詐騎士

かいとーこ

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2巻

2-2

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「こんにちはぁ。何か用事はないですか?」

 子供の声だった。

「ああ、ちょうどいいところに。入れ」

 ネイドさんが応じると、十歳ぐらいの子供が三人入ってきた。どうやら雑用の仕事をもらいに来たようだ。

「前の奴らの荷物、いるならやるってよ。枕とか肌着とか。雑巾ぞうきんぐらいにはなるな。あと、こいつら綺麗好きだから、掃除道具と新しいシーツを。古いのは嫌だとさ。これだから金持ちは」

 子供らの目が輝いた。綺麗好きの金持ちなんて彼らにとってはいい金づるだろう。

「なんか、この部屋いい匂い」
「そこのひょろい魔術師のにーちゃんがくさい臭いって香油をいてるんだよ」

 子供らが私を見る。私よりもギルとゼクセンの方がよっぽど金持ちだぞ。むしろ私は貧乏だ。

「他になんか用ない?」

 これぐらいまでの歳の子供に弱いんだよなぁ。実家の孤児院を思い出して。

「ん……そうだね。このカビ臭いカーテン洗って。部屋も綺麗に掃除してくれたら、この無駄に綺麗で金持ちのお兄さん達が小遣こづかい弾んでくれるよ」
「自分で出せよ」

 ギルが即座に突っ込んでくる。

「自分の分は出しますよ」
「なら……いいが」

 こういうチビっ子は意外と情報を持っている。用事を言いつけて快く引き受けてくれる手足は、あるに越したことはない。まずは情報が入る環境作りと、状況の把握が最優先だ。


 ラグロアに来て三日目のことだ。
 異動してきたばかりの新人にはやることが多い。仕事内容は先輩方と同じだが、雑事を色々と押しつけられるのだ。よろいみがかせられたり、洗濯させられたり。さすが体育会系縦社会。
 朝食後には、ここでの初仕事に向かう予定の私達を、朝っぱらから見も知らぬ先輩が呼び止め、彼の装備品の整備をしろと命令したのだ。だから私は、

「いやだなぁ。給料足りてないんですか? まさか借金? ダメですよ、そんな生活してちゃ」

 などと受け流すことにした。自分のことも自分でやらない男なんて最悪だ。金を払えばやってもらえるのに、そんな金もないなんて可哀想かわいそうに。

「そうですよ! 計画性のない借金なんて、ダメ人間のすることです!」

 ゼクセンが私よりもひどいことを言う。彼は商人気質だから、金にはちょっとうるさいのだ。

「確かに、返せない借金なんて、計算もできない、欲望に弱い馬鹿のすることだな」

 ギルも参加する。

「しゃ、借金なんてねぇよ!」
「じゃあなんで私達に言うんですか? 何のために雑用の子供達を中に入れているんですか?」
「それが新人の仕事だろ!」
「遠征先で食事の準備などの雑用をするのは私達の仕事でしょうが、ここは本拠地ですよ。いえ、そうでなくても、鎧や剣を専門家以外の他人に任せるなんて騎士としてどうかと思います。武人にとって装備は命でしょう」

 ゼクセンとギルがうんうんとうなずく。
 イジメ上等。
 むしろイジメが事態を動かすきっかけになる可能性がある。もちろん、目を付けられるなら、その視線は私へと集めたいから、一番生意気なまいきなことを言うのも忘れない。ギルだけは絶対に、何としても守らなければならない。ダールさんにもこっそり念押しされたし。

「それほど金がないなら、クリーニング代ぐらい恵んでやってもいいが」

 ちょっ、この王子様、さらっと何てことを言うんですか! 頼むから私より下の発言をしないで下さい! 私がさらに下の発言しなきゃならないじゃないですか!
 私はそんな言葉を呑み込み、どこまでも上から目線で先輩を見ながらギルに合わせた。

「こびりついたにおいって、クリーニングして簡単に落ちるんですか?」
「言われてみれば、一日二日では無理だな」
「先輩、今時男くさいなんて流行はやらないから、毎日ちゃんと手入れした方がいいですよ、くくくっ」

