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26.バレてしまったサブカル民
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源蔵が休憩エリアで缶コーヒーを飲みながら、スマートフォンで害虫駆除の状況報告メッセージに目を通していると、不意に横合いから澄んだ声が呼びかけてきた。
振り向くと、ワインレッドのインナーカラーが特徴的な黒いミディアムボブの美女が、嬉しそうな笑みを浮かべて佇んでいるのが見えた。
「あ! もしかして、楠灘さん? 最近スキンヘッドにしたって聞いてたからまさかと思ったんですけど、やっぱり楠灘さんですよね?」
「はい、楠灘ですが……えっと、どちらさんでしたっけ」
すると目の前の美女は、幾分不機嫌そうにぷぅっと頬を膨らませてずかずかと歩を寄せてきた。
「ヒドイなー。坂村ですよ、サ・カ・ム・ラ! ほら、合コンで一緒だったじゃないですか!」
「あー……そういやぁあん時、居てはりましたっけ」
源蔵はかなり薄れている記憶を手繰り寄せて、何とか思い出した。
そう、確か彼女は坂村詩穂と名乗っていた。総務部で働いていると自己紹介していた様な気がする。
美智瑠や晶は同じ総合開発部に居たから顔を合わせる機会も多かったが、総務部は用事が無い限りは足を向けることが無いから、詩穂との接点はあの合コン以来、全くといって良い程に無かった。
その詩穂は、源蔵がやっと思い出したことで幾らか留飲を下げた様子ではあったが、それでもまだ若干機嫌悪そうに見えるのは気の所為だろうか。
「んもー、こーんな美女忘れるなんて、信じらんなーい」
「うちの会社、無駄に美男美女多いんで、中々ちょっと……」
源蔵は苦笑しながらスマートフォンを取り出し、自販機の前に立った。
「お詫びに何か奢りましょか。何飲みます?」
「へへへー、やったー! んじゃあたし、カフェオレでー」
源蔵はスマートフォンの決済機能を駆使して一番値段の高い一本を購入。
対する詩穂は、もう既に機嫌が直っている。なかなか現金な性格をしているのかも知れない。
そんな詩穂にカフェオレ入りのペットボトルを手渡しながら、自分みたいな地味なブサメンの存在をよく覚えていたなと問いかけた。
すると詩穂は、当然だとばかりに結構な大きさの胸をぐいっと反らせた。
「だって、52億の男ですよ? 忘れる筈ないじゃないですか」
「しーっ、しーっ……声大きいですって」
源蔵が詰め寄る姿勢を見せると、詩穂も若干焦った様子で口元を抑えながら左右に視線を走らせた。
「あははは~……御免なさい。他人様の資産額なんて、そうそう口にして良いもんじゃないですもんね」
「もう、ホンマに頼みますよ……」
源蔵は苦笑しながら剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた。自分でも最近気づいたのだが、この頭を叩く所作が癖になってきている様な気がしないでもなかった。
「ところで楠灘さんって、アニメとかラノベとか好きなんですか?」
「……どっからその情報流れてきたんですか?」
いきなりの問いかけに、源蔵は若干驚きの色を示した。
あの合コンの席では、自分の趣味嗜好は余り話していなかった筈なのだが。
「こないだ、駅前の本屋でお見掛けしたんですよ。楠灘さんスキンヘッドで体も大きいから、すっごく目立つんですよね」
その際、源蔵が足を運んでいたのがライトノベルコーナーだったという。
まさかの目撃談に、流石の源蔵も苦笑を禁じ得なかった。
更に曰く、実は詩穂も結構なアニメ好きでライトノベルもよく読んでいるということらしい。
合コンで出会った超セレブが、まさか自分と同じ趣味を持っているとは驚きだ、と詩穂は更に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「うちの会社のイケメンくんって、あんまりそっち系の話って聞いてくれないっていうか、そもそも見向きもしないんですよねー。何っていうか、オンナを食うことばっかに必死過ぎて、あたしらの趣味とか好みとか全然無視するってカンジで」
