54 / 65
54.バレてしまったまんま坊主
しおりを挟む
気が付くと、クリスマスが数日後に迫っていた。
会社では統括管理課で毎日詩穂と顔を合わせるし、帰宅途中に立ち寄るリロードでも操や冴愛と二日に一度以上の頻度で言葉を交わす。
その一方で丸の内オフィスのトータルメディア開発部に居る美智瑠、晶、早菜といった面々とは、週末のボードゲームカフェでお互いの近況を語り合ったりもする。
しかしその中で、恋愛に関する話は一切出てこない。
源蔵の自宅に美月が暮らしていることは、彼に近しい女性達は全員知っている。その美月の存在が、彼女らに或る種の見えない壁を張り巡らせる結果となっているのだろうか。
ところが彼女らが美月を警戒したり、或いは敵視したりする様な姿は一度も見せていない。
たまに源蔵宅で数人が押し寄せてきて宅飲みパーティーなんぞを勝手に開催することもあるが、その都度美月は客人らの為に忙しく走り回り、色々もてなしてくれている。
特に美智瑠や早菜、詩穂といった辺りは美月のことを本当の妹の様に可愛がっており、彼女らの間には不穏な空気は一切感じられなかった。
(何か、よぅ分からんうちに年越してしまいそうやな……)
そんなことを思いつつ、しかし源蔵は源蔵でひとつ、どうしても美月と相談しておかなければならないことがあった。
養子縁組について、である。
これは彼女と共に暮らす様になって二週間程が過ぎた辺りから、源蔵が考え始めたことだった。
理由は、色々ある。
世間体的な面もあるし、健康保険証の問題やその他の行政上の手続きなどの面もある。
勿論、強制するつもりは無いが、少なくとも源蔵と同居している間は諸々の利便性を考え、養子縁組をしてくれた方が有り難いというのが本音であった。
(せやけど、蕗浦さん自身がどう思うかやしなぁ)
一時的にせよ、姓が変わってしまう。書類上の話だとはいえ、実の母親との縁が切れることでもある。
果たして美月が、ふたつ返事でOKしてくれるかどうか。
源蔵は何日か頭の中で色々悩ませていたが、結局は本人と話してみなければどうにもならぬということで、クリスマスを目前に控えた夜、美月お手製のカレーを食いながら思い切って持ち掛けてみた。
「養子? うん、別にイイけど」
あれだけ悩んだのが馬鹿馬鹿しく思える程に、美月はあっさりと頷き返してきた。
源蔵は養子縁組のシステムや、何がどう変わるのかを彼女が理解していない可能性も考慮し、源蔵の養子となった場合の変化点をざっと説明してみた。
それでも美月は、
「うん、だからイイってば」
と、矢張り結論を覆す様なことはしなかった。
余りにあっさりと承諾してくれた為、却って源蔵の方が拍子抜けする程だった。
「うちは別に、名前が変わるぐらいのことなんて全然、気にしないよ。今だってもう、本当に楠灘さんのことをお父さんかお兄さんぐらいに思ってるし」
同居生活を始めてまだ一カ月も経っていない美月だが、そのあっけらかんとした応えに、源蔵は僅かに驚きの念を滲ませながら、あぁそうですかと頭を掻く以外に無かった。
「ほんなら明日早速、役所行って手続きしましょか……」
「あー、えーっと、それはイイんだけど……お父さんになるんだからさ、その敬語とか、やめてくんない?」
美月がカレースプーンの先を源蔵に向けて、ひと言申し入れてきた。
それもそうかと、源蔵は頷かざるを得ない。
「後、これからは僕のこと、どう呼んで貰おうかな」
「パパは?」
美月の提案に、それだけは絶対駄目だと源蔵はかぶりを振った。
シチュエーションによっては、物凄くヤバい語感を伴うひと言だ。変な誤解を招きかねない。
「じゃ、やっぱりお父さんで」
