禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

文字の大きさ
50 / 65

50.バレてしまった頼れる甥っ子

しおりを挟む
 つくづく自分は面倒臭い男だ――源蔵は自宅バスエリアのミストサウナ室内で天井を見上げながら、ずっとそんなことばかりを考えていた。
 少し前までは、あらゆる女性は恋愛対象となる男を顔基準だけで決めていると思い込んでいた為、自分の様な不細工は最初から眼中には無いものだと頑なに信じていた。
 ところが操や美智瑠、或いは晶といった面々が源蔵をひとりの異性として好ましく思い、アプローチを仕掛けてきている雰囲気を感じ取ると、今度は不細工を理由に別れを切り出される可能性が怖いといい出して、女性からの好意に疑惑を抱こうとした。
 だがいずれの場合も、源蔵本人の自信の無さを女性側に原因があると勝手に転換し、己を被害者に仕立て上げようとしていただけに過ぎない。
 結局は、自分が悪者になりたくなかっただけなのだ。

(僕に女性との縁が無かったのも、単に三回フラれただけが原因やないよな……)

 寧ろその後は、自分にこそ原因があった。
 何かと理由を付けて女性との関係性を遠ざけ、否定し、常に自分こそが酷い目に遭わされた可哀そうな奴だと思い込んできた。
 そう思うことでしか、己を正当化出来なかった。
 しかし今は、どうか。
 女性から好意を向けられた時、その気持ちを素直に受け取って、応えることが出来るか。

(いや……やっぱ無理や。頭では分かっても、気持ちが追い付かん)

 悪いのは己の被害妄想だ。操も美智瑠も晶も、誰ひとりとして悪くない。
 それでも、矢張り駄目だった。
 どうしても先に、傷つきたくないという防衛本能が働いてしまう。

(僕のことはさっさと諦めて、早く他にエエひと見つけて下さいっていうしかないかな)

 正直、かなり惜しいと思う。
 操も美智瑠も晶も、揃って美人で揃って努力家で、誰もが羨望の眼差しを送る素晴らしい女性達だ。こんなチャンスはもう二度と巡ってこないだろう。
 それでも、いつまで経っても煮え切らない自分なんぞに執着するよりは、早く別の男性に視点を切り替えて貰った方が彼女達の為だと思う。
 なびかない男に若い女性らの時間を無駄に浪費させてしまうのは、大罪だといって良い。

(僕の女性に対する自信の無さは、これはもう多分一生治らん。こんなことの為に、あのひとらが結婚適齢期を逃してしまうのはアホみたいな話や)

 相当な自惚れだと自分でも自嘲したくなったが、それでも矢張り、これは絶対に伝えるべきだ。
 惜しいだの何だの、いっている場合ではない。
 源蔵は汗まみれの頬を両手で軽く叩いて自らに気合を入れた。

◆ ◇ ◆

 入浴を終えた源蔵は、カレンダーに視線を走らせた。
 既に年末を迎えようとしているこの時期、女性らはクリスマスに何らかの行動を起こすことが考えられる。その前に決着をつけておいた方が良いだろう。
 しかし何とも贅沢な話だ。
 自分の様なブサメンが、美女を振る側に立つことになろうとは――皮肉にも程があるだろう。
 そんなことを考えながら冷蔵庫からビールを一本取り出したところで、スマートフォンから着信音が鳴り響いた。見ると、長らく顔を合わせていなかった叔父からだった。

「おぉ源蔵君。久しぶりやね」
「叔父さんこそ、お元気そうで……で、急にどないしはったんです?」

 この着信相手の叔父は幾つかのアパートやマンション、駐車場などを経営する資産家で、その資産総額は源蔵を遥かに上回る。
 しかしながら気さくで話し易い相手であり、源蔵とは盆や正月に酒を酌み交わす仲であった。
 その叔父が妙に困った様子で、電話口の向こう側で低く唸っている。
 何事かと問いかけると、近々取り壊そうとしているアパートで問題が起きているというのである。

「実は長いこと家賃を滞納してるお嬢さんが居てはってな……他所へ越して貰おうにも、手持ちの残金が全然無うて、どうにもならんとかいうとるんや」

 その女性は今年の春に高校を卒業したばかりのフリーターで、就職はせずに何とかアルバイトで食いつないできたらしいのだが、そのアルバイト先が先月潰れてしまい、今は収入減が無いのだという。
 彼女の名は、蕗浦美月ふきうらみづきといった。

「何か、先月から体調崩して次のアルバイトを探すのもままならんそうやねんけど、せやからいうて、いつまでも居座られんのもなぁ」
「……一体、どんなご家庭環境なんですか?」

 聞くところによれば美月は母子家庭らしいのだが、母親が美月の高校在学中にオトコを作って失踪しており、以来ひとりで学費と生活費を稼ぎながら辛うじて生活してきたのだという。
 しかし母親が方々で消費者金融に手を出していたらしく、その返済にも追われていた為、家賃の滞納が半年近く続いていたとの由。

「わしもなぁ、エエ伝手無いか色々探しとんのやけど、これが中々見つからんでなぁ」
「ほんで、僕に相談してきはったっちゅう訳ですね……いっぺん、お会いしてみましょか?」

 源蔵がそう申し入れると、叔父は電話口の向こうで申し訳無さそうに笑った。

「頼まれてくれるかぁ。いつも済まんなぁ。こないな時、頼れんのはやっぱ源蔵君だけやわぁ」

 そんな訳で、源蔵は明日の土曜、早速件のアパートへ足を運ぶことにした。

◆ ◇ ◆

 美月が住んでいるアパートは、比較的近かった。
 源蔵の自宅からは、車で10分とかからなかった。
 アパート前の路上に愛車を止めて、美月の部屋のインターホンを押した。
 しばらくして、オレンジベージュのレイヤーボブが乱れに乱れた、ほとんど下着だけに近い部屋着姿の女性が姿を現した。
 顔立ちは悪くない。いや、寧ろ結構な美人だといっても良い。しかしその表情は険しく、鋭い警戒心に満ちていた。
 いきなり強面の眉無しスキンヘッドの巨漢が訪れてきたら、誰でもそんな反応を示すだろうが、彼女の場合は特に強い敵意が感じられた。

「えっと……どちら様?」
「楠灘といいます。こちらの大家さんに頼まれて、様子を見に来ました」

 その瞬間、美月は奥歯をぐっと噛み締める表情を見せた。
 彼女の瞳には、絶望の色が見え隠れしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...