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三話 残響と序奏
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とおるの部屋の広さは泉の部屋とそう変わらない。
家主なのだから一回り大きかったりするのではないかと思ったらそんなことはなく、整頓されすぎてむしろ生活感がないくらいだった。
不要、なのかもしれない。人間であれば必要となるものが、彼にはそうではない可能性はある。
書斎があるはずなのに棚にもさらに本が並んでいて、ぱっと見では小説や歴史書などが多そうだ。
机の上にはノートパソコンが置いてあり、和の雰囲気一辺倒の部屋の中で異彩を放っている。
「こう見えてパソコンはそれなりに使えるんですよ。日記などをしたためておりまして」
「へえ。森田さんとかに読んでもらうんですか?」
「いえ、とおる様が個人的に書いていらっしゃるだけで、誰にもお見せしていないんですよね。ふふ」
デスクの椅子に腰かけてノートパソコンを開く一連の動作は確かに慣れたものだった。
ひとまずネット通販サイトを開いてくれと要求すると、ブラウザにブックマークされていたのでめちゃくちゃ俗っぽいなと感じてしまう。
カラーコンタクト、で検索してみてくれと次の要求をすれば、なんとタイピングはブラインドタッチ。
パソコンはそれなりというのは嘘ではないようだ。
「早いですね、タイピング」
「ええ、便利だなと思ったので。紙に手書きをするのももちろん好きですが、データはかさばりませんからね。本は紙のほうが好きで、電子書籍にはなかなか手を出せませんけれど……」
そうして検索結果にずらりと並ぶものを見て、とおるは泉に振り返る。
まあ、とおるからすれば謎のロゴ入りの長方形と茶色い輪っかにしか見えないのだろうが。
「あの……これはどう使うのでしょう」
「えっと、コンタクトは解らないですか? 入れるんですよ、目に」
「……目!?」
ぎょっとするとおる。
まずそこの説明から必要か、と、泉もコンタクトレンズを着用したことは無いが持ちうる知識で説明をした。
「ちょ、ちょっとそれは……かなり……抵抗が……いやでもしかし泉さんとお出かけするには必要で……」
本気で悩み始めてしまうのを見て、ますます解らなくなる。
この龍神は『泉と外に出かけたい』のか、ただ『外に出かけたい』だけなのか、現時点では判別が付かない。
それにネットに精通していながら何故コンタクトレンズを知らないのか。
眼鏡をかけているなら、視力は良くないだろうに。
「……眼鏡をかけているのにコンタクトは知らなかったんですね……」
「いえ、伊達ですよ」
あっさりと森田に切り返されて言葉を失う。
何故、と思うこちらの心中を読んだかのように、妙齢の女はこう続けた。
「少しでも親しみやすさを出すにはこうしたほうがよろしいかと思いまして私がご提案したのです」
「あー……そういうことでしたか」
要するに、『美形すぎて困るから丸眼鏡でちょっとダサさを出しておけばそれも薄れるだろう』という計算らしい。
いかにも森田らしいアイデアというかなんというか。
それに別に眼鏡をかけたところでとおるが人間離れした美形の域から出ないことに変わりはないのだが。
「……ん、待てよ」
「? どうしましたか?」
泉は閃く。
そして、とおるにこう指示をした。
『碧眼』『外国』で検索をかけろ、と。
「……なるほど。私は外国人のフリをすればいいということですね」
「そうです。アメリカ人に青い目は少なくないみたいですし、髪も染めていることにしてしまえば平気でしょう」
カラーコンタクトを入れなくて済みそうだからか、それとも外出できる嬉しさからか、とおるはとても嬉しそうな顔をしていた。
これでどこまで誤魔化しきれるかは解らないが、幸いにもとおるの服装は和服だ。
親日の外国人は和服を好みそう……という偏見により、『とても日本が好きでアメリカから来た』という設定で行こうと決定する。
大昔から日本にずっと居たとおるに外国人のフリをさせるというのは不敬極まりないのでは……という気がしたが、とおるがかなりノリノリでいるので問題なさそうだ。
斯くして、土曜日は昼前から街に繰り出すこととなる。
