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★デビュタント〜準備編〜★
地獄のストレッチ
しおりを挟む「では、お嬢様、まずは軽くストレッチから始めましょう。
まずは、股関節のストレッチからです。
足を肩幅に開いて立ってみてください。
お次は片膝を折り曲げて軽く持ち上げた状態で、時計回り・反時計回りに股関節を回していきます。
これを左右10回やっていきましょう。」
張り切ってストレッチの指南をするルリに反して浮かない顔のセイラは渋々言われた通り動いた。
「…ええ。こんな感じかしら??」
「………………………………………………。」
そのセイラに対してルリとルカは軽く頭を抱えた。
セイラは運動音痴だったのだ。
それも極度のだ。
いつもは魔獣退治だと走り回ってるため運動ができるのでは…と思われることもあるが、木に登れば途中で降りられなくなる。穴を掘れば足を滑らせて自分で落ちる。魔獣を追いかければなぜか逆に自分が追いかけられている。木剣を振ろうとすると手からすっぽ抜ける。
…あのときはすっぽ抜けた木剣がベルナールの後頭部にあたり、危うく大騒ぎになりかけたものだ。
兎にも角にも、セイラの運動音痴は皆の知り得た共通認識でもあった。
以前も他のストレッチをやらせたところ散々な結果で終わったため、今回は比較的やりやすいものを選んだつもりのルリだったが…
…セイラのことをジッと見つめてみる。
おかしい。何かがおかしいのだ。
「お嬢様…何故…何故、飛び跳ねておられるんでしょうか??
私、その場で飛び跳ねるなんて言っておりませんよね??」
そう、セイラは運動音痴な上にバランス感覚もなかった。
そのため、そもそも片足で立つということができなかったのだ。
セイラは片足を持ち上げながらその場でぴょんぴょんとひたすら飛び跳ねていたのだ。
いつもセイラをいじり倒しているルカもこれにはさすがに何も言えないのかスッと視線を逸らすだけであった。
コホンッ
ルリが軽く咳払いをした。
股関節のストレッチは諦めたようだ。
「…お嬢様。もうそこまでで大丈夫です。
お次は肩甲骨のストレッチです。
まずは普通に立った状態で両肩に手を添えてください。
それから、両肘を内回し、外回しにそれぞれ10回づつ回していきます。」
さすがの運動音痴でもこのくらいなら問題なくできるだろう。と思いさらに簡単なものを選んだ…つもりだったのだ。
しかし、結果は…
「お嬢様…何故…何故、肘打ちを繰り広げてらっしゃるのですか??」
そう、ルリは肘を回せと言ったのに対して、セイラは肘を前に繰り出し、ひたすら肘打ちをしていたのだ。
ルリとルカは顔を見合わせた。
もはや運動音痴以前に理解されていない…と。
どうするか2人がアイコンタクトで相談してるうちに、セイラが肩甲骨回しという名の肘打ちを左右10回づつ終えた。
「ルリ!!10回づつ終わったわよ!!
もう、疲れたわ…。…まだやるの??」
当たり前である、本来運動前にするはずのストレッチが片足跳びと肘打ちになったのだから…。
そんなことはいざ知らず本人はやり遂げたと思っているのがなんとも皮肉なものだ。
セイラに口頭指示は無理だと判断し、今度はルリが指示を出し、ルカがセイラの身体を補助することにした。
「それでは最後に体のストレッチを行います。
まずは立った状態で右手を持ち上げ、息を吐きながら上体を左に倒してください。
元の状態に戻し、今度は逆に左手を持ち上げて息を吐きながら上体を右に倒してください。
これを左右交互に10回づつ行います。
ルカが補助をしてくれますので、それに合わせて行ってください。」
「ええ!よろしくね、ルカ。」
「はい。ではお身体失礼致しますね~。」
ルカがセイラの身体に軽く手を添えながら姿勢を作り、右手を上に持ち上げた…ところまでは良かった。
今度はうまくいくと2人が気を緩めた時、事件は起きた。
「~~~~~~~!!!!!!!?」
ドスっという音と、ルカの声にならない呻き声が上がった。
一体何が起きたのか………上体を左に倒すとき、もう大丈夫だろうと安心して油断したルカの脳天に勢いよくセイラの右手が刺さったのだ。
上体を倒すため勢いをつけていたこともあり、ものすごい勢いで脳天を直撃した。
それはもうすごい音がした。
本来であればルカだけでなくセイラも突き指など怪我をしていても不思議ではない。
しかし、このお嬢様、運動神経はなくとも、何故か身体だけはすこぶる頑丈だった。
全てのステータスを容姿と丈夫さに全振りしたのではないかと思わずにはいられないほどに。
「えっ、ルカどうしたの!?
大丈夫??…なんだかすごい音が聞こえた気がするのだけれど…」
自分がルカの脳天を刺したことにすら気がついていなかったようだ。
ルリは信じられないとばかりに唖然とし、ルカは痛みに悶え、セイラはきょとんとしているという、側から見るとなんともカオスな状況が出来上がっていた。
「…お嬢様。今日はもうここまでになさいましょうか…。
また明日、続きをいたしましょう。」
ルリは遠い目をしてそう告げた。
「えっ!ほんと!!やったわー!!」
セイラはそんな2人の状況にお構いなく、続きが延期となったことを飛び跳ねて喜んでいた。
ルリは今回のシェイプアップを通して、普段からのセイラに対する鬱憤晴らし…もとい、お灸を据えようと思っていたのだ。
それがセイラのあまりの運動音痴ぶりで台無しになってしまった。
セイラに地獄のシェイプアップをプレゼントするつもりが、こちら側が地獄を味合わされてしまった…。
こんなつもりではなかったのに…と遠い目をしながら痛みに悶えるルカを見てルリは後悔をしていた。
そして…次回のシェイプアップはもっとシンプルなものに、かつ厳しい内容にして絶対にお嬢様を負かしてやる!!と決意したルリであった。
"次こそは、地獄を見せてさしあげます!!"
そう決意しいまだに悶えているルカを引きずりながら退出していった。
その2人の背中に向けてセイラがニヤリと不敵に笑っていたのは終ぞ誰も気がつくことはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
デビュタントまで長くなってしまいすみません。
章のタイトルを分かりやすくなるよう、一部変更させていただきました!!
次回、今回の話のセイラ視点になります!!
よろしければ長編連載中の
「●幸せになりたかった彼女は異世界にて幸せを掴み取る●」
のほうもご覧いただけると嬉しいです!!
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