禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

文字の大きさ
63 / 65

63.バレてしまった迷惑客

しおりを挟む
 週が明けて二月に入り、その最初の月曜日。
 源蔵が節分イベントとして恵方巻や鰯料理を出しているリロードに立ち寄ると、操がいきなり歩を寄せてきて小声で問いかけてきた。

「楠灘さん……他所で出禁を喰らったそうですけど、何があったんですか?」
「あー、あの件、もう耳に入ったんですか……」

 源蔵は苦笑しながら剃り上げた頭を掻いた。
 先週末の土曜日、美月を連れて真奈子と秀介の両名と対峙した、都心部某所のカフェチェーン店での出来事を指しているのだろう。
 あの時、真奈子がやたらと激高しまくり、周囲の客が眉を顰める程の騒ぎっぷりだった。
 源蔵は別段声を荒げる様な真似はしなかったものの、矢張り一緒のテーブルで同席していた以上は、同じグループの客として目された様だ。
 そして真奈子の傍若無人な騒ぎ方に対して他の客から店にクレームが入ったらしく、源蔵がレジで精算を済ませる際、しばらく同店には顔を出すなと釘を刺されてしまった。
 その情報が、商工会議所を通じて操の耳にも入ったものと思われる。
 いずれ遠からず操にも知られてしまうだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く伝わってしまうとは、少し予想外だった。

「いや、実はですね……」

 正直なところ、話すべきかどうか迷った源蔵だったが、操にだけは伝えておこうと腹を括った。
 美月に対しては後で謝っておくしかない。
 源蔵は細かい部分は多少ぼかしながら、真奈子と美月を引き合わせ、そこで少しばかりトラブルになって他の客にも迷惑をかけた旨を手短に話した。

「そんなことがあったんですね。だから美月ちゃん、あんな顔してたのか……」
「美月、今日来てたんですか?」

 源蔵が問い返すと、どうやら美月がふたり分の恵方巻と鰯料理をテイクアウトで買いに来たらしい。
 恐らく今夜、源蔵とふたりで食べようという意図なのだろう。
 そして操に代金を支払う際、美月はいつもの様に笑顔を見せていたのだが、何かの拍子でふと、沈んだ表情を浮かべていたのだという。
 それも仕方が無いかと源蔵は腕を組んだが、しかしここで聞いた話は一切胸の内に収めておこうとも考えた。下手に美月の前で口にすれば、余計な気遣いを彼女に強いることになるだろう。

「楠灘さんも、色々気苦労が多いかと思いますけど……余り無理はしないで下さいね」
「もうしばらく何ぞある様な気もしますけど、そうですね……あんまり気ぃ張らん様にしときます。すみませんホンマ、色々気ぃ遣うて貰て」

 頭を下げる源蔵に、操はただ心配そうな表情で僅かに微笑むばかりだった。
 源蔵自身も分かってはいる。
 もしも自分が倒れてしまえば、美月を守る者が誰も居なくなる。勿論操や他の面々が支援はしてくれるだろうが、最後に砦となるのは矢張り源蔵なのだ。
 無茶のしどころというものもあるのだろうが、それは今ではない。
 ともあれ、ひとまず今日のところはリロードの様子を見るだけ見て、後は操や冴愛達に任せて帰宅しようとした源蔵。
 ところがその背中に、操の声が追いかけてきた。

「ところでお話変わりますけど、バレンタインはどうなさいます?」
「あー、それね。僕も一応厨房に入るつもりではいたんですけど、その日は会議が重なってて、来られへんかもですわ」

 そこで源蔵は、美月を手伝いに来させるつもりだと言葉を重ねた。
 実際美月は、少し前からリロードのカウンター裏や厨房で臨時アルバイトという形でちょくちょく顔を覗かせている。
 調理師学校入学前だから余り頻繁には足を運ぶことは出来ないが、入学後の時間が空いている時には、本格的にリロード厨房で働くことも視野に入れているらしい。

「まぁそれなりに出来る様になってきてるんで、気兼ねなくこき使ってやって下さい」
「はい。頼りにしています」

 その時、ドアチャイムが鳴って賑やかな声が連なった。
 美智瑠と晶が、連れ立って入店してきた。

「あー、楠灘さん居たー」
「センセ、こんばんは」

 どうやらこのふたりも、恵方巻と鰯料理のテイクアウトを取りに来た模様。
 操がカウンター裏に下がってふたりの為の準備に着手する間、美智瑠が嬉しそうな笑みを浮かべて源蔵にすり寄ってきた。

「楠灘さん、決まりました。アタシと晶、来月の後半に昇進します」
「でもって総合開発部には、四月の頭から戻れそうです」

 ふたりの説明によれば、主任への昇進が三月後半入ってすぐの時期で、そこからしばらく引継ぎ期間を置いてから、年度が変わる四月一日から源蔵が課長を務める統括管理課へと異動することになるらしい。
 既に美智瑠も晶も、ファッションインフォメーション課の課長には異動願を出すことを事前に知らせているのだという。
 であれば、近いうちに源蔵に対しても玲央から人事異動の通達があるだろう。

「おふた方のポストは、もう考えてあります。すぐ忙しくなりますからね」
「あははは……いきなりですねぇ。でも楽しみです」

 源蔵の予告に、美智瑠は嫌な顔ひとつ見せずに笑みを返した。
 晶も、任せて下さいとばかりに胸を張る。

「でも早菜ちゃんだけ、取り残されちゃうんだよね?」

 美智瑠と晶それぞれに恵方巻と鰯料理のテイクアウトを入れたレジ袋を手渡しながら、操がほんの少しだけ気の毒そうな色を浮かべた。
 実際、早菜は今のところトータルメディア開発部に於いては目を引く様な結果を出していないのだが、彼女はまだ二年目ということもあり、流石に昇進の話は早過ぎる。
 もう少し、鍛えて貰った方が良いだろう。

「じゃあ楠灘さん、行きますか。美月ちゃんも待ってるだろうし」
「え、今からうち来るんですか?」

 思わず訊き返した源蔵。
 晶が、既に美月には連絡を入れていると当たり前の様に答えた。

「知らんかったん、僕だけですか……」

 源蔵は微妙な表情を浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...