 そう言って、私は「くさい」と態度に丸出しで、からんできた先輩の横をすり抜けた。あれだけ言えば、何とかギル以下の人間になれたんじゃないかと思う。なんかもう朝から疲れた。これからこのとりでで初仕事だというのに、新人に対する扱いが悪すぎる。顔には出さず、したり顔で歩いていくと、角を曲がった所でネイドさんが腹をかかえて壁を叩き、ダールさんは呆れ顔で腕を組んで立っていた。

「お前ら、嫌なやつだな! 大好きだ!」
「あなたは変な人ですね」
「お前にだけは言われたくねぇ!」

 ネイドさんは私の頭をぐしゃぐしゃにする。この人、苦手なタイプかもしれない。接触を避けたいのに、ベタベタしてくるのだ。

「しっかし、ギルとこうも息の合った奴も珍しいな。ぶら下がる奴はいたけど」
「私は人に合わせるのが特技ですからね。サディストにでも何にでもなってみせましょう」

 サディストという言葉が気にくわなかったのか、ギルがにらんでくる。

「これから新人が初めてまともな仕事するっていうのに、余裕だなぁ」

 確かに都での仕事は宮殿の警備、都や街道の巡回じゅんかいがほとんどで、魔物が出る場所には訓練でしか行ったことがなかった。運が悪いと本当に魔物が出るらしいが、私達の時は運良くただのハイキングに終わった。

「魔物狩りは小さな頃からやっていたので、得意ですよ」
「ダールさん、頼もしい後輩で助かるな」

 ダールさんは班が違うので、私達の初仕事には同行できないから、それはもう心配している。
 ここに到着してから、ダールさんがいない時、度々たびたび似たような感じで絡まれたりしたのだが、全部あんな調子で金にものを言わせる嫌な奴の演技をして追い払った。そのせいか、新人なのにいきなり仕事をさせられることになっている。普通はもう少し訓練などで慣れてかららしいが、人手が足りないとのこと。暇そうな先輩もいたのに、いきなり新人を送り出すなんて、死んでこいと言っているようなものだが、彼らは新人は甘やかさない方針だと言い張っているらしい。

「今日はしっかり食べとけよ」

 ネイドさんはゼクセンの頭をくしゃくしゃに撫で回した。この中で一番心配しなければならないのはギルだが、最も経験がなく危険なのはゼクセンだ。ネイドさんもそれを分かっているから、彼なりにゼクセンを心配しているらしい。
 騎士としての自分の仕事もしつつ、ギルとゼクセンの両方を無事に帰さなければならないのだから、私にとってもキツイ仕事だ。一人なら楽だけど、二人となるとちょっとキツイ。人間、目の前で起きていることと、もう一つ別のことを処理するだけでも大変なのに、それがさらに増えるのだ。私の力は万能のように見られるけど、意外と欠点も多い。それを技術と知恵と根性でカバーして、万能のようにしなければならない。
 女は度胸。やってやる。


 国から指定された商品を扱う規模の大きな隊商は、要請すれば格安で騎士を護衛として付けてもらえる。国の指定商品といっても、まともな商品ならほとんど該当しているので、規模さえクリアすればいい。昔は商人達が声をかけ合い何とか規模を大きくしていたのだが、現在、大きな町では商人ギルドが仕切って人を集め、大規模隊商として定期的に送り出している。
 便利にはなったが、騎士と商人ギルドは元より、商人達が応援の護衛を依頼する傭兵ようへいギルドとの癒着ゆちゃくも問題視されている。利権がからむと不正が生まれ、簡単に腐ってしまう。ここではどこが腐っているのか。
 ラグロアの騎士は、行動の最小単位である一班を一部屋のメンバーで作り、隊商の護衛の際はだいたい二班から五班が派遣される。今回派遣されたのは最小の二班だ。私達のような新人がいる場合は、普通ならいきなりこんな少人数で派遣されるようなことはないはずだが、何故かここではそのような気遣いがない。良く言えば一人前扱いされている。悪く言えば、あんまり真面目に育てる気がない。
 こんな新人交じりの護衛隊が付くことになったこの隊商は、ただ運がなかったわけではなく、ちゃんとした理由があって、この扱いを受けている。彼らには元々優秀な傭兵ようへい達が護衛として付いているので、仲介手数料節約のために商人ギルドを通さずに騎士の護衛を申請してきたのだ。
 ラグロア騎士隊は申請を受ければ拒否きょひはできないが、誰を送り込むかは騎士隊側が勝手に決められる。まともな編成にしてほしければ、商人ギルドを通すか金を出せとばかりに、最低限の人数、それもこういった新人や使えない者のいる班しか出さないとネイドさんが言っていた。この森は本当に魔物が出るのは分かっているので護衛の数は多ければ多いほどいい。その方が襲う方も手を出しにくい。すぐに腐ってしまう生ものでも扱わない限りは、追加の傭兵を雇うよりもうんと安く済む騎士の護衛を申請しないのはもったいない。もう一つの班も、たぶん上からすればどうでもいい班なんだろう。なんともひどい話であるが、これだけ死なせても都にある騎士団本部から何も言われないということは、そこでも何か汚い金の動きがあったりするんだろう。
 私のかたきであるバルデスは騎士ではなく警察関係に強いみたいだから、ここから直接バルデスには繋がることはないと思うが、こういった不正を暴いていくことでいつかは繋がるはずだ。
 そんなことを考えながら、私は馬車の隣を歩き、御者ぎょしゃをしているおじさんと話していた。

