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うらばなしそのいち。
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アタリー・レインワーズという少女の存在を忘れかけていたシャルルだったが、なんの因果かそんな彼女との間に縁談が持ち上がった。
話が持ち上がったとき、シャルルは二十四歳、すでに結婚適齢期である。
さまざまな家から今まで山ほどの見合い申し込みがあったが、そのどれも調ったことはない。シャルルにそもそも結婚願望自体がないせいだ。
慕ってくれるのは嬉しいのだが、そのうちの誰かと結婚、というのは考えられなかった。相手を愛する自信がないからだ。
シャルルは二十四年生きてきて一人として慕った相手が出来たためしがない。仮にできていたならとうに結婚していたであろう。
意中の人以外であろうと結婚したなら大切にする自信はある。けれどごく一般的に相手が求めるような一人の女性として愛し、特別視することはないとも断言できた。その相手と自分を慕い周りに集う女性たちと、感情の違いを区別できないのだ。
そういった点ではなんでも難なくこなす彼の唯一の不器用な点といえよう。
だから彼は意中の人以外とは結婚しない。わがままだという自覚はある。しかし幸い自分は長男ではないのだし、親たちからそれほど期待される立場でも結婚しなければならない立場でもないのだ。孫の顔を見せるという最大の親孝行は兄に任せさせてもらおう。
とはいえ彼は恋愛結婚に夢を持っているわけではない。それどころか彼の価値観は淡白な方に分類されよう。仮に持っていたならもう少し恋人探しに尽力しているはずである。
シャルルにはただただ想う相手が不足していた。
自分に特別に想う相手がいないならば結婚する気はない。しかし国内で政略婚がなくなってきたとはいえ諸外国ではまだまだ貴族間での政略結婚は根強い。政治的なつながりが必要となればどこかの国に嫁いだり嫁がれたりは致し方ないと言えるのだ。それを理解しているシャルルはこの国では自分が想える相手としか結婚する気はないが、もし外交絡みで自分に白羽の矢が立つならば相手側から妻を娶るなり婿に入るなりはする覚悟でいる。外交にまで自分のわがままを持ち込むつもりはまったくもってないからだ。
とまあ、そうした事情ならば結婚する気はあるが、政治の絡まない親同士の『どっちの子供もまだ浮いた話の一つもないんだしどうだ、くっつけるか』などという軽く持ち上がった話をどうして受け入れられようか。
が、シャルルがいくら嫌がったところですでに話は出来上がっており、見合いの日取りまで決まっているという。
こんなことなら早く家を出とくんだったと項垂れても時すでに遅し。兄さんに嫁が来てから家を出るなんて考えなければよかったとシャルルは心底後悔した。
そんなシャルルが父親から縁談についての話を聞かされ、その時にアタリーの名を聞いていたというのに彼女について思い出したのは話も終わりようやくアデル家の次男にも春が訪れると屋敷全体が浮かれ、それを肌で感じて取り返しがつきそうにないと理解し、頭痛を覚えはじめたきっかり一刻後だった。
そういえば彼女は自分を避けているのではなかったか、と。
薄情というなかれ。彼は興味がないもの、関わりがないものにはとことん興味を持てない性質なのだ。
初めはこの縁談をアタリーが自分との婚約を望んであちらが持ちかけたのか、と彼は思った。自分の父と彼女の父は同年代であり公爵家の当主という立ち位置からしてそれなりの付き合いがあると聞く。そこで父にあちらから話を持ちかけてもおかしくはない。ーーーそこまで考えて、アタリーという存在を思い出した彼はいやそれはないなと首を振った。
それならば今まで自分たちが会ったことがないというのもおかしい話だ。彼女が夢みがちな策士で、今まで会わなかったのはそうすれば自分に興味を向けてもらえるなどとシャルルの性格を知っていれば到底不可能な策を考えていたならまた話は別だが、その可能性も限りなく低いことをシャルルは知っていた。
