居候の訳アリ女子高生アイドルに三日で恋をして、相思相愛になった件。【三月の雪】

月平遥灯

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霜夜の冬・ミツキの雪

居候の訳アリ女子高生アイドル

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 楠川田賢二《くすかわだけんじ》が逮捕されてからというもの、誹謗中傷《ひぼうちゅうしょう》も止み、僕とミツキを糾弾《きゅうだん》していたネットユーザーが袋叩きされた挙句、炎上するという逆転現象が起きていた。僕とミツキは、もうこれ以上、誰かが誰かを攻撃することはやめましょう、という声明を出したのだけれども、効果があるのかないのか。ただ、僕とミツキにはかつてないほどの平和が訪れていた。


 大晦日。さすがに家族全員が揃った夕飯時、母さんと姉さんから今度は僕が袋叩きに遭っていた。お前のすることは無茶苦茶で、結果的にはなんとかなったものの、その向こう見ずの性格を直せ、と。散々怒られた挙句、お酒の酌をするはめに。そんな僕を見てミツキは笑っていた。酔っぱらった姉さんと母さんはミツキに絡んで、早くお酒が飲める年齢になりなさい、なんて。後三年もすれば嫌でもそうなるのに。


「ミツキちゃんは、春夜《しゅんや》と結婚するの? しないの?」


 ダイニングテーブルで向かいに座るミツキに訊《き》く母さんは、確実に酔いが回っている。だって、目が据《す》わっているもの。でも、春の頃よりも母さんに慣れたミツキは、クスクスと笑いながら答える。はい、シュン君次第です、と。

 そうか、僕次第なのか、なんて。紅白歌合戦を映したテレビの前のソファに横たわる父さんを横目に、僕は嘆息した。残された試練は手術のみ。これに尽きる。


「母さんはさ、ミツキちゃんが本当の娘になること、正直どう思っているの? だって、花山さんに言われて渋々受け入れたんでしょ?」


 ビールを片手に横に座る母さんに訊《たず》ねる姉さんも、相当酔っている。すでに日本酒を一合も飲んでいるのだから当然だ。だけど、ミツキ本人がいる前で話すことなのか。しかし、ミツキはそんなことを気にもせず興味津々。母さんの顔を見る表情は嬉々としていて、なんだか楽しそう。


「そうね。ミツキちゃんと会う前は仕方ないか、なんて思っていたわよ。でも、ミツキちゃんの目を見たら、この子は芯がしっかりしているって。可愛くなっちゃってね。話してみれば、春夜に似ているじゃない。だから、子供が三人になったみたいで、今となっては本当の家族よ」


「わたしがシュン君に似ているのですか……?」


 どこが似ているのか、と思ったけど、言われてみれば似ているのかも。キレると突っ走る性格とか。


「そうね。シュンとミツキちゃんは似ているわね。ミツキちゃんが来てから四日目くらいだったかな。帰ってきたら、ちゃっかりソファで二人して身を寄せ合って寝ていて。もう寝顔が笑っちゃうくらいそっくり。でも、ミツキちゃんのことをシュンが受け入れたのは少しびっくりしたけどね」


 隣に座るミツキを見ると、ミツキもこちらを向いていて。目が合って思わず噴出《ふきだ》した。だって、クリスマスのプレゼントに交換したウサギはどちらも間抜け顔をしていたから。ああ、あの時、姉さんに僕たちの間抜け顔を見られてしまったのか。


「お母さんはね、元気な身体で春夜を生んであげることができなかったけど、心は強く育てたつもりなの。心の表面は弱くても、芯は強い子でしょ。ミツキちゃん」

「……はい。本当に。何度、諦めないシュン君に助けられたか」

「ミツキちゃんもね。お母さんにきっと、同じように育てられたのね。あなたのような子が家族になるなら、わたしは大歓迎よ。ミツキちゃん、これからも春夜をよろしくお願いね」

「母さん、なにしみじみしちゃっているんだよ。まだ高校生だよ僕たち」


 そうね、なんて言う母さんは、急須からお茶注いだ茶わんを二つ居間に持っていくと、いびきをかいている父さんを起こした。手渡された茶わんに、熱いよこれ、と言って父さんは起き上がる。夫婦そろって啜《すす》るお茶はどんな味なのかな。

