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うらばなしそのに。
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心地の良い眠りから彼の意識を浮上させたのはグチュリ、という湿った土を踏んだ時特有の不快な足音と人の気配。
目を開けたシャルルは身を起こし、訝る。ここに人は来ないはずだ。今までも誰かが訪れたことも気配もなかった。
少し探索して調べてみたところ、ここへたどる道の途中から道が認識しづらくなっており、普通はシャルルのようにたどり着けないのだ。それがなぜかはシャルルにも分からない。ここが精霊の森と呼ばれることに意味があるのでは、と推測できたくらいだ。
そんな場所に自分以外に人が?
眉を潜めて立ち上がると、藪の向こうで人が立ち止まる気配がする。しばらくウロウロしていたかと思うと「あ」と呟きが聞こえた。
……声からして、女。
シャルルは少し興味を持った。ここを他人に知られたのは残念だが、同時に自分以外でここにたどり着いた存在がどんな者か気になったのだ。
「ーーーーだれ」
声をかけて姿を見せればいきなりのことに驚いたらしく、大きく相手の肩が跳ねていた。人がいるとは思わなかったのだろう。不思議なことにその顔には少しのバツの悪さが浮かんでいる。
体格からしておそらく少女。帽子を深くかぶり、髪を一つにまとめてしまい込んでいるのか後ろ髪が見えない。薄暗い場所だからか白い肌がぼうと浮かんでいるようだ。格好も動きやすそうだが、ここの街の住人ではなさそうだ。
邪魔をしたと謝った少女はシャルルの思った通り街の住人ではないらしく、ここを教えてもらったのだという。
なるほど。おそらく教えてもらったという街の人々が憩いの場としている場所と間違ったらしい。シャルルは納得し、偶然とはいえたどり着けるとは、と感心した。
なぜか平身低頭な彼女はすぐにでも退散しようとし、自分が追い払うようで居心地悪くなったシャルルはなんとか引き止めることに成功した。彼女は日の下に出ると眩しそうに目を眇め、靴の泥を気にしていた。さりげなく情報を引き出そうとしたものの彼女の目はシャルルの髪に釘付けだったようで、とても悔しそうな目と声で質問と関係ないことを唸っていた。
てっきり話を逸らすためかと思いそれを軽く受け流して軌道修正すれば予想外にもあっさりと質問に答えてくれた。
分かったのは彼女が少年のように好奇心旺盛なことと、シャルルの側に集まる人々とは違い彼に興味がないことくらい。
そのあとも二人は彼女持参の大量の菓子を消費しながら雑談にふけっていた。花の見頃の時期やどの季節にどんな花が咲くのか。巷で流行りの菓子や本などと話の種は尽きることがない。
帽子を目ぶかに被り前髪で顔半分が見えにくいから分かりづらかったが、話してみると彼女はまだ十代も後半の少女のようだ。大人びて見えるが、ふとした拍子にどこかまだ幼い部分が垣間見える。
そのうちふと顔を上げたシャルルは菓子のお礼だとして魔法使い間で伝わっている事柄ーーーージギルド王国の東西南北に位置する観光地の伝承を教えてやることにした。きまぐれか、それとも自分に興味のない彼女を気に入ったからか。
地面に簡易的な地図を書き、それぞれ左右上下に丸で印をつける。それを落ちていた枝で指しながら彼が礼と称し教えてやった伝承はこうだ。
ーージギルド王国の東西南北には精霊が住む場所がある。精霊とは昔人間たちに魔法を使用する力を分け与えたとされる力の塊のこと。人や動物とはまた違った、すでに滅んだとされる生物の一種だ。彼らは人間の隣に存在していたのではなく、人混みに紛れるよりも自然の中などの空気が澄み静かな場所を好んだとされている。そのため今現在観光地化されている東の麦畑、西の丘、南の湖。しかし北だけは今観光地とされている花畑ではなく、その裏にある大森林が住処だったとされている。四箇所に分かれて住処を作った彼らは気紛れに人々に力を貸しながら生息し、やがては人間に力を託し消えていったとされている。
やはり魔法使い以外では一般的でないからか好奇心旺盛な彼女はその話に目を輝かせたが、それ以上にそのあとの魔法の氷兎がお気に召したようだ。興奮からか白い頰に朱がさしていた。