「へぇ、そんな珍しい香辛料こうしんりょうを仕入れに行くんですか。王族御用達品ごようたしひんってすごいですね。やっぱり物が違うんですか?」

 このおじさんは隊商の隊長として登録されている男だ。面倒な役割を押しつけられてしまったんだろうが、つまりそれは一番でないまでもかなり信頼されたやり手の商人だということだ。しかも、押しつけられるということは人がいい。人がいいから、押しつけられて引き受けるのだ。
 親しくなれば、この地方の当たりさわりのない情報なら、気前よく教えてくれるだろう。

「あなたもこの前まで王宮の近くにいたのなら、ここのやり方には驚いたでしょう。普通、新人はもっと騎士の数が多いところに交ぜるものなんだけどね」
「ええ、まさかいきなりとは思いませんでした」
「それだけ厳しい場所なんだよ。ついこの間まで冬だったから竜族りゅうぞくが外に出てこなくて補充は少なかったけど、竜族が多い春夏の後はもっと多いんだ」
「え……」

 二十人の補充でも多いと思ったのに……

「まあでも、うちで雇ってる護衛達は優秀だから心配はいらないよ」
「それはありがたいです」
「君達は都で着飾っている方が似合っているのに、貴族というのも大変だねぇ」

 主に後ろの方の護衛に付かされた美形二人のことを言っているのだろう。

「あの二人は無駄に美形ですからねぇ。二人に挟まれてると、いつも引き立て役になってしまうんですよ。腹立たしい限りです」
「ははは。確かに彼らは本当にいい男だね」

 ギルとニース様はタイプの違う美形コンビだったけど、ギルとゼクセンも同様だ。女の子の身としてはきゃーきゃー騒いで、うっとりと眺めてみたいものである。しかし現実は同僚、引き立て役だ。

「しかし、実りも豊かそうな森なのに、魔物はなんで人間を襲うんだか」

 私の故郷はここからあまり離れていないけど、魔物はここまで多くは出ない。人々は魔物を恐れて森の奥に入ることがほとんどないので、ここの魔物達も人里に近づきさえしなければ好きに食用となる動物を狩ることができる。略奪りゃくだつなんてリスクの高いことを本当はする必要なんてないのに、それでも同じ場所で人を襲うということは、そこに何者かの意図があると感じてしまうのだ。

「魔物も味をめてしまったんだろうね。昔はこの街道もこれほど難所ではなかったんだが、十年ほど前から少しずつ被害が増えているんだよ」
「そうですか。私の実家も香水とかの高級品を扱っているから、他人事ひとごとではありませんね」
「君のつけている香りかい」
「はい。最近ゼルバ商会が扱っているこの香水はうちの花ですね」
「あそこは手広くやっているからなぁ」

 ゼクセンの実家のゼルバ商会も以前から、私がルゼとして育った孤児院で栽培している花を多く引き取ってくれていたけど、最近はその花で作った香水も熱心に売ってくれているので、うちの孤児院もけっこう忙しいらしい。ゼクセンのお姉様とその婿がなかなかの商売上手らしく、より金持ちになっているとか。
 実のところゼクセンは、そのお姉様のためにも、ホライスト家のためにも、を上げようとしてここにいるのだ。もしゼクセンのお姉様がの高い相手と結婚をしていたら、ゼクセンはここにいる必要はなかった。家位が低いと、金があってもどうしようもないことがあるらしい。庶民には分からない悩みだ。
 でもさすがにホライスト家の人々も、彼が王子様の野望に巻き込まれることになるとは思ってなかっただろう。嬉しい誤算とはまさにこのこと。

