KEEP OUT

嘉久見 嶺志

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「ねッ? 大丈夫だって。
何も怖くないから…」

夜、福島駅東口は、仕事上がりの大人がドッと鬱憤を吐き出す時間帯となった。

日中の疲労を消化するため、酔える、腹を満たせる、騒げるの三拍子が揃う歓楽街へと赴く。

そんな歓楽街から少し離れた場所で、男女の交渉が行われていた。

「痛いことは絶対しないからッ、ねッ!
約束するッ」

男性が少女の両肩を掴んで、互いのおでこを当て合っている。

そばを通りかかる通行人の耳に入れぬため、小声で説得しているみたいだが、語気が強い上に下心が透けすぎていた。

目の前にはホテル。

男は、一刻も早く欲望を解放したいようだが、少女が それを拒んで応じず、首を横に振ってばかりいる。

そんな二人のやり取りを、遠くから見張っている少女たちがいた。

「どんだけヤリたいんだよ…」

つい本音が漏れ出る鈴音。

黒いキャップを被り、ツバの影で隠れているが、どんな表情をしているのか 容易に察しがつく。

長袖で首回りが広い黒Tシャツを着ており、下はバギーパンツにスニーカーを履いている。

鈴音達は、道路の向かい側でその様子を伺っているが、男性の抑えている声がこちら側まで聞こえてくる。 

見ての通り、ターゲットは中年男性、少女は奴の餌食になりかけていた。

見た目と挙動からして十代だと推測。

経緯は知らないが、おそらくマッチングアプリ等で知り合ったのだろう。

それで興味を抱いた少女が餌にかかり、現時点で後悔してしまっている、そんなところだろうか。

あんなの、男がどうこう以前に犯罪でしょうよ。

目の前の獲物を逃がすまいと、語彙力のない話術で必死に口説こうとしている痛々しい様が眼鏡に移り、素直に引いてしまう。

男って、皆こうなんだろうか。

なんか最近こんなんばっか見てる気がする。

時々考えるのだが、もし疳之虫が憑いていなかった場合、どう対処するのだろう。

あの男性がとうの昔に疳之虫を祓われていたとしたら…?

まあ、そうなったらあの男性は単なる犯罪者で警察に通報すれば良いだけなんだろうけど…。

ナベショーみたいにちゃんと形となって顕現してくれればわかりやすいのにな。

ケータオメェしか駆除できない”

ふと、ナベショーがそんなことを言っていたのを思い出した。

そういえば、なぜできない?

なぜ、ケータは、その方法を皆に伝えていない?

皆に伝授すれば間違いなく効率は上がるのに、教えられない理由でもあるのだろうか。

この疑問も直接本人に聞けばすぐに解決するけど、なぜか苦手意識が芽生えてしまう。

アタシの勘之虫が、唯一危険人物認定した男子だからか、つい距離を置いてしまう。 

まさか、疳之虫が心層から出てこないのってーー。

長谷川 佳汰という少年がいかに恐ろしい存在なのかを物語っているのでは?

見た目は普通の一般人にしか見えないが、もしかすると何か隠しているのかもーー?

はッ!

そこで妄想を止め、誇大した頭の中をかき消した。

日頃のケータのドジばかりしている行動や、周りからイジられている印象が強すぎるあまり、失礼ながらもそれはないという結論に至ったからだ。

そう、これは、あくまで妄想でしかない。

もし、この場にケータがいたら、一目で取り憑いているかどうか判別できるんだろうか。

隣でしゃがんでいる志保は、ワンサイズ大きめのパーカーに短パン姿でスマホをいじっていると、ちょうど着信が入った。

内容を確認し、立ち上がっては鈴音に見せる。

「了解。このまま待機ね」

近くにナベショー、未来ペアがいるので、一旦、合流するとのこと。

「…あのさ」

「?」

「何で、ケータは、志保達に祓い方を教えようとしないの?」

結局、訊いてしまった。

言うか一瞬ためらってしまったが、気になって仕方がなかった。

『教えようとんじゃなくて、教えることがんだって』

「“教えることが出来ない”?
機密事項ってこと?」

志保は、軽く首を横に振り、再度スマホに文字を打ち込む。

『ケータ君の体がそういう体質らしくて、教えたくても教えようがないんだって』

「そう、なんだ…」

志保のスマホ画面を見て、あまり腑に落ちなかった。

アタシは、疳之虫についての知識は日が浅いし、まだまだ知らないことだらけだが、体質なのだとしたら、更に疑問が生じてしまう。

ケータのあの力、相手の動きを封じるあの力は、一体何なのだ!?

疳之虫を祓う力が体質なのであれば、ケータに取り憑いている疳之虫にとっては、毒のようなものなのではないのだろうかーー!?

