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「それじゃ、始めようか」
煌心は、仏壇のそばにあった2台の三方を持ってきた。
1台は何も乗っておらず、もう片方にはビー玉ほどの透き通った水晶がいくつも敷き詰められており、今からそれを使ってオレの霊力を吸収するのだ。
「お願いします」
オレは、改めて姿勢を正し、深呼吸をした。
煌心は左手で水晶を1つ掴み、右手で印を結び出した。
小声で術を唱え始め、すっとオレの頭に手をかざすと、心臓がやけに騒がしくなった。
始まった…。
体の内から発せられている霊力が、少しずつ額へと集中していくのを感じる。
やがて、右手で吸い取られた霊力を左手へと流し込んでいき、先ほどまで透明だった水晶がみるみる赤黒くなっていった。
染まった水晶は、空の三方の上に置き、新しい水晶をつまむ。
これを繰り返すことによって、オレの霊力と共に燈部の力も削ぐことができるのだ。
ただ、この方法は危険を伴う。
なぜなら霊力を吸いすぎてしまうと、命を失ってしまう恐れがあるからだ。
なので、小さい水晶を用いることによって、吸収量を微調整しているのである。
しばらく術は途絶えることなく、順調に染まった水晶を三方へと置いていく。
オレも次第に意識が遠のいてきたが、気合いで維持し続けた。
この術は、長期休暇の度に藤代家に訪れては施してもらっている。
鈴音の時も一時的だったが、感情のコントロールが不安定になってしまった。
もし、あの場で志保がいなかったら、オレはためらうことなく鈴音の疳之虫を駆除していたことだろう。
オレは、あんな両親みたいな人間になりたくない。
そのためには、少しでも多くの燈部の力を減らし、怒りを抑えなくてはならない。
オレは、普通の高校生活を送りたいのだ。
感情のブレーキが壊れたオレは、何をするか分からない。
いずれ友達を傷つけてしまう可能性がある。
疳之虫を祓うだけじゃ留まらず、怪我を負わせてしまえば、恐怖と軽蔑の目をオレに向けることだろう。
そんな最悪の事態は何としても阻止しなくてはならない。
例え、部活を辞めることになろうとも、皆に迷惑をかけるよりはマシだ。
オレは、普通の高校生活を送りたいのだ。
皆と授業を受けて、遊んでバカやって、そんな平凡な日常を過ごしていく。
そして、その時思い描いていた理想が、ある影によって掻き消された。
…くそッ。
オレは眉間にシワを寄せながら、内心吐き捨てた。
「――この辺にしとこうか」
煌心の声で目が覚めると、いつの間にか畳に倒れていた。
先ほどまで姿勢を保っていたハズだったが、どうやら途中で気を失ってしまっていたらしい。
オレは起き上がるため、腕に力を入れるが、視界が歪み、意識が朦朧として思うようにいかない。
「無理せず、楽になるまでそうしなさい」
煌心は、生まれたての子鹿みたいになっているオレに気を遣う。
「いえ、大丈夫です」
オレは歯を食い縛り、意地で体を起こして正座になると、その間に煌心が後片付けをし始めた。
仏壇に備えられた三方には、山となった赤黒い水晶がなぜか2台に増えていた。
「ああ、前もって用意していた水晶だけでは足りなくなってね。
佳汰君が気を失っている時に追加したんだよ」
「ああ、そうだったんですね」
察したのか、煌心が説明する。
「しかし――」
煌心が座布団に座り直し、改めて三方に目をやる。
「こうして見ると、術をやるたびに増えていくな。
まだまだ成長期ということか」
確かに、前回は正月だったが、その時までは1台分で間に合っていたのを記憶している。
「佳汰君、燈部の力は消えることはないよ」
「――ッ!」
「燈部の力は疳之虫と違い、霊圧自体が浄化の炎。
霊力を減らしたところで終わりはない。
時間が経てば――、この通りだ」
「はい…」
頭ではわかっているつもりだっていたが、改めてはっきり言われると、さすがに心が抉られる。
背後の水晶の山が物語っていた。
「感情というものは人間に備わっている要素だ。
これがなかったら相手に伝わらない。
怒り自体は悪いものではないんだ」
煌心の話を黙って耳を傾ける。
「別に怒っても構わない。
ただ段階を踏み、見極めるんだ。
私の言ってることわかるね」
「はい…」
つまり、いきなり爆発するのではなく、なぜそういう経緯に至ったのかを知ってから判断しろということなのだろう。
それが出来たら苦労しない。
「お母さんが憎いかい?」
見透かされたのか、唐突に母親のことを口にされ、少し動揺してしまった。
「…そうですね」
――あんたは、私の息子じゃないッ!!
