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穴/名前も知らない彼(異世界)
名前も知らない彼(別視点)
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「ハリー、愛してるよ」
「俺も」
『ハリー』――それはかつての恋人の名前。
僕を置いていったハリー。
よりによって女と浮気して、そのことで一晩中ケンカして、出ていって交通事故にあったらしい。
初めはそのことが受け入れられなくて、従兄弟のスラーに当たって。困ったスラーがハリーだと言って連れてきたのが彼だった。
名前すらも知らない彼はスラーとの契約で、時給10000リンツで僕に抱かれている。
なんで気付かなかったんだろうって今になって思う。
顔は瓜二つでも、ハリーにはあった首筋のホクロが彼にはなくて、その代わり腰元に妖艶な可愛らしいマークがぽつんと刻まれている。
彼を抱くたびに少しずつ違いに気付いて、そしてその度に溺れていった。
ハリーのように優しい言葉はかけてくれないけれど、いつだって受け身のままだけど、それでも彼は僕を受け入れてくれた。
それが同情でも良かった。
頭に伸びるその手が嬉しくて。
例えリップサービスだろうと愛してるの言葉に「俺もだ」と返してくれることが嬉しくて。
彼を『ハリー』と呼び続けた。
昼間に服で隠された場所とそうでない場所とでできた境界線に手を這わせ、舌を這わせてその度に反応する彼に僕の熱を分けて、一つになる。
いつまでもこんな日が続くのだろうと、ハリーの代わりに来てくれた彼はずっと隣にいてくれるのだと疑ってはいなかった。
――ハリーが戻ってくるまでは。
「ただいま、ルーシャン!」
「ハリーが2人? なんで?」
突然のことだった。
数か月前にスラーが死んだのだと言っていた彼がまさか再び帰ってくるなんて思いもしなかった。
確かに愛していたはずの彼の顔を見た時に僕の中で生まれたのは苛立ちだった。
熱いくせにどこか冷めた頭はすぐにペアリングの嵌められた指先を見つけて、すぐ近くで真っ白くなっていくスラーを捕らえて、そして全てを悟った。
ハリーは死んでなどいなかった。
大方あの女と共にいたのだろう。クッキリと指輪の痕がそこに残っていた。
そんなところに気付いてしまうほどにはハリーとの間の熱は冷めていたのだ。
「2人なんて心外だ。ハリーは俺一人だよ」
ハリーは笑う。
まるでもう一度やり直せることを信じて疑ってなどいないように。
そんなの無理に決まっているのに。
俺はハリーではなく、名前も知らない彼を愛しているのだから。
だからハッキリ言って彼の登場は邪魔でしかなかった。
君もそうだろう? 僕達の間にハリーなんて入る隙間もないだろうと彼にも何か言ってほしくて彼へと視線を移す。
視線に捕らえた彼の目線はどうすればいいのか迷っていた。
それが苛立たしくて彼にやる視線を強くすると彼はヘラっと笑った。
「よかったな、ルーシャン。ハリーが帰って来て。俺はお役御免というわけだ。じゃあな、幸せになれよ」
まるで僕に対する愛なんて初めからなかったかのように彼は簡単に僕を切り捨てた。
「待ってくれ、ハリー」
「ルーシャン、俺ならここにいるよ」
纏わりつくハリーの腕が気持ち悪かった。
顔は似ていても、彼の体温はもっと高かった。
あの熱に触れたいのに、絡みつく腕は冷たくて。
ハリーを放そうとする間も彼は僕を振り返ろうともせずにズンズンと進み続ける。
「ハリー、ハリー」
待ってくれと、行かないでくれとその名前を呼び続ける。
その度にハリーはここにいるよと返す。
それでも『ハリー』が彼の名前ではないことは承知で、そう呼び続けるしかないのだ。
僕は彼の本当の名前を知らないのだから。
「ルーシャン、俺が帰って来たんだから『代わり』なんていらないだろう?」
完全に見えなくなった頃、ハリーは俺の腕に絡みつくのをやめて、わざとらしく頬を膨らませた。
「『代わり』なんていらない。僕には彼が居ればいい」
彼はハリーの代わりとしてやって来て、僕はそれを受け入れた。
けれどもう僕は、例えうり二つの彼の『代わり』を連れてこられても満足は出来ないのだ。
だからどんなに顔が似ていてもハリーに彼の『代わり』は務まらない。
「帰ってくれ、ハリー。君とはもう終わったんだ」
ハリーはきっと僕の財産が目当てだ。
