一夜の過ちを犯した男が最愛になるまでの話

待井 月

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食事が終わって一息ついたあと、男がソファに腰掛け、手招きした。
戸惑いながらも向かいに座ると、彼は真っ直ぐこちらを見た。

「ねえ、名前。」

「……名前?」

「うん。まだ知らないだろ? 昨日は“ねえ”とか“君”ばっかりでさ。」

確かに。
裸で同じベッドにいたくせに、俺たちはまだ他人同士のままだった。
そのことに気づくと、急に居心地が悪くなる。

「……遙(はるか)。」

「遙、か。」
彼は繰り返し、唇で確かめるようにその音を鳴らした。
「いい名前だね。……ぴったりだ。」

「は?」

「どこか遠くに行ってしまいそうで、でも今はここにいる。
 そんな感じがするから。」

茶化すでもなく、本気の声音で言うから余計に胸がざわついた。

「……お前は?」

「俺?」
彼は少し笑って、手を差し出してきた。
「悠真(ゆうま)。悠に真っ直ぐって書く。」

握手を求められるなんて想像してなかったから、一瞬躊躇う。
でも、その手は驚くほど自然で――温かそうだった。

恐る恐る手を伸ばすと、しっかりと握られる。

「改めて。よろしくな、遙。」

握った手のひらにじんわりと熱が広がる。
ただそれだけなのに、どうしようもなく心臓がうるさかった。
手を離そうとした瞬間、悠真は少しだけ握る力を強めた。

その青い瞳が、真っすぐに俺を射抜く。

「……本当はさ。」

「……?」

「昨日が“初めまして”って感じじゃなかったんだよな、俺にとっては。」

「どういう意味だよ。」

悠真はふっと笑って、視線を外した。
けれどその笑みは、どこか懐かしむようでもあった。

「街で見かけたことがあるんだ。
 ひとりでベンチに座って、空を見てた君を。」

記憶を探る。
確かに、何度か人の視線を感じたことがあった。
でもそれを“悠真”だと結びつけることはできない。

「俺、変なやつだよな。
 ただ見てただけなのに、不思議と気になって。
 名前も知らないのに――君を探すようになってた。」

「……そんなこと言われても。」

動揺で胸がざわつく。
ずっと誰にも求められなかった俺を、この人は“見つけていた”というのか。

悠真は握っていた俺の手をそっと離し、柔らかく笑った。

「安心しろよ。ストーカーとかじゃないから。
 ただ……出会うべき人に、やっと会えた気がしてるだけ。」

「……っ」

その言葉に、返事ができなかった。
信じるべきじゃない。
けど――信じたいと思う自分が確かにいた。

胸の奥が、妙に熱を帯びていた。
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