オンナにはオンナの都合や好みがある。それを何故、この会社の男共――特にイケメン連中は全く理解しようとしないのか。
それが本当に腹が立つし気に食わないと、詩穂は一気にまくし立てた。
「それで楠灘さんは、どんな系統がお好きなんですか?」
異様に両目を輝かせて問いかけてくる詩穂に、源蔵は最近よくお世話になっているアニメやライトノベルのタイトルを口にした。
すると詩穂は、先程まで以上の食いつきっぷりでぐいぐいとその美貌を寄せてきた。
「いやー、やっぱあたしが見込んだだけのことはありますなー。楠灘さん、イイ線イってますねぇ!」
更に彼女は、普段どこでライトノベルを読んでいるのかと訊いてきた。
というのも、彼女は実家暮らしなのだそうで、部屋に引き籠って推し作家の作品を読んでいる最中に色々と割り込みが多いらしく、ゆっくり読んでいられる時間が無いのだとか
そこで源蔵は、リロードでコーヒーを飲みながら読んでいることが多い旨を答えた。
「あの店、落ち着くんですよね。会社からもまぁまぁ近いですし」
「マジっすか! んじゃあ今日なんか、どうです? 案内して下さいよ!」
ネットカフェや漫画喫茶はどうにも気が乗らないという詩穂。恐らく源蔵と同じく、自分の好きな作品、自分で手に入れた作品を静かな環境でゆっくり味わいたい方なのだろう。
「あー、今日はまだ害虫駆除が終わってないんで無理ですね。明後日ぐらい、如何ですか?」
「ラジャ! んじゃあ明後日! 絶対、約束ですよ!」
詩穂は心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、休憩エリアを飛び出していった。
それにしても、中々元気な娘だ。あの明るさと勢いなら、冴愛と仲良くなれるんじゃないかとも思った。
ともあれ、源蔵は社内からまたひとり、新規客を獲得することに成功した。
(僕がオーナーってことは、まだ黙っといた方がエエかな……)
下手なことを口走ってまた大騒ぎされては敵わない。
今日のところはひとまず、同じサブカルチャー民、同好の士であることが分かったところで、勘弁しておいて貰おう。
振り向くと、ワインレッドのインナーカラーが特徴的な黒いミディアムボブの美女が、嬉しそうな笑みを浮かべて佇んでいるのが見えた。
「あ! もしかして、楠灘さん? 最近スキンヘッドにしたって聞いてたからまさかと思ったんですけど、やっぱり楠灘さんですよね?」
「はい、楠灘ですが……えっと、どちらさんでしたっけ」
すると目の前の美女は、幾分不機嫌そうにぷぅっと頬を膨らませてずかずかと歩を寄せてきた。
「ヒドイなー。坂村ですよ、サ・カ・ム・ラ! ほら、合コンで一緒だったじゃないですか!」
「あー……そういやぁあん時、居てはりましたっけ」
源蔵はかなり薄れている記憶を手繰り寄せて、何とか思い出した。
そう、確か彼女は坂村詩穂と名乗っていた。総務部で働いていると自己紹介していた様な気がする。
美智瑠や晶は同じ総合開発部に居たから顔を合わせる機会も多かったが、総務部は用事が無い限りは足を向けることが無いから、詩穂との接点はあの合コン以来、全くといって良い程に無かった。
その詩穂は、源蔵がやっと思い出したことで幾らか留飲を下げた様子ではあったが、それでもまだ若干機嫌悪そうに見えるのは気の所為だろうか。
「んもー、こーんな美女忘れるなんて、信じらんなーい」
「うちの会社、無駄に美男美女多いんで、中々ちょっと……」
源蔵は苦笑しながらスマートフォンを取り出し、自販機の前に立った。
「お詫びに何か奢りましょか。何飲みます?」
「へへへー、やったー! んじゃあたし、カフェオレでー」
源蔵はスマートフォンの決済機能を駆使して一番値段の高い一本を購入。
対する詩穂は、もう既に機嫌が直っている。なかなか現金な性格をしているのかも知れない。
