KEEP OUT

嘉久見 嶺志

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授業が一段落し、休み時間へと移る。

皆が自由に談笑を交わす中、廊下側の席を男子が取り囲み、良からぬ空気を醸し出していた。

「玄ちゃん、これ…」

ケータが、恐る恐る声を出す。

玄は不気味な笑みを浮かべ、輪の中心には、バックが置いてあった。

「そうだぜ、ケータ。
これが━━」

チャックを全開にし、中身がよくわかるよう鞄の口を大きく開ける。

「俺達、男の幸せだッ!!」

それは、大きな箱型のパッケージだった。

主に紫に染められ、得体の知れない何かが何人もの女子の服を溶かし、絡みついてるイラストが描かれている。

世間的にエロゲーと呼ばれるものが、そこにはあったのだ。 

「「おお~ッ!!」」

ナベショーと未来は、興奮のあまり歓喜する。 

「さッすが玄ちゃんッ!!
しかも触手のエロゲーって最高じゃんッ!!」

「だろ!だろ! もうエロすぎて半端ねェんだって!!」

大はしゃぎしている中、一人だけ加わらない者がいた。

「どした、ケータ?」

「いや、その…、触手ものは、ちょっと…」

ケータはバックから顔を出している禁忌に赤面し、視線を逸らしながら引いていた。

「何言ってんだァ!! これはなあ、他のエロゲーよりめっちゃエロいんだからなァ!!」

玄は恥を知らぬのか、声を大にしてエロゲー所持を公表する。

「そもそも、このご時世にどうやって…」

「そりゃ変装するに決まってんだろ!?
髭生やして店員にタメ口かましゃ楽勝よ!」

ドヤ顔でガッツポーズを決める玄。

「あそこでしょ!? あの深夜までやってる━━」

「そうそう! そこの古本屋!!」

「オイ!? 生徒会!!」

 高校代表するツートップが、あってはならない話題で盛り上がっていた。

その光景を、少女達は、遠くから蔑んだ目で眺めていた。

「発情期かよ…」

鈴音の口からボソッと漏れ出る。 

「てか、何でこんなもの高校に持ってきてんだよ」

根本的問題点をケータが指摘すると、玄が彼の肩を組み、 ニヤけながら囁く。

「お前のためを思ってに決まってんだろォ?
これで女子をもっと学べッ!」

「こんなんで学びたかねェよ!!」

「玄ちゃん玄ちゃん」

 そこへナベショーが玄を制止させ、険しい表情で首を振る。 

「ケータに触手モノは、刺激が強すぎる」

「けどよ、ナベショー…」

「だから、まずは━━」

ナベショーは、スマホを取り出し、ある画面を見せる。 

三次元AVから慣らしていくべ」

「何勧めてんだよ!?」

女性の裸を見せられ、更にケータは動揺してしまう。

「いつまでもムッツリは嫌だべ?
素直になッぺよ」

「いや、だからムッツリじゃねえって━━!!」

なぜか悲哀の眼差しで説得され、戸惑うケータ。

「無料で見れッとこ、教えてやッから」

「えッ!? あッ!! いやッ、そんなん別に━━」

誘惑に心を揺れ動かされ、つい躊躇ってしまう。

一応彼らは声を抑えているようだが、周囲にだだ漏れだった。

その光景を少女たちは、遠くから冷めきった目で眺めていた。

「思春期かよ…」

再度、鈴音の口からボソッと漏れ出る。 

すると、廊下側の窓にある人が通りがかった。

「おう! 直樹!!」

玄が直樹の姿を捉え、窓を開けて呼び止める。

「うん?」

直樹は足を止め、素直に玄の元へ近寄る。

「これッ、見てみろよッ!」

わざと小声で話しかけ、例の品を見せるが、彼の重そうな瞼は、ピクリとも動くことはなかった。

「ん?」

しばらく凝視し、しまいには、反応することなくその場から離れる。

「えッ? ちょっと、直樹!?」

直樹の口からは何も発されず、玄は、徐々に不安が募っていく。

「ねェ!? 直樹!? 何か言ってよ!!」

去っていく後ろ姿に、玄は、動揺のあまり窓から身を乗り出した。

「俺を見捨てないでェェェェェ!!」 

直樹の方へ手を伸ばすが、玄の願いは届かず。