 僕もミツキとあんな風に毎日を過ごす未来は、どれほど幸せななんだろうな、なんて思うと少し優しい気持ちになれた。


「あ、そろそろね。身体が大丈夫なら行ってきなさい。ちゃんと祈れば、きっと願いは聞き入れてくれるから」


 母さんが時計を見て僕に勧める。何のことか分からないミツキは、怪訝《けげん》そうに僕の顔を覗いた。


「元朝参《がんちょうまい》りだよ。大晦日の零時になると、人が結構集まるんだ」

「わたしも行っていい?」

「むしろ、ミツキが一緒じゃないと行けないかも」

「うん! でも、寒いから……シュン君大丈夫かな?」

「あったかくして行けば大丈夫だと思うよ」


 準備してくるね、と言って離れに戻るミツキを目で追う母さんが言う。ミツキちゃんも引っ越しかな、なんて。引っ越しってどういうことだよ。さっきまで大歓迎って言っていたじゃない。まさか、ミツキがいないところでは、悪口を言い始めたりして。なんて性格が悪い。これが大人になるってことなら僕はなりたくない!


「母さん、どういう意味だよ。まさか、やっぱり東京に帰れ、なんて言うんじゃ?」

「違うわよ。離れに一人で置いておくなんて可哀そうでしょう。ほら、春夜の部屋のとなりが開いているから、本人がよければ入れてあげなさい。ねえ、飛鳥《あすか》」

「あたしも良いと思うよ。シュンが引っ越し手伝うならね」


 なんだ、そういうことか、と僕は納得した。よほどミツキのことが可愛いんだろうな。母さんも姉さんも。それにしても、ミツキはどういう反応するのかな。



 ★☆☆



 今年も残すところあと一〇分。

 薫《かお》る匂いは、凛とした風に乗る真冬の鼻で感じる寒冷の記憶。揺らめく星の輝きがいつもより一層美しくて、まるで僕の大切な人の瞳のよう。静寂を破る一本向こうの通りの声が、高速道路を走るトラックのノイズと交じり合う。風にたなびく商店の宅配便の旗が少し耳障りだったけれども、無言で肩を寄せ合うミツキの瞳を見れば、それも気にならなかった。


「元朝参りって、毎年行ってるの?」

「うん。一応。姉さんと母さんも去年は行ったんだけどね。まさかの元朝参りで二人とも顔バレして、来年は行かないって、帰り道で言ってたから」

「わたし達は大丈夫かな」

「いや、もうツイーター見る限り、公然と付き合っていることがバレているから、いいんじゃないかな。もう、隠しても無駄だし」

「それもそうか。なんだか、開き直ると強いね」


 確かに、なんて言って、急な階段を登る。これが結構きつい。階段の上に鎮座する神様は元旦早々、僕に試練を与えてくるみたい。でも、きっと、それも今年で最後になるのかな。来年は元気に登れるはず。うん。そうだといいな。


「シュン君、大丈夫? ゆっくりでいいからね」

「うん。ありがとう」



 ようやく登りきった頃には、遠くで除夜の鐘が鳴り響いて、スマホの通知がハッピーニューイヤーとアケオメで溢れかえる。あけましておめでとうございます、という町内会のおじさんとおばさんたちが、甘酒の入った紙コップをくれた。酒粕《さけかす》がふんだんに使われていて、素朴な味の中に感じる初春の香りは、お正月の到来を感じさせる。


「シュン君、あけましておめでとうございます。今年も、不束者《ふつつかもの》ですがよろしくお願いします」

「ふ、不束者って。ミツキ、あけましておめでようございます。今年も、軟弱者ですがよろしくお願いします」

「今年は、軟弱者から脱却できるから大丈夫だよ」


 賽銭箱《さいせんばこ》にお賽銭を投げ入れ、鐘を鳴らすミツキの手を合わせる姿を横目に僕も手を合わせた。本当はいろいろと願い事をしたいのだけれども、僕の願いは一つだけ。そう、春からずっと変わらない願い。



