禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

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3.バレてしまった行動力

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 いつもの様に定時で退勤し、ムエタイジムへと向かおうとしていた源蔵だったが、その途中、かつての後輩で現在は退職し、カフェ『リロード』を経営している筈の神崎操かんざきみさおの店舗を久々に訪れてみようと考えた。
 操が開業したのはかれこれ一年程前だったが、源蔵はこれまでに何十回も足を運んでいる。
 彼女はいつも朗らかな笑顔で源蔵を出迎え、美味いコーヒーを淹れてくれた。
 源蔵は好きな漫画やライトノベルをひとり静かに読みながら、操のコーヒーを味わうのが好きだった。
 ところがこの日、源蔵が店内に足を踏み入れると、常連客らが残念そうな面持ちで操とカウンター越しに何やら話している。
 その時の操は随分疲れた様子を見せていたが、源蔵が顔を見せると、いつもの明るい笑みを浮かべて出迎えてくれた。

「あら、いらっしゃい、楠灘さん。お久しぶりですね」
「あー、どうもどうも。ちょっと最近忙しゅうて、足遠退いてしまいました」

 源蔵は先程の操の沈んだ表情は見なかったことにして、定位置ともいえる窓際の二人掛けテーブルへと辿り着いた。
 ここで小一時間程、美味い軽食と香り立つコーヒーを味わってから、ムエタイジムでひと汗流そう――そんなことを考えていた源蔵だったが、他の常連客が皆退店し、操とふたりきりになったところで、再び彼女の沈んだ表情が妙に気になった。

「神崎さん、何かあったんですか?」
「あ……顔に出ちゃってました?」

 操は、ごめんなさいと頭を掻きながら軽く舌を出した。
 その美貌は少し、やつれた様にも見える。矢張り何かあったのだろうか。

「実はね……このお店、閉めようと思ってるんです」
「え……そらまた随分と急ですね」

 何があったのかと訊いてみると、どうやら資金繰りが急激に悪化したということらしい。
 その原因は、元カレにあった。一カ月前まで同棲していた元カレが、リロードの運転資金を持ち逃げして姿をくらませてしまったというのである。

「おっと……そらまた災難な話で……」
「まぁ、こればっかりは……わたしも元カレを必死になって探したけど、結局見つからなくて……資金の充当先も色々探したけど、それも全部不調に終わってて……だから、もうこれ以上、このお店を続けられなくなったんです」

 吹っ切れた様な笑顔を見せる操だが、その目尻には光るものが滲んでいる様にも見えた。
 男を見る目が無かったと自嘲する操の自己責任といえなくもないが、しかし源蔵にとってもこのカフェは、数少ない癒しの場でもあった。
 そんな大切な場所が、操の元カレの愚行が原因で無くなってしまうのは、正直腹が立った。
 出来れば、閉店して欲しくない。
 これからもこのカフェの、この席で、のんびり漫画やライトノベルを読むスペースを維持して欲しい。
 そう思った瞬間、源蔵は咄嗟に考えを纏めた。

(この建物の所有者は……)

 すぐさまスマートフォンで、必要な情報を掻き集める。今の段階で全てが出揃う訳ではなかったが、或る程度のところまでは進められるだろう。
 そして源蔵は、カウンターの向こうで沈んだ顔を覗かせている操に再度、呼びかけた。

「神崎さん、閉店の話、ちょっと待ってて貰えませんか?」
「え……どういうことですか?」

 操は驚きと不安と微かな期待感が複雑に混ざり合った表情を返してきた。
 源蔵は、迷いも無く答えた。

「僕がこの店と、この建物のオーナーになります。こんな良いお店、潰させるなんて僕が許しません」
「え……ちょ、ちょちょちょっと……え、何いってるんですか? 楠灘さん、その、わたし、よく分からないんですけど……」

 操が混乱した様子でカウンター奥から飛び出してきたが、源蔵はサンドイッチを速攻で平らげ、多少の火傷を伴いながら熱いコーヒーを一気に飲み干した。
 リロードが入っている建物の所有者と、すぐにでもコンタクトを取らなければならない。
 源蔵は手早く会計だけを済ませて通りへと飛び出した。
 そんな彼を見送る操は、唖然としたまましばらく動けない様子だった。

◆ ◇ ◆

 それから、二週間後。
 不動産会社を介して或る程度の話を進めた源蔵は、登記簿の写しや権利書、契約書の写しなどを携えてリロードを訪れた。
 操には事前に連絡を入れており、この日は店を閉めておく様にと伝えておいた。

「あ、こんにちは楠灘さん」

 源蔵がCLOSEDの掛け看板が吊り下ろされたドアを開けて店舗内に足を踏み入れると、エプロンを着けていない操が幾分緊張した面持ちで彼を出迎えてくれた。

「早速ですが話入りましょう。先方とは大体、合意取れました」
「……楠灘さん、本当に、こんなことって……」

 この二週間、操はずっと困惑と驚き、そして心の底から申し訳ないという感情だけを見せ続けてきた。
 彼女は本当に、源蔵の力に頼って良いのかと何度も問いかけてきたが、源蔵にとってはこの店が無くなることの方が遥かにダメージが大きい。
 彼は何が何でも、リロードの閉店だけは阻止する腹積もりだった。

「急な話でしたし、そもそも僕がこんな勝手で一方的に話を進めてしまったことはお詫びします。でも、この店だけはどうしても閉めて欲しくなかったんです」

 源蔵の熱を帯びた言葉に、操は僅かに嬉しそうな笑みを湛えて俯き、小さく頷き返した。
 ここから先は、リロードの店舗維持の計画と資金繰りといった実務面の話へと入った。
 操は真剣な表情で源蔵の言葉に耳を傾け、同時に彼が持参した諸々の書類へと目を通す。

「光熱費、水道代、通信費、固定資産税……この辺のランニングコストは全部僕の方で手配します。神崎さんはお店の経営だけに集中して下さい」
「あの……凄く今更なんですけど……本当に……本当に、良いんですか?」

 嬉しさと感激を押し殺す様に、操が努めて感情を抑えながら訊いてきた。
 源蔵は勿論ですと頷き返した。

「僕がこのお店を必要としてるんです。何も出来ませんけど、無駄に金ばっかりはあるんでね……あ、あと休日はちょっとメニュー増やしたりもしません? 僕で良かったら厨房入りますよ。こう見えても調理師免許持ってるんで」
「え……そ、そうだったんですか?」

 操は声を裏返して、跳び上がる程の驚きを見せた。
 源蔵、実は大学卒業後に一年程、調理師専門学校に通って調理師資格を取得し、免許も取っていた。
 今の会社には第二新卒という形で入社したが、そこにはそういう理由があったのだ。

「はい、料理にはそこそこ自信ありますよ」

 ニカっと豪快に笑ってみせた源蔵に、操は今度こそ本当に涙を滲ませて、その美貌を泣き笑いに染めた。
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