「しかし、いつになったら国も本腰を入れてくれるのかねぇ。もっと大々的に魔物を狩らないと、いつまで経ってもこのままだよ」
「そうですねぇ。私のようなしたには、上の意向はよく分かりませんが」
「そりゃあそうだね。君が大人になって出世したら、頑張がんばってくれよ」
「はは……出世できるでしょうか」

 この件で手柄を立てたら、運が良ければ、少しぐらい出世できるかもしれない。だけど私がそのままずっと騎士をしても、国の上層部に影響を与えられるほどの出世はできないだろう。可能性があるとしたら、我らがギルネスト殿下でんかだ。あの人なら放っといても、そういった魔物対策の方にも手を出すだろう……ん?

「すみません。顔に出さないように聞いて下さい。来たかもしれません」

 私はおしゃべりを中断して、おじさんにそうささやいた。

「そうか」

 さすがは商人。顔色一つ変えず、にこやかに応じ、反対側にいた徒歩の傭兵ようへい目配めくばせをする。すると傭兵ようへいはゆったりした足取りで馬車を迂回うかいして、やはりにこやかにこちらにやってくる。

「どこだ」
「あと数分進んだ辺り、こちら側の木の枝に見張りが」

 あくびをする時のように口元を押さえて、低く言う。

におうな……」

 傭兵ようへいは鼻を鳴らす。香水を付けている私にはよく分からないので、周囲に力を伸ばして生き物を探す。傀儡術かいらいじゅつの応用だ。傀儡術は魔力を糸のように伸ばす。その糸が、動いているモノに引っ掛かるのだ。かなり魔力を使う探査法だが、こういう時には手っ取り早く役に立つ。

「広範囲の探査魔術で引っ掛かりました。見張りの向こう側に本隊が……囲むように広がっています。数はこちらよりも多い模様。獲物を逃がさないように後方にもいる可能性があります。私が魔物なら、獲物が逃げたところで木でも倒して隊列を分断させ、残った前の方を叩きますね」

 隊商が分断された場合、後方の商人達は仲間を助けようとするよりも、逃げる可能性の方が高い。

「こちらから仕掛けますか? 強力な魔術で先制できますが」
「あんた魔術師か。自信があるのならそうしよう」
「おじさんはマントを羽織はおってかがんでいて下さい。何があっても抵抗しないで下さい」

 魔物らは商人を殺したいのではなく、ただ略奪りゃくだつがしたいだけで、通常であれば無抵抗の相手を殺している余裕などない。それは商人にとって常識だ。だがここでは商人も殺されることが多いらしいから、戦闘力もないのに抵抗など絶対にしてはいけない。するのは私達の仕事だ。

「ああ、分かった」

 おじさんは緊張を顔に出さずにうなずいた。傭兵ようへいが私の肩を叩いて定位置に戻ると、おじさんはさりげなく服の飾りに付いている鈴を三回鳴らした。隊商が止まり、私は一人、前に出る。念話ねんわでギルに頼んで、術の準備をしてもらっている。あとはタイミングを待つだけだ。
 街道の両側に広がる森の中に隠れ潜んでいた魔物達が、こちらの様子がおかしいことに気づき飛び出してくる。魔物の中でもこの辺でよく見られる獣族じゅうぞく竜族りゅうぞく闇族あんぞく達だ。
 私は手慰てなぐさみのつもりで持っていた釘を魔物に向かって投げ、ギルに合図を送って魔術を放つ。
 立っていられないほどの暴風が起き、飛び出した魔物達の足を止める。風は先ほどの釘や、地面に落ちている枝や石や木の葉をも巻き込み、近くにいた魔物にダメージを与え、さらに広範囲で魔物の視力と聴覚を奪う。
 便利だなぁ。ほんと、派手で便利だな。私は遮蔽しゃへい物の多い場所でならけっこうな人数を相手に戦える。だがこういうひらけた場所で、誰かを守りながらというのはなかなか難しい。傀儡術かいらいじゅつとはかなりの集中力を要する術で、それを間違いなく使うというのは本当に大変なのだ。今でも力を伸ばしすぎると頭がひっくり返りそうになる。自分の身体を操る分には負担はないけど、自分以外の身体に干渉するのは魔力の消費が多く、意識もかれる。

