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第10章
それぞれの夏 8
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僕は第2組で2位だったので着順で予選を通過していたのだが、右太腿裏の張りが強く、準決勝を棄権した。
インターハイはわずか10秒ちょっとしか動いた時間がなかったことになる。
これがサッカーやバスケだったら悲しすぎる出場時間だが、陸上競技の記録として、僕には大きな10秒ちょっとの時間だった。
紗季にもう一度会う時間があった。
「足を怪我しなければ決勝に行けたんじゃない?」
100mは、藤枝が大会二連覇を果たした。予選で出した10秒09を更新することはできなかったが、決勝でも2位に0.3秒の差をつけての優勝だった。
決勝に出場した8番目の選手のタイムが10秒69だったので、紗季はそんなことを言ったのだろう。
「いや、限界を超えるレベルで走って、やっと勝てるぐらいだからさ。ケガしないように安全に走ったら結局、予選敗退だったよ」
「そうなのかなぁ……」
「いまは、ここまで来れただけでも、だいぶ奇跡的だと思うよ。さすがに奇跡を起こしすぎて、突貫工事の身体は持たなかったけど」
僕は自虐的に笑った。
「足は大丈夫なの?」
「前にやった肉離れみたいな感じはないかな。歩く分には問題ない」
右足のつま先を浮かせて何度か軽くコンクリートの地面に叩いてみたけれどなんともなかった。
「無理しちゃダメだよ」
「無理をしたくても次のレースは当分ないからな。続きは大学で」
「なにその『続きはウェブで』的な。第一、大学に入る学力はあるの?」
「三年になってからほとんど勉強してないな」
「自慢にならないし」
紗季は呆れ気味にため息をついた。隣に立つ相沢碧斗は笑った。
「あー……そういえば、一言だけ言いたいことがあってさ」
僕が声をかけると相沢碧斗は「え?」と少し驚いた顔をした。
「オレのせいで、オマエはいろんな奴らから勝手なことを言われたと思うんだ。それは本当に悪かった」
「別に謝られることじゃないよ」
「そんな中でも、オマエは負けずに走り続けてくれた。オレが今日ここに立っていられる理由のひとつは、もう一人の『相沢碧斗』の存在だったよ。ありがとな」
僕が言うと、相沢碧斗は「こちらこそ」と言って微笑んだ。
「それは、僕も同じだよ。いつか僕が僕だけの『相沢碧斗』って言われるために必死で走ってきた。入学した頃は自分が北信越大会に行くまでになれるなんて思わなかった。同じ名前の存在がいたからだよ」
僕は同姓同名の男に右手を差し出した。相沢碧斗は僕の手を握り返してくれた。同じ名前で、同じ県で育った、同じ年の男と僕は、はじめて握手を交わした。
「まぁ……オマエの場合、オレだけじゃなくて紗季がいたからってのもあるんだろうけどな」
「なっ!」
「え?」
相沢碧斗が驚いた顔をして、紗季は怪訝そうな顔をした。
その対比が面白くて僕は笑った。
紗季はあっちの相沢碧斗の思いを知らないんだろうか。ちょっとかわいそうな気もしたけれど、僕がこれ以上、何かを言うのも野暮かなと思ったのでやめておいた。あいつはあいつなりに距離を縮めていくんじゃないかなと思った。
また年末にでも富山に帰るから、そのときにでも会おうと約束して僕らは別れた。
もうひとつ、「大学でもお互い陸上を続けよう」という約束も交わした。
いつか100mの相沢碧斗と400mの相沢碧斗で優勝する日、そんなちょっと甘いことを今度は僕が期待することにした。
僕は第2組で2位だったので着順で予選を通過していたのだが、右太腿裏の張りが強く、準決勝を棄権した。
インターハイはわずか10秒ちょっとしか動いた時間がなかったことになる。
これがサッカーやバスケだったら悲しすぎる出場時間だが、陸上競技の記録として、僕には大きな10秒ちょっとの時間だった。
紗季にもう一度会う時間があった。
「足を怪我しなければ決勝に行けたんじゃない?」
100mは、藤枝が大会二連覇を果たした。予選で出した10秒09を更新することはできなかったが、決勝でも2位に0.3秒の差をつけての優勝だった。
決勝に出場した8番目の選手のタイムが10秒69だったので、紗季はそんなことを言ったのだろう。
「いや、限界を超えるレベルで走って、やっと勝てるぐらいだからさ。ケガしないように安全に走ったら結局、予選敗退だったよ」
「そうなのかなぁ……」
「いまは、ここまで来れただけでも、だいぶ奇跡的だと思うよ。さすがに奇跡を起こしすぎて、突貫工事の身体は持たなかったけど」
僕は自虐的に笑った。
「足は大丈夫なの?」
「前にやった肉離れみたいな感じはないかな。歩く分には問題ない」
右足のつま先を浮かせて何度か軽くコンクリートの地面に叩いてみたけれどなんともなかった。
「無理しちゃダメだよ」
「無理をしたくても次のレースは当分ないからな。続きは大学で」
「なにその『続きはウェブで』的な。第一、大学に入る学力はあるの?」
「三年になってからほとんど勉強してないな」
「自慢にならないし」
紗季は呆れ気味にため息をついた。隣に立つ相沢碧斗は笑った。
「あー……そういえば、一言だけ言いたいことがあってさ」
僕が声をかけると相沢碧斗は「え?」と少し驚いた顔をした。
「オレのせいで、オマエはいろんな奴らから勝手なことを言われたと思うんだ。それは本当に悪かった」
「別に謝られることじゃないよ」
「そんな中でも、オマエは負けずに走り続けてくれた。オレが今日ここに立っていられる理由のひとつは、もう一人の『相沢碧斗』の存在だったよ。ありがとな」
僕が言うと、相沢碧斗は「こちらこそ」と言って微笑んだ。
「それは、僕も同じだよ。いつか僕が僕だけの『相沢碧斗』って言われるために必死で走ってきた。入学した頃は自分が北信越大会に行くまでになれるなんて思わなかった。同じ名前の存在がいたからだよ」
僕は同姓同名の男に右手を差し出した。相沢碧斗は僕の手を握り返してくれた。同じ名前で、同じ県で育った、同じ年の男と僕は、はじめて握手を交わした。
「まぁ……オマエの場合、オレだけじゃなくて紗季がいたからってのもあるんだろうけどな」
「なっ!」
「え?」
相沢碧斗が驚いた顔をして、紗季は怪訝そうな顔をした。
その対比が面白くて僕は笑った。
紗季はあっちの相沢碧斗の思いを知らないんだろうか。ちょっとかわいそうな気もしたけれど、僕がこれ以上、何かを言うのも野暮かなと思ったのでやめておいた。あいつはあいつなりに距離を縮めていくんじゃないかなと思った。
また年末にでも富山に帰るから、そのときにでも会おうと約束して僕らは別れた。
もうひとつ、「大学でもお互い陸上を続けよう」という約束も交わした。
いつか100mの相沢碧斗と400mの相沢碧斗で優勝する日、そんなちょっと甘いことを今度は僕が期待することにした。
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