KEEP OUT

嘉久見 嶺志

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「――それじゃ、蔵に行く前に挨拶してきなよ」

「はい」

燎里に進められ、オレは鎮香の頭をそっと撫でた。

「シズちゃんは、良い子で待っててね」

「う、うん…」

廊下へと歩いて行くオレを不安げな顔つきで見送った。

角を曲がると、襖と壁が奥へと続いており、ある部屋の前で立ち止まった。

「失礼します」

 静かに戸を開けると、そこには点滴やバイタル測定器の長い管に繋がった老人がベッドに横になっていた。

老人の頬は痩せこけており、鼻カニューレのおかげで酸素を吸って脈は安定している。

浴衣の袖から伸びる肉感のない細い腕は、青黒い皮下出血がいくつも見られ、痛々しさを覚える。

すると、老人がベッドのリモコンを操作し、上体をゆっくり起こした。 

つぶらな外斜視の片目がこちらに視点が合ったので、オレは軽く会釈した。

「お久しぶりです、

相手は俺の挨拶に反応し、シワだらけの笑みを浮かべた。

藤代 辰之介しんのすけ、今年で106を迎えるである。

生まれつき目の病に犯されており、視力がかなり悪いが、霊力の流れが見えるため、それで誰かを判別できるらしい。 

藤代家の兄弟は、皆、

何年か毎に霊力を注ぎ込んだ分身を作り、自身の寿命を伸ばし続けてきた。

もはや、仙人の域に到達しつつある人物なのだ。

ちなみに、八百屋を経営している吉村和典の妻であり、長女の吉村 たまきは、俺が6歳の頃に亡くなっている。

当時、彼女の年齢は63歳だった。 

俺が幼い頃、育児は大変だろうと、毎日夕方まで面倒を見てもらっていた。 

オレが悪いことをすれば叱り、良いことをすれば褒めてくれる。

怪我をした時には心配し、人への思いやりを教えてくれた。

こんなオレを本当の家族のように接してくれたのだ。

あの2人がいなかったら、オレはとっくの昔に殺されていたか、自殺していたかのどちらかだっただろう。

俺にとって吉村夫婦は命の恩人であり、かけがえのない存在なのだ。

そんな2人に連れられて、藤代家に紹介されたのがきっかけである。 

「元気そうで何よりです」

オレは、微笑みながらベッドのそばまで近寄る。

辰之介は、数年前から喉の筋力も衰え、声を発さなくなってしまったが、今は質問に小さく頷いたりして意思表示してくれる。

「今日は、煌心さんにいつもの頼みに来たんですが、生憎、留守だったみたいで…」

そう伝えると、辰之介の口角が徐々に下がっていった。

「高校生活は順調で、毎日楽しく過ごせていますよ。
この間も転入生が――ッ!?」

その時、辰之介が点滴に繋がれたか弱い手をあげ、オレの服の裾をつまんだ。

「ッ? どうしました?」

一応尋ねてみるが、口をわずかに動かすだけで、目立った反応が見られず。

寂しかったのか、それとも退屈なのか、心情を読み取るのはなかなか難しいものだ。

「申し訳ないのですが、辰之介さん、お姉ちゃんを待たせているので、そろそろ失礼しますね」

オレは辰之介の手をベッドに戻し、軽く頭を下げて退出した。



――その後、外に出て蔵へと足を踏み入れた。

蔵の中は古い書物が保管された箱が収納されており、博物館関係者が目にすれば喉から手が出るほどだろう。

入り口のすぐそばに地下へ続く階段があり、ゆっくりと降りていくと、広い空間に出られた。 

電気で明るく照らされたそこは白い壁に覆われており、10畳の畳みに仏壇と酒が供えられていた。

そして、座布団が2枚敷いてあり、そのうちの1枚はすでに使われていた。 

「待ってたよ、

口調と雰囲気が普段の燎里ではないことに気づき、オレは、改めて挨拶をする。

「お久しぶりです、

燎里の姿をした煌心に頭を下げた。

そう、煌心は、分身たちの体を借りて対話することができるのだ。 

他にも相手の心や気の流れを読み取り、占いで性格や現状を把握することができるため、この人の前では隠し事はできない。

霊媒師や宮司としても活躍されているため、日本全国飛び回っている有名人物なのだ。 

「どうぞ、かけて」

「はい、失礼します」

目の前に用意された座布団に勧められ、オレは言われるがままそそくさと座り込む。