「どぅりゃああああっ」

 誰かが雄叫おたけびをあげた。
 私もナイフを取り出し、混乱している魔物達に向かって、右手、左手で各三本ずつ投げつける。傀儡術でナイフを操れば、全てが魔物の急所に突き刺さる。ナイフを食らった魔物の半分ぐらいはそれで絶命するだろう。両手が空くと、すぐに剣を抜いた。

「ナイフ投げ上手いなぁ。隠し芸には困らねぇな」

 ネイドさんが暢気のんきなことを言いながら、私の前を走った。
 無理矢理こちらが作ったこの混乱はすぐに収まるだろう。しかしそれまでに数秒の間がある。そのすきにナイフでさらに混乱させる。先ほどの攻撃で目を開けられない魔物もいて、私達はそれらをねらってりつけた。魔物相手には、意表をついた短期決戦が最も有効。戦いが長引くと、体力と身体能力で劣る人間が不利になる。

『ゼクセン、そっちは平気?』

 ゼクセンの邪魔をしない程度にねんたずねる。

『平気!』

 ならば信じてこちらを片付ける。多少の傷なら私が治してやればいい。ダメそうだったら、ゼクセンはちゃんと助けを求める。そうするように言い含めてある。男の沽券こけんよりも、ギルの命を守ることの方が重要であると、ゼクセンはよく理解しているはずだ。

「後ろの方と合わせて、こちらの倍はいますね」

 私に割り当てられた魔物は殺したけど、それで安心してはいられない。隊商というのは長い隊列を作っているから、敵が多いと守りにくい。

「後ろに向かって行きます。ネイドさんはここら辺をお願いします」
「よし、後ろは任せた」

 ギルをという意味だろう。ネイドさんは普通に先頭に立って魔物を殺してくれればいい。私が気にすべきはギルと商人達。

「伏せてっ!」

 荷をかばおうとして魔物に襲われていた商人達に警告し、ナイフを投げる。ナイフはまるで吸い込まれるように、竜族りゅうぞく獣族じゅうぞくの混血らしき魔物ののどに刺さる。
 荷は商人らにとって命だ。出立前に荷に高い保険を掛ける者もいるが、そういった者ばかりではない。命である荷をより安全に運ぶためにこうやって隊商に参加するだけで精一杯という商人も多い。ここにいるほとんどは、善良な商人なのだ。魔物に荷を襲わせて保険金をせしめるというような保険詐欺に荷担かたんしている店の者がいたとしても、ここにいるのは雇われに過ぎない。
 私にできるのは、保険を使わなくていい状態を維持すること。
 荷台に飛び乗って、魔物を蹴落けおとし、上から飛び降りてナイフを突き立て、地面に着地する。ナイフをひねってとどめを刺してから、さらに後ろに戻る。
 闇族あんぞく傭兵ようへいの少年に切り掛かっていた。闇族は蝙蝠こうもり人間と呼ばれるように、魔物の中でも人間に近い姿をしていて、特徴のある耳を隠し、マントで翼を隠してしまえば、顔色が悪くて目付きの悪い人間のように見えることが多い。だから殺すのをためらったり、人間に刃物を向けられているように感じて、他の魔物に対するのとは違う恐怖を覚えたりする人がいるらしい。闇族に切り掛かられた傭兵ようへいの少年もその口らしく、動きにためらいが見えた。

