3 / 21
嘘の日の誤解を正してはいけない
3.
しおりを挟む
「いってくる」
「いってらっしゃい」
瀬戸を見送り、遅れて遠くでドアが閉まった音が耳に届く。
彼が家を出て行った合図だ。
「はぁ……」
一人自宅に残された俺は小さくため息を吐く。
牛乳をマグカップに入れ、電子レンジに突っ込む。温めている間に自室から持ってきたのはカップケーキ。甘いものが苦手な瀬戸のために、ダークチョコレートを使った。
……まぁ渡せなかったので好みなんて関係ないのだが。
昨日のおやつに食べた自分用のカップケーキ同様、今から俺の腹に収納される予定だ。
ホットミルクを回収し、テレビの前に座る。
なんて気なしにテレビの電源を付けると、バレンタインの話題が流れていた。二月に入ってから散々報じてきた話題なのに、過ぎた後も報道するとは……。よほどネタがないのか、それほどまでにチョコレートに固執する日本人が多いのか。少し呆れてしまう。
とはいえ俺も、毎日のように『バレンタイン』やら『チョコ』というワードを目にした結果、板チョコを使ってお菓子を作ろうと泡立て器とボウルを手にした一人だ。完全に企業の思惑にはまっている。
今年に入ってから瀬戸が毎日のように買ってくる板チョコもバレンタイン商戦の一つだったのだろう。二月に入ると普段の半額とまではいかないまでも、かなりの安さで売られているものだ。おかげでキッチンには、この先一年は困らないであろう量のチョコレートの備蓄がある。チョコレートの種類も、ミルクチョコ・ストロベリー・ダーク・ホワイトの基本四種類が揃っている。
また板チョコとは別に、昨日瀬戸がもらってきたチョコレートが冷蔵庫に入っている。
瀬戸の人気は高校卒業後も健在らしい。だが甘いものが嫌いな彼は自分で食べる気がないようで「やる」と短く告げて、突っぱねるように渡してきた。どれもテレビで見た有名ブランドの、限定何個なんて制限がついたようなお高いチョコレートだった。そんなものを見せられた後で安っぽいカップケーキを渡せるはずもなかった。
ホットミルクで苦い思いとカップケーキを胃に流し込む。
そしてテレビの電源を消そうとした時だった。とあるニュースが飛び込んできた。
『本日行われるチョコレートの城の解体ショーには、すでに大勢の人が詰めかけています』
「あ、そっか。解体するのって今日だっけ」
チョコレートの城とは、田賀谷製菓と新進気鋭の若手建築士がタッグを組んだバレンタインイベントである。ちなみにこの建築士は田賀谷製菓の経営者の親族に当たる。名字も『田賀谷』となっている。
普段は海外での活動がメインだが、今回の仕事のため、一時的に日本に帰ってきているそうだ。大のお菓子好きらしく、『展示後はみんなで食べよう!』と提案したのも彼らしい。
事前のインタビューでも『解体後も美しく、かつ田賀谷製菓のチョコレートの美味しさが損なわれないようにするのに苦心した。内装にもかなり凝ったので解体ショーも楽しみにしてほしい』と答えている。
このイベントはチョコレート関連のニュースの中でも異彩を放っていた。
思わず持ち上げたリモコンを一度机に置くほどには。
解体ショー用にガッツリ尺が採られているようで、腰を据えてみるために冷蔵庫から麦茶を取り出す。ついでにカップケーキだけでは足りないと叫ぶ胃を満たすため、バナナを咥える。その間も視線はテレビに固定したままだ。
解体されたチョコレートは抽選で選ばれた人達に配られることになっている。
奥の方に固まっている人達が当選者なのだろう。もらえる部位も抽選時に決まっているそうで、はがきサイズの紙を大事そうに持つ彼らの目は輝いていた。
本当に羨ましい。俺もオメガになる前だったら確実に応募していた。
田賀谷製菓の社長と建築士の挨拶が終わり、いよいよ城にはナイフが入れられていく。
チョコレートが崩れてしまわないように丁寧に、けれども豪快に解体されていく。
「わぁ……」
画面越しでも分かる美しさに釘付けになっていた。
自分ならどこの部位がいいか。たった一つしかない玉座は魅力的だが、城門と橋もかなりの大きさだ。それに屋根の部分も場所によって使っているチョコレートを変えているそうだ。
解体される横で、建築士の彼が説明してくれている。
『今回が好評なら来年は日本の城を作って良いって話なんでね、皆さん、是非帰りのアンケートには来年も見たいって書いてくださいね。あ、モデルにしてほしい城とかあったらそれも。実在する城なら機能を重視した作りにしなければいけなくても、鑑賞兼食用のお城なら多少デザインを変えられますから! といっても機能を重視された城には特有の美しさがあるんですけど……。いやぁ迷いますね。また一年しっかり考えないとって、話しているうちに次のパーツが来ましたよ。こちらに使用しているチョコレートは……』
本職は設計士のはずなのに、チョコレート知識もかなりのものだ。
トークも上手く、オマケに顔もいい。海外のファッションモデルかと思うほど、すらっとしたボディーに長い手足。妖艶さもある甘いマスク。
けれど本当にお菓子とお城が好きなのだろうとストレートに伝わってくる純粋な目。ニッと笑う顔はどこか親しみやすさもある。
この短い間に、すっかり彼のファンになっていた。