彼女ーーーアタリー・レインワーズ公爵令嬢についての噂はさまざまあるが、その中でもひときわ有名なのが彼女が『才女』であるという噂だ。現実的であり、頭の回転が早く、記憶力がよく、冷静な判断力を持ち……とあげればきりがない。しかしそのどれもが彼女が次代女公爵にいかにふさわしいかを讃えるもので、才女として称賛される少女がそんなくだらないことを企むとはとても思えない。
多分私のようなのは彼女のような人が好ましく思わない人種だろうな、とシャルルは思う。喜ばれるどころかむしろこの縁談に対して眉をしかめているだろう、とも。だからこそ自分は彼女に徹底的に避けられていたのだともここにきて気がついた。すこし考えれば彼はすぐ答えにたどりついたはずだが、今になって分かったのにはただ単に興味を以下略。
これ、結論では合っているのだが、アタリーがシャルルを避けているのは彼の噂を聞いたと同時に自分の親戚たちと既視感を感じたから、というのが本当のところ。しかしレインワーズ家の親戚たちは猫被りが大変お上手で、見た目も真面目そうにみえるためにこれまたそれをシャルルが知る由もない。
この考えには不思議と確信が持てた。それなりに人付き合いの経験が豊富だからだろうか、と首を傾げる。
両親から結婚を急かされたことはないが、それなりに心配はされていたのだなとここに及んで改めて理解したシャルルだったが、それとこれとは話が別だ。心配させたのはすまなく思う。けれど相手を不幸にするかもしれない結婚などする気はない。ましてや自分を避けている相手となど。
会ったことがないので自分が彼女を愛せないとは断言できないが、彼女は多分、というか絶対この件は反対のはずだ。無理におしすすめて結婚後冷め切った関係になるだなんて、噂好きたちの格好の的になる気はない。
ーーーでも面倒になってきたのも事実なんだよなあ。
去年あたりからシャルルはあからさまなアプローチを女性陣から受け続けていた。それはシャルルが適齢期になると同時にさらに激しくなり、少々対応に困っていたところだったのだ。なにしろやる気に満ち足りた女性たちは押しが強すぎる。言い方はあれだがずる賢く狡猾なのだ。シャルルでさえいつ揚げ足を取られるか分かったものではなく、外では気が休まらない。
それほど本気なのだと熱意は伝わってくるが。
ここで縁談を受け入れればそういった煩わしさからは逃げられる。けれど、だからといって自分の都合に彼女を巻き込む気はもうとうない。
アタリーにとってそれが迷惑だから、というより噂でしか知らない彼女をシャルルが信用しきれないから、だ。
となるとやはりここは穏便に破談に持ち込むしかない。シャルルもアタリーも互いが望まないだろう、ましてやアタリーにしてみたら毛嫌いしている相手との縁談など将来的に破綻するのが目に見えている。
そうして彼が思いついた案とは、彼女に一切非をかぶせることなく自分だけが泥をかぶるものだった。こういうところがアタリーと違ってシャルルは人間ができている。もっといえばさすが紳士。アタリーは自分が嫌だからという理由だけで相手の迷惑など考えなかったというのに、やはり大人と子供の差は埋められないということか。
*************
幼い頃から周りはシャルルを天才ともてはやし、彼の周りから人が離れることは滅多になかった。
周りの子たちのようにあっちへこっちへと人脈作りに奔走せずにすんだのは幸運だったのだろう。しかし常時人の目が自分からはなれないというのは、幼い彼にとって唯一にして最大のストレスだった。
いくら期待を寄せられてもそれに応えるだけの才能があり、それを煩わしく思ったことはない。一度期待通りの成果を見せてやればしばらくは周りも大人しくなるからだ。けれど人の目がはなれることはどうしてもなく、それは幼い彼をおおいに悩ませた。それでもそれを表には出すことなく煩わしい日々を過ごしていたある日、とある貴族の屋敷で催された茶会に彼は招待された。
兄とともに向かった茶会は伯爵筆頭家主催ということもありそれなりに大規模で、人数も多かった。
挨拶と称し、身分と才能に媚びる大人。
まだ幼いシャルルに色目を使うこましゃくれ、あわよくばを狙う子女たち。
その場にシャルルに匹敵するほどの人気者な王太子がいたこともありいつもよりは人の波が激しくなかったものの、辟易するものはする。
