禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

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33.バレてしまったパートナー

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 リロードの玄関前で、源蔵は昼を過ぎたばかりの空を見上げた。
 鉛色の雲の群れが、結構な速さで南から北へと抜けてゆく。
 この日の朝に見た天気予報では、大型で非常に勢力の強い台風が関東に上陸する可能性が高いと報じられていたのだが、実際に空模様を見る限りでは可能性が高いどころか、もう間違い無く直撃するだろうと思われた。
 今日はもう店仕舞いした方が良いだろう――源蔵はドアチャイムを鳴らしながら店内を覗き込み、カウンター裏で洗い物を終えていた操に声をかけた。

「神崎さん、こらぁちょっとヤバいですわ。風も強ぅなってきとるし、3時にはもう閉めましょ」
「そんなに危なそうですか?」

 操はカウンター裏から出てきて、ガラス窓越しに空を見上げた。
 店内に残っていた常連客も同じ様に、操の左右で怪しげな空模様に視線を飛ばしている。皆、一様に渋い表情を浮かべていた。

「ウチらも早上がりした方が良さげ?」

 トレイを小脇に抱えた冴愛が、徹平と並んで玄関口に歩を寄せてきた。
 源蔵は、後のことはもう良いから帰り支度を進める様にとふたりに指示を出し、再度路上へと出た。
 店内に残っている客が全て掃けた時点で、立て看板や植木鉢等を移動させる準備を進めなければならない。

(二日ぐらいは籠城出来る備蓄はあった筈やんな)

 源蔵は店舗側の冷蔵庫の中身や、二階の居住スペースに保管してある乾物などの緊急食になり得るものの在庫をざっと頭の中に思い描いた。
 ペットボトルの水も段ボールでひと箱分はあった筈だ。
 操ひとりなら十分に凌げる程度の量があるだろう。

(問題は、近所の川やんな)

 ここでスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動して徒歩圏内にある河川敷を映し出した。
 川幅は結構ある為、余程のことが無い限り氾濫することは無いだろうが、支流が少し危ないかも知れない。

(一応、土嚢だけは用意しとくか)

 思いつくや否や、源蔵は近くのホームセンターへと走った。杞憂に終わるかも知れないが、念には念を入れておいた方が良いだろう。
 今のリロードは、無人ではない。操という住人が居る。そうである以上、細心の注意を重ねておいた方が無難だ。
 源蔵はそこそこの量の土嚢や防災備品を買い込み、軽トラを借りてリロードへと引き返してきた。
 彼が帰り着いてきた時には既に冴愛も徹平も仕事を上がって退店済みであり、店舗内に残っていた客も全員掃けていた。
 残っていたのは操ひとりである。その操も、立て看板と植木鉢を店内へ移動し終えており、後は源蔵の手に依る防災措置を待つばかりであった。

「神崎さんは二階の戸締りお願いします。僕は軽トラ返してから、店回りの準備進めますんで」
「はい。私も上の作業が終わったら、お手伝いしますね」

 そうして源蔵と操は手分けして、本格的なリロードの防災準備に取り掛かった。
 生暖かい風はますます勢いを強め、空を走る鉛色の雲はより一層、その足を速めている。どうやら件の大型台風は予想よりも早く上陸しそうな勢いだ。
 正直、操ひとりをこのリロードに置いておくのは若干の不安が残るが、しかしだからといって、今からホテルを取るのは時間的に少々厳しい。

(それか、僕のマンションに泊まって貰って、僕がリロードで寝泊まりするか)

 そんなことを考えながら土嚢を店舗前に並べていると、不意に後方から声がかかった。

「……あんた、誰? うちの店の前で何やってんの?」

 振り向くと、そこにどこかで見たことがある様なイケメンがひとり、訝しげな表情で佇んでいた。

(うちの店?)

 何故、この謎の青年からそんなフレーズが飛び出してきたのか。
 源蔵が頭の中で疑問符を浮かべていると、そのイケメンは不意に何かを思い出した様子で源蔵の顔を指差してひと言。

「あ、思い出した。あんた、白富士のブサメンさん? 確かうちの常連さんだったっけ」

 その瞬間、源蔵の記憶の中にあるひとりの人物の名が、目の前のイケメンと符合した。
 彼こそ岸田健一、即ち操からリロードの運転資金を持ち逃げした元カレだった筈だ。その健一が今頃何をしにのこのこと姿を現したのか。
 そもそも、何故彼がリロードを、うちの店呼ばわりしているのか。
 元々リロードは操が経営していたカフェであり、健一は何ひとつ関与していなかったと聞いているのだが。
 と、その時。

「楠灘さん、上の方は終わりました。わたしも今から、こちらのお手伝いを……」

 操が玄関扉から顔を出してそこまでいいかけたが、彼女は愕然とした表情で、その場で硬直してしまった。
 その美貌は驚愕に彩られ、そして大きく見開かれた瞳が健一の端正な顔立ちを真正面から捉えている。
 リロードから、即ち操から大金を持ち逃げしたイケメンの元カレが、今になって帰ってきたのである。驚かない方が無理であろう。

「なぁおい操、何でこいつが、ここで当たり前の様に何かやってんだよ。お前いつから、こんな奴とイイ関係になってたんだ?」
「……今更帰ってきて、最初にいう台詞が、それ?」

 操の表情が一瞬にして険しくなった。
 対する健一は横柄な顔つきで、何いってんだお前と鼻を鳴らしている。
 ただでさえ台風が近づいてきて色々とヤバそうだというのに、ここへ来て更に男女間の嵐が吹き荒れようとしているのか。

(もうホンマに勘弁してよ……)

 源蔵はやれやれとかぶりを振りながら立ち上がり、小さな吐息を漏らした。

「えぇと、僕の記憶が正しかったら、岸田健一さんで宜しかったですか?」
「あぁ、うん。そうだよ。んで、何であんたがここに居んだよ? ただのお客だろ?」

 健一が挑みかかる様な調子で鋭い眼光を飛ばしてきた。
 ところが源蔵が口を開くよりも早く、操がふたりの間に割って入る様な格好で踏み出してきて、源蔵を庇う位置に立った。

「失礼なこと、いわないで。今はもうこのリロードも、それにこの建物自体も、楠灘さんの所有なの。いってること、分かる? 楠灘さんが、リロードのオーナーさんなの。健一なんかが偉そうに文句をいって良い方じゃないの。今は楠灘さんが、わたしのパートナーなんだから」

 操が怒気を含んだ声で突き放すと、健一の面に驚愕の色が広がった。

(まぁ、そうなるわなぁ)

 源蔵は何ともいえぬ表情で、剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた。
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