禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

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34.バレてしまった厳しい顔

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 健一はしばし源蔵と操の顔を見比べていたが、やがて奥歯を噛み鳴らして、ふざけるなと吠えた。

「そんなブサメンの木偶の坊みてぇなやつが、オーナーなんかになれる訳ねぇだろ! ハッタリかますんなら、もうちょっとマシな嘘つけよな!」
「……嘘だと思うなら、権利書と登記簿の写し、見てみる?」

 操は一歩も退かないどころか、寧ろ強気に前へと出た。
 すると健一は、ほんの一瞬たじろいだ様子を伺わせた。操がここまで確固たる意志を見せつけてきたことに、動揺している風にも思える。
 そんなふたりのやり取りを、源蔵は何ともいえぬ表情で漠然と眺めていた。

「う……マジかよ……ってこたぁ操、お前こんな奴にカネで買われたって訳かよ」
「あなたなんかと一緒にしないで。楠灘さんがどれだけ凄くて、リロードの再建にもどんなに力を尽くして下さったのか知りもしない癖に……!」

 この間、源蔵は少しばかり内心で小首を傾げていた。
 操が健一に対して、運転資金持ち逃げの事実を全く追及しない点がどうにも気になったのである。
 ところが健一はそんな源蔵の疑問などまるで知らぬとばかりに踏み込んできて、いきなり操を傍らへと押し退けた。一体、何をしようというのだろう。

「こんな木偶の坊はな……一発ぶちかましゃあ大体ビビって尻尾巻いちまうんだよ!」

 その直後、あり得ないことが起きた。
 健一がいきなり、廻し蹴りを放ってきたのである。
 その言葉の通り、一発ぶちかますつもりだったのだろう。
 しかし余りにも短絡的に過ぎた。呆れるにも程がある。源蔵は内心でやれやれと溜息を洩らした。

「えっ……なっ……?」

 次の瞬間、健一は自慢げに振り抜いた蹴り脚を綺麗に捌かれて尻餅をついていた。まるで信じられないものを見たといわんばかりの表情で、呆然と源蔵の強面を見上げている。
 源蔵は両手を腰に当てて大きな吐息を漏らした。

「踏み込みが甘いし、腰の切り方もいちいち遅い。一体どこの道場で習ってはったんですか?」

 この問いかけに対し、健一は言葉も無く愕然としたままの様子で、表情を凍り付かせていた。
 これは訊くだけ無駄か――源蔵は眉間に皺を寄せて健一を見下ろした。

「今の蹴り脚見る限りやと、よういって茶帯ぐらいでしょうね。生憎僕は高校ん時に三段まで取ってますし、今もムエタイジムで鍛えてます。10年以上のキャリアがある僕に、精々1年か2年習った程度の岸田さんでは話になりませんよ」

 もうこの時点で、健一の顔面は蒼白となっていた。折角のイケメンも、ここまでだらしない顔を見せてしまうと、魅力など欠片にも感じられない。
 そんな健一に、源蔵は尚も言葉を続けた。

「空手道は何故最後に、道という字が付くか分かってますか? ひとの生きる道を教えることに、意義を持たせているからです。礼儀作法、思い遣り、尊敬の心……こういった、人間として真っ直ぐ生きる為に必要な精神を鍛えるのが、道としての空手道です。同じ様に最後に道が付く技能、例えば柔道、剣道、弓道、華道、茶道、書道、いずれも同じです。技術習得だけが目的やなくて、人間としてのあるべき道を教えることに、最大の意義があるんです」

 源蔵は厳しい視線を、健一の情けない表情に突き刺している。この男には、教育が必要だと思った。

「せやけど岸田さん、貴方はいきなり無抵抗の相手に蹴りを撃ち込んできた。空手が教える本来の道から明らかに外れてます。喧嘩の為に教える様な道場は流石に捨て置けません。教えなさい。貴方が学んでいる道場は、どこですか? 弟子への教育の在り方について、抗議を申し入れます」

 この時、健一は一瞬だけ操に視線を送り、そして――起き上がると同時に、脱兎の如く逃げ出していった。
 その情けない後姿に、源蔵はやれやれとかぶりを振りながら溜息を洩らした。
 操はしばし唖然としたまま逃げてゆく健一の後姿をじぃっと見つめていたが、すぐに気を取り直して源蔵の傍らへと駆け寄った。

「す、すみませんでした、楠灘さん! あの、お怪我は、ありませんでしたか?」
「僕は全然大丈夫です。伊達に鍛えてませんから」

 源蔵は尚も渋い表情でかぶりを振った。
 そしてそれまで健一に叩きつけていた鋭い視線を、今度は操に向けた。
 操は、その美貌に困惑の色を浮かべている。何故自分がそんな目で見られるのかという戸惑いが、その表情に浮かんでいた。

「神崎さん、どうして持ち逃げのことを何もいわんかったんですか?」
「え?」

 源蔵の追及に、操はほんの一瞬、全身を強張らせる様な反応を示した。
 矢張り、そういうことか――源蔵はこの日何度目かとなる大きな溜息を洩らした。

「僕の予想が当たっていればの話ですが、神崎さん、岸田さんは貴方のヒモになってませんでしたか?」

 健一がリロードを『うちの店』などと呼んだことから、源蔵は既に確信していた。
 経営し、実際に働いていたのは操である。にも関わらず、あの男はリロードをまるで己の所有物であるかの様に振る舞っていた。
 源蔵が見る限り、操は気立てが良く、責任感があり、そして誰にでも優しく接する母親的な面がある。
 だがこれは、一歩間違えればダメンズメーカーになり得る素養を持っているということでもあった。
 恐らく健一は身の回りの世話も、そして金銭面に於いても全て操に甘やかされ、結果として彼女に頼り切ってしまうことに慣れていたのだろう。
 典型的なダメンズであり、ヒモ男であった。
 だから健一は何の悪気も無く運転資金を持ち出したのだし、操もそれを直接責めようとはしなかった。
 これは相手の男だけが一方的に悪いのではなく、甘やかしてしまった操にも責任の一端があるといわなければならない。
 しかし、問題はこの後だ。

「改めてお聞きします。神崎さんは岸田さんとよりを戻す意思が御座いますか?」

 何故そんなことを訊くのかといわんばかりの操だったが、その面には僅かながら困惑の色も見られる。
 源蔵は、これだけは絶対に伝えておかねばならぬと腹を括った。

「もし神崎さんが岸田さんに対して未練をお持ちならば、僕はリロードの経営から神崎さんを排除せなあきません。もともとは神崎さんの経営するリロードを支援するのが僕の目的でしたが、オーナーでもある以上、そこは厳として対応せんとあかんのです」

 操は、黙って俯いた。
 これは少し時間が必要だ――源蔵は操から視線を外し、土嚢を積み上げる作業を再開した。
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