十にもなっていない子供がどれほど取り繕ったところで程度は知れるというもの、表情を作っているとはいえ極度の疲労に襲われればそれも次第に剥がれていった。
敏感にそれを察したシャルルの兄はそれとなく弟を会場から連れ出し、お開きになるまでの間少しはなれた場所で遊んでくるか休んでくるかするといい、と小銭を渡した。幸いその屋敷はジギルド王国最北端にある観光街のそばで、少し歩けば屋台が立ち並ぶ通りへと出られる場所であった。
二人揃って帰ろうと思えば帰れるが、歳の離れた兄は弟の境遇をそれとなく理解しており、故に少々真面目のきらいがある彼に息抜きを覚えさせようと目論んだのだ。
手早く弟のタイをほどき上着を剥ぎ取るとそのまま屋敷を追い出してしまった。
そんなことなど露知らずシャルルは疲れていたこと、そして兄に追い出されてしまったことにより仕方なく街を目指して歩き出した。
十代も後半の兄からしてみれば少しの距離も十に満たない子供の足ではずいぶんと歩き、更にヘトヘトになった頃ようやく街へとたどり着いた。
貴族社会しか知らなかったその頃の彼では考えも及ばなかったが、子供が一人で、それも一目で貴族と分かるような出で立ちをしていたシャルルが見咎められなかったのはその街が観光地であったがゆえだ。他の町ならそうはいかなかったろうが、避暑地としても利用されるこの街では貴族が往来を歩いているのもさほど珍しいことではない。名物の満開の花畑の花々が咲きごろではなったことと避暑地として利用される時期ではなかったことも合わさり若干不思議がられたが、来る時期間違ったのかな、といつものことのように流されるだけだった。
大通りを歩きながら初めて見る光景に目移りしていたシャルルだったが、ふとなにかに誘われるようにふらふらとどこかへ歩き出した。花畑を迂回し、女性の好みそうな可愛らしい外観の店の裏へと回る。すると店の前からは分からなかったが、明らかに人の手が入った森の奥へと続く小道が現れた。
薄暗くじめっとしたそこへ躊躇いもなく踏み入り進んでいく。ずっと真っ直ぐ進むと右へと折れた。一見行き止まりのようだったが、シャルルを引き寄せる何かはその向こうにある。改めて確かめ、藪の中へと入れば木に隠れて見えなかったそこに大きな空間があった。
今まで歩いてきた道とは違って温かな日が差し込み、木でできた机と椅子がいくつかある。
深く寒い森の中で見つけた温かなそこにはシャルル一人しかいなかった。それがなんだか清々しくて、彼は目を細め眩しそうに空を仰ぐ。
風の音と鳥の鳴く声、羽虫と葉擦れの音。
誰の目も届かない場所。
その日からそこは彼のお気に入りとなった。
誰に教えることも悟らせることもなく、彼だけが立ち入れる場所。初めこそ森に道の入り口があったので町の人々も訪れるのではないかと危ぶんだが、調べてみればこことは違うところに村人たちの憩いの場はあるようで、ここは自分以外誰も知らない。
その秘密の場所は次第に自室以上に居心地の良い空間へとなった。
秘密の場所はアデル家の屋敷から遠く、ここへ通うためだけに魔法使いの中でも高等な魔法とされる転移魔法すら覚えてみせた。シャルルに理解のある父や兄は内心を見透かしてか余程のことがなければ快く外出する彼を見送ってくれた。
一人になれる時間が持てるとシャルルの心には余裕が生まれ、最低限以上に取り繕うことができるようになった。おかげで雰囲気も顔つきも柔らかくなり、さらに人に囲まれるようになるとは自分の容姿にこだわりのない彼には考えもつかなかったが。
彼がアタリーに非を負わせずこの話を破談に持ち込む案とは、見合い当日の逃亡だった。これならば相手に非を負わせず、一歩間違えば醜聞になるような失礼をシャルルが行なったとして穏便に、とまではいかないがこちらの不都合という断る理由ができる。相手の自意識を傷つけるかもしれないという点に関しては申し訳なく思うが、これが一番楽に話を流せると考えたのだ。
逃亡先はもちろん彼の憩いの場。ここなら誰も入っては来ない自分しか知らない場所。万が一にも探し当てられることはないだろう。
