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五話 冬の香りにあたたかな雨粒
01
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外でとおるとあれこれするのは、友人に見られた時の言い訳が思いつかない。
それに、龍神もまだ外には不慣れ。
そもそも互いをよく知るにあたり最も手っ取り早いのは『内側から覗くこと』だ。
既に同じ屋根の下で暮らしている身だというのに、食事の時くらいしか会わなかったのはやはり遠慮からだったらしい。
泉と話したいこと、訊きたいこと、そういった願望は多々あれど言葉にしなかった……なんて一連の裏話を森田から聞いた泉。
やはり私室にこそ人間性が表れるはずだ、と考え、土曜日はとおるの部屋で過ごすことにした。
普通に付き合うカップルだってそのうち部屋に招くものである、たぶん。
順序こそおかしくなってしまったが今からでも遅くない、それを真似てみればいい。
出来るだけ清潔そうなコーディネートを選び、白いセーターとベージュのスキニーを身に纏い、とおるの私室へと。
「……通販した時にも思いましたけど、多いですよね、本。読書が趣味?」
よく整頓された部屋の中で一番大きいのは本棚だ。ぱっと見で存在感があるだけではなく、本特有の紙の匂いが部屋全体に漂っている。
書斎は書斎で別の本があるはずなのに自室にまで持ち込んでいるものはお気に入りだろうか。
小説や歴史の本が目立ったが、週刊誌や俗っぽい雑誌もいくらか収められていた。
それらは全てカテゴリやら作者やらによってきっちり分別されており、生真面目なのか、そのくらい暇なのか。
「そ、そうですね……本を読むのは好きです。よくお解りに……」
「いや、これだけ本があるのに読書が趣味じゃないって言われるほうが妙で……どうしました?」
歯切れの悪い声に振り返ると、龍神はどこかそわそわして落ち着かない様子であった。
先日の様子から一転して、泉のほうをちらりとも見ようとしない。
寒さが本格的になり始めた時節、凛とした蒼い双眸は溶けない氷のようにさえ見えた。
とはいえ、今その氷は所在なさげに向ける先をあちらこちらにうろつかせているのだが。
とおるはこほん、と咳払いをひとつ。
「わ、私が今日までどんな心地だったか、泉さんならお気付きでしょうっ」
「……落ち着きませんでした?」
「……そうです」
顔を赤らめてこくこくと頷いた。
泉はただとおるの『今』の様子に落ち着きがないなと思っただけで、ピンと来ずに首を傾げる。
泉のことを好きだったのは16年前からのことで、それを抑え続けてきたなら今更なにをドギマギしているのやら。
「私もこうした感情をはっきり自覚するのは初めてで扱いには手を焼いているのですが……懸想し続けてきた相手が、私の気持ちを知ったうえで私をもっと知りたいとして目の前にいる。要するに、あの、どこかでスッと冷められないかが怖かったり、緊張した、りで」
かこん、と何かがズレて外れるような感覚を抱いた。
とおるは本当に本気で泉のことを好いている、それは理解できるのだ。
ただ、何故自分に対して、『ひとりの異性として』そこまで好意を抱くのかが不明瞭に思えてしまう。
「わたしの何がそんなに好きなんです?」
「あぇ!?」
素っ頓狂な声をあげて後ずさる龍神。
とりあえず腰を落ち着けて話し合おう……ということでローテーブルに向かい合って座った。
「何が……? と言われましても、う、うぅん、言語化するのは困難……です。ただ、泉さんの持つ素質だけが理由ではなくて、私と向き合おうとしてくださるところや、誠実なところ……とか……」
「えっと……すみません、なんだか無茶振りしちゃって。今までこういうことに無縁だったし考えたことも無かったので、わたしのほうも上手く処理出来てないのかも……」
急にかしこまった空気になるが、一周回って冷静になれそうだ。
お互い恋愛初心者同士、解らないことは解らないと素直に言うに限る。
そう思って発した言葉に、とおるはどこか得心したように頷いた。
「なるほど……では、やはり泉さんの提案した『お互いをもっと知っていく』ことは私たちに必要なことのようですね。認識の齟齬、感覚のズレ、そうしたことも含めて」
分析モードに入った途端、とおるの声色は普段通りものに戻る。
本好きなだけあって、そうして思考を巡らせるのは好き、あるいは得意なのかもしれない。
そこで泉はとあることに気が付いた。
それに、龍神もまだ外には不慣れ。
そもそも互いをよく知るにあたり最も手っ取り早いのは『内側から覗くこと』だ。
既に同じ屋根の下で暮らしている身だというのに、食事の時くらいしか会わなかったのはやはり遠慮からだったらしい。
泉と話したいこと、訊きたいこと、そういった願望は多々あれど言葉にしなかった……なんて一連の裏話を森田から聞いた泉。
やはり私室にこそ人間性が表れるはずだ、と考え、土曜日はとおるの部屋で過ごすことにした。
普通に付き合うカップルだってそのうち部屋に招くものである、たぶん。
順序こそおかしくなってしまったが今からでも遅くない、それを真似てみればいい。
出来るだけ清潔そうなコーディネートを選び、白いセーターとベージュのスキニーを身に纏い、とおるの私室へと。
「……通販した時にも思いましたけど、多いですよね、本。読書が趣味?」
よく整頓された部屋の中で一番大きいのは本棚だ。ぱっと見で存在感があるだけではなく、本特有の紙の匂いが部屋全体に漂っている。
書斎は書斎で別の本があるはずなのに自室にまで持ち込んでいるものはお気に入りだろうか。
小説や歴史の本が目立ったが、週刊誌や俗っぽい雑誌もいくらか収められていた。
それらは全てカテゴリやら作者やらによってきっちり分別されており、生真面目なのか、そのくらい暇なのか。
「そ、そうですね……本を読むのは好きです。よくお解りに……」
「いや、これだけ本があるのに読書が趣味じゃないって言われるほうが妙で……どうしました?」
歯切れの悪い声に振り返ると、龍神はどこかそわそわして落ち着かない様子であった。
先日の様子から一転して、泉のほうをちらりとも見ようとしない。
寒さが本格的になり始めた時節、凛とした蒼い双眸は溶けない氷のようにさえ見えた。
とはいえ、今その氷は所在なさげに向ける先をあちらこちらにうろつかせているのだが。
とおるはこほん、と咳払いをひとつ。
「わ、私が今日までどんな心地だったか、泉さんならお気付きでしょうっ」
「……落ち着きませんでした?」
「……そうです」
顔を赤らめてこくこくと頷いた。
泉はただとおるの『今』の様子に落ち着きがないなと思っただけで、ピンと来ずに首を傾げる。
泉のことを好きだったのは16年前からのことで、それを抑え続けてきたなら今更なにをドギマギしているのやら。
「私もこうした感情をはっきり自覚するのは初めてで扱いには手を焼いているのですが……懸想し続けてきた相手が、私の気持ちを知ったうえで私をもっと知りたいとして目の前にいる。要するに、あの、どこかでスッと冷められないかが怖かったり、緊張した、りで」
かこん、と何かがズレて外れるような感覚を抱いた。
とおるは本当に本気で泉のことを好いている、それは理解できるのだ。
ただ、何故自分に対して、『ひとりの異性として』そこまで好意を抱くのかが不明瞭に思えてしまう。
「わたしの何がそんなに好きなんです?」
「あぇ!?」
素っ頓狂な声をあげて後ずさる龍神。
とりあえず腰を落ち着けて話し合おう……ということでローテーブルに向かい合って座った。
「何が……? と言われましても、う、うぅん、言語化するのは困難……です。ただ、泉さんの持つ素質だけが理由ではなくて、私と向き合おうとしてくださるところや、誠実なところ……とか……」
「えっと……すみません、なんだか無茶振りしちゃって。今までこういうことに無縁だったし考えたことも無かったので、わたしのほうも上手く処理出来てないのかも……」
急にかしこまった空気になるが、一周回って冷静になれそうだ。
お互い恋愛初心者同士、解らないことは解らないと素直に言うに限る。
そう思って発した言葉に、とおるはどこか得心したように頷いた。
「なるほど……では、やはり泉さんの提案した『お互いをもっと知っていく』ことは私たちに必要なことのようですね。認識の齟齬、感覚のズレ、そうしたことも含めて」
分析モードに入った途端、とおるの声色は普段通りものに戻る。
本好きなだけあって、そうして思考を巡らせるのは好き、あるいは得意なのかもしれない。
そこで泉はとあることに気が付いた。
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