それどころかバランスを崩し、派手に廊下へ転倒してしまった。

「がッ!!」

痛々しい結末をケータ達は見届け、その様子を少女達は呆れた目で眺めていた。

「何この茶番…」

 またしても鈴音の口からボソッと漏れ出た。

「さっきの人も志保と同じ部活でしょ?」

鈴音の問いに軽く頷いてみせる。

『門村 直樹君。
みんなからは“なっくん”て呼ばれてて、部長なんだよ』

「えッ!? あの人部長なのッ!?」

外見からして、そこまでしっかりしてる印象がなかったため、意外に感じてしまった。 

『なっくんは口数少ないし、いつも眠そうにしてるから、何考えてるのか分からない人なの』

「まァ、そんな気はしてたけど…、ふあ…」

その時、不意に眠気が襲い、ついあくびをしてしまった。

『寝てないの?』

「うん、まあ、そんな感じ…」

余韻に浸りながら、涙を指で拭き取る。 

『ちゃんと寝ないとだめだよ』

「あ~、そうだね」

忠告する志保に対し、軽く流す。 

できたら苦労してないんだよ…。

とてもじゃないが、不安げな彼女にそんなこと言えたものではなかった。



━━学校が終わり、電車で帰路につく。 

あ~、今日はいつにも増して頭が痛い。

ミスドにでも行って、糖分を補給した方がいいか?

 睡眠不足による頭痛に悩んでいるうちに、終点のアナウンスが流れる。 

ホームに降りると、先頭車両から見覚えのある人物が視界に入った。

あッ、門村…。

猫背でマスク姿の彼が、改札口へと進んでいく。

鈴音も定期で通過すると、直樹がエスパルの中へと入っていくのが見えた。 

本屋にでも寄んのか? 

なぜか気になってしまい、自然と足がそちらへ向いた。

エスカレーターで上に登っていったため、鈴音も少し離れて後を追う。

登っていくうちに本屋の階に出たが、直樹は、さらに上を目指していった。 

この先って、確か…。

思い当たる店が頭に浮かび、答え合わせのためついて行く。

そして鈴音の予想は的中した。

直樹は、アニメイトの狭き門をくぐって行ったのだった。

オタクだったのね。

まあ、そんな感じはしてたけど…。

「…ミスド行こ」 

看板ゴールを見上げ、納得したのか、下りのエスカレーターへと歩いていく。

すると、アニメイトの入り口から、ひょこッと直樹が顔を出した。

「同士かと思ったのに…」

直樹は、鈴音の背中を見ては落胆したのだった。



━━翌日、登校してきたケータが席にバッグを下ろしていると、廊下側の窓が開いた。

「やッ、ケータ君」

「あれ? なおちゃん?」

直樹が軽く挙手して挨拶してきた。

「珍しいね、なおちゃんがウチに用なんて。
しかも朝イチ」 

「ケータ君に渡したいものがあってね」

「オレに?」

ケータが近寄ると、直樹は何やらバックの中を漁り出し、彼にあるものを差し出した。

それは、透明のカバーフィルムに包まれた片手サイズの本。

表紙には、派手なドレスを着たツリ目の女子のイラストが描かれており、 タイトルが、“ツンな態度のお嬢様がデレる瞬間、俺の政権は執行される!”と、記されていた。

「…何コレ」

ケータは、一瞬思考が停止し、 体が硬直してしまった。 

「ケータ君、オレはね、妄想って大事だと思うんだ」

「うん!? そう、だね!?」

唐突な話に、一旦、相槌を打つ。

「ケータ君も文学を嗜む者ならば、小説から女子の深層心理を多く学び、妄想力を無限大にまで高め上げるに越したことはないでしょ」

昨日の話を出しているのだろうか。

珍しく力強く流暢に語り出す直樹に、ケータは、ただただ唖然としていた。 

いやまぁ、確かにオレは小説も読むけど…。

手渡された官能小説を凝視し、次第に震えだした。

昨日といい、今日といい、ツッコミどころ満載だけど、とりあえずこれだけは声を大にして言いたい。

「何で皆R18ボーダーライン超えられんのッ!?」

朝から体力を消耗したケータであった。




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