「いやァ、すまないね。
直接会いたかったんだが、今、手が離せなくて…。
このような形で申し訳ない」

「いえ、わざわざ時間を作ってくださって申し訳ないです」

「ついさっき燎里からLINEが来てて、少々慌ててしまったよ」

どうやらあの後、一報入れていたようだ。 

見た目や声は燎里のまま、笑みをこぼしながらオレの顔をじっと見つめる。

「どうだい?  学校の方は?」

「はい、とても充実しています」

「そうか、それは良かった。
それじゃ、今悩んでいることは、やはり、“燈部ともしべの力”かい?」

「そう、ですね…」

オレは、覇気の無い返事をする。

「――燈部とは、浄化の炎を身に宿し、人を正しき道へと導く者。
疳之虫や悪霊を払う執行者なのだが…」 

煌心はオレの様子を伺い、顎を撫でる。

「君は恐れているんだね。
怒りにのまれることを…」

「はい…」

オレが神妙な面持ちで答えた。

オレは、あの最低な両親の背中を見て育った。

弱者を蹂躙し、強ければ誰も逆らう者はいない。

暴力を振るった後、相手の怯えた反応に満足感を覚え、次第に支配力も芽えてしまったのだだが、小さい頃に交通事故にあってから考えを改め、怒りを抑える努力を始めた。

くたびれるまで運動したり、漫画や小説の世界に入り浸ったり、脳に響くほどの音楽を聴いたり――。

とにかく意識しないことを心がけた。

不平不満はあったが、しばらくは穏やかに過ごすことができるようになった。

しかし、そんな平穏を突如壊される出来事が起こった。 

中学卒業間近、5人の不良の目に止まり、理不尽な言いがかりで絡まれてしまう。

その時の何気ない返事が癇に障ったらしく、反省の意を込めて坊主にしてやると言い出された。 

抵抗したが、トイレに連れ込まれてしまい、4人がかりで両手両足を押さえつけられ、グループのリーダー格がハサミを持った。

そして、オレの髪を乱暴に掴み、雑に散髪し始めたのだ。

出来上がった髪型は、想定していたものよりも大分ひどい仕上がりとなり、その様を面白おかしく笑われてしまった。 

オレは、鏡に映る自分に絶望した途端、自身の中で点いたわずかな火の粉が一気に豪炎に燃え上がったのだ。 

やがて、気づいた時には、不良たちは床に倒れて気絶していた。

最初は動揺したが、外償は見当たらず気を失っているだけだったため、ほっと胸を撫でおろした。

それが燈部の力を認知した瞬間だった。

この力があれば体に傷をつけることなく、相手を制することはできる。

この行為は決して暴力ではない。

これは粛清なのだと自分を正当化させ、暴れられる口実ができたと悦に浸った。

味を占めたオレは、毎日夜の町を徘徊し、痴漢する者、盗みを働く者、暴力を振るう者――、そういった厄介な者が視界に入った途端、片っ端から浄化させていった。

これが、後の“害虫駆除”と呼ばれる行いである。 

オレは、世のため人のためにのことをしているのだと、そんな充実した日々を過ごしていた。 そんな時だった。 

ある銀髪の不良との出会いで目を覚ますこととなる。 

その不良は圧倒的に強く、指1本触れることができなかったが、オレが今まで出会ったクズとは違うと感じた。

不良は言った。

――疳之虫を消すってことは、そいつの人生を大きく変えることになる。
中には、疳之虫を支えに生きている人間だっているんだぞ。
ちったァ考えろッ!! 

そいつに説教されて悟った。

オレは、また両親と同じ道を辿っていることに…。

気に入らない、目障りな人間を襲い、歯向かう者は力でねじ伏せる様は、まるで自分の思い通りにならなかった時、暴力に走るあの2人と一緒だということに…。 

振り返ってみると、燈部の力は、力を使うたびに怒りの沸点が低くなっていることに気づいた。

この力は、どうやら怒りの感情を高ぶらせ、冷静を失い、周りが見えなくなるようだ。

自分が間違った行いをしていたと分かり、やはり血は争えないのかと絶望した。

そんな時だった。

――1つだけ方法がある。

煌心に相談したところ、返ってきた答えが一縷いちるの光に感じた。

その方法とは、というものだった。 



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