魔法が消えるのを見届け最後の一枚の焼き菓子を飲み込むとシャルルはさて、とたちあがった。そのまま帰ろうかとも思ったが、どうしても腑におちないことがあり、上から彼女を見下ろす。
顔を上げた彼女と目が合い、どう切り出したものかと逡巡した結果「君は」と呟く。
「君はどうして今日ここへ来たのかな」
「どうして、って……」
「うん、観光しに来たって言ってたけどそれにしてもなんで今日なのかと思ってね。時期かどうかを知らないんだからこの街の近くに住んでるって訳ではなさそうだし、下調べをしてないってことはそれを思いつく暇がないくらい急に決まったってことだと思うんだ」
わざわざ離れたところから来るのに下調べもなしというのもおかしな話だ、突発的に行動する何かがあったと考えられる。
漠然とした疑問と少しの引っ掛かりからそう問うたのだが、しかしそれは奥深くに踏み込みすぎたらしく、彼女がわずかに顔をしかめたのを捉えて彼は話の引き出し方を変えることにした。引き下がる気はない。聞いておいた方が賢明な予感がするのだ。
こうした彼の直感は当たることが多い。
言うべきか言うまいか迷ったが、やがて「......重く受け止めないでほしいんだけど」と彼女は切り出す。
「見合いが嫌で逃げてきたの」
一瞬、シャルルは何を言われたのか分からなかった。それを見た彼女は慌てて手を振る。
「勝手に親が決めていて、近いうちに見合いがあるって言われて咄嗟に家を出てきたというか」
「あ、ああ、近いうちに、か」
ということはありがちな反発心からか、と客観的に考える彼の背中に冷や汗がつたる。
いやいやまさか、と内心否定してもどこかで否定しきれない自分がいた。それを裏付けるように彼女はどこか雰囲気が彼と似ている気がする。性格などではなく、同じような立場にいるがゆえの雰囲気とでもいおうか。
同じ立場にいる者同士しか分からない部分が、なんとなく似ているのだ。
それはそうだ、二人ともーーーシャルルも彼女、アタリーも結婚に追われるようになり、周りからあからさまなアピールが増え、拒否したい見合いが迫っていて、もっといえば同じ公爵家の者同士。
立場だけでいえばアタリーとシャルルはそっくりなのだ。似通った雰囲気を感じても可笑しくはない。
顔を強張らせるシャルルには気づかずアタリーはぽつぽつと言葉をこぼしていく。
「私その見合いを何とか破談にしたいの。親に言っても無理なのは分かりきっているしね。でもいい案が浮かばなくて困ってるところ」
「そっか……見合いが嫌な理由までは分からないけど、普通はそうだよねえ」
思わず共感してしまうシャルル。
アタリーはその反応になぜか納得した様子で、シャルルの顔面を見て強く頷いた。
「腕を折ろうとも思ったんだけど、それは事情があって辞めなきゃならなくて」
「それは事情がなくても辞めた方がいいね。女の子なんだからしてはダメだよそんなこと」
変な方向に行動力があるらしい少女にシャルルは内心あきれた。見た目とは裏腹に中々なお転婆具合だ。
そうして彼女はどうしたらいいと思うか、と私に聞いてきたが、嫌な予想が頭に浮かんでいる身としては下手なことは言えない。
一瞬和みかけた空気を引き締め、シャルルは当たり障りのない返答を口にする。
「事情も君のこともよく知るわけじゃないからなにを勝手なことを、と言われるかもしれないけど私はきちんと話し合うことも必要だと思う」
「話し合うって」
「親御さんとじゃなくて相手の方とね。もしかしたら事情を話すことで憂いがなくなるかもしれない。相手も実はこの話に乗り気じゃないかもしれない。もちろんその反対もあり得るだろうけど、分かることも少なからずあると私は思うんだ」
自分で言っていてどの口が、と思わず苦笑しながら話せばアタリーは二度ほどの瞬きの後「お兄さんは大人だね」と笑った。
「『偉そうに説教する大人』ぶってるだけかもしれないよ」
これは本音だったが、何が面白いのかアタリーは吹き出し、声を上げて笑い出した。大人びた見た目の彼女は随分と子供のような笑い方をする。
社交場でそれをしたなら眉をしかめられるようなその笑みを、シャルルは暖かな気持ちで見守った。
さっきまでの静かな笑い方も綺麗だが、取り繕わない満面のこの笑顔こそシャルルの目には魅力的に映る。
