斯波良久BL短編集

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怖がりアルファ(現代オメガバース)

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「お前ってみじめだよな。薬欲しさに俺なんかに抱かれてさ。せっかくこの学園に入ったってのに支給される抑制剤はどれも効かないなんてさ。神に見放されてんじゃねえの?」

 ギャハハハハなんて高く笑って見せるけれど、本当にみじめなのはこいつじゃなくて俺だ。いつこいつが生徒会長が『運命の番』なのだと気づくのかビクビクして、気づかれまいと虚勢を張って。

 こいつも他のオメガの例に漏れず、抑制剤を飲まなければいけないと昔から刷り込まれている。けれど薬を飲まなければきっとすぐにあいつはこいつの、『運命の番』存在に気づくのだ。
 こいつだってこんなところで俺に捕まってさえいなければ、生徒総会なり、なんなら廊下ですれ違った時にでもあいつの香りに気付くだろう。


 それが怖くて仕方がない。


「なんか言ってみろよ」
「薬……これが終わったら薬、くれるんですよね?」
「ちっ、やるよ。キッチリ7日分な」
「……あり、がとう……ございます……」
「はん」

 犯されているくせに、番に巡り合う機会を奪われている礼を言うなんて馬鹿なやつだ。
 本当に、な……。

 生徒会長は、俺の優秀な幼馴染様はベータの副会長なんかに思いを寄せているようだが、本能には逆らえない。
 あいつは真面目なやつだから。俺と違ってまっすぐなやつだからこいつのことをきっと幸せにしてくれるだろう。

 …………そうすれば俺なんかお払い箱だ。


 中学までは何をしても一番で、地元では俺に叶う奴なんていなかった。3つ年下の弟も俺を慕って「兄さん」なんて俺の後をついて回ってばかり。

 けれどそんな日々はこの国のありとあらゆるアルファとオメガ、そして一握りの優秀なベータが揃えられた学園に入学すると同時に消え去った。

 結局のところ、俺は井の中の蛙だったのだ。
 地元なんかよりもずっとハイレベルな授業が繰り広げられていき、一学期の間はついていくのがやっとで、二学期に入ればみるみる置いて行かれた。
 父さんはそんな俺を早々に見放して、まだ中学生の、そして後々は同じ学園へと入学する弟に今までの倍以上の勉強を課した。
 いきなりそんなことをされて辛くてたまらなかっただろう弟は俺を恨むようになり、そして一年も経てば俺よりも頭が良くなり、見下すようになった。
 そうしなければ心が壊れてしまいそうだったのだろう。
 俺を蔑み、実家の跡取りの座を手にした代償に希望に満ちた純粋な瞳を失った弟を嫌うことはできなかった。

 ……その代わりに俺は家での立場を失った。

「大学までは出してやる」と父さんに言われた時には完全に見捨てられたと悟った。

 それから俺が落ちぶれるまでは速かった。
 実家が製薬会社をやってるのをいいことに在庫の帳簿をいじっては薬をくすねた。管理は厳しい方だったが、見捨てられようが身内は身内。入り込むのはたやすかった。
 学園で配っているものよりも効果の高い抑制剤をアルファに売りつけた。中々流通しないこともあり、彼らは定価よりも高く買ってくれた。
 お気に入りのオメガにでも与えるのだろう。
 オメガは一般の家の出も多いが、アルファのほとんどは良家の出のため、これくらいは高い買い物に含まれないのかもしれない。

 まぁそんな理由、俺にはどうでもいいのだが。
 その金で学園から少し離れた街で遊びつくした。
 ゲームセンターの記録を端から書き換えていったのはいい思い出だ。……それ以上の『遊び』は幼馴染の妨害によって止められてしまったが。

 その代わり、連れ戻された学園でいつものようにサボっていた俺はあいつと出会った。

『オメガの』
 名前なんて知らない。
 知る必要もない。俺達はあくまで利害関係にあるのだ。

 俺が抑制剤を渡して、あいつが俺の性欲処理に付き合う。

 俺がヘマしたら子どもを孕むかもしれないってのに、あいつは発情期に浮かされた働かない頭でそれを了承した。

 ――それが半年前のこと。

 初めはただオメガというものを抱いてみたかっただけだった。
 アルファでありながら、オメガの香りを嗅ぎ分ける能力が極端に低い俺でも、幼いころからオメガとの交わりはいいと聞かされれば好奇心は疼くのだ。

 一回だけ。
 その時の俺はそう考えていた。

 けれどもそれはもう一度、もう一度と増えていく。

 だがそれは俺だけではなかった。
 この薬さえあれば一週間を乗り越えられると知ったあいつは毎月俺の元へとやって来ては、薬をもらうために抱かれるのだった。

「来月も……その……」
 早速俺から報酬である抑制剤を飲んだこいつはモジモジと恥ずかしそうに赤らんだ目で俺を誘う。
 それはきっとこいつなりの誘惑みたいなものなのだろう。

「ああ、抱いてやるよ」
 その誘惑に理性が負けてしまいそうになる俺はさっさとあいつに背を向けて、すでに余裕のない顔を俯いて隠しながら部屋へと戻る。


 またあいつは俺の元に来てくれるだろうか?――そんなことを考えながらまた退屈な一か月を過ごすのだった。
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