禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

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51.バレてしまった綺麗好き

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 源蔵は、険しい表情で身構えている美月の頭越しに、室内を覗き見た。

(おぉっと……こらぁ随分荒れとるな)

 足の踏み場も無い、という程でもなかったが、結構な荒れ具合だった。汚部屋とかゴミ屋敷と表現しても良いかも知れない。
 衣類はあちこちに散乱し、ゴミを突っ込んでいるであろうレジ袋が至る所に放置されている。
 そして何よりも、異臭が凄かった。まるで動物小屋にでも足を踏み入れたかの様な澱んだ空気が充満しているのだが、よくこんなところで生活出来たものだと却って感心してしまった。
 生活環境が著しく悪いのは、ざっと見ただけでもすぐに分かった。
 では美月自身はどうなのか。
 源蔵がもう一度手前の、まるでボロ雑巾の様に汚れた印象を与える美女に視線を戻した。
 が、どうにも様子がおかしい。息が荒く、顔色も悪い。

「あの……悪い、けど……調子、良くないんで……その、また、別の日に……」

 そこまでいいかけた美月は苦しそうに咳き込むや、いきなりにその場に崩れ落ちてしまった。
 源蔵が傍らにしゃがみ込んでその小さな額に掌を当てると、結構な高温だった。発熱している。
 もしかすると、脱水症状も併発しているかも知れない。

「救急車呼びますからね、そのままじっとしといて下さい」

 そういって源蔵がスマートフォンを手に取ると、美月は弱々しく腕を伸ばしてきて、源蔵の袖口を掴んだ。

「駄目……やめて……うち、お金、無い……保険証も、使えない……」

 ぜぇぜぇと呼吸が乱れている上に、声がかすれている。喉をやられているのだろうか。
 それから再度、彼女は苦しそうに咳き込んだ。誰がどう見ても相当に体調を崩しているのが分かる。

「そういう訳にはいきません。もう宜しいですから、貴方はじっとしてて下さい」

 源蔵は美月の手を押しやってから救急車を呼んだ。
 そして通話を終える頃には、美月は気を失ってしまっていた。

◆ ◇ ◆

 源蔵が病室で美月と顔を合わせたのは、翌日の日曜日、その昼下がりだった。
 彼女の顔色は幾分回復している様に見えるが、担当医の話によれば、まだもう二、三日程度の入院が必要だという話だった。

「次の水曜ぐらいには、退院出来そうです。栄養失調と脱水症状に加えて、急性気管支炎……まぁ要するに風邪ですね。この辺が一気に重なってたんで、あんな状態になっとったらしいです」

 ベッド脇に椅子を寄せて腰を下ろしながら説明した源蔵。その強面に、美月は弱々しい視線を返した。
 瞳の中に、もう全てが終わってしまったといわんばかりの絶望の色が浮かんでいた。

「どうして、くれんのよ……うち、入院代なんて、払えない……」
「あー、そこは気にせんで下さい。救急車呼んだのは僕の勝手な判断なんで、僕が全部払っておきます」

 すると美月は、今度は驚きと困惑の表情で源蔵の顔をじっと見つめた。

「え、だって……うち、保険証無いんだよ? それなのに、一体どうやって……」
「いや、どうやっても何も、十割負担で払ったらそれで済む話ですよ」

 源蔵は別段、恩を売るつもりはなかった。
 ただ、彼女がいつまでもあのアパートに居座っていては叔父が心底困るだろうし、目の前で倒れた女性をそのまま放っておけば寝覚めが悪かったであろうことは間違い無い。
 美月は源蔵から視線を外し、俯いた。その彼女の両目から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
 ここは下手に声をかけず、ひとりにしておいた方が良いかも知れない。
 だが、伝えるべきことは伝えておく必要があった。

「申し訳無いですが、あの部屋にあったものはゴミ以外全部、僕の自宅の方に移しました。アパート解体予定はもうとっくに過ぎてしもうてたんでね」
「そんな……うち、だって……」

 愕然とした表情で再び源蔵に視線を戻した美月だったが、源蔵はこの件についてはそれ以上は何もいわずに腰を浮かせた。

「退院する日に、迎えに来ます」

 源蔵のそのひと言に、美月は何もいい返せない様子で、ただ茫然としていた。

◆ ◇ ◆

 そして水曜の夕刻。
 源蔵は時間有給を取って早めに退勤し、愛車を飛ばして病院へと走った。
 病室では源蔵が用意したパーカーとジーンズを身に纏った美月が、僅かな手荷物を提げたままじっと待っていた。

「支払いも、諸々の手続きも全部終わらせました。ほな、行きましょか」

 源蔵が呼びかけると、美月は依然として警戒の表情を崩さないまま、後に続いて病院を出た。
 そして道中も、彼女の方から声をかけてくることは無かった。源蔵もまた、無駄に質問攻めするつもり無かった為、帰路の車内は変な沈黙に押し包まれていた。
 そんな彼女が初めて感情を露わにしたのは、源蔵が自宅のメゾネットタイプマンションに美月を招き入れた時だった。

「うわ……すっご……めっちゃ大きい……それに、綺麗……」
「はいはい。感心すんのは後でエエから、さっさと中入りましょ」

 源蔵は美月の肩を軽く叩いて、靴を脱ぐ様にと促した。
 美月は尚も驚きが隠せない様子で、きょろきょろと上下左右を見廻しながら広いリビングダイニングへと歩を進めてゆく。

「え……何、この部屋……すっごいセレブじゃん……」
「蕗浦さん、貴方が寝るとこ案内します」

 源蔵は二階部へと上がる螺旋階段に足を掛けた。
 美月は未だに軽い放心状態のままだったが、源蔵の指示はちゃんと耳に届いている様で、彼の後に続いて二階部へと上がった。
 源蔵が美月を招き入れたのは、普段は客室として用意している洋間だった。
 そこに、美月のアパートから運んできた家財やその他一式を全て、運び込んである。

「悪いけど、家具は全部一回綺麗に掃除させて貰いました。あと、衣服もひと通り洗濯しました。あんだけ汚くて臭いモンを僕の家に持ち込むのはちょっと抵抗ありましたんで」
「それは、別に、良いけど……」

 美月は伺う様な視線を返してきた。彼女は未だ警戒しているのだろう。
 しかし源蔵はそんなことはどうでも良かった。別段美月に感謝して貰うつもりは無かったし、部屋を貸したからといって何かの見返りを求めている訳でも無い。
 これは、義務だと思っていた。
 自分の勝手な判断で救った以上は、最後まで面倒を見る――源蔵は、可能であれば美月がひとり立ちするまでここに置いておこうかとも考えていた。

「案内も済んだところで、次は風呂入って貰いましょか。蕗浦さん、かなり臭ってますんで」
「え……あ、そうか……」

 美月は漸く、自身の体臭が酷くなっていることを意識した様子だった。それ程に、劣悪な住環境に慣れ切っていたのだろう。

「下着類もこの部屋に運んでありますから、後は御自身で用意して風呂入って下さい。まぁバスタオルぐらいはこっちで用意しますけど」

 源蔵は夕食の準備を進めるべく、美月の部屋を出た。
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