単に伊藤と一緒に帰ろうかなって」
「そぉか。それはそれで構わんが」
「はい」
「オマエぐらい運動神経あるなら、ウチのバスケ部でぐらいならすぐレギュラーだろ?」
そんな言葉をかけられて思わず「え」と声が漏れる。
伊藤はどこからか持ってきたモップで体育館の隅からモップをかけはじめていた。
「ワシがなぁんも気づかん節穴だと思ってるのか? オマエの身体能力はこの学校じゃずば抜けとる」
「は、はぁ……」
「なんなら実績も知っとる。調査書に書かれてた内容も知っとる」
学校の先生というのは、中学での過去も閲覧できてしまうものなんだろうか。そこら辺はよくわからない。
「体験入部でもいいから、バスケはどうだ」
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「でも、オレ、球技素人ですよ? レイアップだって入らない」
「オマエぐらいの運動神経があればすぐに身につく」
「いやー……オレみたいに不真面目な奴が行く場所じゃないと思いますよ」
僕は立ち上がり、少しノビをした。
「まぁ無理にとは言わんが、気が向いたらいつでも言ってくれ」
「はい」
「相沢、老人の戯言と思って聞いてくれて構わんのだが」
「はい?」
何を言われるんだと思って僕は横山先生を見た。元バスケ部だったというだけあって、横山先生は五十歳を超えた世代にしては背が高く(僕より高い)、引退後の反動で横にも大きい。ちょっとした威圧感があった。
「高校生活なんていうのはな、あーっという間に終わっちまうんだ。躊躇ったり、悩んだり、立ち止まっているうちに卒業になって、もう戻れないときに気づくんだ」
「……何をですか?」
「『あのときもっと頑張っておけばよかった』ってな」
その言葉に僕は苦笑した。
「頑張る……ですか。ご高説アリガトウゴザイマス」
伊藤はあの積み上げてきた練習を更に積み重ねていくのだろう。
僕はいまから何を積み上げればどこにいけるのだろう。
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