一息ついた彼はここ数日寝不足なこと、この日の天気と気温がちょうど良くお昼寝日和だったこと、ここに誰も来ない安心感という三つが重なったこともあり次第にうとうとと船を漕ぎはじめ、そのうち太い木の幹に体を預け眠ってしまった。
話が持ち上がったとき、シャルルは二十四歳、すでに結婚適齢期である。
さまざまな家から今まで山ほどの見合い申し込みがあったが、そのどれも調ったことはない。シャルルにそもそも結婚願望自体がないせいだ。
慕ってくれるのは嬉しいのだが、そのうちの誰かと結婚、というのは考えられなかった。相手を愛する自信がないからだ。
シャルルは二十四年生きてきて一人として慕った相手が出来たためしがない。仮にできていたならとうに結婚していたであろう。
意中の人以外であろうと結婚したなら大切にする自信はある。けれどごく一般的に相手が求めるような一人の女性として愛し、特別視することはないとも断言できた。その相手と自分を慕い周りに集う女性たちと、感情の違いを区別できないのだ。
そういった点ではなんでも難なくこなす彼の唯一の不器用な点といえよう。
だから彼は意中の人以外とは結婚しない。わがままだという自覚はある。しかし幸い自分は長男ではないのだし、親たちからそれほど期待される立場でも結婚しなければならない立場でもないのだ。孫の顔を見せるという最大の親孝行は兄に任せさせてもらおう。
とはいえ彼は恋愛結婚に夢を持っているわけではない。それどころか彼の価値観は淡白な方に分類されよう。仮に持っていたならもう少し恋人探しに尽力しているはずである。
シャルルにはただただ想う相手が不足していた。
自分に特別に想う相手がいないならば結婚する気はない。しかし国内で政略婚がなくなってきたとはいえ諸外国ではまだまだ貴族間での政略結婚は根強い。政治的なつながりが必要となればどこかの国に嫁いだり嫁がれたりは致し方ないと言えるのだ。それを理解しているシャルルはこの国では自分が想える相手としか結婚する気はないが、もし外交絡みで自分に白羽の矢が立つならば相手側から妻を娶るなり婿に入るなりはする覚悟でいる。外交にまで自分のわがままを持ち込むつもりはまったくもってないからだ。
とまあ、そうした事情ならば結婚する気はあるが、政治の絡まない親同士の『どっちの子供もまだ浮いた話の一つもないんだしどうだ、くっつけるか』などという軽く持ち上がった話をどうして受け入れられようか。
が、シャルルがいくら嫌がったところですでに話は出来上がっており、見合いの日取りまで決まっているという。
こんなことなら早く家を出とくんだったと項垂れても時すでに遅し。兄さんに嫁が来てから家を出るなんて考えなければよかったとシャルルは心底後悔した。
そんなシャルルが父親から縁談についての話を聞かされ、その時にアタリーの名を聞いていたというのに彼女について思い出したのは話も終わりようやくアデル家の次男にも春が訪れると屋敷全体が浮かれ、それを肌で感じて取り返しがつきそうにないと理解し、頭痛を覚えはじめたきっかり一刻後だった。
そういえば彼女は自分を避けているのではなかったか、と。
薄情というなかれ。彼は興味がないもの、関わりがないものにはとことん興味を持てない性質なのだ。
初めはこの縁談をアタリーが自分との婚約を望んであちらが持ちかけたのか、と彼は思った。自分の父と彼女の父は同年代であり公爵家の当主という立ち位置からしてそれなりの付き合いがあると聞く。そこで父にあちらから話を持ちかけてもおかしくはない。ーーーそこまで考えて、アタリーという存在を思い出した彼はいやそれはないなと首を振った。
それならば今まで自分たちが会ったことがないというのもおかしい話だ。彼女が夢みがちな策士で、今まで会わなかったのはそうすれば自分に興味を向けてもらえるなどとシャルルの性格を知っていれば到底不可能な策を考えていたならまた話は別だが、その可能性も限りなく低いことをシャルルは知っていた。
彼女ーーーアタリー・レインワーズ公爵令嬢についての噂はさまざまあるが、その中でもひときわ有名なのが彼女が『才女』であるという噂だ。現実的であり、頭の回転が早く、記憶力がよく、冷静な判断力を持ち……とあげればきりがない。しかしそのどれもが彼女が次代女公爵にいかにふさわしいかを讃えるもので、才女として称賛される少女がそんなくだらないことを企むとはとても思えない。