…この辺にしとこう。

情報が少なすぎるゆえに、推測の域を出ることは決してないのだから。

その時 、2人に動きがあった。

しびれを切らしたのか、男性が少女を強引にホテルへ引きずり込もうとし始めたのだ。

「マジ!? そこまでやる!?」

あまりの急展開にアタシは焦り、志保も戸惑っている。

周りを見渡し、ナベショー達を探すが、姿は見当たらない。

あ~ッ! もうッ!!

気づけばアタシは、志保を残してガードレールを乗り越えていた。

「ちょっとッ!! 何やってんですかッ!!」

声をかけると、男性はビクッと一瞬静止し、その拍子に掴んでいた少女の手を緩めてしまった。

隙が出来た少女は、思いっきり腕を振り切り、男性の手からようやく解放された。

「あッ! ちょッーー!!」

少女は 全速力で逃げ去っていき、道路を横断し終えたアタシは、ガードレールを再度飛び越え、入れ替わりで男性の前に現れた。

「なッ、なんだよッ!? お前ッ!?」

「向こうでずっと見てましたが、彼女、ずっと嫌がってたじゃないですかッ」

「こッ、これはッ、俺たち二人の問題だッ!!
部外者は引っ込んでろよッ!!」

「傍から見たら犯罪にしか見えなかったですけどッ!?」

アタシが大声で言い返していると、通行人が次々と注目し始め、男性の顔からブワッと汗が噴き出した。

「ちッ、ちがッ!! そッ、そうだッ! これは美人局だッ!!
俺は、こいつにハメられたんだッ!!」

男性は、とっさに私を指さし、周りの視線を気にしながら、罪をなすりつけ始めた。

「…つまり、は認めるってことですね?」

「うッーー」

冷静に尋ねると、男性は言葉が詰まり、一歩後退る。

やがて、周囲の刺さる姿勢に耐えられなくなり、その場から逃げ出した。

「あッ! ちょっとッ!!」

男性が脇道に入ると、ちょうどナベショーと未来に出くわし、二人の間を強引に割って入っていった。

いったッ!?」

「ッーー!?」

未来は、ワイシャツの袖をまくり、中はTシャツ。

ナベショーは、Tシャツで腰にパーカーを巻いており、下は余裕のある長ズボンとスニーカー だった。

「ンだで!? あいつッ!?」

「ひょっとして、今のがーー」

走り去る男性の背中を見送っていると、続いて鈴音が間を通過していく。

「何してんのッ!! 早くッ!!」

二人は互いに顔を合わせ、急いで鈴音の後を追った。

脇道を抜けると歓楽街に出た。

鈴音は、悲鳴や怒声が聞こえる方へと目を向ける。

その先には、通行人にぶつかりながらも突き進んでいる男性の姿があった。

「いたッ!」

追いついたナベショー達もつられて見ては、勝ち誇った表情を浮かべる。

「ッし! あの先は、なっくん達が張ってッとこ!!」

つまり、挟み撃ちにできるッ!

「行くべッ!!」

三人は一斉に駆け出すと、脇道から志保が出てきては膝に手をつけ、疲れきった表情で呼吸を整える。

志保は待ってと言わんばかりに3人の姿を目で追うことしかできなかった。

鈴音達は、男性の先に直樹の存在を視認し、勝利を確信づけた。

直樹は歓楽街の入り口に立っており、ハイネックの黒ジャージにマスクをしていた。

「なっく~んッ! そっち行ったでェ!!」

ナベショーが大声で呼び、ターゲットの位置を伝える。

しかし、直樹は見向きもせず、それどころか男性が彼の前を素通りしてしまった。

「「「はァ!?」」」

想定外の事態に三人は唖然とし、男性も道路へと飛び出しては、車に轢かれる寸前になりながらも渡りきってしまった。

「ちょっと直樹!? アンタ何やってーーッ!?」

直樹に駆け寄り、問い質そうとするが、彼の視線の先に その答えがあった。

「オニサンッ! 今ダケッ!! 今ダケネッ!!」

「だからッ! オレッ、高校生なんだってッ!!」

そこには、4階建てのビルの前に前で薄生地の黒ニット帽をかぶったケータが、フィリピン人のおばさんに腕を引っ張られていた。

黒のVネックで七分袖、カーゴパンツにブーツを履いており、ビルに引きずり込まれまいと必死に抗っている。

「手コキ3000円ッ!! サービススルカラッ!!」

おばさんは、片手で如何わしい動きしながら、男女の交渉を推し進めていたのだ。

「だからッ!! アイムッ、ティーンーーーはッ!!」 

ケータは、やっと鈴音達の存在に気付き、彼らの冷たい視線に一瞬で凍りついてしまった。

「最ッ低」

「誤解ですゥゥゥゥゥ!!」

彼に対する壁は、更に分厚くなってしまったのであった。 



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