森田にはその間一人でゆっくりしていて貰おうということになり、森田も森田で「ではお昼寝でもしてしまいましょうか」と冗談めかして笑うのだった。
家主なのだから一回り大きかったりするのではないかと思ったらそんなことはなく、整頓されすぎてむしろ生活感がないくらいだった。
不要、なのかもしれない。人間であれば必要となるものが、彼にはそうではない可能性はある。
書斎があるはずなのに棚にもさらに本が並んでいて、ぱっと見では小説や歴史書などが多そうだ。
机の上にはノートパソコンが置いてあり、和の雰囲気一辺倒の部屋の中で異彩を放っている。
「こう見えてパソコンはそれなりに使えるんですよ。日記などをしたためておりまして」
「へえ。森田さんとかに読んでもらうんですか?」
「いえ、とおる様が個人的に書いていらっしゃるだけで、誰にもお見せしていないんですよね。ふふ」
デスクの椅子に腰かけてノートパソコンを開く一連の動作は確かに慣れたものだった。
ひとまずネット通販サイトを開いてくれと要求すると、ブラウザにブックマークされていたのでめちゃくちゃ俗っぽいなと感じてしまう。
カラーコンタクト、で検索してみてくれと次の要求をすれば、なんとタイピングはブラインドタッチ。
パソコンはそれなりというのは嘘ではないようだ。
「早いですね、タイピング」
「ええ、便利だなと思ったので。紙に手書きをするのももちろん好きですが、データはかさばりませんからね。本は紙のほうが好きで、電子書籍にはなかなか手を出せませんけれど……」
そうして検索結果にずらりと並ぶものを見て、とおるは泉に振り返る。
まあ、とおるからすれば謎のロゴ入りの長方形と茶色い輪っかにしか見えないのだろうが。
「あの……これはどう使うのでしょう」
「えっと、コンタクトは解らないですか? 入れるんですよ、目に」
「……目!?」
ぎょっとするとおる。
まずそこの説明から必要か、と、泉もコンタクトレンズを着用したことは無いが持ちうる知識で説明をした。
「ちょ、ちょっとそれは……かなり……抵抗が……いやでもしかし泉さんとお出かけするには必要で……」
本気で悩み始めてしまうのを見て、ますます解らなくなる。
この龍神は『泉と外に出かけたい』のか、ただ『外に出かけたい』だけなのか、現時点では判別が付かない。
それにネットに精通していながら何故コンタクトレンズを知らないのか。
眼鏡をかけているなら、視力は良くないだろうに。
「……眼鏡をかけているのにコンタクトは知らなかったんですね……」
「いえ、伊達ですよ」
あっさりと森田に切り返されて言葉を失う。
何故、と思うこちらの心中を読んだかのように、妙齢の女はこう続けた。
「少しでも親しみやすさを出すにはこうしたほうがよろしいかと思いまして私がご提案したのです」
「あー……そういうことでしたか」
要するに、『美形すぎて困るから丸眼鏡でちょっとダサさを出しておけばそれも薄れるだろう』という計算らしい。
いかにも森田らしいアイデアというかなんというか。
それに別に眼鏡をかけたところでとおるが人間離れした美形の域から出ないことに変わりはないのだが。
「……ん、待てよ」
「? どうしましたか?」
泉は閃く。
そして、とおるにこう指示をした。
『碧眼』『外国』で検索をかけろ、と。
「……なるほど。私は外国人のフリをすればいいということですね」
「そうです。アメリカ人に青い目は少なくないみたいですし、髪も染めていることにしてしまえば平気でしょう」
カラーコンタクトを入れなくて済みそうだからか、それとも外出できる嬉しさからか、とおるはとても嬉しそうな顔をしていた。
これでどこまで誤魔化しきれるかは解らないが、幸いにもとおるの服装は和服だ。
親日の外国人は和服を好みそう……という偏見により、『とても日本が好きでアメリカから来た』という設定で行こうと決定する。
大昔から日本にずっと居たとおるに外国人のフリをさせるというのは不敬極まりないのでは……という気がしたが、とおるがかなりノリノリでいるので問題なさそうだ。
斯くして、土曜日は昼前から街に繰り出すこととなる。
森田にはその間一人でゆっくりしていて貰おうということになり、森田も森田で「ではお昼寝でもしてしまいましょうか」と冗談めかして笑うのだった。
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