多分私のようなのは彼女のような人が好ましく思わない人種だろうな、とシャルルは思う。喜ばれるどころかむしろこの縁談に対して眉をしかめているだろう、とも。だからこそ自分は彼女に徹底的に避けられていたのだともここにきて気がついた。すこし考えれば彼はすぐ答えにたどりついたはずだが、今になって分かったのにはただ単に興味を以下略。
これ、結論では合っているのだが、アタリーがシャルルを避けているのは彼の噂を聞いたと同時に自分の親戚たちと既視感を感じたから、というのが本当のところ。しかしレインワーズ家の親戚たちは猫被りが大変お上手で、見た目も真面目そうにみえるためにこれまたそれをシャルルが知る由もない。
この考えには不思議と確信が持てた。それなりに人付き合いの経験が豊富だからだろうか、と首を傾げる。
両親から結婚を急かされたことはないが、それなりに心配はされていたのだなとここに及んで改めて理解したシャルルだったが、それとこれとは話が別だ。心配させたのはすまなく思う。けれど相手を不幸にするかもしれない結婚などする気はない。ましてや自分を避けている相手となど。
会ったことがないので自分が彼女を愛せないとは断言できないが、彼女は多分、というか絶対この件は反対のはずだ。無理におしすすめて結婚後冷め切った関係になるだなんて、噂好きたちの格好の的になる気はない。
ーーーでも面倒になってきたのも事実なんだよなあ。
去年あたりからシャルルはあからさまなアプローチを女性陣から受け続けていた。それはシャルルが適齢期になると同時にさらに激しくなり、少々対応に困っていたところだったのだ。なにしろやる気に満ち足りた女性たちは押しが強すぎる。言い方はあれだがずる賢く狡猾なのだ。シャルルでさえいつ揚げ足を取られるか分かったものではなく、外では気が休まらない。
それほど本気なのだと熱意は伝わってくるが。
ここで縁談を受け入れればそういった煩わしさからは逃げられる。けれど、だからといって自分の都合に彼女を巻き込む気はもうとうない。
アタリーにとってそれが迷惑だから、というより噂でしか知らない彼女をシャルルが信用しきれないから、だ。
となるとやはりここは穏便に破談に持ち込むしかない。シャルルもアタリーも互いが望まないだろう、ましてやアタリーにしてみたら毛嫌いしている相手との縁談など将来的に破綻するのが目に見えている。
そうして彼が思いついた案とは、彼女に一切非をかぶせることなく自分だけが泥をかぶるものだった。こういうところがアタリーと違ってシャルルは人間ができている。もっといえばさすが紳士。アタリーは自分が嫌だからという理由だけで相手の迷惑など考えなかったというのに、やはり大人と子供の差は埋められないということか。
*************
幼い頃から周りはシャルルを天才ともてはやし、彼の周りから人が離れることは滅多になかった。
周りの子たちのようにあっちへこっちへと人脈作りに奔走せずにすんだのは幸運だったのだろう。しかし常時人の目が自分からはなれないというのは、幼い彼にとって唯一にして最大のストレスだった。
いくら期待を寄せられてもそれに応えるだけの才能があり、それを煩わしく思ったことはない。一度期待通りの成果を見せてやればしばらくは周りも大人しくなるからだ。けれど人の目がはなれることはどうしてもなく、それは幼い彼をおおいに悩ませた。それでもそれを表には出すことなく煩わしい日々を過ごしていたある日、とある貴族の屋敷で催された茶会に彼は招待された。
兄とともに向かった茶会は伯爵筆頭家主催ということもありそれなりに大規模で、人数も多かった。
挨拶と称し、身分と才能に媚びる大人。
まだ幼いシャルルに色目を使うこましゃくれ、あわよくばを狙う子女たち。
その場にシャルルに匹敵するほどの人気者な王太子がいたこともありいつもよりは人の波が激しくなかったものの、辟易するものはする。
十にもなっていない子供がどれほど取り繕ったところで程度は知れるというもの、表情を作っているとはいえ極度の疲労に襲われればそれも次第に剥がれていった。