僕の元にいた時からずっと金使いは荒かったハリーは、離れてしばらくしてからそれでは暮らしていけないことに気付いたのだろう。
そう、初めからハリーは僕自身に愛などなかったのだ。
多分、僕もずっと気付いていたのだと思う。ただそれを直視しようとはしなかっただけで。
だから簡単に『代わり』が見つかった。
顔しか似ていないはずの彼でも簡単に『代わり』になれた。
ハリーの背中を強く押して「さよなら」を告げてから、後ろでずっと固まったままの従兄弟との距離を一気に縮める。
「スラー」
「……なんだ」
「彼を連れて来て」
「自分の意思で出ていった彼を……か?」
「うん。いくらでも払うからって。今度は僕が契約する。彼が愛してくれなくても、僕が愛せるのは彼しかいないから。だから今まで通り、演じてくれって頼むよ」
両親が愛情の代わりに与えてくれた多額の財産を僕は愛を受けるために使おうと思う。
例えそれがどんなに歪なものであっても。
「わかった。……けど彼が拒んだらその時は諦めろよ?」
「………………………………うん」
「間が長いな。諦めるつもりなんてないだろ……。まぁいい」
それからすぐに出ていったスラーは1週間も帰ってこなかった。
その代わりに『彼』を連れて帰って来てくれた。
「おかえりなさい。ねぇ君の名前を聞かせてくれる?」
彼は視線をさまよわせて、まだ何かを迷っているようだった。
「……リゲロ。リゲロ=ミッシュ」
「リゲロ、リゲロか……」
彼の柔らかい唇から吐かれた名前はハリーとは似ても似つかない、正真正銘の愛しい彼の名前だ。
これから何度だって呼び続けるのだろうその名前を何度も呼んでは、頭に、口に刻み込む。
「あの、ルーシャン……。俺はハリーじゃないし、本物がいるなら代わりなんていらないんじゃないか?」
「リゲロ=ミッシュ、それが僕の愛おしい人の名前。愛してるよ、リゲロ」
本当の気持ちを伝えた時の彼の顔と言ったらもう食べちゃいたいくらいに可愛くて、チェリーみたいな美味しそうな唇でリゲロは恥ずかしそうに「俺も」と答えるのだった。
その後、抑えきれなくなった感情をぶつけるとリゲロは今まで以上に可愛らしく啼いた。
一体スラーは彼にいくら提示したのだろうか?
まぁいい。その額がいくらだろうと僕は彼を逃がすつもりなどないのだから。
「俺も」
『ハリー』――それはかつての恋人の名前。
僕を置いていったハリー。
よりによって女と浮気して、そのことで一晩中ケンカして、出ていって交通事故にあったらしい。
初めはそのことが受け入れられなくて、従兄弟のスラーに当たって。困ったスラーがハリーだと言って連れてきたのが彼だった。
名前すらも知らない彼はスラーとの契約で、時給10000リンツで僕に抱かれている。
なんで気付かなかったんだろうって今になって思う。
顔は瓜二つでも、ハリーにはあった首筋のホクロが彼にはなくて、その代わり腰元に妖艶な可愛らしいマークがぽつんと刻まれている。
彼を抱くたびに少しずつ違いに気付いて、そしてその度に溺れていった。
ハリーのように優しい言葉はかけてくれないけれど、いつだって受け身のままだけど、それでも彼は僕を受け入れてくれた。
それが同情でも良かった。
頭に伸びるその手が嬉しくて。
例えリップサービスだろうと愛してるの言葉に「俺もだ」と返してくれることが嬉しくて。
彼を『ハリー』と呼び続けた。
昼間に服で隠された場所とそうでない場所とでできた境界線に手を這わせ、舌を這わせてその度に反応する彼に僕の熱を分けて、一つになる。
いつまでもこんな日が続くのだろうと、ハリーの代わりに来てくれた彼はずっと隣にいてくれるのだと疑ってはいなかった。
――ハリーが戻ってくるまでは。
「ただいま、ルーシャン!」
「ハリーが2人? なんで?」
突然のことだった。
数か月前にスラーが死んだのだと言っていた彼がまさか再び帰ってくるなんて思いもしなかった。
確かに愛していたはずの彼の顔を見た時に僕の中で生まれたのは苛立ちだった。
熱いくせにどこか冷めた頭はすぐにペアリングの嵌められた指先を見つけて、すぐ近くで真っ白くなっていくスラーを捕らえて、そして全てを悟った。
ハリーは死んでなどいなかった。
大方あの女と共にいたのだろう。クッキリと指輪の痕がそこに残っていた。
そんなところに気付いてしまうほどにはハリーとの間の熱は冷めていたのだ。
「2人なんて心外だ。ハリーは俺一人だよ」