「母親と思ったことはないですけど」
――親父に頼まれたから産んでやったんだッ!!
「もし――」
――欲しがってるところに行けよッ!!
「もし、親父の方へ行ってたらどうなってたんだろうって、たまに考えることはあります」
昔、お袋から散々言われた台詞が脳内に再生されながら、重い空気の中、静かに口を開く。
「間違いなく、人間の生き方をしていなかったよ」
それを聞いた途端、落胆してしまった。
どっちに転んでも、地獄だったか…。
親父が家を出てった後、ヤクザの女に手を出し、子供を作ったことがきっかけで離婚することとなった。
その時、環が親父に激怒し――。
絶対に佳汰には会わせないッ!!
家の敷居を跨せねェッ!!
と、八百屋に近寄らせなかった。
しかし、オレにとっては優しい親父の印象しかなかったため、もしかしたら、あっちの方が幸せに暮らせたのではないかと考えたことは何度もあったが、後々オレの知らなかった親父の悪行の数々を親戚から知らされて、何とも言えぬ複雑な心情に至ったのだった。
気を落とし、軽くため息を吐く。
「がっかりしたかい?」
「そう、ですね…」
弱々しく返事をすると、煌心は鼻で笑った。
「そんな落ち込むことはではないよ。
今のところ過ちを犯かしたわけではないようだし、今の君には仲のいい友達もいるみたいじゃないか」
そう励まされ、恵梁高校の皆、特に特設帰宅部のメンバーが頭に浮かんだ。
「支えとなる存在がいるのは、実に心地が良いものだろう?」
「…そうですね」
確かに、高校に入学してから腹を割って話せる相手が増えた気がする。
特設帰宅部は、オレにとって特別なものになっていたみたいだ。
オレは、不覚にも笑みがこぼれてしまった。
「――それに相変わらず女難の相が出てるし、よくも悪くもモテてるようだねェ」
「へッ!? そうなんですか!?」
「自覚ないのかい…。
まあいい…」
煌心に指摘されるが、女子と関わるとロクな目にあったことがないので、モテている実感が湧かなかった。
「さて、いつまでもこんな近くにいたら辛気臭くなる。
そろそろお天道様を拝みに行くか」
「 はいッ」
こうして、お互いにゆっくり立ち上がり、無事に終わったのだった。
煌心は、仏壇のそばにあった2台の三方を持ってきた。
1台は何も乗っておらず、もう片方にはビー玉ほどの透き通った水晶がいくつも敷き詰められており、今からそれを使ってオレの霊力を吸収するのだ。
「お願いします」
オレは、改めて姿勢を正し、深呼吸をした。
煌心は左手で水晶を1つ掴み、右手で印を結び出した。
小声で術を唱え始め、すっとオレの頭に手をかざすと、心臓がやけに騒がしくなった。
始まった…。
体の内から発せられている霊力が、少しずつ額へと集中していくのを感じる。
やがて、右手で吸い取られた霊力を左手へと流し込んでいき、先ほどまで透明だった水晶がみるみる赤黒くなっていった。
染まった水晶は、空の三方の上に置き、新しい水晶をつまむ。
これを繰り返すことによって、オレの霊力と共に燈部の力も削ぐことができるのだ。
ただ、この方法は危険を伴う。
なぜなら霊力を吸いすぎてしまうと、命を失ってしまう恐れがあるからだ。
なので、小さい水晶を用いることによって、吸収量を微調整しているのである。
しばらく術は途絶えることなく、順調に染まった水晶を三方へと置いていく。
オレも次第に意識が遠のいてきたが、気合いで維持し続けた。
この術は、長期休暇の度に藤代家に訪れては施してもらっている。
鈴音の時も一時的だったが、感情のコントロールが不安定になってしまった。
もし、あの場で志保がいなかったら、オレはためらうことなく鈴音の疳之虫を駆除していたことだろう。
オレは、あんな両親みたいな人間になりたくない。
そのためには、少しでも多くの燈部の力を減らし、怒りを抑えなくてはならない。
オレは、普通の高校生活を送りたいのだ。
感情のブレーキが壊れたオレは、何をするか分からない。
いずれ友達を傷つけてしまう可能性がある。
疳之虫を祓うだけじゃ留まらず、怪我を負わせてしまえば、恐怖と軽蔑の目をオレに向けることだろう。
そんな最悪の事態は何としても阻止しなくてはならない。
例え、部活を辞めることになろうとも、皆に迷惑をかけるよりはマシだ。
オレは、普通の高校生活を送りたいのだ。
皆と授業を受けて、遊んでバカやって、そんな平凡な日常を過ごしていく。