 ————ミツキとずっと一緒にいられますように。



「シュン君はなにをお願いしたの?」

「え。ミツキから教えてよ」

「え~~~~。恥ずかしいよ」

「恥ずかしい願い事なの?」

「シュン君とずっと一緒にいられますように、って」

「やっぱり。全然恥ずかしくないじゃない。僕も同じだから。ミツキとずっと一緒にいられますようにって」


 駄目じゃない、シュン君は身体のことお願いしなくちゃ、と言ったミツキの頬は綻《ほころ》んでいて、寒そうに僕の左腕を抱き締めた。シュン君大好き。今年はじめての大好きだね。


「あ、そうだ。ミツキ、今年は引っ越しね」

「————え?」

「だから、引っ越し」

「…………なんで——わたし追い出されちゃうの?」


 かわいい子には意地悪したくなってしまう。だって、眉尻を下げる表情も可愛いから。そして、悲しい表情からぱっと明るくなる時のミツキの顔は、抱きしめたくなるくらい愛おしい。いや、愛おしいのはどの表情でも変わらないのだけど。


「うん。離れから出て行って欲しい」

「……ひどい。シュン君それ本気なの?」


 力《りき》む唇を震わせて、みるみるうちに悲しみで満たされる顔に、少し意地悪が過ぎたかな、などと思いながら冗談だよ、と告げると、もうッ、と言って僕に体当たりをするミツキは安堵の息を漏らしていた。


「僕の部屋の隣が空いているから、引っ越したらって母さんが」

「————ほんとに!?」

「うん。離れで一人寂しく生活するのは可哀そうって」

「嬉しい……すごく嬉しいの」


 霜夜《しもよ》に煌《きら》めくダイヤモンドダストの中から顔を出す、一輪の水仙のような可憐という言葉さえも届かぬ至極耿然《しごくこうぜん》たる笑顔は、僕が想像していたよりも喜びに満ちていた。シュン君ありがとう。本当に大好き。

 そんなミツキの表情と煌《きら》びやかな声色に、僕も嬉しくなって頭を抱きしめる指先の間からキスをした。もう、わんちゃんじゃないんだから、キスは顔にして、というミツキの言葉どおりに頬にキスをして。すぐさま唇を奪う。少し長めの口づけ。


 階段を下りながら、握ったミツキの手をMA-1のポケットに入れて、その手をくすぐると、ミツキも僕の手をくすぐり返す。そんなにわたしに相手して欲しいの、なんて言って。足がもつれないように、気を付けながら一歩一歩下っていく。冷たい風に煽《あお》られた顔が冷たくて、立ち止まり再度ミツキにキスをした。神社の階段でキスをするなんて、少し罰当たりかな。だけど、階段下から見たらすごく絵になるんじゃないかな、なんて思ったり。足元を照らす裸電球が両脇に熱を帯びていて、スポットライトのように僕とミツキを浮かび上がらせている。きっとそう。


「今年一番のキスだね」

「今年一番だね。今年のファーストキス。そういえば、ミツキのファーストキスって」

「うん。初恋の人」

「初恋の人かぁ。なんだか甘酸っぱいね」

「え? 甘々だけど?」

「は? あれ?」

「シュン君に決まっているじゃない。桜の木の下で。まさか忘れちゃったの?」

「いや、その。前の日あたりにキスしてって言っていたから、慣れているのかな、なんて勝手に思ってた……」


 また立ち止まるミツキがそっと僕に重ねた唇は、冷たくてまるで氷菓のよう。精彩《せいさい》な髪の毛先が僕の頬の上で輪舞曲《ロンド》のように舞い乱れる。冷たい風が泣き止むと、鳥居の下を歩く女子高生の姦《かしま》しい声が香《かぐわ》しい花のようにぽつりぽつりと。その笑い声に、背中を押された僕たちがまた歩みを進めると、通り過ぎる彼女たちは僕たちに反応するように声を上げた。美月《みつき》ちゃんとシュンさまだ、と。ミツキに対する呼称が随分と変わったものだ、と思いながら会釈《えしゃく》をすると、全員が手を振ってくれた。またね、なんて。