ませてはいるが、彼女はまだまだ子供の域を出ない。咄嗟に家出のような行動をとってしまったのもそれに起因しているのではなかろうか。
そう思えば、その行動も微笑ましく見える。
危うさが伴うのはいただけないが。
一頻り笑い終えたのを見届けると今度こそ別れの言葉を述べ、シャルルは指を鳴らす。すると瞬きのあとにはアタリーの姿はどこにも見えなくなった。
暗くじめっとした道を行かなくても帰れるよう、魔法で花畑の前まで送ったのだ。
「ーーー参ったな」
一人になり、苦笑しながらため息をつく。
彼の中では一つの予感が鎌首をもたげていた。
そうであってほしくない。
でも、そうであってほしい。
相反するそれらを振り払うように再び大きく息を吐きだすともう一度指を鳴らす音が聞こえ、瞬きの間にシャルルの姿は掻き消えていた。
やはりというべきかなんというか帰宅の途についたシャルルは両親からしこたま叱られた。子供のようにびくびく怯えることはなかったが、かといって開き直ることもできなかった。自分が悪いことは理解していたので開き直るなどもってのほか。甘んじて説教を受けるほかなかろう。二人同時に別々の言葉を投げ続ける両親に器用なことをする、と思いながら怒りが鎮まるまでシャルルは頭痛を堪え、耳を傾ける。
驚くべきことにシャルルがここまでしたのにも関わらず縁談を破談にする気はないと両親は固く決めているらしい。次の予定がもうすでに決められていたことに頭痛も吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。ここにきて彼は反対の意を示そうとしたが、それは「これを断ったり、次また逃げたりしたなら強制的に他の誰かと結婚させる」との言葉に遮られ、二人の本気を感じたシャルルは渋々ながらも従うしかなかった。
なぜ両親がここまで頑なにこの縁談を進めようとするのかは分からないが、今回の縁談では常とは違い長く婚約期間を設けてもらえるらしい。
いわゆるお試し期間というやつだ。
もしうまく行かなかったならその時は破談にしてもいいと言われたのには目を見開くと同時にそれならば、と前向きに検討することにした。
なによりここまできて強制的に結婚させられるなど冗談ではない。
そう考えたシャルルは未だ興奮冷めやらぬ両親を宥めにかかった。
目を開けたシャルルは身を起こし、訝る。ここに人は来ないはずだ。今までも誰かが訪れたことも気配もなかった。
少し探索して調べてみたところ、ここへたどる道の途中から道が認識しづらくなっており、普通はシャルルのようにたどり着けないのだ。それがなぜかはシャルルにも分からない。ここが精霊の森と呼ばれることに意味があるのでは、と推測できたくらいだ。
そんな場所に自分以外に人が?
眉を潜めて立ち上がると、藪の向こうで人が立ち止まる気配がする。しばらくウロウロしていたかと思うと「あ」と呟きが聞こえた。
……声からして、女。
シャルルは少し興味を持った。ここを他人に知られたのは残念だが、同時に自分以外でここにたどり着いた存在がどんな者か気になったのだ。
「ーーーーだれ」
声をかけて姿を見せればいきなりのことに驚いたらしく、大きく相手の肩が跳ねていた。人がいるとは思わなかったのだろう。不思議なことにその顔には少しのバツの悪さが浮かんでいる。
体格からしておそらく少女。帽子を深くかぶり、髪を一つにまとめてしまい込んでいるのか後ろ髪が見えない。薄暗い場所だからか白い肌がぼうと浮かんでいるようだ。格好も動きやすそうだが、ここの街の住人ではなさそうだ。
邪魔をしたと謝った少女はシャルルの思った通り街の住人ではないらしく、ここを教えてもらったのだという。
なるほど。おそらく教えてもらったという街の人々が憩いの場としている場所と間違ったらしい。シャルルは納得し、偶然とはいえたどり着けるとは、と感心した。
なぜか平身低頭な彼女はすぐにでも退散しようとし、自分が追い払うようで居心地悪くなったシャルルはなんとか引き止めることに成功した。彼女は日の下に出ると眩しそうに目を眇め、靴の泥を気にしていた。さりげなく情報を引き出そうとしたものの彼女の目はシャルルの髪に釘付けだったようで、とても悔しそうな目と声で質問と関係ないことを唸っていた。