「それは人を殺す魔物だ、れっ」

 私の言葉と同時に、少年は闇族へとり掛かった。ちゃんとさばいていたから、腕は悪くない。
 私はその少年の背後へと近づいてきた闇族を斬る。仲間を殺されて怒り、注意がれたすきをついた。暗殺者の異名を取る闇族だが、このレベルなら楽にかき回せる。頭を冷やせない奴を相手にするならば、態勢を崩してやるのが上策だ。
 普通、戦闘員の倍の数の、しかも体力も身体能力も自分達より高い敵に襲撃されれば、襲撃を受けた側は不利だ。私の最初の一手で動けなくなったり、様子を見ているだけの奴らも多いけれど、それでも少なくない魔物達が動いている。戦力差があることに変わりはないから、くつがえせるはずがない、と踏んでいるのだろう。
 だが、奴らの中にはまだ目に痛みがあるのもいるはず。奴らは荷をねらうために火を使えない。いや、火に慣れていない魔物だから、火を使えないのだ。それに彼らの住む狭い地下では飛び道具もあまり発達していない。国を動かしてしまう可能性があるから、相手を殺しすぎてはいけない、などの制限もあるだろう。こちらも色々制限があってできないことが多いけど、魔物が積極的に殺そうとしないことと、飛び道具をほとんど持っていないことは大きな助けだ。
 何よりも、騎士は魔物を相手とする戦いの訓練を、金を掛けて積んでいるのだ。装備もそれ用に魔術で強化されたものを備えている。魔物達は自分らがどれだけの金をかけて対策を講じられているのか、知りもしないだろう。
 ここまでやって、身体能力が高いだけの烏合うごうの衆でしかない魔物に遅れを取る方がどうかしている。統率の取れた戦いができるような連中なら、地下の世界で真面目に働いて正規の軍隊に入った方がよっぽど安定したいい暮らしができるのだ。それができずに底辺にいるごろつき魔物が、戦いの専門家である騎士を相手にそうそう勝てるはずがない。現に騎士達は二人組となって、敵を二割ぐらいは減らしてしまった。もちろんこちらに死人が出ている様子はない。

「おいっ」

 私は馬を殺そうとしていた中型獣族じゅうぞくに声をかける。そいつは振り返って鋭い爪を持つ腕を振り上げた。私は自分の腕を傀儡術かいらいじゅつで操り、相手の腕をり飛ばす。はたから見れば華奢きゃしゃな私が、筋肉の塊である獣族の腕を骨ごと一刀で切断したのだから、その光景は彼らに恐怖を与えたはずだ。


「死んどけ」

 腹を刺し、ねじり、って引き抜く。
 次の獲物としてねらっていた竜族りゅうぞくに目を向けると、そいつは森の中へと逃げ込んでしまった。自分が狙われたのが分かったのだろう。さすがに魔物、人間よりも本能に忠実だ。私はそいつを諦めて次に目を向けると、それも逃げた。しかしそこにちょうどゼクセンがいたので、斬り捨てられる。
 誰かが逃げ始めたら終わりだ。魔物はすでに多くの仲間を失っているし、自分が犠牲になって仲間を逃がそうなどとは思うはずもない。逃げ出すのは当然の流れだ。私は一番背の高い馬車の上に乗り、目についた数匹に向けてナイフを構えると、皆我先われさきに逃げ出したので手を止めた。

「この程度で逃げ出すとは軟弱な」
「軟弱って、お前な。僕が敵でも引くぞ?」

 私が乗っている馬車の下にギルが来た。傷一つ無く、あんまり汚れていない。ゼクセンは腕を怪我しているらしく、だらりと下げてわずかに袖を赤く汚していた。というか、私はもっと赤いや。

「白い制服を身につけているんだから、少しは返り血を気にしろ」
「っていうか、前から思ってたんですけど、この制服って戦闘に不向きすぎません?」

 訓練中は汚れてもいい訓練用の制服を着ているが、今日は略式とはいえ白く綺麗な制服を着ていたのだ。

「白いが、汚れが落ちやすい素材だ。それに白い制服には自戒じかいの意味もあるんだぞ。これを汚さぬほどの腕を持て、と。白鎧はくがいは都を守る騎士団だからな」

 確かに、この服を汚さずに敵を返り討ちにするような腕利きの騎士なんて、相手にしたくないな。
 私は術で辺りを探り、遠くでいくつかの気配がこちらをうかがっている以外には、近くに何もいないことを確認してから馬車の屋根を降りる。

「ルー、せめて顔の血を拭け」
「え、はい」

 ギルにハンカチを借り、血をぬぐう。もどかしいと思ったのか、ギルがハンカチを奪い取って、私の顔を拭いてくれた。この人は意外と面倒見がいい人だ。ハンカチに水を含ませて髪も拭いてくれる。

「よし、マシになった。よろいは町に着いたら洗え」
「はい。面倒ついでに、もう一つ手伝っていただきたいことがあるんですが」
「なんだ」

 私は自分が殺した魔物達を振り返って指差す。


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