「元旦から、なんだか温かいね」

「うん。今年は良い年になりそうだね、ミツキ」



 ☆★☆



 元旦早々、ミツキの引っ越しが始まった。二日酔いで寝ている母さんと姉さんを尻目に、父さんも駆り出されて運び出される荷物は思ったよりも少なくて、あっけなく僕の部屋のとなりに収まっていく。元々荷物が少ないミツキの引っ越しは、ものの一時間程度で終わってしまったのだから、覚悟をしていた父さんが呆気に取られるのも当然だと思う。


「あんたら、朝から元気だね。あたしはこんなに頭がガンガンするのに」


 アスカさん水です、と言ってコップを手渡すミツキの頭を撫でる姉さんは、どう見ても病人だ。それもそのはずで、朝方四時まで母さんとワインの飲み比べをしていたのだから、掛ける言葉もない。いい加減寝れば、と僕とミツキが声を掛けても聞かなかったのだから、自業自得というもの。そこまで起きていた僕とミツキもどうかと思うのだけれども。


「シュン君、お部屋がね、ちょっと大変なことになっているから、手伝って」


 僕の手を引くミツキに導かれるまま、彼女の部屋に入ると、ソファとテーブルが乱雑に置かれていた。また、離れではシングルベッドに寝ていたミツキにとって、元々備え付けてあるベッドがクイーンサイズだったことも驚愕だったはず。一人で寝るには大きすぎるから。


「このベッド、買ったのはいいけどベッドマットが気に入らないって言って、姉さんがこの部屋に入れたんだよ。で、新しいの買ったくらいにして。全く。だから新品同様なんだ」

「いいのかな。わたしが使っちゃって」

「全然大丈夫だよ。だって、このまま使わないでおくの勿体ないじゃない」


 家具の配置を終えた僕とミツキがようやく一息ついてソファに座った頃には、早くも正午になることに気付いた。なんだかんだ言って、三時間近くミツキの部屋を片付けていたことになる。でも、なんだか新生活みたいで嬉しい、なんてミツキは言う。それは、僕も同じようなことを考えていた。元旦からミツキの新生活なんて、喜ばしいことこの上ない。


「シュン君、これからは、広いベッドで一緒に寝られるね」

「………なんか、それはすごく罪悪感が」


 母さんも姉さんも、僕を信用してミツキを隣の部屋に招き入れたのに、僕がそんな夜這《よば》いを掛けるような行為に走ったら、悲しむのではないか、と。だけど、もしかしたらそれも公認だったりして……。うちの家族なら、その認識はあり得る話。だって、結婚だって容認《ゆる》してくれているくらいだし。


 お父さんはもう腰が痛くて駄目だ、と言って居間のソファで横たわる父さんは、結局姉さんに起こされて、昼食を作らされる羽目に。二日酔いにはしじみの味噌汁がいいのよ、と命令する姉さんに対して、しじみなんてないよ、と父さんは言う。母さんに関して言えば、未だに起きてこない。お酒を飲めるようになったらミツキもこの二人に混ざるのか。なんてことだ。


「シュン君の家族ってやっぱり大好き。楽しいの」

「変わっているでしょ」


 片付いたミツキの部屋は、やっぱりミツキの良い香りが充満していて、自分の部屋にいるときよりも居心地が良かった。それをミツキに言うと、いつまでも居ていいよ、と。

 ソファに二人で座って眺めた大正ロマン溢れる家具とランプは、慣れてしまうとなんとも思わない。本棚の収められた心臓病の本は、もうすでに擦り切れている。運び込まれた机の上はまだ片付いていないけど、離れでは、そこに座ったミツキは僕のために勉強をしていたんだな、なんて思うと涙もろくなる。


 僕の隣の部屋にいようとも、一秒たりとも離れたくない。



「ねえ。ミツキ。お願いがあるんだ」

「うん? どうしたの?」


 やっぱりたまに一緒に眠らせて欲しい。僕が旅立つ日まで。

 うん。
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