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6.バレてしまったゴリラフェイス
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土曜の夕刻。
リロードの限定ランチをひと通り作り終えた源蔵は、手早くまかない料理を腹の中の押し込んでから、帰り支度を始めた。
「あー、オーナーお疲れっすー」
最近雇ったアルバイトの湊川冴愛が、トレイを小脇に抱えたまま手を振ってきた。
冴愛は16歳、高校二年生のギャル系女子だ。この年にしてはやや子供っぽい顔立ちだが、非常に明るい性格で愛嬌があり、アルバイト初日から常連客らから可愛がられる様になっていた。
接客業はリロードでのウェイトレスが初めてだという話だったが、源蔵や操の指示をよく聞いてくれる素直で頼もしい戦力になってくれていた。
本来なら、今のリロードの売り上げでは冴愛を雇い入れる余裕はない筈なのだが、そこは源蔵が自身の資金力に物をいわせた。
可能であればもうひとりぐらい雇っても良いのだが、いきなり何人ものアルバイトを入れてしまっては、指導する側の操に却って負担となる可能性を考慮し、ひとまずは冴愛ひとりだけで頑張って貰おう、という話になった。
「ほんなら、後はおふたりに頼みますよ。僕はちょっとジムで汗流してきますんで」
「今日もありがとうございました。本当ならオーナーに働かせちゃってる時点で、全然ダメなんですけど」
操が苦笑を浮かべて頭を掻いた。
このリロードでは、源蔵は完全に無給である。
彼はオーナーであり、雇う側の立場としてこの店内に存在しているから、本来なら厨房に立つ必要も無いのだが、そこは彼自身が料理を提供したいという思いがあり、自ら望んで働き手のひとりとなっていた。
「いやいや、そこは気にせんとって下さい。僕が好きでやってることですんで」
そういって源蔵はエプロンを脱ぎ、バンダナを外して上着に袖を通した。
「でもさー、オーナーってマジ、すっげぇマッチョだよねー。いつから鍛えてんの?」
冴愛が不思議そうな面持ちで源蔵の傍らに寄ってきて、衣服の下からでも分かる程に盛り上がっている筋肉の峰をまじまじと見つめた。
源蔵は、中学生ぐらいからは既に鍛え始めていたと記憶を手繰りながら答えた。
「まぁせやから、20年近うやっとるってことかな」
「へえ~! そんなに鍛えてんだ! そりゃあこんだけマッチョになる訳だねー!」
心底驚いた様子で声を裏返した冴愛が、源蔵の腹筋をぷにぷにと押した。ここで源蔵が軽く腹の奥に力を込めてやると、シックスパックが一気に硬直化し、冴愛が一層驚きの声を上げた。
「マジですっご……オーナーって用心棒にもなってんじゃん」
「ゴリラ顔やから、誰も怖がって近づいてけぇへんわ」
源蔵が鼻の頭に皺を寄せて鼻腔を大きく開く仕草を見せると、冴愛は腹を抱えて笑い出した。
操も口元を手で覆って、小さく肩を揺すっている。
と、そこへ新たな来客があった。
ドアチャイムが鳴って姿を現したのは、早菜だった。
「あー! やっぱりここだったんですねー!」
「あら長門さん、いらっしゃい」
帰り支度を整え終えた源蔵だったが、つい店員モードに頭が切り替わってしまい、冴愛にお冷とおしぼりを出す様にと手早く指示。
その傍ら、メニューを持って早菜を二人掛けのテーブル席へと案内した。
「あー、神崎さんじゃないですか。御無沙汰してますー!」
「あれ、おふたり面識あったんですね」
早菜の入社年度はどうやら、ぎりぎり操がまだ在社していた頃だった様だ。
ふたりは然程に多くの接点があった訳ではなかった様だが、操が社内でも有名な美人だったことから、早菜もその存在はよく知っていたらしい。
「ここって、元々は神崎さんが始めたお店だったんですよね? でも今は、楠灘さんがオーナー?」