そんな詩穂にカフェオレ入りのペットボトルを手渡しながら、自分みたいな地味なブサメンの存在をよく覚えていたなと問いかけた。
すると詩穂は、当然だとばかりに結構な大きさの胸をぐいっと反らせた。
「だって、52億の男ですよ? 忘れる筈ないじゃないですか」
「しーっ、しーっ……声大きいですって」
源蔵が詰め寄る姿勢を見せると、詩穂も若干焦った様子で口元を抑えながら左右に視線を走らせた。
「あははは~……御免なさい。他人様の資産額なんて、そうそう口にして良いもんじゃないですもんね」
「もう、ホンマに頼みますよ……」
源蔵は苦笑しながら剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた。自分でも最近気づいたのだが、この頭を叩く所作が癖になってきている様な気がしないでもなかった。
「ところで楠灘さんって、アニメとかラノベとか好きなんですか?」
「……どっからその情報流れてきたんですか?」
いきなりの問いかけに、源蔵は若干驚きの色を示した。
あの合コンの席では、自分の趣味嗜好は余り話していなかった筈なのだが。
「こないだ、駅前の本屋でお見掛けしたんですよ。楠灘さんスキンヘッドで体も大きいから、すっごく目立つんですよね」
その際、源蔵が足を運んでいたのがライトノベルコーナーだったという。
まさかの目撃談に、流石の源蔵も苦笑を禁じ得なかった。
更に曰く、実は詩穂も結構なアニメ好きでライトノベルもよく読んでいるということらしい。
合コンで出会った超セレブが、まさか自分と同じ趣味を持っているとは驚きだ、と詩穂は更に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「うちの会社のイケメンくんって、あんまりそっち系の話って聞いてくれないっていうか、そもそも見向きもしないんですよねー。何っていうか、オンナを食うことばっかに必死過ぎて、あたしらの趣味とか好みとか全然無視するってカンジで」
オンナにはオンナの都合や好みがある。それを何故、この会社の男共――特にイケメン連中は全く理解しようとしないのか。
それが本当に腹が立つし気に食わないと、詩穂は一気にまくし立てた。
「それで楠灘さんは、どんな系統がお好きなんですか?」
異様に両目を輝かせて問いかけてくる詩穂に、源蔵は最近よくお世話になっているアニメやライトノベルのタイトルを口にした。
すると詩穂は、先程まで以上の食いつきっぷりでぐいぐいとその美貌を寄せてきた。
「いやー、やっぱあたしが見込んだだけのことはありますなー。楠灘さん、イイ線イってますねぇ!」
更に彼女は、普段どこでライトノベルを読んでいるのかと訊いてきた。
というのも、彼女は実家暮らしなのだそうで、部屋に引き籠って推し作家の作品を読んでいる最中に色々と割り込みが多いらしく、ゆっくり読んでいられる時間が無いのだとか
そこで源蔵は、リロードでコーヒーを飲みながら読んでいることが多い旨を答えた。
「あの店、落ち着くんですよね。会社からもまぁまぁ近いですし」
「マジっすか! んじゃあ今日なんか、どうです? 案内して下さいよ!」
ネットカフェや漫画喫茶はどうにも気が乗らないという詩穂。恐らく源蔵と同じく、自分の好きな作品、自分で手に入れた作品を静かな環境でゆっくり味わいたい方なのだろう。
「あー、今日はまだ害虫駆除が終わってないんで無理ですね。明後日ぐらい、如何ですか?」
「ラジャ! んじゃあ明後日! 絶対、約束ですよ!」
詩穂は心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、休憩エリアを飛び出していった。
それにしても、中々元気な娘だ。あの明るさと勢いなら、冴愛と仲良くなれるんじゃないかとも思った。
ともあれ、源蔵は社内からまたひとり、新規客を獲得することに成功した。
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