きっと俺だけではない。会場のお客さんはもちろん、今テレビを見ている人だって来年も見たいと思っているはずなのだ。
じいっと魅入っていたせいで、ドアの音に気づかなかった。
「こいつか」
「へ?」
振り返るとそこにはコートを羽織ったままの瀬戸がいた。荷物も持ったまま。
名残惜しいが、解体ショーよりも家の主人である。テレビを消し、彼に向き合う。
「どうした? 忘れ物でもしたか?」
「ああ。最悪だと思ったが、たまにはするもんだな」
吐き捨てるようにそう告げる瀬戸。とても良いことがあったようには聞こえない。表情もどこか苦々しいといった様子だ。どういう意味かなんて聞けなかった。きっと俺が立ち入っていい内容ではないのだろうから。
俺が戸惑っている間に彼はコートを翻す。そして自室に戻り、すぐに出てくる。目的のものを見つけたのだろう。そのままリビングに戻ることなく去って行った。
心に引っかかりを覚えた状態では、もう一度テレビを付けようとは思えなかった。
楽しそうに語る建築士の顔よりも、瀬戸の歪んだ表情が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
「いってらっしゃい」
瀬戸を見送り、遅れて遠くでドアが閉まった音が耳に届く。
彼が家を出て行った合図だ。
「はぁ……」
一人自宅に残された俺は小さくため息を吐く。
牛乳をマグカップに入れ、電子レンジに突っ込む。温めている間に自室から持ってきたのはカップケーキ。甘いものが苦手な瀬戸のために、ダークチョコレートを使った。
……まぁ渡せなかったので好みなんて関係ないのだが。
昨日のおやつに食べた自分用のカップケーキ同様、今から俺の腹に収納される予定だ。
ホットミルクを回収し、テレビの前に座る。
なんて気なしにテレビの電源を付けると、バレンタインの話題が流れていた。二月に入ってから散々報じてきた話題なのに、過ぎた後も報道するとは……。よほどネタがないのか、それほどまでにチョコレートに固執する日本人が多いのか。少し呆れてしまう。
とはいえ俺も、毎日のように『バレンタイン』やら『チョコ』というワードを目にした結果、板チョコを使ってお菓子を作ろうと泡立て器とボウルを手にした一人だ。完全に企業の思惑にはまっている。
今年に入ってから瀬戸が毎日のように買ってくる板チョコもバレンタイン商戦の一つだったのだろう。二月に入ると普段の半額とまではいかないまでも、かなりの安さで売られているものだ。おかげでキッチンには、この先一年は困らないであろう量のチョコレートの備蓄がある。チョコレートの種類も、ミルクチョコ・ストロベリー・ダーク・ホワイトの基本四種類が揃っている。
また板チョコとは別に、昨日瀬戸がもらってきたチョコレートが冷蔵庫に入っている。
瀬戸の人気は高校卒業後も健在らしい。だが甘いものが嫌いな彼は自分で食べる気がないようで「やる」と短く告げて、突っぱねるように渡してきた。どれもテレビで見た有名ブランドの、限定何個なんて制限がついたようなお高いチョコレートだった。そんなものを見せられた後で安っぽいカップケーキを渡せるはずもなかった。
ホットミルクで苦い思いとカップケーキを胃に流し込む。
そしてテレビの電源を消そうとした時だった。とあるニュースが飛び込んできた。
『本日行われるチョコレートの城の解体ショーには、すでに大勢の人が詰めかけています』
「あ、そっか。解体するのって今日だっけ」
チョコレートの城とは、田賀谷製菓と新進気鋭の若手建築士がタッグを組んだバレンタインイベントである。ちなみにこの建築士は田賀谷製菓の経営者の親族に当たる。名字も『田賀谷』となっている。
普段は海外での活動がメインだが、今回の仕事のため、一時的に日本に帰ってきているそうだ。大のお菓子好きらしく、『展示後はみんなで食べよう!』と提案したのも彼らしい。
事前のインタビューでも『解体後も美しく、かつ田賀谷製菓のチョコレートの美味しさが損なわれないようにするのに苦心した。内装にもかなり凝ったので解体ショーも楽しみにしてほしい』と答えている。
このイベントはチョコレート関連のニュースの中でも異彩を放っていた。
思わず持ち上げたリモコンを一度机に置くほどには。
解体ショー用にガッツリ尺が採られているようで、腰を据えてみるために冷蔵庫から麦茶を取り出す。ついでにカップケーキだけでは足りないと叫ぶ胃を満たすため、バナナを咥える。その間も視線はテレビに固定したままだ。
解体されたチョコレートは抽選で選ばれた人達に配られることになっている。
奥の方に固まっている人達が当選者なのだろう。もらえる部位も抽選時に決まっているそうで、はがきサイズの紙を大事そうに持つ彼らの目は輝いていた。
本当に羨ましい。俺もオメガになる前だったら確実に応募していた。
田賀谷製菓の社長と建築士の挨拶が終わり、いよいよ城にはナイフが入れられていく。
チョコレートが崩れてしまわないように丁寧に、けれども豪快に解体されていく。
「わぁ……」
画面越しでも分かる美しさに釘付けになっていた。
自分ならどこの部位がいいか。たった一つしかない玉座は魅力的だが、城門と橋もかなりの大きさだ。それに屋根の部分も場所によって使っているチョコレートを変えているそうだ。