実際美月は、母親のことをお母さんと呼んでいたのだから、これが一番無難なところであろうか。
ともあれ、驚く程簡単に話は纏まった。
後は役所に養子縁組の届けを提出し、住民票やその他諸々の行政手続きを、一気に済ませてしまえば良いだろう。
勿論、白富士への届けも必要だ。美月を養子として迎える以上、税金や保険のことなど、やらなければならないことは幾つもある。
「でも、そっかぁ……うちにもお父さんかぁ」
美月は妙に感慨深げに低く唸った。
そういえば彼女は、もともとは母子家庭だった。父親の存在が美月にとってどこまで身近なものなのか、源蔵には今ひとつピンと来ていなかった。
「そうだね……少なくとも、えっちする相手じゃないよね」
「当たり前やがな」
ラッキョウをぼりぼりと噛み砕きながら、源蔵は渋い表情を向けた。
「けどさぁ……お父さん確か、ドーテーじゃなかったっけ?」
「童貞やで」
すると美月は何かがツボにはまったのか、途端に腹を抱えて笑い出した。
「え、ちょっと待って……ドーテーで一児の親って……マジ、ウケる~……!」
「お寺の子かいな」
その源蔵の反応が更におかしかったのか、美月は肩を震わせながらひぃひぃと悲鳴を漏らし始めた。
「そんなウケなあかん?」
「だって……お父さん……頭、禿げてるし……まんま、坊主……」
いわれて初めて気が付いた。そういえば確かに自分もスキンヘッドだった。
童貞の自分が女性の肉体を知らぬまま、ひとりの子を為した。
確かにお寺の子だった。
「クリスマス前にお寺の子か。ほんなら異教のパーティーなんかせんでエエよな」
「あー、それは別! 美智瑠さんとか詩穂さん、すんごい楽しみにしてるんだしー!」
美月が慌てた。
広いリビングの隅には、先日美智瑠と詩穂、早菜の三人が飾り付けていったクリスマスツリーが静かに佇んでいた。
会社では統括管理課で毎日詩穂と顔を合わせるし、帰宅途中に立ち寄るリロードでも操や冴愛と二日に一度以上の頻度で言葉を交わす。
その一方で丸の内オフィスのトータルメディア開発部に居る美智瑠、晶、早菜といった面々とは、週末のボードゲームカフェでお互いの近況を語り合ったりもする。
しかしその中で、恋愛に関する話は一切出てこない。
源蔵の自宅に美月が暮らしていることは、彼に近しい女性達は全員知っている。その美月の存在が、彼女らに或る種の見えない壁を張り巡らせる結果となっているのだろうか。
ところが彼女らが美月を警戒したり、或いは敵視したりする様な姿は一度も見せていない。
たまに源蔵宅で数人が押し寄せてきて宅飲みパーティーなんぞを勝手に開催することもあるが、その都度美月は客人らの為に忙しく走り回り、色々もてなしてくれている。
特に美智瑠や早菜、詩穂といった辺りは美月のことを本当の妹の様に可愛がっており、彼女らの間には不穏な空気は一切感じられなかった。
(何か、よぅ分からんうちに年越してしまいそうやな……)
そんなことを思いつつ、しかし源蔵は源蔵でひとつ、どうしても美月と相談しておかなければならないことがあった。
養子縁組について、である。
これは彼女と共に暮らす様になって二週間程が過ぎた辺りから、源蔵が考え始めたことだった。
理由は、色々ある。
世間体的な面もあるし、健康保険証の問題やその他の行政上の手続きなどの面もある。
勿論、強制するつもりは無いが、少なくとも源蔵と同居している間は諸々の利便性を考え、養子縁組をしてくれた方が有り難いというのが本音であった。
(せやけど、蕗浦さん自身がどう思うかやしなぁ)
一時的にせよ、姓が変わってしまう。書類上の話だとはいえ、実の母親との縁が切れることでもある。