ハリーは笑う。
まるでもう一度やり直せることを信じて疑ってなどいないように。
そんなの無理に決まっているのに。
俺はハリーではなく、名前も知らない彼を愛しているのだから。
だからハッキリ言って彼の登場は邪魔でしかなかった。
君もそうだろう? 僕達の間にハリーなんて入る隙間もないだろうと彼にも何か言ってほしくて彼へと視線を移す。
視線に捕らえた彼の目線はどうすればいいのか迷っていた。
それが苛立たしくて彼にやる視線を強くすると彼はヘラっと笑った。
「よかったな、ルーシャン。ハリーが帰って来て。俺はお役御免というわけだ。じゃあな、幸せになれよ」
まるで僕に対する愛なんて初めからなかったかのように彼は簡単に僕を切り捨てた。
「待ってくれ、ハリー」
「ルーシャン、俺ならここにいるよ」
纏わりつくハリーの腕が気持ち悪かった。
顔は似ていても、彼の体温はもっと高かった。
あの熱に触れたいのに、絡みつく腕は冷たくて。
ハリーを放そうとする間も彼は僕を振り返ろうともせずにズンズンと進み続ける。
「ハリー、ハリー」
待ってくれと、行かないでくれとその名前を呼び続ける。
その度にハリーはここにいるよと返す。
それでも『ハリー』が彼の名前ではないことは承知で、そう呼び続けるしかないのだ。
僕は彼の本当の名前を知らないのだから。
「ルーシャン、俺が帰って来たんだから『代わり』なんていらないだろう?」
完全に見えなくなった頃、ハリーは俺の腕に絡みつくのをやめて、わざとらしく頬を膨らませた。
「『代わり』なんていらない。僕には彼が居ればいい」
彼はハリーの代わりとしてやって来て、僕はそれを受け入れた。
けれどもう僕は、例えうり二つの彼の『代わり』を連れてこられても満足は出来ないのだ。
だからどんなに顔が似ていてもハリーに彼の『代わり』は務まらない。
「帰ってくれ、ハリー。君とはもう終わったんだ」
ハリーはきっと僕の財産が目当てだ。
僕の元にいた時からずっと金使いは荒かったハリーは、離れてしばらくしてからそれでは暮らしていけないことに気付いたのだろう。
そう、初めからハリーは僕自身に愛などなかったのだ。
多分、僕もずっと気付いていたのだと思う。ただそれを直視しようとはしなかっただけで。
だから簡単に『代わり』が見つかった。
顔しか似ていないはずの彼でも簡単に『代わり』になれた。
ハリーの背中を強く押して「さよなら」を告げてから、後ろでずっと固まったままの従兄弟との距離を一気に縮める。
「スラー」
「……なんだ」
「彼を連れて来て」
「自分の意思で出ていった彼を……か?」
「うん。いくらでも払うからって。今度は僕が契約する。彼が愛してくれなくても、僕が愛せるのは彼しかいないから。だから今まで通り、演じてくれって頼むよ」
両親が愛情の代わりに与えてくれた多額の財産を僕は愛を受けるために使おうと思う。
例えそれがどんなに歪なものであっても。
「わかった。……けど彼が拒んだらその時は諦めろよ?」
「………………………………うん」
「間が長いな。諦めるつもりなんてないだろ……。まぁいい」
それからすぐに出ていったスラーは1週間も帰ってこなかった。
その代わりに『彼』を連れて帰って来てくれた。
「おかえりなさい。ねぇ君の名前を聞かせてくれる?」
彼は視線をさまよわせて、まだ何かを迷っているようだった。
「……リゲロ。リゲロ=ミッシュ」
「リゲロ、リゲロか……」
彼の柔らかい唇から吐かれた名前はハリーとは似ても似つかない、正真正銘の愛しい彼の名前だ。
これから何度だって呼び続けるのだろうその名前を何度も呼んでは、頭に、口に刻み込む。
「あの、ルーシャン……。俺はハリーじゃないし、本物がいるなら代わりなんていらないんじゃないか?」
「リゲロ=ミッシュ、それが僕の愛おしい人の名前。愛してるよ、リゲロ」
本当の気持ちを伝えた時の彼の顔と言ったらもう食べちゃいたいくらいに可愛くて、チェリーみたいな美味しそうな唇でリゲロは恥ずかしそうに「俺も」と答えるのだった。
その後、抑えきれなくなった感情をぶつけるとリゲロは今まで以上に可愛らしく啼いた。
一体スラーは彼にいくら提示したのだろうか?
まぁいい。その額がいくらだろうと僕は彼を逃がすつもりなどないのだから。
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