「まぁ、色々ありましてねぇ」
何と説明すれば良いのやらと頭の中で色々考えを巡らせているところに、冴愛がトレイの上にお冷とおしぼりを乗せて運んできた。
「でも可愛らしいお店ですよねー。女子会とかデートなんかに丁度良さそう!」
「そんな中に僕みたいなゴリラですからね。まぁ、浮いて浮いてしゃあないです」
はははと乾いた笑いを漏らしながら、源蔵は今度こそ店を辞する構えを見せた。
ところが早菜が、もう帰っちゃうんですかと残念そうに小首を傾げた。
「まぁ、また良かったらいつでも寄ったって下さい。神崎さんも最近は結構、料理の腕めきめき上がってきてますんで」
これは事実だ。
源蔵は閉店後にほぼ毎日厨房へと入り、操に料理の基礎から応用まで、徹底的に叩き込んでいる。
この調子で腕を上げていけば、いずれ遠くない将来、彼女も調理師免許を取ることが出来るだろう。そうなれば源蔵も、リロードの厨房を心置きなく引退出来る。
もともとここは、操の店だったのだ。
それを源蔵が己の望みだけで無理矢理手に入れ、今はオーナーという形で彼女の上に立つ位置に身を置いているのだが、それは本来あるべき姿ではないと思っている。
矢張りリロードの店主は操であり、操の采配のもとで動いてゆくべき場所であろう。
その頃には冴愛も立派なウェイトレスとして大車輪の働きを見せてくれる様になっている筈だ――そんな妄想を脳裏に描きながら、源蔵はドアチャイムを揺らしながら店舗を後にした。
そして翌日のランチタイムになると、早菜が早速源蔵の自慢の料理を求めて足を運んできた。
「楠灘さん、今日も来ましたー! オススメは何ですかー?」
「今日は和風おろしハンバーグセットに気合入れてますよ」
厨房から答えた源蔵に、早菜が元気な声で、
「じゃあそれでー!」
と自らオーダーの声を飛ばした。
これには操も冴愛も、そして他の常連客も可笑しそうに顔を見合わせた。
新たな名物客が現れた、と誰もが微笑ましげに早菜の嬉しそうな笑顔を眺めていた。
リロードの限定ランチをひと通り作り終えた源蔵は、手早くまかない料理を腹の中の押し込んでから、帰り支度を始めた。
「あー、オーナーお疲れっすー」
最近雇ったアルバイトの湊川冴愛が、トレイを小脇に抱えたまま手を振ってきた。
冴愛は16歳、高校二年生のギャル系女子だ。この年にしてはやや子供っぽい顔立ちだが、非常に明るい性格で愛嬌があり、アルバイト初日から常連客らから可愛がられる様になっていた。
接客業はリロードでのウェイトレスが初めてだという話だったが、源蔵や操の指示をよく聞いてくれる素直で頼もしい戦力になってくれていた。
本来なら、今のリロードの売り上げでは冴愛を雇い入れる余裕はない筈なのだが、そこは源蔵が自身の資金力に物をいわせた。
可能であればもうひとりぐらい雇っても良いのだが、いきなり何人ものアルバイトを入れてしまっては、指導する側の操に却って負担となる可能性を考慮し、ひとまずは冴愛ひとりだけで頑張って貰おう、という話になった。
「ほんなら、後はおふたりに頼みますよ。僕はちょっとジムで汗流してきますんで」
「今日もありがとうございました。本当ならオーナーに働かせちゃってる時点で、全然ダメなんですけど」
操が苦笑を浮かべて頭を掻いた。
このリロードでは、源蔵は完全に無給である。
彼はオーナーであり、雇う側の立場としてこの店内に存在しているから、本来なら厨房に立つ必要も無いのだが、そこは彼自身が料理を提供したいという思いがあり、自ら望んで働き手のひとりとなっていた。
「いやいや、そこは気にせんとって下さい。僕が好きでやってることですんで」
そういって源蔵はエプロンを脱ぎ、バンダナを外して上着に袖を通した。
「でもさー、オーナーってマジ、すっげぇマッチョだよねー。いつから鍛えてんの?」