そして、その時思い描いていた理想が、ある影によって掻き消された。
…くそッ。
オレは眉間にシワを寄せながら、内心吐き捨てた。
「――この辺にしとこうか」
煌心の声で目が覚めると、いつの間にか畳に倒れていた。
先ほどまで姿勢を保っていたハズだったが、どうやら途中で気を失ってしまっていたらしい。
オレは起き上がるため、腕に力を入れるが、視界が歪み、意識が朦朧として思うようにいかない。
「無理せず、楽になるまでそうしなさい」
煌心は、生まれたての子鹿みたいになっているオレに気を遣う。
「いえ、大丈夫です」
オレは歯を食い縛り、意地で体を起こして正座になると、その間に煌心が後片付けをし始めた。
仏壇に備えられた三方には、山となった赤黒い水晶がなぜか2台に増えていた。
「ああ、前もって用意していた水晶だけでは足りなくなってね。
佳汰君が気を失っている時に追加したんだよ」
「ああ、そうだったんですね」
察したのか、煌心が説明する。
「しかし――」
煌心が座布団に座り直し、改めて三方に目をやる。
「こうして見ると、術をやるたびに増えていくな。
まだまだ成長期ということか」
確かに、前回は正月だったが、その時までは1台分で間に合っていたのを記憶している。
「佳汰君、燈部の力は消えることはないよ」
「――ッ!」
「燈部の力は疳之虫と違い、霊圧自体が浄化の炎。
霊力を減らしたところで終わりはない。
時間が経てば――、この通りだ」
「はい…」
頭ではわかっているつもりだっていたが、改めてはっきり言われると、さすがに心が抉られる。
背後の水晶の山が物語っていた。
「感情というものは人間に備わっている要素だ。
これがなかったら相手に伝わらない。
怒り自体は悪いものではないんだ」
煌心の話を黙って耳を傾ける。
「別に怒っても構わない。
ただ段階を踏み、見極めるんだ。
私の言ってることわかるね」
「はい…」
つまり、いきなり爆発するのではなく、なぜそういう経緯に至ったのかを知ってから判断しろということなのだろう。
それが出来たら苦労しない。
「お母さんが憎いかい?」
見透かされたのか、唐突に母親のことを口にされ、少し動揺してしまった。
「…そうですね」
――あんたは、私の息子じゃないッ!!
「母親と思ったことはないですけど」
――親父に頼まれたから産んでやったんだッ!!
「もし――」
――欲しがってるところに行けよッ!!
「もし、親父の方へ行ってたらどうなってたんだろうって、たまに考えることはあります」
昔、お袋から散々言われた台詞が脳内に再生されながら、重い空気の中、静かに口を開く。
「間違いなく、人間の生き方をしていなかったよ」
それを聞いた途端、落胆してしまった。
どっちに転んでも、地獄だったか…。
親父が家を出てった後、ヤクザの女に手を出し、子供を作ったことがきっかけで離婚することとなった。
その時、環が親父に激怒し――。
絶対に佳汰には会わせないッ!!
家の敷居を跨せねェッ!!
と、八百屋に近寄らせなかった。
しかし、オレにとっては優しい親父の印象しかなかったため、もしかしたら、あっちの方が幸せに暮らせたのではないかと考えたことは何度もあったが、後々オレの知らなかった親父の悪行の数々を親戚から知らされて、何とも言えぬ複雑な心情に至ったのだった。
気を落とし、軽くため息を吐く。
「がっかりしたかい?」
「そう、ですね…」
弱々しく返事をすると、煌心は鼻で笑った。
「そんな落ち込むことはではないよ。
今のところ過ちを犯かしたわけではないようだし、今の君には仲のいい友達もいるみたいじゃないか」
そう励まされ、恵梁高校の皆、特に特設帰宅部のメンバーが頭に浮かんだ。
「支えとなる存在がいるのは、実に心地が良いものだろう?」
「…そうですね」
確かに、高校に入学してから腹を割って話せる相手が増えた気がする。
特設帰宅部は、オレにとって特別なものになっていたみたいだ。
オレは、不覚にも笑みがこぼれてしまった。
「――それに相変わらず女難の相が出てるし、よくも悪くもモテてるようだねェ」
「へッ!? そうなんですか!?」
「自覚ないのかい…。
まあいい…」
煌心に指摘されるが、女子と関わるとロクな目にあったことがないので、モテている実感が湧かなかった。
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