てっきり話を逸らすためかと思いそれを軽く受け流して軌道修正すれば予想外にもあっさりと質問に答えてくれた。
分かったのは彼女が少年のように好奇心旺盛なことと、シャルルの側に集まる人々とは違い彼に興味がないことくらい。
そのあとも二人は彼女持参の大量の菓子を消費しながら雑談にふけっていた。花の見頃の時期やどの季節にどんな花が咲くのか。巷で流行りの菓子や本などと話の種は尽きることがない。
帽子を目ぶかに被り前髪で顔半分が見えにくいから分かりづらかったが、話してみると彼女はまだ十代も後半の少女のようだ。大人びて見えるが、ふとした拍子にどこかまだ幼い部分が垣間見える。
そのうちふと顔を上げたシャルルは菓子のお礼だとして魔法使い間で伝わっている事柄ーーーージギルド王国の東西南北に位置する観光地の伝承を教えてやることにした。きまぐれか、それとも自分に興味のない彼女を気に入ったからか。
地面に簡易的な地図を書き、それぞれ左右上下に丸で印をつける。それを落ちていた枝で指しながら彼が礼と称し教えてやった伝承はこうだ。
ーージギルド王国の東西南北には精霊が住む場所がある。精霊とは昔人間たちに魔法を使用する力を分け与えたとされる力の塊のこと。人や動物とはまた違った、すでに滅んだとされる生物の一種だ。彼らは人間の隣に存在していたのではなく、人混みに紛れるよりも自然の中などの空気が澄み静かな場所を好んだとされている。そのため今現在観光地化されている東の麦畑、西の丘、南の湖。しかし北だけは今観光地とされている花畑ではなく、その裏にある大森林が住処だったとされている。四箇所に分かれて住処を作った彼らは気紛れに人々に力を貸しながら生息し、やがては人間に力を託し消えていったとされている。
やはり魔法使い以外では一般的でないからか好奇心旺盛な彼女はその話に目を輝かせたが、それ以上にそのあとの魔法の氷兎がお気に召したようだ。興奮からか白い頰に朱がさしていた。
魔法が消えるのを見届け最後の一枚の焼き菓子を飲み込むとシャルルはさて、とたちあがった。そのまま帰ろうかとも思ったが、どうしても腑におちないことがあり、上から彼女を見下ろす。
顔を上げた彼女と目が合い、どう切り出したものかと逡巡した結果「君は」と呟く。
「君はどうして今日ここへ来たのかな」
「どうして、って……」
「うん、観光しに来たって言ってたけどそれにしてもなんで今日なのかと思ってね。時期かどうかを知らないんだからこの街の近くに住んでるって訳ではなさそうだし、下調べをしてないってことはそれを思いつく暇がないくらい急に決まったってことだと思うんだ」
わざわざ離れたところから来るのに下調べもなしというのもおかしな話だ、突発的に行動する何かがあったと考えられる。
漠然とした疑問と少しの引っ掛かりからそう問うたのだが、しかしそれは奥深くに踏み込みすぎたらしく、彼女がわずかに顔をしかめたのを捉えて彼は話の引き出し方を変えることにした。引き下がる気はない。聞いておいた方が賢明な予感がするのだ。
こうした彼の直感は当たることが多い。
言うべきか言うまいか迷ったが、やがて「......重く受け止めないでほしいんだけど」と彼女は切り出す。
「見合いが嫌で逃げてきたの」
一瞬、シャルルは何を言われたのか分からなかった。それを見た彼女は慌てて手を振る。
「勝手に親が決めていて、近いうちに見合いがあるって言われて咄嗟に家を出てきたというか」
「あ、ああ、近いうちに、か」
ということはありがちな反発心からか、と客観的に考える彼の背中に冷や汗がつたる。
いやいやまさか、と内心否定してもどこかで否定しきれない自分がいた。それを裏付けるように彼女はどこか雰囲気が彼と似ている気がする。性格などではなく、同じような立場にいるがゆえの雰囲気とでもいおうか。
同じ立場にいる者同士しか分からない部分が、なんとなく似ているのだ。
それはそうだ、二人ともーーーシャルルも彼女、アタリーも結婚に追われるようになり、周りからあからさまなアピールが増え、拒否したい見合いが迫っていて、もっといえば同じ公爵家の者同士。
立場だけでいえばアタリーとシャルルはそっくりなのだ。似通った雰囲気を感じても可笑しくはない。