果たして美月が、ふたつ返事でOKしてくれるかどうか。
源蔵は何日か頭の中で色々悩ませていたが、結局は本人と話してみなければどうにもならぬということで、クリスマスを目前に控えた夜、美月お手製のカレーを食いながら思い切って持ち掛けてみた。
「養子? うん、別にイイけど」
あれだけ悩んだのが馬鹿馬鹿しく思える程に、美月はあっさりと頷き返してきた。
源蔵は養子縁組のシステムや、何がどう変わるのかを彼女が理解していない可能性も考慮し、源蔵の養子となった場合の変化点をざっと説明してみた。
それでも美月は、
「うん、だからイイってば」
と、矢張り結論を覆す様なことはしなかった。
余りにあっさりと承諾してくれた為、却って源蔵の方が拍子抜けする程だった。
「うちは別に、名前が変わるぐらいのことなんて全然、気にしないよ。今だってもう、本当に楠灘さんのことをお父さんかお兄さんぐらいに思ってるし」
同居生活を始めてまだ一カ月も経っていない美月だが、そのあっけらかんとした応えに、源蔵は僅かに驚きの念を滲ませながら、あぁそうですかと頭を掻く以外に無かった。
「ほんなら明日早速、役所行って手続きしましょか……」
「あー、えーっと、それはイイんだけど……お父さんになるんだからさ、その敬語とか、やめてくんない?」
美月がカレースプーンの先を源蔵に向けて、ひと言申し入れてきた。
それもそうかと、源蔵は頷かざるを得ない。
「後、これからは僕のこと、どう呼んで貰おうかな」
「パパは?」
美月の提案に、それだけは絶対駄目だと源蔵はかぶりを振った。
シチュエーションによっては、物凄くヤバい語感を伴うひと言だ。変な誤解を招きかねない。
「じゃ、やっぱりお父さんで」
実際美月は、母親のことをお母さんと呼んでいたのだから、これが一番無難なところであろうか。
ともあれ、驚く程簡単に話は纏まった。
後は役所に養子縁組の届けを提出し、住民票やその他諸々の行政手続きを、一気に済ませてしまえば良いだろう。
勿論、白富士への届けも必要だ。美月を養子として迎える以上、税金や保険のことなど、やらなければならないことは幾つもある。
「でも、そっかぁ……うちにもお父さんかぁ」
美月は妙に感慨深げに低く唸った。
そういえば彼女は、もともとは母子家庭だった。父親の存在が美月にとってどこまで身近なものなのか、源蔵には今ひとつピンと来ていなかった。
「そうだね……少なくとも、えっちする相手じゃないよね」
「当たり前やがな」
ラッキョウをぼりぼりと噛み砕きながら、源蔵は渋い表情を向けた。
「けどさぁ……お父さん確か、ドーテーじゃなかったっけ?」
「童貞やで」
すると美月は何かがツボにはまったのか、途端に腹を抱えて笑い出した。
「え、ちょっと待って……ドーテーで一児の親って……マジ、ウケる~……!」
「お寺の子かいな」
その源蔵の反応が更におかしかったのか、美月は肩を震わせながらひぃひぃと悲鳴を漏らし始めた。
「そんなウケなあかん?」
「だって……お父さん……頭、禿げてるし……まんま、坊主……」
いわれて初めて気が付いた。そういえば確かに自分もスキンヘッドだった。
童貞の自分が女性の肉体を知らぬまま、ひとりの子を為した。
確かにお寺の子だった。
「クリスマス前にお寺の子か。ほんなら異教のパーティーなんかせんでエエよな」
「あー、それは別! 美智瑠さんとか詩穂さん、すんごい楽しみにしてるんだしー!」
美月が慌てた。
広いリビングの隅には、先日美智瑠と詩穂、早菜の三人が飾り付けていったクリスマスツリーが静かに佇んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる