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29.バレてしまったオタ活
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詩穂が玲央の室長室へ顔を出したのは、翌日の午前中だった。
彼女は総務部の部長に伴われて姿を現したのだが、その美貌には何ともいえぬ緊張感が漂っている。
まだ入社して二年目の彼女が他部署の室長や次期課長といった役職者に呼び出された現状は矢張り相当なプレッシャーがかかっているらしく、その点について大いに不安を抱いているのだろう。
そんな詩穂に対して極力不安を抱かせぬ様にと、玲央は穏やかな笑みを湛えてふたりの来客者にソファーを勧めた。
既に源蔵と詩穂は個人的な知り合いであるから、この両者は簡単な挨拶を交わす程度で済ませたが、総務部の部長とは余り面識が無い為、彼に対してはしっかりと礼を尽くした上での自己紹介を述べた。
「では早速、坂村さんにお越し頂いた経緯について楠灘さんからご説明頂きましょう」
四人がソファーに腰を据えたところで玲央が話を振ってきた。
しかし源蔵は本題に入る前に、どうしてもひと言だけ、断りを入れておかなければなりませんと、玲央とふたりの来客者に視線を流した。
「まず坂村さんに確認させて下さい。これから私は、坂村さんの或るプライベートな面について、細かく両役職者の前で説明致します。この点について御同意、頂けますか?」
「はい、大丈夫です」
実は源蔵は昨晩のうちに、この点についてはラインで予め詩穂から了解を取っておいた。が、それは飽くまでもプライベート上での話である。
今回説明する件が業務として開陳される以上、矢張り役職者の前で改めて公に確認する必要があった。
そして詩穂は、幾分緊張した面持ちながらも静かに頷き返した。これでまず一点目はクリアー。
次いで、玲央と総務部部長に対してである。
源蔵はこのふたりにも、今から話すことは他言無用である旨を申し入れた。
「それは勿論、絶対に口外は致しませんよ」
「同じく。心置きなく、ご説明下さい」
玲央と総務部部長は神妙な面持ちで頷き返してきた。これで三人からの合意が取れた。
源蔵は、三人に一礼してからひと息入れた。
「では御説明致します。実はこちらの坂村さんは同人誌を執筆、製作、そして販売なさるということをプライベートで行っておられます」
その主戦場は所謂、漫画系の同人誌即売会であることも付け加えた。
「縁の無い方には分からないと思いますが、この同人誌を自ら製作し、そして販売まで手掛けるというのは、これは或る意味、個人商店を自ら営むのと同じ過程を辿ります」
企画立案、設計、仕入れや調達、製作、印刷所委託、納入、そして対面での販売。
ひとつの物品を一から立ち上げ、実際にエンドユーザーの手元に届けるまでの一連の工程を全て、個人で手掛けているということになる。
それが企業であったり法人であったりするかは別として、詩穂は間違い無く、これらの工程を全て経験しているという訳だ。
「更にゲスト作家さんを呼んで執筆して頂くこともあると聞いてます。当然その際には対人交渉力も必須となるでしょう」
源蔵は語った。
詩穂がこれまでに経験してきた同人誌即売への過程とその実績は、調達及び仕入れに関わる統括管理に於いては何にも優る武器になる、と。
「聞けば、坂村さんは同人誌即売の経験を大学生の頃から毎年、積み重ね続けているというお話でした。この若さでそれだけの経験を積んでいらっしゃるということは、統括管理課にとっては垂涎の的といっても良いでしょう」
統括管理課に於いては、全工程に関して隈なく目を行き届けることが可能な人物が必要だ。
その点に於いて、詩穂が同人誌即売で培ってきた経験は絶対に活きる、と源蔵は力説した。
「勿論業務に就いて頂くとなれば、坂村さんの個人的な趣味嗜好については一切触れません。飽くまでも坂村さんの生来の資質として業務にその力を発揮頂こうと考えています」
源蔵の説明に、玲央と総務部部長は揃って腕を組み、成程と頷いている。
一方の詩穂はただただ驚いて、半ば呆然と源蔵の強面を見つめるばかりだった。
やがて、玲央がその秀逸な顔立ちを詩穂に向けて、何度も頷きかけた。
「確かに欲しい逸材ですね。楠灘さんの御説明を聞けば聞く程、是非坂村さんを我が部に招聘したくなりましたが……如何でしょう。御協力頂けますか?」
玲央が放った最後のひと言は、総務部部長に向けてのものであった。