顔を強張らせるシャルルには気づかずアタリーはぽつぽつと言葉をこぼしていく。
「私その見合いを何とか破談にしたいの。親に言っても無理なのは分かりきっているしね。でもいい案が浮かばなくて困ってるところ」
「そっか……見合いが嫌な理由までは分からないけど、普通はそうだよねえ」
思わず共感してしまうシャルル。
アタリーはその反応になぜか納得した様子で、シャルルの顔面を見て強く頷いた。
「腕を折ろうとも思ったんだけど、それは事情があって辞めなきゃならなくて」
「それは事情がなくても辞めた方がいいね。女の子なんだからしてはダメだよそんなこと」
変な方向に行動力があるらしい少女にシャルルは内心あきれた。見た目とは裏腹に中々なお転婆具合だ。
そうして彼女はどうしたらいいと思うか、と私に聞いてきたが、嫌な予想が頭に浮かんでいる身としては下手なことは言えない。
一瞬和みかけた空気を引き締め、シャルルは当たり障りのない返答を口にする。
「事情も君のこともよく知るわけじゃないからなにを勝手なことを、と言われるかもしれないけど私はきちんと話し合うことも必要だと思う」
「話し合うって」
「親御さんとじゃなくて相手の方とね。もしかしたら事情を話すことで憂いがなくなるかもしれない。相手も実はこの話に乗り気じゃないかもしれない。もちろんその反対もあり得るだろうけど、分かることも少なからずあると私は思うんだ」
自分で言っていてどの口が、と思わず苦笑しながら話せばアタリーは二度ほどの瞬きの後「お兄さんは大人だね」と笑った。
「『偉そうに説教する大人』ぶってるだけかもしれないよ」
これは本音だったが、何が面白いのかアタリーは吹き出し、声を上げて笑い出した。大人びた見た目の彼女は随分と子供のような笑い方をする。
社交場でそれをしたなら眉をしかめられるようなその笑みを、シャルルは暖かな気持ちで見守った。
さっきまでの静かな笑い方も綺麗だが、取り繕わない満面のこの笑顔こそシャルルの目には魅力的に映る。
ませてはいるが、彼女はまだまだ子供の域を出ない。咄嗟に家出のような行動をとってしまったのもそれに起因しているのではなかろうか。
そう思えば、その行動も微笑ましく見える。
危うさが伴うのはいただけないが。
一頻り笑い終えたのを見届けると今度こそ別れの言葉を述べ、シャルルは指を鳴らす。すると瞬きのあとにはアタリーの姿はどこにも見えなくなった。
暗くじめっとした道を行かなくても帰れるよう、魔法で花畑の前まで送ったのだ。
「ーーー参ったな」
一人になり、苦笑しながらため息をつく。
彼の中では一つの予感が鎌首をもたげていた。
そうであってほしくない。
でも、そうであってほしい。
相反するそれらを振り払うように再び大きく息を吐きだすともう一度指を鳴らす音が聞こえ、瞬きの間にシャルルの姿は掻き消えていた。
やはりというべきかなんというか帰宅の途についたシャルルは両親からしこたま叱られた。子供のようにびくびく怯えることはなかったが、かといって開き直ることもできなかった。自分が悪いことは理解していたので開き直るなどもってのほか。甘んじて説教を受けるほかなかろう。二人同時に別々の言葉を投げ続ける両親に器用なことをする、と思いながら怒りが鎮まるまでシャルルは頭痛を堪え、耳を傾ける。
驚くべきことにシャルルがここまでしたのにも関わらず縁談を破談にする気はないと両親は固く決めているらしい。次の予定がもうすでに決められていたことに頭痛も吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。ここにきて彼は反対の意を示そうとしたが、それは「これを断ったり、次また逃げたりしたなら強制的に他の誰かと結婚させる」との言葉に遮られ、二人の本気を感じたシャルルは渋々ながらも従うしかなかった。
なぜ両親がここまで頑なにこの縁談を進めようとするのかは分からないが、今回の縁談では常とは違い長く婚約期間を設けてもらえるらしい。
いわゆるお試し期間というやつだ。
もしうまく行かなかったならその時は破談にしてもいいと言われたのには目を見開くと同時にそれならば、と前向きに検討することにした。
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