冴愛が不思議そうな面持ちで源蔵の傍らに寄ってきて、衣服の下からでも分かる程に盛り上がっている筋肉の峰をまじまじと見つめた。
源蔵は、中学生ぐらいからは既に鍛え始めていたと記憶を手繰りながら答えた。
「まぁせやから、20年近うやっとるってことかな」
「へえ~! そんなに鍛えてんだ! そりゃあこんだけマッチョになる訳だねー!」
心底驚いた様子で声を裏返した冴愛が、源蔵の腹筋をぷにぷにと押した。ここで源蔵が軽く腹の奥に力を込めてやると、シックスパックが一気に硬直化し、冴愛が一層驚きの声を上げた。
「マジですっご……オーナーって用心棒にもなってんじゃん」
「ゴリラ顔やから、誰も怖がって近づいてけぇへんわ」
源蔵が鼻の頭に皺を寄せて鼻腔を大きく開く仕草を見せると、冴愛は腹を抱えて笑い出した。
操も口元を手で覆って、小さく肩を揺すっている。
と、そこへ新たな来客があった。
ドアチャイムが鳴って姿を現したのは、早菜だった。
「あー! やっぱりここだったんですねー!」
「あら長門さん、いらっしゃい」
帰り支度を整え終えた源蔵だったが、つい店員モードに頭が切り替わってしまい、冴愛にお冷とおしぼりを出す様にと手早く指示。
その傍ら、メニューを持って早菜を二人掛けのテーブル席へと案内した。
「あー、神崎さんじゃないですか。御無沙汰してますー!」
「あれ、おふたり面識あったんですね」
早菜の入社年度はどうやら、ぎりぎり操がまだ在社していた頃だった様だ。
ふたりは然程に多くの接点があった訳ではなかった様だが、操が社内でも有名な美人だったことから、早菜もその存在はよく知っていたらしい。
「ここって、元々は神崎さんが始めたお店だったんですよね? でも今は、楠灘さんがオーナー?」
「まぁ、色々ありましてねぇ」
何と説明すれば良いのやらと頭の中で色々考えを巡らせているところに、冴愛がトレイの上にお冷とおしぼりを乗せて運んできた。
「でも可愛らしいお店ですよねー。女子会とかデートなんかに丁度良さそう!」
「そんな中に僕みたいなゴリラですからね。まぁ、浮いて浮いてしゃあないです」
はははと乾いた笑いを漏らしながら、源蔵は今度こそ店を辞する構えを見せた。
ところが早菜が、もう帰っちゃうんですかと残念そうに小首を傾げた。
「まぁ、また良かったらいつでも寄ったって下さい。神崎さんも最近は結構、料理の腕めきめき上がってきてますんで」
これは事実だ。
源蔵は閉店後にほぼ毎日厨房へと入り、操に料理の基礎から応用まで、徹底的に叩き込んでいる。
この調子で腕を上げていけば、いずれ遠くない将来、彼女も調理師免許を取ることが出来るだろう。そうなれば源蔵も、リロードの厨房を心置きなく引退出来る。
もともとここは、操の店だったのだ。
それを源蔵が己の望みだけで無理矢理手に入れ、今はオーナーという形で彼女の上に立つ位置に身を置いているのだが、それは本来あるべき姿ではないと思っている。
矢張りリロードの店主は操であり、操の采配のもとで動いてゆくべき場所であろう。
その頃には冴愛も立派なウェイトレスとして大車輪の働きを見せてくれる様になっている筈だ――そんな妄想を脳裏に描きながら、源蔵はドアチャイムを揺らしながら店舗を後にした。
そして翌日のランチタイムになると、早菜が早速源蔵の自慢の料理を求めて足を運んできた。
「楠灘さん、今日も来ましたー! オススメは何ですかー?」
「今日は和風おろしハンバーグセットに気合入れてますよ」
厨房から答えた源蔵に、早菜が元気な声で、
「じゃあそれでー!」
と自らオーダーの声を飛ばした。
これには操も冴愛も、そして他の常連客も可笑しそうに顔を見合わせた。
新たな名物客が現れた、と誰もが微笑ましげに早菜の嬉しそうな笑顔を眺めていた。
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