敏感にそれを察したシャルルの兄はそれとなく弟を会場から連れ出し、お開きになるまでの間少しはなれた場所で遊んでくるか休んでくるかするといい、と小銭を渡した。幸いその屋敷はジギルド王国最北端にある観光街のそばで、少し歩けば屋台が立ち並ぶ通りへと出られる場所であった。
二人揃って帰ろうと思えば帰れるが、歳の離れた兄は弟の境遇をそれとなく理解しており、故に少々真面目のきらいがある彼に息抜きを覚えさせようと目論んだのだ。
手早く弟のタイをほどき上着を剥ぎ取るとそのまま屋敷を追い出してしまった。
そんなことなど露知らずシャルルは疲れていたこと、そして兄に追い出されてしまったことにより仕方なく街を目指して歩き出した。
十代も後半の兄からしてみれば少しの距離も十に満たない子供の足ではずいぶんと歩き、更にヘトヘトになった頃ようやく街へとたどり着いた。
貴族社会しか知らなかったその頃の彼では考えも及ばなかったが、子供が一人で、それも一目で貴族と分かるような出で立ちをしていたシャルルが見咎められなかったのはその街が観光地であったがゆえだ。他の町ならそうはいかなかったろうが、避暑地としても利用されるこの街では貴族が往来を歩いているのもさほど珍しいことではない。名物の満開の花畑の花々が咲きごろではなったことと避暑地として利用される時期ではなかったことも合わさり若干不思議がられたが、来る時期間違ったのかな、といつものことのように流されるだけだった。
大通りを歩きながら初めて見る光景に目移りしていたシャルルだったが、ふとなにかに誘われるようにふらふらとどこかへ歩き出した。花畑を迂回し、女性の好みそうな可愛らしい外観の店の裏へと回る。すると店の前からは分からなかったが、明らかに人の手が入った森の奥へと続く小道が現れた。
薄暗くじめっとしたそこへ躊躇いもなく踏み入り進んでいく。ずっと真っ直ぐ進むと右へと折れた。一見行き止まりのようだったが、シャルルを引き寄せる何かはその向こうにある。改めて確かめ、藪の中へと入れば木に隠れて見えなかったそこに大きな空間があった。
今まで歩いてきた道とは違って温かな日が差し込み、木でできた机と椅子がいくつかある。
深く寒い森の中で見つけた温かなそこにはシャルル一人しかいなかった。それがなんだか清々しくて、彼は目を細め眩しそうに空を仰ぐ。
風の音と鳥の鳴く声、羽虫と葉擦れの音。
誰の目も届かない場所。
その日からそこは彼のお気に入りとなった。
誰に教えることも悟らせることもなく、彼だけが立ち入れる場所。初めこそ森に道の入り口があったので町の人々も訪れるのではないかと危ぶんだが、調べてみればこことは違うところに村人たちの憩いの場はあるようで、ここは自分以外誰も知らない。
その秘密の場所は次第に自室以上に居心地の良い空間へとなった。
秘密の場所はアデル家の屋敷から遠く、ここへ通うためだけに魔法使いの中でも高等な魔法とされる転移魔法すら覚えてみせた。シャルルに理解のある父や兄は内心を見透かしてか余程のことがなければ快く外出する彼を見送ってくれた。
一人になれる時間が持てるとシャルルの心には余裕が生まれ、最低限以上に取り繕うことができるようになった。おかげで雰囲気も顔つきも柔らかくなり、さらに人に囲まれるようになるとは自分の容姿にこだわりのない彼には考えもつかなかったが。
彼がアタリーに非を負わせずこの話を破談に持ち込む案とは、見合い当日の逃亡だった。これならば相手に非を負わせず、一歩間違えば醜聞になるような失礼をシャルルが行なったとして穏便に、とまではいかないがこちらの不都合という断る理由ができる。相手の自意識を傷つけるかもしれないという点に関しては申し訳なく思うが、これが一番楽に話を流せると考えたのだ。
逃亡先はもちろん彼の憩いの場。ここなら誰も入っては来ない自分しか知らない場所。万が一にも探し当てられることはないだろう。
一息ついた彼はここ数日寝不足なこと、この日の天気と気温がちょうど良くお昼寝日和だったこと、ここに誰も来ない安心感という三つが重なったこともあり次第にうとうとと船を漕ぎはじめ、そのうち太い木の幹に体を預け眠ってしまった。
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