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第10章
それぞれの夏 7
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スタートブロックを蹴った瞬間、僕は誰よりも先に飛び出すことができた感覚があった。これ以上ないスタートだった。
何物にも捕らわれず、ただまっさらな気持ちでまっすぐに前へ。
風が僕の横を抜けていく。藤枝が中盤から僕との距離をどんどん開けていく。
でも、僕自身はかつてないスピードの感覚の中にいた。頭が思うよりも先に、身体が前へと進む。
自分がいま何位なのか、それはわからない。曖昧なままでも進む。僕は進む。
いままでのすべてを乗せて、みんなからもらった思いを乗せて。
ゴールを抜けた瞬間、すべてから解放された僕は減速しながらタータンに倒れ込んだ。仰向けになった僕が見える空は青かった。
息を吸うと胸が膨らみ、息を吐けば胸が沈む。
スタジアムの中で歓声が響いている。
何かすごい記録が出たのかもしれない。それはきっと僕ではなくて、藤枝だろう。決して近くはない差があいつと僕の間にはあった。
もうこのまま寝ちゃってもいいぐらいの気分だったけれど、この目で今度は確かめよう。藤枝と自分はどれぐらいの距離があるのかを。
ゆっくりと腹筋をつかって身体を起こし、立ち上がろうとすると右太腿の裏側に少し痛みが走った。
数カ月かけて筋肉まわりを作り直してきたが、ちょっと限界だったのかもしれない。
電光掲示板を見ると、やはり予想どおり、1位には藤枝の名前が表示されていた。
「1 314 藤枝 真司 横浜明風高・神奈川 10.09 GR」
GR! 思わず僕は目を見開いた。
大会新記録という意味だった。10秒09という数字にも衝撃を受けた。どんな次元を走ってたらそんなタイムを出せるって言うんだ。
ふと隣を見ると、藤枝が立っていた。
「大会新記録、おめでとう」
僕が言うと、藤枝は少し息を切らしたまま「どうも」と言った。
「後ろから……」
「え?」
「後ろから……何かが追ってくると思うと、手が抜けなくて……気づいたら……」
気づいたら、自己ベストだったということか。それは相当な実力を積み上げたきたということに他ならない。
「……誰が追ってくるって言うんだよ」
2位には僕の名前が表示されていた。
10秒61だった。
僕としては東海大会の記録を0.03秒更新し、自己新記録となった。が、藤枝とは0.5秒も差がある。100mの世界では惨敗だ。
「獣が追いかけてるって思って走った」
「獣?」
「相沢碧斗っていう獣が」
藤枝が、僕のことを獣と表現するとは思わず僕は藤枝を見た。
藤枝は僕を警戒してくれたのかもしれないけど、その差は歴然としていた。この数カ月しかまともに練習していない僕とは差があって当然だ。いまはこれが精一杯だ。
「まぁ……また一緒に走ることもあると思うよ」
僕が言うと、藤枝は頷いた。
「お互い走ることを辞めなければ」
「オレは、もう走ることを辞めないよ。だから、またいつか」
「……また、そのうちに」
藤枝は微笑みを残すと、インタビュアーに声をかけられ歩き始めた。大会新記録を出したことでのインタビューだろう。
僕はもう一度、電光掲示板を見た。
藤枝の次に、僕の名前が並んでいる。
まずはここまでくることができた。
誰かあの電光掲示板を写真に撮ってくれてないかなー、なんてことを思いながら僕もまた歩き始めた。
スタートブロックを蹴った瞬間、僕は誰よりも先に飛び出すことができた感覚があった。これ以上ないスタートだった。
何物にも捕らわれず、ただまっさらな気持ちでまっすぐに前へ。
風が僕の横を抜けていく。藤枝が中盤から僕との距離をどんどん開けていく。
でも、僕自身はかつてないスピードの感覚の中にいた。頭が思うよりも先に、身体が前へと進む。
自分がいま何位なのか、それはわからない。曖昧なままでも進む。僕は進む。
いままでのすべてを乗せて、みんなからもらった思いを乗せて。
ゴールを抜けた瞬間、すべてから解放された僕は減速しながらタータンに倒れ込んだ。仰向けになった僕が見える空は青かった。
息を吸うと胸が膨らみ、息を吐けば胸が沈む。
スタジアムの中で歓声が響いている。
何かすごい記録が出たのかもしれない。それはきっと僕ではなくて、藤枝だろう。決して近くはない差があいつと僕の間にはあった。
もうこのまま寝ちゃってもいいぐらいの気分だったけれど、この目で今度は確かめよう。藤枝と自分はどれぐらいの距離があるのかを。
ゆっくりと腹筋をつかって身体を起こし、立ち上がろうとすると右太腿の裏側に少し痛みが走った。
数カ月かけて筋肉まわりを作り直してきたが、ちょっと限界だったのかもしれない。
電光掲示板を見ると、やはり予想どおり、1位には藤枝の名前が表示されていた。
「1 314 藤枝 真司 横浜明風高・神奈川 10.09 GR」
GR! 思わず僕は目を見開いた。
大会新記録という意味だった。10秒09という数字にも衝撃を受けた。どんな次元を走ってたらそんなタイムを出せるって言うんだ。
ふと隣を見ると、藤枝が立っていた。
「大会新記録、おめでとう」
僕が言うと、藤枝は少し息を切らしたまま「どうも」と言った。
「後ろから……」
「え?」
「後ろから……何かが追ってくると思うと、手が抜けなくて……気づいたら……」
気づいたら、自己ベストだったということか。それは相当な実力を積み上げたきたということに他ならない。
「……誰が追ってくるって言うんだよ」
2位には僕の名前が表示されていた。
10秒61だった。
僕としては東海大会の記録を0.03秒更新し、自己新記録となった。が、藤枝とは0.5秒も差がある。100mの世界では惨敗だ。
「獣が追いかけてるって思って走った」
「獣?」
「相沢碧斗っていう獣が」
藤枝が、僕のことを獣と表現するとは思わず僕は藤枝を見た。
藤枝は僕を警戒してくれたのかもしれないけど、その差は歴然としていた。この数カ月しかまともに練習していない僕とは差があって当然だ。いまはこれが精一杯だ。
「まぁ……また一緒に走ることもあると思うよ」
僕が言うと、藤枝は頷いた。
「お互い走ることを辞めなければ」
「オレは、もう走ることを辞めないよ。だから、またいつか」
「……また、そのうちに」
藤枝は微笑みを残すと、インタビュアーに声をかけられ歩き始めた。大会新記録を出したことでのインタビューだろう。
僕はもう一度、電光掲示板を見た。
藤枝の次に、僕の名前が並んでいる。
まずはここまでくることができた。
誰かあの電光掲示板を写真に撮ってくれてないかなー、なんてことを思いながら僕もまた歩き始めた。
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