これに対して総務部部長は、今更ながら詩穂を手離すのが惜しくなってきたのか、何ともいえぬ表情を浮かべている。
が、結局は最後に折れた。
「坂村君の資質を見抜けなかったのはこちらの落ち度であり、同時に彼女の実力を誰よりも高く評価しているのは楠灘さんですからね。私が引き留めるというのもお門違いでしょう」
ここで、三人の役職者の視線が一斉に詩穂へと向けられた。
後は彼女の意思次第である。受けるかどうか――結論は、詩穂の意思に委ねられた。
詩穂は、完全に舞い上がってしまっている様子だった。彼女はしばらく口をぱくぱくさせていたが、やがて何とか落ち着きを取り戻し、必死に声を搾り出した。
「あ、あの、あたし……今まで、そんな風に認められたことが、無かったので……」
曰く、彼女は自分でも結構な美人だと自負しており、その点については自信を抱いていたと語った。
「だから、その、可愛いねとか、綺麗だねとか、スタイル良いねとか、そんな風なカンジで褒められることはあっても……お仕事とか、才能とか、そういう部分で褒められたことが無くて……」
勿論、同人誌を製作する過程に於いて、オタク仲間やその周辺のひとびとから称賛を受けることはあったものの、それは飽くまでもプライベートでの話だ。
仕事或いは会社という場面の中で、ここまで褒められ、必要とされたことは一度も無かったと、詩穂は正直に吐露した。
だから彼女は純粋に、今回源蔵から下された評価が心から嬉しいと、はにかんだ笑みを浮かべた。
「ですから、えっと……楠灘さんのところで、自分がやれることを、思いっ切りやりたいっていうか……あたしなんかを認めてくれた楠灘さんの為に、是非頑張りたいって、思いました……」
この瞬間、源蔵は深々と頭を下げた。
玲央も安堵した表情で、胸を撫で下ろしている。
康介に続いて、詩穂という強力な駒を手に入れることが出来た。
統括管理課の出だしとしては、最高の形を得る結果となった。
「それにしても楠灘さん、どうして坂村君が、その、同人誌即売会とやらに参加していることを御存知だったのですか?」
と、ここで総務部部長が不思議そうな面持ちで訊いてきた。
これに対し源蔵は、お恥ずかしながらと剃り上げた頭を掻きながらひと言。
「いや、僕もよく、行きますんで……その、同人誌を買いに」
その瞬間、玲央と総務部部長が揃って破顔した。
彼女は総務部の部長に伴われて姿を現したのだが、その美貌には何ともいえぬ緊張感が漂っている。
まだ入社して二年目の彼女が他部署の室長や次期課長といった役職者に呼び出された現状は矢張り相当なプレッシャーがかかっているらしく、その点について大いに不安を抱いているのだろう。
そんな詩穂に対して極力不安を抱かせぬ様にと、玲央は穏やかな笑みを湛えてふたりの来客者にソファーを勧めた。
既に源蔵と詩穂は個人的な知り合いであるから、この両者は簡単な挨拶を交わす程度で済ませたが、総務部の部長とは余り面識が無い為、彼に対してはしっかりと礼を尽くした上での自己紹介を述べた。
「では早速、坂村さんにお越し頂いた経緯について楠灘さんからご説明頂きましょう」
四人がソファーに腰を据えたところで玲央が話を振ってきた。
しかし源蔵は本題に入る前に、どうしてもひと言だけ、断りを入れておかなければなりませんと、玲央とふたりの来客者に視線を流した。
「まず坂村さんに確認させて下さい。これから私は、坂村さんの或るプライベートな面について、細かく両役職者の前で説明致します。この点について御同意、頂けますか?」
「はい、大丈夫です」
実は源蔵は昨晩のうちに、この点についてはラインで予め詩穂から了解を取っておいた。が、それは飽くまでもプライベート上での話である。
今回説明する件が業務として開陳される以上、矢張り役職者の前で改めて公に確認する必要があった。
そして詩穂は、幾分緊張した面持ちながらも静かに頷き返した。これでまず一点目はクリアー。
次いで、玲央と総務部部長に対してである。
源蔵はこのふたりにも、今から話すことは他言無用である旨を申し入れた。
「それは勿論、絶対に口外は致しませんよ」
「同じく。心置きなく、ご説明下さい」
玲央と総務部部長は神妙な面持ちで頷き返してきた。これで三人からの合意が取れた。
源蔵は、三人に一礼してからひと息入れた。
「では御説明致します。実はこちらの坂村さんは同人誌を執筆、製作、そして販売なさるということをプライベートで行っておられます」
その主戦場は所謂、漫画系の同人誌即売会であることも付け加えた。
「縁の無い方には分からないと思いますが、この同人誌を自ら製作し、そして販売まで手掛けるというのは、これは或る意味、個人商店を自ら営むのと同じ過程を辿ります」
企画立案、設計、仕入れや調達、製作、印刷所委託、納入、そして対面での販売。
ひとつの物品を一から立ち上げ、実際にエンドユーザーの手元に届けるまでの一連の工程を全て、個人で手掛けているということになる。
それが企業であったり法人であったりするかは別として、詩穂は間違い無く、これらの工程を全て経験しているという訳だ。
「更にゲスト作家さんを呼んで執筆して頂くこともあると聞いてます。当然その際には対人交渉力も必須となるでしょう」
源蔵は語った。
詩穂がこれまでに経験してきた同人誌即売への過程とその実績は、調達及び仕入れに関わる統括管理に於いては何にも優る武器になる、と。
「聞けば、坂村さんは同人誌即売の経験を大学生の頃から毎年、積み重ね続けているというお話でした。この若さでそれだけの経験を積んでいらっしゃるということは、統括管理課にとっては垂涎の的といっても良いでしょう」
統括管理課に於いては、全工程に関して隈なく目を行き届けることが可能な人物が必要だ。
その点に於いて、詩穂が同人誌即売で培ってきた経験は絶対に活きる、と源蔵は力説した。
「勿論業務に就いて頂くとなれば、坂村さんの個人的な趣味嗜好については一切触れません。飽くまでも坂村さんの生来の資質として業務にその力を発揮頂こうと考えています」
源蔵の説明に、玲央と総務部部長は揃って腕を組み、成程と頷いている。
一方の詩穂はただただ驚いて、半ば呆然と源蔵の強面を見つめるばかりだった。
やがて、玲央がその秀逸な顔立ちを詩穂に向けて、何度も頷きかけた。
「確かに欲しい逸材ですね。楠灘さんの御説明を聞けば聞く程、是非坂村さんを我が部に招聘したくなりましたが……如何でしょう。御協力頂けますか?」
玲央が放った最後のひと言は、総務部部長に向けてのものであった。
これに対して総務部部長は、今更ながら詩穂を手離すのが惜しくなってきたのか、何ともいえぬ表情を浮かべている。
が、結局は最後に折れた。
「坂村君の資質を見抜けなかったのはこちらの落ち度であり、同時に彼女の実力を誰よりも高く評価しているのは楠灘さんですからね。私が引き留めるというのもお門違いでしょう」
ここで、三人の役職者の視線が一斉に詩穂へと向けられた。
後は彼女の意思次第である。受けるかどうか――結論は、詩穂の意思に委ねられた。
詩穂は、完全に舞い上がってしまっている様子だった。彼女はしばらく口をぱくぱくさせていたが、やがて何とか落ち着きを取り戻し、必死に声を搾り出した。
「あ、あの、あたし……今まで、そんな風に認められたことが、無かったので……」
曰く、彼女は自分でも結構な美人だと自負しており、その点については自信を抱いていたと語った。
「だから、その、可愛いねとか、綺麗だねとか、スタイル良いねとか、そんな風なカンジで褒められることはあっても……お仕事とか、才能とか、そういう部分で褒められたことが無くて……」
勿論、同人誌を製作する過程に於いて、オタク仲間やその周辺のひとびとから称賛を受けることはあったものの、それは飽くまでもプライベートでの話だ。
仕事或いは会社という場面の中で、ここまで褒められ、必要とされたことは一度も無かったと、詩穂は正直に吐露した。
だから彼女は純粋に、今回源蔵から下された評価が心から嬉しいと、はにかんだ笑みを浮かべた。
「ですから、えっと……楠灘さんのところで、自分がやれることを、思いっ切りやりたいっていうか……あたしなんかを認めてくれた楠灘さんの為に、是非頑張りたいって、思いました……」
この瞬間、源蔵は深々と頭を下げた。
玲央も安堵した表情で、胸を撫で下ろしている。
康介に続いて、詩穂という強力な駒を手に入れることが出来た。
統括管理課の出だしとしては、最高の形を得る結果となった。
「それにしても楠灘さん、どうして坂村君が、その、同人誌即売会とやらに参加していることを御存知だったのですか?」
と、ここで総務部部長が不思議そうな面持ちで訊いてきた。
これに対し源蔵は、お恥ずかしながらと剃り上げた頭を掻きながらひと言。
「いや、僕もよく、行きますんで……その、同人誌を買いに」
その瞬間、玲央と総務部部長が揃って破顔した。
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