解体される横で、建築士の彼が説明してくれている。
『今回が好評なら来年は日本の城を作って良いって話なんでね、皆さん、是非帰りのアンケートには来年も見たいって書いてくださいね。あ、モデルにしてほしい城とかあったらそれも。実在する城なら機能を重視した作りにしなければいけなくても、鑑賞兼食用のお城なら多少デザインを変えられますから! といっても機能を重視された城には特有の美しさがあるんですけど……。いやぁ迷いますね。また一年しっかり考えないとって、話しているうちに次のパーツが来ましたよ。こちらに使用しているチョコレートは……』
本職は設計士のはずなのに、チョコレート知識もかなりのものだ。
トークも上手く、オマケに顔もいい。海外のファッションモデルかと思うほど、すらっとしたボディーに長い手足。妖艶さもある甘いマスク。
けれど本当にお菓子とお城が好きなのだろうとストレートに伝わってくる純粋な目。ニッと笑う顔はどこか親しみやすさもある。
この短い間に、すっかり彼のファンになっていた。
きっと俺だけではない。会場のお客さんはもちろん、今テレビを見ている人だって来年も見たいと思っているはずなのだ。
じいっと魅入っていたせいで、ドアの音に気づかなかった。
「こいつか」
「へ?」
振り返るとそこにはコートを羽織ったままの瀬戸がいた。荷物も持ったまま。
名残惜しいが、解体ショーよりも家の主人である。テレビを消し、彼に向き合う。
「どうした? 忘れ物でもしたか?」
「ああ。最悪だと思ったが、たまにはするもんだな」
吐き捨てるようにそう告げる瀬戸。とても良いことがあったようには聞こえない。表情もどこか苦々しいといった様子だ。どういう意味かなんて聞けなかった。きっと俺が立ち入っていい内容ではないのだろうから。
俺が戸惑っている間に彼はコートを翻す。そして自室に戻り、すぐに出てくる。目的のものを見つけたのだろう。そのままリビングに戻ることなく去って行った。
心に引っかかりを覚えた状態では、もう一度テレビを付けようとは思えなかった。
楽しそうに語る建築士の顔よりも、瀬戸の歪んだ表情が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
140
あなたにおすすめの小説
木陰
のらねことすていぬ
BL
貴族の子息のセーレは、庭師のベレトを誘惑して物置に引きずり込んでいた。本当だったらこんなことはいけないことだと分かっている。でも、もうじき家を離れないといけないセーレは最後の思い出が欲しくて……。
庭師(?)×貴族の息子
別れたいからワガママを10個言うことにした話
のらねことすていぬ
BL
<騎士×町民>
食堂で働いているエークには、アルジオという騎士の恋人がいる。かっこいい彼のことがどうしようもなく好きだけれど、アルジオは自分の前ではいつも仏頂面でつまらなそうだ。
彼のために別れることを決意する。どうせなら嫌われてしまおうと、10個の我儘を思いつくが……。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
僕が死んだあと、あなたは悲しんでくれる?
いちみやりょう
BL
死神 × 不憫なオメガ
僕を大切にしてくれる青砥と、ずっと一緒に居られると思ってた。
誰も感じない僕のオメガのフェロモンを青砥だけはいい匂いと言ってくれた。
だけど。
「千景、ごめん。ごめんね」
「青砥……どうしたの?」
青砥は困った顔で笑って、もう一度僕に“ごめん”と謝った。
「俺、和樹と付き合うことにした。だから、ごめん」
「そんな……。もう僕のことは好きじゃないってこと?」
「……ごめん」
「……そっか。分かった。幸せにね」
「ありがとう、千景」
分かったと言うしか僕にはできなかった。
※主人公は辛い目に遭いますし、病気で死んでしまいますが、最終的に死神に愛されます。
【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~
人生2929回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。
残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。
そうした事故で、二人は番になり、結婚した。
しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。
須田は、自分のことが好きじゃない。
それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。
須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。
そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。
ついに、一線を超えてしまった。
帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。
※本編完結
※特殊設定あります
※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる